えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

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五木寛之さんの著した『大河の一滴 最終章』が面白くて、一気に読みました。病を患い、自らの終焉を意識したエッセイです。総合病院での医師との生々しいやりとりから、五木寛之さんの、93年の人生の感想が述べられます。そして、他力についてや、ポルトガルの「サウダージ」、アメリカの「ブルース」、韓国の「恨」、ロシアの「トスカ」、中国の「悒」、それらに通ずる日本の明治の人たちの「暗愁」への共感ということなどが語られます。日本の外地で経験した敗戦の悲惨の中、母の死、内地への帰国後の父の死、五木さんの中では、戦後はついに生涯、終わらなかったようなのです。考えさせられる、二度とない読書となりました。

五木さんは自らがこの世界にいなくなる日まで、原稿用紙に文字を書いていたいと言います。もう一冊、というのは、ぼくの五木さんへの励ましの言葉ともなるでしょう。無精な読者のぼくですが、この昭和、平成、令和を生きた大作家の新しいもう一冊を読みたく存じます。

『大河の一滴 最終章』五木寛之
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池田雅之さんの訳によるラフカディオ・ハーンの著した『新編 日本の面影』を読みました。ラフカディオ・ハーンとはNHKの朝ドラ『ばけばけ』のヘブン先生のモデルとなった人です。

この『新編 日本の面影』を読むと、美しい流麗な文体で、まだ日清戦争戦争も起きていない明治二十三年(1890年)から明治二十四年(1891年)までの山陰から北陸にかけての日本が冷凍保存されているようなのだ。読めば、その氷は氷解し、在りし日の日本が目の前に現れ、その美しさに目も奪われる。その中で、ぼくのもっとも印象に残った章「子供たちの死霊の岩屋で―加賀の潜戸」は悲しい子供たちの伝説と村人の話で、ハーンを見送る村人の微笑を哀惜してやまないとあり、その締め括りはこう表される。その締め括りを引用します。

「私は妙に冷徹なひとつの仏教説話を思い出した。ひとたび仏陀が微笑まれると、その秘蹟に満ちたご光明は、三千世界を煌々と照らした。しかし、「これは、実在ではない。これは永遠に続く道理はない」との御声が発せられると、その声も消えたのである。」

この海の向こうからやって来た日本を愛する人は、美しい言葉の詩人でありながら、冷徹な哲学者のようでもあるのです。もしくは、すべては過ぎ去ることを心得た永遠の旅人であるのかもしれません。

「新編 日本の面影」ラフカディオ・ハーン [角川ソフィア文庫]
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芥川賞作家であり、臨済宗の僧侶であらせられる玄侑宗久さんが監修・解説し、水野聡さんの訳した『現代語訳 十牛図』を読みました。中国の宋の時代、十二世紀に廓庵師遠禅師の著した『十牛図』の十のそれぞれの「序」と「頌」を水野聡さんが分かりやすく現代語訳し、それぞれに「鑑賞」として、玄侑宗久さんの簡素な解説が付けられています。今までにいろいろな「十牛図」に関する本を読みましたが、読んでいると簡素である利と理を感じつつ、何事にも偏ることのない、この『現代語訳 十牛図』が一番、よかったです。手元に置いておいて、何度も読みかえしたくなる本が見つかりました。あー、京都の相国寺承天閣美術館で実物の「十牛図」が見てみたい。

現代語訳 十牛図 | 書籍 - PHP研究所
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NHKの朝の連続テレビ小説の『ばけばけ』が面白く、高石あかりさんの演ずるその主人公であるトキのトミー・バストウの演ずる夫のヘブンのモデル、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)に興味を持ち、民俗学者であられる畑中章宏さんの著した『小泉八雲「見えない日本」を見た人』を読みました。ぼくは、『悲しき熱帯』を著した文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースよりもさらに先んじた、日本民俗学という学問を創始した柳田國男がもっとも偉大な日本の思想家だ、と思うような人間でもあるのですが、その柳田國男よりも前に民俗学的な視点をもって日本を見た人が後に小泉八雲となるラフカディオ・ハーンであったという主張に納得しました。畑中章宏さんがこの本の中で引用するラフカディオ・ハーン/小泉八雲の文章が、日本への愛がこもっていて、美しく、はっとさせられます。一つ、『小泉八雲「見えない日本」を見た人』から「盆踊り」の一節を引用し、この感想文を了とします。

