えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

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藤原新也さんの写真と文章の本「メメント・モリ」の2018年に出版社を変えての本を手にとり写真を見て文章を読んだ。

初めてこの本を数十年前に読んだ時は、前半のいくぶんショッキングな写真にぼくの目は引き寄せられていたのだった。いつの間にか、ぼくの人生も半分をとうに超えて、この本の全体をいくばくかは分かるように思え、後半の写真や文章にも魅かれている自分がいる。この本の物語は死から生への旅のような気もし、それは非凡から平凡への旅、死が生へと収斂され、異常と思われることもどこにでもある日常へと昇華されるかのようだと感じている。

この本は文章ではなく、写真をまず見つめ、そして、文章を読み、写真をさらに見つめるといいと思う。

若き藤原新也さんのこの世界に対する違和感に過剰な何かすら感じてしまうけれど、それは豊穣と空虚が背中合わせにあるようなものでもあるのかもしれない。

年をとってから感じれることもあるんだ。





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ブレイディみかこさんの著した最新の本『ワイルドサイドをほっつき歩け―ハマータウンのおっさんたち』を読みました。新しい本が出るたびにブレイディみかこさんの本は読んでしまいます。

『ワイルドサイドをほっつき歩け』はみかこさんが在住しているイギリスのブライトンの公営住宅の近所の愛すべきおっさんたちを題材にしたエッセイ集で、連作のようになっていて、なぜか、ぼくは山本周五郎の人情ものの短編集を思い出したりしました。どうしてみかこさんの近所のおっさんたちが愛すべき存在なのかは本書を読むべし。






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古いお寺や神社に行くことが好きで、参りに行きます。お寺で御朱印をいただくとき、中敷きの紙にこんな言葉を目にすることも多い。

「ご朱印は「納経」の証しです。ご朱印を受ける前に、経典を書写、もしくは読誦することが本来の姿といえます」

小さい般若心経の本を買いました。これは世界で一番短い経典かもしれぬ。訓読もこの本には付いているので、始めてちゃんと般若心経を読んでみた。ぼくの感想は、わたしは真理から遠い愚かな凡夫であります、ということ。この本がぼろぼろになるころには、何かに近づけているのかしら?

ゆめゆめうたがふことなかれ
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村上龍の「MISSING 失われているもの」を読了した。5年ぶりの村上龍の長編小説は一人称で夢とも現ともつかないところを彷徨うかのように、女優に導かれ母と再会する話で、それはは、40年後の「限りなく透明に近いブルー」のようでもあった。ラストにぼくの想像してたそれとはまったく違う展開に、ぼくは、逃げ場を絶った村上龍さんは、いまだに、アンファンテリブル、おそるべき子供たち(早熟・非凡で大人の意表外に出る行動をとり、脅威を感じさせる子供)なのだとも思った。

村上龍『MISSING 失われているもの』 特設サイト
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田坂広志さんの著した『運気を磨く 心を浄化する三つの技法』を読んだ。

その昔、ぼくがビジネスマンであった頃(今でもぼくは会社員だけど、ビジネスマンだという自覚はまったくなくなってしまった)、前に勤めていた会社で何かビジネスマン向けのセミナーを受けてこいと言われて、いろんな選択肢の中から田坂さんの講演会を何の気なしに偶然に選んでしまい、その時から、ぼくは田坂さんのファンなのです。それは、それは、とても、とても面白かった講演会だったのです。それから空前にテレビで見た原発をめぐる討論会での田坂さんの切実で誠実な発言もありました。

さて、さっき一気に読み終えた『運気を磨く』は、ゼロ・ポイント・フィールドを枕にいろんなビジネスでの実話はもとより、精神分析、量子物理学での粒子や波のゆらぎについても言及され、そして、今、ぼくがとても気になっている親鸞の絶対他力の話になり、人生のすべてを肯定するところまで行き着く。この本を読んで、ぼくがまずはじめに実践しようと思うこと、それは神仏に手を合わせて祈る時、感謝の心を持って、お導きください、と心の中で唱えること。この前のぼくが経験したつまずき転び、左足のふくらはぎが肉離れを起こしたことも、何か、神様や仏様から守られての出来事だったような気がしているのです。






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三上智恵さんの著した「証言 沖縄スパイ戦史」を読了しました。こんな新書版の本を見たことがないというような749頁にものぼる大著です。

この前の戦争での住民を巻き込んだ沖縄戦の証言と論考でした。人生も終盤となり、やっと苦しくも解き放たれたたくさんの生々しく惨たらしい証言をは読み進めるのがつらくなることもしばしばありました。論考は住民を殺害した日本の兵士を告発すれど、糾弾することもなく、戦争のもたらす狂気の地獄ような何かのその構造を手探りでかきたぐろうとしつつ、被害者にも、加害者にも、一人ひとりの心に深く重しを下して見つめるかのようなのです。そして、それは負の歴史から目をそらしてはいけない、そこからしか未来はないと、今を生きるぼくたちを咤激励しているかのようでもあるのです。

ぼくは「おわりにかえて」に書かれているこの言葉を引きつつ、戦争について考えようとするならば、あの大戦の後、永遠に戦後を生きたほうがいい、戦争を忘れないほうがいい戦争を知らない子どもたち、孫たちに、この本を、決して外せない一冊として紹介したいと思うのです。

 私は今日も自宅の窓から、恩納岳や八重岳を眺めながら、亜熱帯の森の一部になった彼らの声を聞く。
「戦争を知ってください。そこからちゃんと、強い未来をつかみ取ってください。
 まだまだですよ、たくさんの教訓がまだここに眠っていますよ」





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三島由紀夫の「午後の曳航」を新潮文庫で読んだ。何度目かの再読です。

高校生のころ読んで感じた、日常の中にある禁忌があばかれ見てしまうような、ある種の幻惑されるようなものは、年をとったぼくは感じなくなっていた。けれども、おもしろい。

この小説は、これを書いた数年後に割腹して自殺する三島由紀夫自身を予言しているかのようだ。とすれば、あれは、「自決」というより「自裁」という言葉が似つかわしい、などと考えていたら、ぼくの心はなぜか巨大な塊となったような虚無にとらわれ、泣きたいような悲しみが押し寄せてきた。





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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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