えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
セブンイレブンで水木しげるの漫画『漫画で読む戦争と日本―敗走記―』があって買って読んでしまった。従軍した水木しげるの十二編の戦争ものの漫画を読みながら、これがリアルというものなのだろう、と思う。「地獄と天国 前編」と「地獄と天国 後編」は水木しげるが経験した戦争そのものだろうし、この本の締めくくりの「戦争と日本」は水木しげるの後世に残したメッセージそのものだろう。
そのメッセージそのものの「戦争と日本」を読みながら、最近、起こったミャンマーのクーデターのことを考えてしまう。ミャンマー軍のトップがテレビのニュースに映し出されて、この人がロヒンギャの民間人を殺した軍の司令官であるのだろう。なんとも気色悪い。日本軍も外地と呼ばれたところの日本で同じようなことをたくさんしていた。日本は再び戦争をしてはいけない。戦争の方に行こうとする政治家を警戒しなくてはいけない。空しく滑稽と思われても本望です。武器を捨てろ、そんな声をあげつづけなくてはいけない、とぼくは改めて思っています。
トーチweb 漫画で読む「戦争と日本」
『文藝別冊 ジャニス・ジョプリン 孤独の破滅の歌姫、50年目の祈り』を読みました。
このムックの題名の「50年目」とは何の50年目かというと、去年の2020年がジャニスが死んで50年目、今年の2021年がジャニスの最期のスタジオアルバム「パール」が発売されて50年目だそうで、いろんな人のジャニスに関する文集なのです。
思い出せば、ぼくもティーンエージャーのころ、ジャニス・ジョプリンの歌が好きで、毎日のようにレコードプレイヤーでレコードをかけて、聴いていた。聴くのに飽き足らず、町田にあった古本屋、高原書店で買った、デヴィッド・ドルトンの著した「ジャニス ブルースに死す」を何度も読み返していた。今、アナログレコードを町田のディスクユニオンで買って、再び、買って、あのころのように聴いて、『文藝別冊 ジャニス・ジョプリン』を読んでいたりするのだけれど、この『文藝別冊 ジャニス・ジョプリン』を読みながらの通勤電車で、ぼくの目頭は何度も熱くなり、涙ぐんだのです。
ジャニス・ジョップリンを初めて聴いたのはいつのことだっだのだろう? 多分、それは中学生のころNHK-FMのヤングジョッキーで渋谷陽一さんが、「夏だからめずらしく、こんな曲をかます」とおしゃべりして流した「サマータイム」だったと思い出す。強烈だった。ぼくはあのころからずっと、ジャニスに恋しているのだと告白しよう。
いろんな文章が載っている『文藝別冊 ジャニス・ジョプリン』だけど、「ジャニス・ジョプリンのための断章」でスタイリストの北村道子さんが談話するには、彼女は1969年に比較言語学の研究者たちとアメリカを旅していて、「どうやらタダでマリファナが吸えるらしいぞ!」と情報を得て、ウッドストックに向かったそうなのだが、それはジャニスも出演したウッドストック・ミュージックフェスティバルだった。彼女はジャニスについて、こんな風に思い出している。
「歌い方の独創性、政治的な意思表明の呼びかけ、社会への態度が明確にある。ジャニスは社会学者になりたかったの? なればよかったのに。やりたいことを全部やればよかったのよ。でも、自らあのヴォイスを作ってしまったんだよね。その道のカードを引いてしまった。
わたしの世代は心のどこかにジャニスみたいなものを持っているんです。好きとか嫌いとか、二元論じゃないんです。ああいうやつがこの世界にいたんだ、っていう」
ジャニスの歌は聞けばすぐわかるほど独創的だ。そして、独特の心を持った人だった。
ジャニスのティーンエージャーのころの過酷な経験。アメリカ文化研究のウェルズ恵子さんはこの本の「幸せになりたい人の炎の声―ジャニス・ジョプリンとブルーズ」でこう書いている。
「ジャニス・ジョップリンの声を聞くたびに、私は傷つく。でも、私はそうして彼女と―正直で勇敢な魂の彼女と―対話しているのかもしれない。ジャニス、できれば、生きて戻ってきてほしい。そして今度こそ、幸せになってほしい」
ぼくも、そう思う。
五木寛之さんの著した『死の教科書―心が晴れる48のヒント―』を読みました。五木寛之さんの書くものは好きなんです。ファンといっても差し支えありません。
昔、五木寛之さんは「五木寛之の夜」というラジオ番組をやっていらして、その始まりの時のセリフがこんな風でなんとも粋でした。
「人生は短く、夜もまた短い。今日できることは明日に延ばして、せめてこの深夜の一時を」
