えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

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東京国際映画祭で小津安二郎監督の『父ありき』を見ました。

戦中の映画でこの『父ありき』ではすでに小津調の要素、ローポジションのカメラや家族の別れの劇などは、出そろっていたことになんだかぼくは感心したりします。

公開時は94分ある映画だったのだけれど、戦後、GHQの検閲によって87分の版しか残されていなかったのを、1990年代のペレストロイカ時にロシアで発見されたフィルムをもとに、カットされた部分も可能な限りデジタル修復した今年の92分の版が上映された。その新たに修正・追加されたところに、宴会で武運長久を祈る「正気歌」(「死しては忠義の鬼となり、極天皇基を護らん」という詩)を詩吟する場面とラスト・シーンに「海ゆかば」の音声が加わり、映画は今までの版とはまったく違う印象を残す。

この映画の公開は1942年で、直接の戦争のシーンは出さずとも、戦時と戦争を、まったく戦意の高揚しない暗鬱な形で表現していて、圧巻の「序破急」の「急」であります。『父ありき』の「海ゆかば」は笠智衆演ずる父の沈鬱な鎮魂歌となり、さらに、佐野周二演ずる結婚したばかりの子の暗い未来や敗戦という暗い日本の未来も予感するかのようなのだ。小津安二郎、恐るべし。
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東京国際映画祭で小津安二郎監督の『麦秋』と『宗方姉妹』を見ました。

小津安二郎生誕百二十年、没後六十年の催しで、本編の始まる前に短い小津安二郎のイメージ映画「Shoulder of Giants」とヴィム・ヴェンダーズのインタビュウーも放映されます。「Shoulder of Giants」を見ただけでワクワクしてきて、ぼくの目頭は熱くなります。

英語字幕付きで少なからぬ外国人の観客もいらっしゃっておられるようで、映画が終わって劇場が明るくなると、外国の人が涙をためておられるようでした。本当にこんな日本的な映画が日本を越えて人の心を打つのですね。

ぼくも小津の映画を見ると胸が締めつけられるようです。死を悟ったらしき坂本龍一さんは生前のインタビューで小津の映画を見ると涙が止まらなくなるとおっしゃっておりました。

さて、ぼくは、この東京国際映画祭て小津安二郎の映画を、これから一週間余り、たくさん見ようと思っています。

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石井裕也監督の『月』を見ました。辺見庸さんが相模原のたまゆり園での凄惨な事件から着想を得た小説を原作にした映画です。

この映画はあくまでもフィクションであるとぼくは理解し、その描かれた人間ドラマは社会批評を越えて思想劇でもあり、そのテーマは、小説家や思想家、宗教学者が生涯をかけて答えを求め、答えられずにいるようなものでもあって、そのような深刻なことを二時間半の時間で映画化したものでもあります。否定的なものも含めていろんな見方が議論されていて、それでこそ、この映画が今という時代に必要とされているとぼくは思います。

主人公、堂島洋子役の宮沢りえさんの演技が圧巻ですが、その夫の堂島昌平の役のオダギリジョーさんの演技も素晴らしいです。洋子の同僚の坪内陽子を演じる二階堂ふみさんは、ふと、小津安二郎の映画の杉浦春子のようでもあります。小津安二郎は杉浦春子を自分の映画における四番バッターと呼び、杉浦春子がいなければ、映画が始まらないとも言っていたそうです。誰もが嫌がるであろう全うの汚れ役、悪役のさとくんを演じた磯村勇斗くんの熱演にエールを送りたいと思います。

問題作を次々に世に送り出し、この前、急折された異色のプロヂューサー、河村光庸さんが最後に残してくれたこの映画『月』がぼくを含む見た人に問いかける、そのような映画です。

10月13日公開、映画「月」オフィシャルサイト
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岩井俊二監督の『キリエのうた』を見ました。岩井俊二さんの映画は『Love Letter』のころからのファンで公開されるたびに見ています。昔、『リリイ・シュシュのすべて』を見た後、その暗さに打ちのめされて三カ月ほど鬱な気分になっていましたが、『キリエのうた』はそんなこともなく、とてもよかったです。感動しました。

今の時代の『スワロウテイル』みたいな音楽映画です。『スワロウテイル』はバブル経済とジャパン・アズ・ナンバーワンの残り香ただよう映画でしたが、あれからニ十七年、あまりに日本も変わってしまっていたことにも気づきます。東日本大震災後、『キリエのうた』では、主人公は路上を彷徨い、パソコン向けのレンタルスペースをねぐらとしてるかのようで、その主人公「キリエ」を演ずるアイナ・ジ・エンドの存在感は圧倒的に魅力的です。

老人の入ってきているぼくには三時間弱というこの映画は、おしっこを我慢するには、もはや、長かった。けれどこの三時間は必要だし、素晴らしかった。年をとるということは、困ったこともあったものですね。昔の自分も嚙みしめつつ、繰り返すも『キリエのうた』は今の最高の音楽映画なのです。

音楽映画『キリエのうた』
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ウェス・アンダーソン監督の『アステロイド・シティ』を見ました。よく分からない変な映画だけれど、不思議に眠くならないのは、アンダーソン監督の作るその映像の喚起力からでしょうか? 映画はアリゾナ州かどこかの大昔に隕石の落ちてきた何もない砂漠の町。疑似B級映画のその映像に、ぼくは藤原新也さんのカリフォルニアの風景を撮った写真やデイヴィッド・ホックニーのカリフォルニア時代の絵画を思い出してしまいます。トム・ハンクスが重要な脇役で出演していたのに全然気付かなかった。

9/1(金)公開|映画『アステロイド・シティ』公式
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『落語紙芝居 古今亭志ん生シリーズ 火焔太鼓/替り目』を見ました。ほとんど、動画の残っていない古今亭志ん生の落語、その落語の音声に林家正楽師匠の切り絵が映し出されて、それが動いて、とても楽しい。

林家正楽師匠の切り絵は寄席で何度も見ましたが、飄々として、面白く、素敵です。そして、志ん生の夫婦ものの落語って、破天荒な自分のことを話して笑わしているんじゃないかねとぼくは思ってしまいます。その落語の深さと切り絵の軽妙さが合わさって、とてもとてもいいのです。








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クリストバル・レオン監督とホアキン・ホシーニャ監督の共同監督による『オオカミの家』を見ました。紙粘土細工で作られた強迫観念の悪夢の中を女の子がさまようかのような映画でした。

普通の映画というよりかは、そのアバンギャルド性は、現代美術館で上映されているかのような映画で、この南米チリ発の映画で、チリの山奥にあった「コロニア・ディグニダ」という宗教コミューンから発想されているという。閉鎖的なそこは、ドイツから逃れたナチスのヒトラーユーゲントを教祖とし、男児への性虐待どころか、当時の軍事独裁政権の庇護を受け、拷問や虐殺すら行われていた。その軍事独裁政権を後ろから支えていたのが、米ソ冷戦下のアメリカ合衆国政府。反戦歌を歌ったフォーク・シンガー、ビクトル・ハラの殺されたチリのもっとも闇の深い現代史のある時の話。

さて、映画に戻れば、歴史を繰り返すことののいようにと、南アメリカ文学のマジック・リアリズムのような容赦ない悪夢が続くかのようであった。

『オオカミの家』公式サイト
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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