えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
石橋学さん、板垣竜太さん、神原元さん、崔江以子さん、師岡康子さんの著した『「帰れ」ではなく「ともに」―川崎「祖国へ帰れは差別」裁判とわたしたち』を読了しました。板垣竜太さんの書かれた「第4章 在日朝鮮人にとっての「帰れ」ヘイト」や崔江以子さんさんの書かれた「第6章 「帰れ」ではなく「ともに」」を読むと、この国にある外国人への差別は苛烈で、読み進めるのに、心は苦しく、辛くなる。
さて、自分に立ち戻れば、ぼくは人生のどこかで差別をしたり、そのような言葉を発しなかったかと問えば、何か胸苦しい。ぼくは確かに日本に生まれ、育ち、生活している日本人だけれども、今、ぼくはどこであらうと、外国人への差別の言葉を聞くと、その差別の言葉を発した人とは、やはり友だちにはなれないのだろうと諦めて、すーっと遠ざかり、距離をとってしまう。ぼくには友だちはいないような気もしてくる。自分の人生にとって、これがいいことなのか、よくないことなのか、正しいことなのか、正しくないことなのかも判然としない。昔、そのような言動を聞いて、行かなくなったバーもあった。もっと心を開いて、差別はいけないといったらどうだろうかとも、ふと思うのだけれども、そのようなことをする勇気も度量もない、心貧しいぼくは、差別のなくなることを願うばかりで、この本『「帰れ」ではなく「ともに」』に肯き、ページを閉じたのです。
「帰れ」ではなく「ともに」 - 株式会社 大月書店 憲法と同い年
島尾敏雄の著した『死の棘 短篇連作集』を読了しました。名作とのほまれの高い長篇の『死の棘』の前に書かれた原型にして、生々しい短篇小説で、昔、日本の文学には「私小説」というジャンルがあったことなどを思い出し、つげ義春の漫画を連想したりします。この『死の棘 短篇連作集』は大変な小説で、読み進めるのも辛くなることもあります。ふと、LGBTQももちろん含めて、1000組のカップルがいれば、1000通りの愛があるはずだとも思ったりします。しかし、この小説にでてくる愛は苦しすぎるのです。ふと、子はかすがいなどといいますが、かすがいにされた子どももたまったものではない。しかし、敏雄とミホの物語は通り過ぎ、作品は残り、人は去ってゆく、そのような愛の記憶となった愛の記録の物語『死の棘 短篇連作集』に真実はあるのではないでしょうか。
島尾 敏雄 - 単行本 死の棘 短篇連作集
小説家であり、ルポライターであり、バイク乗りでもあった今は亡き戸井十月さんの著した『ゲバラ最期の時』を読みました。この『ゲバラ最期の時』を読みながら、反抗的なぼくは、キューバであれ、ベトナムであれ、ましてや中華人民共和国であれ、朝鮮民主主義人民共和国であれ、政治的自由のない国に生まれなくてよかっとも思ってしまうが、ウクライナやガザでの子どもたちの凄惨な受難を見るにつけ、チェ・ゲバラが生きていたら、どう行動していただろうかと思ってしまう。付け加えるに、当邦にもどれば、ぼくは永住権を持つ市民には、日本での投票の権利、政治に関与する自由があってしかるべきだとも思う。
閑話休題、この『チェ・ゲバラ最期の時』は、実際に戸井十月さんが出会い、インタビューしたゲバラに実際に会った人の話もふんだんにさしはさみ、簡潔にしてすぐれたチェ・ゲバラの評伝になっていて、素晴らしい。チェ・ゲバラの最期を書いた「第六章「よく覚えているのは、チェが少しも絶望的にならずに歩いていることでした」」と「第七章「誰がやっても目を閉じさせることはできなかったのです」」は迫真の文書です。
ゲバラ最期の時/戸井十月
養老孟司さんの著した『なるようになる。-僕はこんなふうに生きてきた』が面白くて一気読みしました。読売新聞編集委員をしておられる鵜飼哲夫さんによる、養老さんの人生を振り返っての聞き書きとなっております。養老さんの本は初めて読むのだけれど、そのきっかけは、哲学者の斎藤幸平さんと対談のおり、養老さんはGDP(国民総生産)とかを物差しにものを見ない方がいい、日本がアメリカ並みのGDPの伸びを達成していたなら、地球環境はさらに悪化していただろう、というのを聞いて、とても感心してしまったからなのです。養老孟司さんの専門家は解剖医で趣味は昆虫採集であるのを、この本で初めて知りました。なるほど、テレビのコマーシャルで、昆虫採集の網を持って登場するわけですな。養老さんの「なるようになる」という生き方にぼくは少しの勇気をもらうかのようなのです。
なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた -養老孟司 著
夏井いつきさんの著した『2024年版 夏井いつきの365日季語手帖』を読了しました。1年間での毎日1句の季語とその季語の解説、その季語による俳句とそれを選んだ夏井さんの鑑賞文による本です。選ばれた俳人は無名の人から高浜虚子のような俳句の歴史に欠くことのできない人までさまざま。例えば今日である9月17日に選となったのは、季語は「名月」で、岡田一実さんの以下の俳句。
名月や痛覚なしに髪伸びて
毎日のそれぞれの季語と俳句に日本語の豊かさを感じ入ります。
『2024年版 夏井いつきの365日季語手帖』刊行
この前、奄美大島を旅して、帰りの空港で買って、自分の部屋に積んでいた、島尾ミホの中短編小説集『祭り裏』を読了しました。読みながら、ぼくの若かりし頃、熱心に読んでいた中上健次の小説の濃厚な世界を思い出したりもします。小説の舞台は奄美大島のすぐ南にある加計呂麻島で時は前の戦争からその直後でしょうか。どのような世界であるかは、この本に「付篇」として載せられた石牟礼道子の「書評『祭り裏』」にある『祭り裏』からの引用が表すかのような世界なのです。
幼い私にむずかしいことはわかしませんでしたが、神も人も、太陽も月も、海も山も、虫も花も、天地万物すべてが近所隣の人々と区別のつかぬ同じ世界に溶け合っていて、太陽はティダガナシ(太陽の神)、月はティッキョガナシ(月の神)、火はヒニャハンガナシ(火の神)、ハベラ(蝶)は未だあの世に行かずに此の世に留まっている死んだ人のマブリ(霊魂)、モーレ(海の亡霊)は舟こぼれした人のマブリ、などとみんな私と日常を共にしているごく身近なものばかりでした。
惨劇とも呼べる事件も小説のなかで発生してしまうのだけど、このようなところでこそ魂というものは育まれるのではないかしらと、ぼくは考えてしまいます。加計呂麻島語といってもさしつかえないような島の言葉のセリフをカタカナで表し、それに日本語の標準語訳のルビをふるという破格の文体もあり、書き言葉にはない芳醇さ、豊かさも素晴らしく、この『祭り裏』はフォークナー、ガルシア=マルケス、ジェームズ・ジョイスと並ぶ辺地から放たれた世界文学であるように思えます。
祭り裏
この前、国立能楽堂で見た能の『善知鳥(うとう)』が強烈な内容で、頭から離れず、もう一度、反芻しようと、早稲田大学で名誉教授をしておられる能楽の研究者である竹本幹夫さんの著した『対訳でたのしむ 善知鳥 うとう』を読みました。上段の現代語訳があり、下段に小さい文字での原文の詞章の載せられた本です。再度、その内容を確認し、凄まじい何かを感じ、その粗筋を記したいと思った次第。
立山の地獄谷で修行の僧侶は成仏できずにいる亡くなった漁師に出会う。猟師は陸奥の国にいる自分の残した妻と子に会い、その妻の持っている自分の形見の笠と蓑に向かって読経し、冥福を祈って欲しいと頼む。その際には、片方の袖を渡すから、その袖が形見の服をぴったり合うはずだと言い、姿を消す。僧は修行をしつつ、陸奥の国にまで行き、泣きぬれている女とその子どに会う。形見の片方の袖のない服と僧侶の持ってきた袖がぴたりと合い、まさしく霊として会った猟師の妻と子であるのが判明し、僧侶は形見の笠と蓑に向け読経をする。そこに猟師の霊が現れる。霊は生前に行った善知鳥の狩りを再現するかのようなのだ。善知鳥という鳥の子は親鳥を真似て「うとう」と呼びかけると雛鳥は「やすかた」と答え、無邪気に寄ってくるのを、猟師は狩りをする。漁師は際限もなく夢中となり、むしろ殺生を楽しむように狩りをする。たくさんの親鳥は血の涙を流し、猟師の笠や蓑は真っ赤に染まれど、夢中となった猟師は狩りをやめない。その姿を霊となった漁師は、生きていくためにはそうするしかなかったのだが、初めて深く悔いる。そして、猟師は今は飛べない雉となり永劫に獣に追いたてられているというのだ。その姿を僧侶は救うこともかなわず、妻とその子は静かに見ることしかできずにいる。漁師は退場し、妻と子、僧侶も去っていく。
昔、高野山の金剛峯寺の長い参道のおびただしい墓の中にいくつもの生類の慰霊碑があったのを思い出したりする。それにしても救いのない強烈な内容に心は重くなり、今、ガザで行われていることはこのようなことではないかとも思い、戦慄した。停戦を願うのみ。