この番組を聴いて、ぼくは今は無きソ連(旧ロシア)の反体制シンガーソングライター、ヴィソツキーやアルゼンチンのフォルクローレのギター弾き語りの詩人、ユパンキを知ったのです。
さて本の話に戻り、この『死の教科書―心が晴れる48のヒント―』は読者の死や老いにまつわる質問を五木さんの八十八年の人生の実感を通して答えるというもの。五木さんはこの本の前書きに、この答えとまったく違う方に行ってしまってもいいと言う。ちょっとだけこの本の紹介のために引用します。
「年長の先輩に何かをたずねるとき、人は必ずしも正しい答えを期待しているわけではない。その問題について語り合いたいのではあるまいか。答えはたぶん自分で決めている。問題の周辺を一緒にぐるぐる歩き回ることが必要なのだ。
私自身、先輩や友人にアドバイスを求めたことが何度もあった。そしてほとんどの場合、よい助言や忠告を受けた記憶がある。しかし、実際には私はそのアドバイスにしたがわず、自分で決めた道を選択した場合が多かった。
では、私が受けたアドバイスは意味がなかったのか。いや、決してそうではない。むしろ、その言葉に背中を押されて、反対の方向へ歩きだしたことが多かったのだった」
「前車の覆しは後車の戒め」、そして「自分のことは棚にあげて」、自由に発言していこう、と五木さんは初めて思い、この本を出したそうなのです。
人生の重たい話をある軽みでもって飄々と普段の言葉で語る五木さんに、読みながら、ぼくは、そうか、と何度も安堵の溜息すらついていたのです。
あー、そして、いつか、五木寛之さんの「青春の門」を全巻、読みたい。
昔、五木寛之さんは「五木寛之の夜」というラジオ番組をやっていらして、その始まりの時のセリフがこんな風でなんとも粋でした。
「人生は短く、夜もまた短い。今日できることは明日に延ばして、せめてこの深夜の一時を」
この番組を聴いて、ぼくは今は無きソ連(旧ロシア)の反体制シンガーソングライター、ヴィソツキーやアルゼンチンのフォルクローレのギター弾き語りの詩人、ユパンキを知ったのです。
さて本の話に戻り、この『死の教科書―心が晴れる48のヒント―』は読者の死や老いにまつわる質問を五木さんの八十八年の人生の実感を通して答えるというもの。五木さんはこの本の前書きに、この答えとまったく違う方に行ってしまってもいいと言う。ちょっとだけこの本の紹介のために引用します。
「年長の先輩に何かをたずねるとき、人は必ずしも正しい答えを期待しているわけではない。その問題について語り合いたいのではあるまいか。答えはたぶん自分で決めている。問題の周辺を一緒にぐるぐる歩き回ることが必要なのだ。
私自身、先輩や友人にアドバイスを求めたことが何度もあった。そしてほとんどの場合、よい助言や忠告を受けた記憶がある。しかし、実際には私はそのアドバイスにしたがわず、自分で決めた道を選択した場合が多かった。
では、私が受けたアドバイスは意味がなかったのか。いや、決してそうではない。むしろ、その言葉に背中を押されて、反対の方向へ歩きだしたことが多かったのだった」
「前車の覆しは後車の戒め」、そして「自分のことは棚にあげて」、自由に発言していこう、と五木さんは初めて思い、この本を出したそうなのです。
人生の重たい話をある軽みでもって飄々と普段の言葉で語る五木さんに、読みながら、ぼくは、そうか、と何度も安堵の溜息すらついていたのです。
あー、そして、いつか、五木寛之さんの「青春の門」を全巻、読みたい。
ブルータスの特集が「音楽と酒。響く、聴く、語る、レコードとバーの話。」なので、買って、読んでしまった。
いつか、レコードやCDで音楽をかける昼、喫茶店、夜、バーのオーナー兼店員になるのを心のどこかで夢見たりしています。そんなお店のオーナーになったら、音楽だけは、自分の大好きなものしかかけないのだ。サム・クックやロバート・ジョンソンね。
その昔、下北沢にリズム・アンド・ブルースをかけるバー「ストンプ」があって、毎日、必ずダニー・ハザウェイの「ライブ」をかけるようなのだった。もう、そのお店はなくなってしまったけれど、近藤房之助さんがオーナーをしていました。房之介さんはけっこう頻繁にカウンターで飲んでいて、ソウル・チルドレンとか、いろんな知らないミュージシャンの音楽をそこで知りました。
いつか行ってみたい一関の「ベイシー」は載っていなかったけれど、このブルータスに、ぼくと縁のあった下北沢の「いーはとーぼ」や「マサコ」が紹介されているのも、うれしかった。
夢のつづきを見つづけて、おいしいコーヒーやジントニックを作る練習をしないとな。
