えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
映画『Ryuichi Sakamoto: Diaries』を見て、坂本龍一さんの口述筆記で著した本『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』は買ってあって、積読になっていて、読んでいないままになってきたのを思い出し、読みました。面白くてほぼ一気読みです。口述筆記の坂本さんの人生を語った前著の『音楽は自由にする』が2009年の発売で、それ以降の自身の人生が語られております。『音楽は自由にする』も読んでみたくなりました。
目まぐるしくいくつも手がけた音楽の仕事以外に、病気のこと、死生観や、政治や社会に対する見方なども語られていて、とても興味深い。坂本さんが、最近は、普通のポップ・ミュージックから離れて、そのフィールドを映画の音楽やアートのインスタレーション(空間表現)の背景もしくは前景となる音楽、現代音楽、前衛音楽の方に広げていたこと知りました。東京都現代美術館の『坂本龍一 音を視る 時を聴く』をみそびれてしまったことが悔やまれます。
『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』のためにインタビューした鈴木正文さんの「あとがき」が秀逸にして、その交友も生々しくも記され、素晴らしい。その中で坂本龍一さんと東北ユースオーケストラに関するところでは目頭が熱くなりました。人生は無常で有限です。坂本龍一の音楽よ、永遠に。
『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』 坂本龍一
坂口安吾の著した自伝的作品ではない純文学および幻想文学の代表作が収められた短編小説集の岩波文庫での『桜の森の満開の下・白痴 他十二篇』を読了した。所収されているのは、「風博士」、「傲慢な眼」、「姦淫に寄す」、「不可解な失恋に就て」、「南風譜」、「白痴」、「女体」、「恋をしに行く」、「戦争と一人の女〔無削除版〕」、「続戦争と一人の女」、「桜の森の満開の下」、「青鬼の褌を洗う女」、「アンゴウ」、「夜長姫と耳男」。
女性の一人称で書かれた「続戦争と一人の女」や、ぼくが安吾の最高傑作だと思う「青鬼の褌を洗う女」が大好きだ。何か吹き抜けていくものがあります。空襲の燃え盛り、崩れ落ちていく東京の街を嬉々として彷徨い歩く坂口安吾、その人すらも思い浮かべてしまう。安吾の滅亡を肯定する文学に、ぼくは恐れ慄いてしまう。武田泰淳とともに坂口安吾は、このような滅亡的な人類を見る視点を発見し、それは深沢七郎に受け継がれていくのだと思う。その残酷さは「桜の森の満開の下」や「夜長姫と耳男」に深く通底する。坂口安吾は残酷な少女が好きだ。それは敗戦と仏教から安吾の学んだ視座のようでもあるだろう。それから、「アンゴウ」という二十四頁の短い話にあるやさしさと儚さ、無垢な何かにぼくは惹かれてしまいました。
桜の森の満開の下・白痴/坂口 安吾
澁澤龍彦の著した『三島由紀夫おぼえがき』を読みました。三島由紀夫に関する文章が二十三篇、三島由紀夫との対談が二篇、出口裕弘との対談が一篇。眠れない秋の夜、ほぼ一気読みです。
今年は三島由紀夫生誕百周年にあたり、もっと狂騒的なブームとなるかと思っていたが、そのようなことはなかった。寂しくもあり、ほっと胸をなでおろしてもいます。三島由紀夫の愛国を受け継ぐ右翼団体を一水会ぐらいしかぼくは知らない。三島由紀夫、死して五十五年、月日は経った。集団的自衛権による海外への自衛隊の出動が将来、あって、死して若者がもどってくれば、三島由紀夫は身悶えし、怒り狂うのではないかしら。自衛隊はアメリカの傭兵であっていいのか? 建軍の精神とは何だ? 天皇陛下が海外での自衛隊の若者の死を望んでおられるとでもいうのか? そのような三島由紀夫の声すら聞こえる気がします。そのような声が想像の中で聞こえつつも、その観念による死に一人の若い人を道連れにし、死にいたらしめたということにおいて、ぼくは三島由紀夫を許すことはできないのだけれど。
