えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
日下部尚徳さんの著した『自分ゴトとして考える難民問題 SDGs時代の向き合い方』を読みました。ロヒンギャの人たちの苦難を知るために読んでみました。『自分ゴトとして考える難民問題』は若い人たちにむけた1冊です。この本の「7章 難民を通して世界とつながる」の「特別編 先輩インタビュー」に出てくる若い人たちが大いなる希望です。と同時に自分でもできることをしたいな。近所にある外国の人の営むエスニック・レストランに行って、美味しいものを食べようかな、などとも思います。まずは小さいことからも大切です。
自分ゴトとして考える難民問題/日下部 尚徳
ナンシー・フレイザーさんが著し、江口泰子さんが訳した『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』を読了しました。白井聡さんが「解説」を書いております。読み進めるのがなかなか難しい本でありましたが、読んでよかった。資本主義の一丁目一番地のアメリカ合衆国から政治哲学のこのような本が登場したことに驚いております。と同時に当然だとも思います。本当に資本主義の終焉がやってきているのかもしれません。本の内容を紹介するために目次を引用します。
序章 共喰い資本主義―私たちはもう終わりなのか
第1章 雑食―なぜ資本主義の概念を拡張する必要があるのか
第2章 飽くなき食欲―なぜ資本主義は構造的に人種差別的なのか
第3章 ケアの大喰らい―なぜ社会的再生産は資本主義の危機の主戦場なのか
第4章 呑み込まれた自然―生態学的政治はなぜ環境を超えて反資本主義なのか
第5章 民主主義を解体する―なぜ資本主義は政治的危機が大好物なのか
第6章 思考の糧―二一世紀の社会主義はどんな意味を持つべきか
終章 マクロファージ―共喰い資本主義の乱痴気騒ぎ
さきほど、市内のどこかで土砂災害の起こる可能性のニュースを聞きました。無尽蔵だと思われてきたものが、本当は有限であり、それが無秩序を引き起こし、氾濫し、復讐しているのかもしれません。関連したことは『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』の「第4章 呑み込まれた自然―生態学的政治はなぜ環境を超えて反資本主義なのか」にも出できます。大雨の壁と屋根を叩く音を聞きつつ、2022年に原書の出されたこの本は予言的であったと実感し、今、それが実際に現在進行しているようなのです。
白井聡さんは「解説」の中で宇野弘蔵の経済学の影響を指摘していますが、なるほど、と思いました。けれども、それ以上に宇沢弘文の経済学に近く、宇沢の説く「コモン(社会的共通資産)」は直接的な大きなヒントとなっているような気がします。
今という時代に登場したもっとも重要な理論書の本書には具体的な解決策は提示されておりません。柄谷行人さんの『力と交換様式』にあるように、その解決はやってくるものでしょうか? 今は資本主義社の最後のパーティーで、柄谷行人さんの『力と交換様式』や斎藤幸平さんの『人新世の「黙示録」』と呼応し、『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』は資本主義の後の未来のための小さな点のような光を灯してもいるかもしれません。
『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』ナンシー・フレイザー
哲学者の宮野真生子さんと人類学者の磯野真穂さんの取り交わした往復書簡を本にした『急に具合が悪くなる』を読みました。濱口竜介監督の映画『急に具合が悪くなる』の原作となっておりますが、内容はかなり違います。濱口竜介監督さんは宮野真生子さんと磯野真穂さんにレスペクトを込めて原作としたのかもしれません。
本の『急に具合が悪くなる』ですが、二人の女性が一年にも満たない間に、シスターフッドからソウルメイトとなる奇跡のようなやりとりが綴られております。などと書くと、宮野真生子さんと磯野真穂さんのお二人に「シスターフッド」とか「ソウルメイト」とかって、そのラベル付けな何、と抗議されそうです。「『急に具合が悪くなる』の舞台裏」と「付記」を読みながら、ついにぼくの涙腺はおさえられないような状況となってしまいました。やはり、これはラインにより深く刻まれた奇跡なのだ、とぼくは思うのです。
急に具合が悪くなる