斉藤幸平さんの著した『人新世の「資本論」』を読む。1990年以降に生まれた人たちのことをZ世代と呼ぶそうなのだが、この『人新世の「資本論」』を著した若い、1987年生まれの経済学者、社会学者もZ世代の最も後衛にいる人なのかもしれない、などと思いました。スウェーデンの環境問題の活動家、グレタ・トゥーンベリさん、アメリカの大統領の就任式で詩を読んだアマンダ・ゴーマンさんとか、最近の若い人は違うな、何か先まで見えているのかもしれないと思ったりするのだけれども、この斉藤幸平さんもそうかもしれない。
この本では、国連の推奨するSDGs(持続可能な開発目標)に対して、これでもか、これでもかと鋭い批判をしつつ、ある結論に読者は導かれるのです。ぼくが思うに、その瑞兆は日本でも見られ、例えば、子ども食堂とかがそうではないかしら? アメリカで始まり世界に広がったフードバンクとかも。遠く地球の裏側まで見通しつつ、何世代先まで何を残せるかを考え、今、小さなことでもいいから行動を始める、そんな人たちが登場しつつあることが素晴らしいです。ぼくも遅い歩みながら、追いかけてゆきたい、と思ったりします。
この本では、国連の推奨するSDGs(持続可能な開発目標)に対して、これでもか、これでもかと鋭い批判をしつつ、ある結論に読者は導かれるのです。ぼくが思うに、その瑞兆は日本でも見られ、例えば、子ども食堂とかがそうではないかしら? アメリカで始まり世界に広がったフードバンクとかも。遠く地球の裏側まで見通しつつ、何世代先まで何を残せるかを考え、今、小さなことでもいいから行動を始める、そんな人たちが登場しつつあることが素晴らしいです。ぼくも遅い歩みながら、追いかけてゆきたい、と思ったりします。
小野正嗣さんの著した『100分de名著 フランツ・ファノン 黒い皮膚・白い仮面』を読む。NHKのEテレの番組「100分de名著」のテキストです。
受信料を安くするためにEテレを無くせと、政治家の誰かが主張しているらしいのだが、Eテレはおいらのよく見る番組が多い。「日曜美術館」とか「心の時代」とか「バリバラ」とか、この「100分de名著」とか。どうか、お偉いさんよ、Eテレを無くさないでくれ。小野正嗣さんって「日曜美術館」の司会の人じゃんか。
で、まだ放送していないフランツ・ファノンの「100分de名著」を先に読んでしまったのです。面白くて一気読みしてしまった。確か、二十歳のころ、フランツ・ファノンを初めて読んで、その本「黒い皮膚・白い仮面」に所収されていた「黒人の生体験」は衝撃的だった。あの二十歳のころ、中上健次を読み、アラン・シリトーを読み、ジェームズ・ボールドウィンを読み、世界にプロテストするような本を片っ端から読んでいて、フランツ・ファノンもそのように読んだのです。
「黒人の生体験」は、ファノンがリヨンの大学で医師になるために勉強をつづけていた学生のころ書いた文で、その怒りの激しさと悲嘆の涙の純度と、まっすぐにものごとを見る、その真摯さに、ぼくは打ちのめされた。ファノンはマルカムⅩの登場以前に遥か先の遠くに到達していたようなのだ。ファノンはこう断言する。
「ニグロは存在しない。白人も同様に存在しない」
そして、またしても、何度でも、ぼくは「黒人の生体験」を締めくくる文を引用しつつ、世界からあらゆる差別のなくなることを願ってやみません。
「しかし私は自分の全存在を賭してこの切断を拒否する。私は自分の心が世界と同じくらい広大なのを感ずる。真実、私の心は最も深い河と同じくらい深いのだ。私の胸は無限に広がる力をもっている。私はこの世へのささげ物だ。だのにその私に不具者の謙譲さを勧めるのか。きのう私は世界に目を開いたとき、空が顛倒するのを見た。私は身を起こそうとした。だが内臓を摘出された沈黙が翼もなえて私の方に逆流してきた。無責任に、〈虚無〉と〈無限〉に馬乗りになって、私はさめざめと泣き出した」
受信料を安くするためにEテレを無くせと、政治家の誰かが主張しているらしいのだが、Eテレはおいらのよく見る番組が多い。「日曜美術館」とか「心の時代」とか「バリバラ」とか、この「100分de名著」とか。どうか、お偉いさんよ、Eテレを無くさないでくれ。小野正嗣さんって「日曜美術館」の司会の人じゃんか。
で、まだ放送していないフランツ・ファノンの「100分de名著」を先に読んでしまったのです。面白くて一気読みしてしまった。確か、二十歳のころ、フランツ・ファノンを初めて読んで、その本「黒い皮膚・白い仮面」に所収されていた「黒人の生体験」は衝撃的だった。あの二十歳のころ、中上健次を読み、アラン・シリトーを読み、ジェームズ・ボールドウィンを読み、世界にプロテストするような本を片っ端から読んでいて、フランツ・ファノンもそのように読んだのです。