さて、ぼくは、三島由紀夫の死に関しては、岸田秀の「三島由紀夫論」と『三島由紀夫おぼえがき』の中のいくつかの文章が、もっとも説得的であるように思われる。この本の出口裕弘との対談で三島由紀夫の最後の長編である『豊饒の海』が論ぜられているのだけれど、そこで澁澤龍彦は一巻目の「春の雪」と二巻目の「奔馬」を傑作とし、三巻目の「暁の寺」を衰滅と批評し、四巻目の「天人五衰」を破綻と断じていて、その「天人五衰」の驚くべき終章と同じことが、三島由紀夫の人生にも起きていたのではないかと推測している。夢の中のように生きて、かろうじて生をたもってきた三島由紀夫に、初めて現実の奔流が押し寄せてきたのではないか、と澁澤龍彦は言っている。そこは何もない月の裏側の豊饒の海のごとくの干からびた虚無であろう。『豊饒の海』ほど恐ろしくも美しい、その両方の備わった小説をぼくは知らないのです。
三島由紀夫おぼえがき -澁澤龍彦 著
山田無文さんの著した『十牛図 禅の悟りにいたる十のプロセス』を読みました。この本は臨済宗の僧侶であらせられた山田無文さんが昭和二十八年(1953年)に祥福寺専門道場にて頭をまるめたかばかりの若い僧侶に向けての「十牛図」の講話を古い録音テープから書き起こし、昭和五十七年(1982年)に禅文化研究所から出版されたものであります。山田無文さんは昭和六十三年(1988年)に遷化されておられますが、やはり高僧の言葉は古くならず、ぼくがいうのも僭越ながら、素晴らしい「十牛図」の解題であります。
昭和二十八年は日本の敗戦からの七年も続いた米軍の占領からと、それの解かれた翌年だと思えば、感慨もあります。敗戦もその後の混乱も持ちこたえた天台の教えに、どこか、新しく始まった日本に、高僧も胸高らかに、心新たになっておられるなにがしかをぼくは読みながら感じました。
章立てによって「十牛図」とはどのようなものかは、想像できそうなので、記します。
第一「尋牛」
第二「見跡」
第三「見牛」
第四「得牛」
第五「牧牛」
第六「騎牛帰家」
第七「忘牛存人」
第八「人牛倶忘」
第九「返本還源」
第十「入鄽垂手」
このように「十牛図」は牛を追い求める十の絵からなり、禅の悟りへのプロセスを表したものということです。この前、読んだ五木寛之さんは自身の著した「諦める力」の中では「返本還源」の後、「入鄽垂手」が来るのが素晴らしいと言っておられました。十の絵も面白く、とくに「入鄽垂手」の絵は驚きでもあります。禅の悟りのなんと楽しきことよ。さて、「第三「見牛」」での無文和尚の話を紹介し、この項を了としたいと思います。
諸国を放浪し、修行と布教に邁進する一遍上人が由良興国寺の法灯国師にお目にかかって歌を示された。
となうれば仏もわれもなかりけり
南無阿弥陀仏の声ばかりして
すると法灯国師は、
「そりゃまだ修行が足らん。もうひとつ工夫をしなさい」
さらに三年の工夫をされて、また法灯国師にお目にかかって歌を示された。
となうれば仏もわれもなかりけり
南無阿弥陀仏なむあみだ仏
法灯国師は、
「まあ、おまえさんはそこらでよかろう」
そこらでよからうと言われると気になるもので、
「それでは禅師、あなたはいかがですか」と言うと、法灯国師は、
となうればわれも仏もなかりけり
裏のお池に風がそよそよ
十牛図-禅の悟りにいたる十のプロセス
エマニュエル・トッドさんの著した『西洋の没落と日本の選択』を読む。エマニュエル・トッドさんによれば、ヨーロッパとアメリカ合衆国その倫理と道徳の失墜により、没落の最中だという。そこまではぼくも首肯しつつ、日本がアメリカ合衆国の従属国歌であることを脱するのを願いつつ、トッドさんは日本に核武装を勧めていることには疑念もわく。その核武装というのは、いかにも西洋的な没落をもたらす退嬰の様態ではないのかね? などという疑問を感じ、ぼくは、日本は西洋の狂気に巻きこまれることにないようにと願うのです。
世界的ベストセラー『西洋の敗北』著者の最新作『西洋の敗北と日本の選択』エマニュエル・トッド | 文春新書
『猫と藤田嗣治』を読みました。藤田嗣治の画集なので、読んだというより見たというほうがいいのかもしれません。監修をポーラ美術館の内呂博之さんが行い、文を美術ライターの浦島茂世さんとネコ研究者の荒堀みのりさんが書いた本です。生涯にわたって藤田嗣治は、ここにも猫がいる、あそこにも猫がいる、といった具合に、戦争画の数年間の期間を除いて、猫を描きつづけたのでした。ピカソの鳩、藤田の猫、とぼくは思うのでありまして、しかも、藤田嗣治の猫は、躍動感に満ち、生きているかのようで、いかにも可愛く、藤田自身の猫への愛を感じてしまうのであります。
猫と藤田嗣治
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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