パウル・クレーの画集に谷川俊太郎さんが含意に富んだ美しい詩をそえた『クレーの絵本』を読む。ふと、ぼくのもっとも好きな画家はパウル・クレーかもしれない、と思い、この本を手に取った次第であります。スイスで生まれ60歳で1940年に没したパウル・クレーは、その晩年期、ベルリンの芸術学校、バウハウスで教鞭を取っていたのだけれど、ナチスから「退廃芸術」という栄光ある烙印を押され、弾圧される。パウル・クレーはその芸術において、表現主義、超現実主義、構成主義のどれにも、どこにも属さなかった。パウル・クレーの墓碑にはこうあるという。
「この世では、ついに私は理解されない。なぜならいまだ生を享けていないものたちのもとに、死者のもとに、私はいるのだから」
『クレーの絵本』(パウル・クレー,谷川 俊太郎)
この前、東京国立博物館の『弘法大師生誕1250年記念 特別展「空海と真言の名宝」』で買って帰った、石井亜矢子さんが著し、岩崎隼さんが画を描いた『仏像図解新書』を読みました。仏像を理解することは仏教を理解すること。さらには仏教の大切な何がしかを感じること。これで古寺めぐりや仏像の拝観、見学が、今まで以上に楽しくもなりましょう。よき本に出会えました。
仏像図解新書 | 書籍
保阪正康さんの著した『天皇五代と戦争 -平成の天皇皇后は皇居で何を語ったか-』を読了した。この前に読んだ保坂さんの『平成の天皇皇后両陛下大いに語る』に続く待望の書である。
昭和天皇について、もっとも頁数を割きつつ、その戦争責任についても筆を緩めることもなく書かれ、明治、大正、昭和、平成、令和と五代に渡り、「五代の天皇が「戦争」に出合うのに、これほどの恐怖感を持っていることを私たちは理解すべきたと思う」と保坂さんは書いている。そして、平和の祈り、その詳細は本書を読んでみてください。故・半藤一利さんらが率いた「歴史探偵団」の活動や精神を受け継ぐ保阪正康さんの面目躍如たる本書なのです。
この前、保坂さんは某テレビ番組に出演し、五代の天皇が思ってきた戦争嫌悪と築いてきた平和への祈念を反故するものとして、近く国会で決議されてしまった皇室典範改変について憤懣の怒りを表していた。その怒りをぼくも共有する。伝統ということでいえば、本書にもある常に平成天皇と真摯に寄り添い続けてこられた美智子様の言葉を引用したく、これをもって『天皇五代と戦争』の感想を締めくくらせていただきます。
「伝統がそれぞれの時代に息づいて存在し続けるよう、各時代の天皇が願われ、御心をくだいていらしたのではないでしょうか。きっと、どの時代にも新しい風があり、また、どの時代の新しい風も、それに先立つ時代なしには生まれ得なかったのではないかと感じています。」
朝日新聞出版 最新刊行物:書籍:天皇五代と戦争
内田樹さんの著した『武道論 これからの心身の構え』を読了しました。武道家としての立ち位置から内田樹さんが、社会や人生、政治、生活などいろいろなもの、いろいろなことを論じ、感想を述べておられ、随所でぼくはなるほどと思わされます。
柔道の講道館の嘉納治五郎先生について、記述もあり、鹿鳴館的な西洋化によって途絶えようとしてた、日本の美しい何かが、偶然のような必然によって、再発見され、存することができたことも、この本によって知ることができました。この『武道論』には登場しないのですが、合氣道の植芝盛平先生もしかりですな。
今、内田樹さんの書棚には北一輝、頭山満、権藤成卿、宮崎滔天といった人たちの本が増殖しつつあるという。極めて右翼じゃんか。彼らとくらべるに、今の日本に瀰漫しているナショナリズムは空疎のように感じるともいう。本格的な研究成果が待たれます。
白川静の「富貴」や鈴木大拙の「大地の霊」について書かれ、その博学と、武道家の視点からの独特の視点が面白い。
灘高の文化祭での高校生からインタビューがあり、そのまま口述筆記されていて、東日本大震災の話から奥羽越列藩同盟の話ともなり、出色。その中で武道について内田さんはこういっている。引用します。
「武道というのは、危機的状況をどうやって生き延びる、その能力を開発するためのプログラムですから。ルールがあるところでライバルと競争するためのものじゃない。危機を生き延びる力を養っている。
だからよく「どうして合気道では試合がないんですか?」って訊かれるけど、武道ですから、あるわけがない。試合があるのはスポーツでしょう? アリーナがあって、レフェリーがいて、ルールがあって、時間制限があって、何月何日何分試合開始って決まっていてやるのはスポーツ。武道というのは、いつ、どこで何が起こるかわからないという条件で、そのときに生き延びるための心と体の使い方を学ぶものです。」
この本にはこれからの日本をよい日本人としてどう生きるかということについて、たくさんのよいヒントが書かれております。
武道論 :内田 樹
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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