「黒人の生体験」は、ファノンがリヨンの大学で医師になるために勉強をつづけていた学生のころ書いた文で、その怒りの激しさと悲嘆の涙の純度と、まっすぐにものごとを見る、その真摯さに、ぼくは打ちのめされた。ファノンはマルカムⅩの登場以前に遥か先の遠くに到達していたようなのだ。ファノンはこう断言する。
「ニグロは存在しない。白人も同様に存在しない」
そして、またしても、何度でも、ぼくは「黒人の生体験」を締めくくる文を引用しつつ、世界からあらゆる差別のなくなることを願ってやみません。
「しかし私は自分の全存在を賭してこの切断を拒否する。私は自分の心が世界と同じくらい広大なのを感ずる。真実、私の心は最も深い河と同じくらい深いのだ。私の胸は無限に広がる力をもっている。私はこの世へのささげ物だ。だのにその私に不具者の謙譲さを勧めるのか。きのう私は世界に目を開いたとき、空が顛倒するのを見た。私は身を起こそうとした。だが内臓を摘出された沈黙が翼もなえて私の方に逆流してきた。無責任に、〈虚無〉と〈無限〉に馬乗りになって、私はさめざめと泣き出した」
柳宗悦の『南無阿弥陀仏 付 心喝』を半年ぐらいかけて読了しました。岩波文庫のこの本を読みながら、トピカルな他の本を読み始めたりするのが数冊あって、こんなに時を費やしてしまったけれど、この『南無阿弥陀仏 付 心喝』はとてもよかったのです。
読み始めると、友川カズキさんの歌「問うなれば」を思い出し、その歌を心のどこかに響かせながら、読んでいました。友川さんの「問うなれば」は時宗の開祖であり、捨て聖とも呼ばれた一遍上人の短歌からとって歌っている歌で、上人の短歌はこのようなものなのです。
となふれば仏もわれもなかりけり 南無阿弥陀仏の声ばかりして
となふれば仏もわれもなかりけり 南無阿弥陀仏なむあみだ仏
柳宗悦も述べているが、法然によって開かれた念仏宗、浄土宗は、親鸞によって深められ、浄土真宗となり、一遍で極められ、時宗となったということだろうか? 救われるのではなく、もう救われているのだそう。
「朝鮮の友に贈る書」を書いた柳宗悦にとって、一番の戦後の慶事は朝鮮の独立であるだろうけれども、『南無阿弥陀仏』は終戦直後に書き始められ、彼は戦時中の日本人の悪をまさしく痛感し、戦後、ペンを握り、それでも日本人の魂を救おうと、これを書き始めたのではなかろうか?
『心喝』もまた素晴らしい。「心喝」と書いて「こころうた」と読むのだけれども、柳の短い俳句ほどの長さもないほどの詩に自らの注解がつけれております。これらの詩を棟方志功が版画で表現したものが日本民藝館にあって、それはそれは素晴らしいものでした。『心喝』から一つだけ引用し、春の訪れを待つとします。
吉野山
コロビテモ亦
花ノ中
読み始めると、友川カズキさんの歌「問うなれば」を思い出し、その歌を心のどこかに響かせながら、読んでいました。友川さんの「問うなれば」は時宗の開祖であり、捨て聖とも呼ばれた一遍上人の短歌からとって歌っている歌で、上人の短歌はこのようなものなのです。
となふれば仏もわれもなかりけり 南無阿弥陀仏の声ばかりして
となふれば仏もわれもなかりけり 南無阿弥陀仏なむあみだ仏
柳宗悦も述べているが、法然によって開かれた念仏宗、浄土宗は、親鸞によって深められ、浄土真宗となり、一遍で極められ、時宗となったということだろうか? 救われるのではなく、もう救われているのだそう。
「朝鮮の友に贈る書」を書いた柳宗悦にとって、一番の戦後の慶事は朝鮮の独立であるだろうけれども、『南無阿弥陀仏』は終戦直後に書き始められ、彼は戦時中の日本人の悪をまさしく痛感し、戦後、ペンを握り、それでも日本人の魂を救おうと、これを書き始めたのではなかろうか?
『心喝』もまた素晴らしい。「心喝」と書いて「こころうた」と読むのだけれども、柳の短い俳句ほどの長さもないほどの詩に自らの注解がつけれております。これらの詩を棟方志功が版画で表現したものが日本民藝館にあって、それはそれは素晴らしいものでした。『心喝』から一つだけ引用し、春の訪れを待つとします。
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性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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