「そもそも、人間の感情とはいったい何であろうか。それは私にもわからないが、それが、私の人生よりもずっと古い何かであることは感じる。感情とは、どこかの場所や時を特定するものではなく、この宇宙の太陽の下で、生きとし生けるものの万物の喜びや哀しみに共振するものではないだろうか。それにしても、あの歌は、誰にも教わるでもなく、自然界のもっとも古い歌と無理なく調和している。あの歌は、寂しい野辺の歌や、あの「大地の美しい叫び」を生み出す夏虫の合唱と、知らず知らずのうちに血が通いあっているのである。そこに、あの歌の秘密があるのではないだろうか。私はそんな風に思っている。」

小泉八雲 「見えない日本」を見た人
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この前、旅をした金沢の国立工芸館で購入した『輪島と漆』を読みました。どのような内容であっかを目次を引用し、紹介いたします。

【目次】
 [対談]
  ◉小森邦衞×桐本泰一「大地震・水害を乗り越え 輪島の漆文化をいかに継続させるか」
  ◉若宮隆志×桐本泰一「アート、建築、日常……漆の可能性を求めて」
  ◉高森寛子×桐本泰一「バブル以降、使い手の裾野を広げるために」
 [エッセイ]
  ◉高森寛子「輪島と輪島塗の記憶」
  ◉秋山祐貴子「はる なつ あき ふゆ どれも愛おしい──輪島の四季」
  ◉桐本泰一「産地・輪島塗の基礎知識」

輪島の漆の漆器の売り上げのピークはバブル景気の終焉した1991年をピークに下降線をたどり続けているというのですが、この前の地震と豪雨がさらに追い打ちをかけたともいえるそうなのです。地震の時、能登半島の原発が稼働していたとおもうと、背筋が寒くなる。けれども、この重なった逆境を奇貨とし、輪島の漆の漆器の再興にかける方々の力あふれる声をまとめた本が『輪島と漆』であります。変わらぬ変わっていくものに、ぼくは感じいり、微力ながらも何かしたいとも思いました。日本の四季を彩る晴れの日のために、高価であっても、輪島の漆器が使われてもいいのではありますまいか? それから、秋山祐貴子さんの「はる なつ あき ふゆ どれも愛おしい──輪島の四季」を読むと、輪島を旅したくなります。輪島に幸あれ、と願い、祈らずにはおれません。

輪島と漆
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岩波書店から出された『私の戦後80年、そしてこれからのために』を読む。各界の著名な45人の方々が「私の戦後80年、そしてこれからのために」というテーマで文章を寄せられております。感想文の前に目次を記します。

はじめに

干からびた「愛と平和」それこそが……………松重豊
「戦争」を知らずに育った……………村田喜代子
鍵穴から覗いた戦争……………酒井順子
一九四四年生まれの長男宏……………久米宏
残像と風化、そして未来図……………水野勝
聞き手のもとで……………滝口悠生
歴史を逆流させない……………堂本暁子
文化という血流を絶やさぬために……………松尾潔
私の体験的戦後文学……………北方謙三

未来へ、平和を確固たるものにするために……………石破茂
躓くべき「石」……………朽木祥
「象徴」の八〇年――昭和・平成・令和……………原武史
優しい絵……………山内若菜
平和と介護……………鎌田實
八〇年を顧みて――あまりに個人的な……………村上陽一郎
コンセンサスが失われゆく世界で、なお――……………樋口陽一
一九四五年の言葉、二〇二五年の言葉……………角野栄子
在日朝鮮人三世として歴史を生きる……………尹琴淑

六二三、八六八九八一五、五三に繫げ我ら今生く……………川平朝清/ジョン・カビラ
私たちは「戦後」を生きているか……………安田菜津紀
外交の失敗から戦争が起こる……………福田康夫
環境問題の変遷を受け止め続けて……………中西準子
戦争と世界の「後遺症」、そして「抵抗への招待」……………鵜飼哲
日本人の「戦後八〇年」と琉球人の八〇年……………親川志奈子
平和をめぐる日々の違和感……………安野美乃里
戦後五〇年と八〇年の間……………山口二郎

個人の中の分裂を超えて……………赤坂真理
厭戦こそ大切……………辻真先
「戦後」の終わり――これまでとこれから……………宮本憲一
悲痛な転換点に思う……………寺尾紗穂
祖父と父、そして私の傷跡……………尾添椿
女たちの権利獲得の歩み……………内海愛子
戦後八〇年が準備した新しい道……………中村桂子
戦争のなかで生まれた私の責任……………加藤登紀子
シベリアの体験を次世代に伝えたい……………西倉勝

常識を超え、遠くの世界を描く……………山岸凉子
八〇年前のきのうの日記と、八〇年後のきょうの日記……………小林エリカ
戦前社会と戦後社会をつなぐもの……………伊東光晴
映画で植え付ける「いいトラウマ」……………塚本晋也
歴史の裂け目に陥った人びと――シベリア民間人抑留者が突きつける戦後……………石村博子
祖母の毎年の涙……………乃南アサ
戦後八〇年に科学研究のあり方を問う……………本庶佑
『 cocoon 』と過ごした時間を振り返る……………今日マチ子
日本の復興・成長、そして埋没――戦後八〇年への沈思熟考……………寺島実郎

一番、印象に残った文章は意外なことに、前の日本の総理大臣だった石破茂さんの「未来へ、平和を確固たるものにするために」にでした。戦争での日本の加害について言及し、1955年に開催されたインドネシアのバンドン会議でのアジアの寛容と包摂について述べられております。ぼくは石破さんの言説のすべてに同意はしませんが、はやり総理大臣を早くに辞められたことを残念に思うのです。

漫画家の尾添椿さんの「祖父と父、そして私の傷跡」で述べられた祖父の戦争によるPTSDとそれが三代にわたって連鎖することの恐ろしさ。経済学者の伊東光晴さんは「戦前社会と戦後社会をつなぐもの」で庶民が一番右翼で天皇制はその庶民にささえられていたと述べられていて、それは今もつづいているようにぼくには思われます。作家の乃南アサさんが「祖母の毎年の涙」で述べられている戦後も癒えることなくつづく戦争の重さ。政治評論家であり多摩大学学長の寺島実郎さんの「日本の復興・成長、そして埋没――戦後八〇年への沈思熟考」での冷静な分析で述べられている1994年に世界GDPの18%を占めていた経済大国の日本は、今は3.6%まで下落した現実とそれを見つめた、これからの日本への提言に共感します。ほかにも刮目すべき文章ばかりでありました。

ぼくは、この本に文章を寄せられた人たちとともに「戦後100年」を目指したく存じます。

私の戦後80年、そしてこれからのために
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瀬戸内寂聴さんの著した『ひとりで生きる』を一気読みする。瀬戸内寂聴さんが亡くなられて早くも四年が経つのか、と思う。この本でもとりあげられていたお釈迦さまのことばの一つに「犀の角のようにただ独り歩め」があって、このことばはぼくの大好きな言葉でもあるのです。瀬戸内さんにとって「犀の角のようにただ独り歩め」は呪文だといい、このことばをとなえると「不思議に心はなだめられ、不如意も、怒りも怨みも消えてしまう」という。と同時に「忘己利他」を説く。「己を忘れ他を利するものは慈悲の極みなり」こそ生きる喜びにつながる、という。釈尊の最期のことばは「この世は美しい。人のいのちは甘美なものだ」。瀬戸内さんもこのことばをつぶやいて、人々の愛に感謝しながらこの世を去りたい、という。素敵です。ぼくはこの釈尊の最期のことばの前に「すべてはうつりゆく」があったような気もしながら、本を閉じました。うつりゆくものに献杯と乾杯をしたい。

ひとりで生きる | PRESIDENT STORE (プレジデントストア)
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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