えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
西崎雅夫さんの編纂した「証言集 関東大震災の直後 朝鮮人と日本人」を読む。1992年にボスニア・ヘルツェゴビナで、1994年ルアンダで起き、1965年にインドネシアで起きた住民の住民による虐殺が、1923年、関東大震災直後の日本で起きた。その証言集であるこの本は読み進めるのが躊躇されるような陰惨な内容も多く含むのだけど、「文化人らの証言 その後の回想」の章から比較的ソフトに書かれた、日本の古来からの文物、文化を愛した折口信夫の文を引用してみる。
「増上寺山門
国人の 心さぶる世に値ひしより、顔よき子らも、頼まずなりぬ
[略]大正十二年の地震の時、九月四日の夕方ここ[増上寺山門]を通って、私は下谷・根津の方へむかった。自警団と称する団体の人々が、刀を抜きそばめて私をとり囲んだ。その表情を忘れない。戦争の時にも思ひ出した。戦争の後にも思ひ出した。平らかな生を楽しむ国びとだと思ってゐたが、一旦事があると、あんなにすさみ切ってしまふ。あの時代に値(ア)つて以来といふものは、此国の、わが心ひく優れた顔の女子達を見ても、心をゆるして思ふやうな事が出来なくなってしまった。歌としては相当な位置にあるものだと思うが、芯にある固いものが、どこまでもこの歌の美しさを不自由ならしめている」
折口のいう「芯にある固いもの」とは何だろう。
ひるがえって、「主義者」とか「不逞鮮人」という言葉が昔、あって、今でも形を変えて残っているようでもあり、「主義者」や「不逞鮮人」というならば、何の主義者であるか、何に対する不逞なのかは知らないが、ぼくはぼく自身が「主義者」で「不逞」であるような気が、今のような時代だからしてしまう。
そして、苦しいながらも、この本を読みおおせた。読みおおせた、その理由は編者の西崎雅夫がこの本の解説にこう書かれていることのような気がして、心ある人たちにこの本を読んでほしいと思うのです。
「今でも大きな地震があるたびに外国人を排斥するデマが流れる。「朝鮮人を殺せ!」というヘイトスピーチが街頭を流れる。日本社会には九五年前と変わらぬ光景が現れつつある。その恐ろしさの一端でも本書で感じていただけたら幸いである」
「増上寺山門
国人の 心さぶる世に値ひしより、顔よき子らも、頼まずなりぬ
[略]大正十二年の地震の時、九月四日の夕方ここ[増上寺山門]を通って、私は下谷・根津の方へむかった。自警団と称する団体の人々が、刀を抜きそばめて私をとり囲んだ。その表情を忘れない。戦争の時にも思ひ出した。戦争の後にも思ひ出した。平らかな生を楽しむ国びとだと思ってゐたが、一旦事があると、あんなにすさみ切ってしまふ。あの時代に値(ア)つて以来といふものは、此国の、わが心ひく優れた顔の女子達を見ても、心をゆるして思ふやうな事が出来なくなってしまった。歌としては相当な位置にあるものだと思うが、芯にある固いものが、どこまでもこの歌の美しさを不自由ならしめている」
折口のいう「芯にある固いもの」とは何だろう。
ひるがえって、「主義者」とか「不逞鮮人」という言葉が昔、あって、今でも形を変えて残っているようでもあり、「主義者」や「不逞鮮人」というならば、何の主義者であるか、何に対する不逞なのかは知らないが、ぼくはぼく自身が「主義者」で「不逞」であるような気が、今のような時代だからしてしまう。
そして、苦しいながらも、この本を読みおおせた。読みおおせた、その理由は編者の西崎雅夫がこの本の解説にこう書かれていることのような気がして、心ある人たちにこの本を読んでほしいと思うのです。
「今でも大きな地震があるたびに外国人を排斥するデマが流れる。「朝鮮人を殺せ!」というヘイトスピーチが街頭を流れる。日本社会には九五年前と変わらぬ光景が現れつつある。その恐ろしさの一端でも本書で感じていただけたら幸いである」
鴻上尚史さんの著した「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか」がおもしろくて、読み始めたら止められなくなり、一気読みしてしまった。戦争と特攻兵のファンタジーではない現実だったありようと、この本での主人公、佐々木友次さんがとても興味深く、さらに鴻上さんの特攻兵に関するするどい論に感心したのです。
良書紹介のためと明日の平和であるつづける日本の未来のために、この本に書かれていた何度も特攻の命令から戦果すらあげて生きて帰ってきた佐々木友次さんの生前に自らそうしようと決めた墓碑銘を、敬意をこめて紹介いたします。
「哀調の切々たる望郷の念と
片道切符を携えて散っていった
特攻と云う名の戦友たち
帰還兵である私は今日まで
命の尊さを噛みしめ
亡き精霊と共に悲惨なまでの
戦争を語りつぐ
平和よ永遠なれ
鉾田陸軍教導飛行団特別攻撃隊
佐々木友次」
良書紹介のためと明日の平和であるつづける日本の未来のために、この本に書かれていた何度も特攻の命令から戦果すらあげて生きて帰ってきた佐々木友次さんの生前に自らそうしようと決めた墓碑銘を、敬意をこめて紹介いたします。
「哀調の切々たる望郷の念と
片道切符を携えて散っていった
特攻と云う名の戦友たち
帰還兵である私は今日まで
命の尊さを噛みしめ
亡き精霊と共に悲惨なまでの
戦争を語りつぐ
平和よ永遠なれ
鉾田陸軍教導飛行団特別攻撃隊
佐々木友次」
釈迢空の「釈迢空歌集」を読む。釈迢空、これは折口信夫の歌人、詩人としての別名。折口信夫とは民俗学の祖、柳田國男にもっとも近しかった高弟で、民俗学者、国文学者、国語学者であり、その心は万葉集を崇敬し、その短歌を現代に息を吹きかえさせようと、自ら歌を詠んだ。点やマル、空白を使ったその破格の形式で、国学の研究のかたわら、生涯、あらゆることの歌を詠み続けた人。
折口信夫の生きた時代は日本が戦争をひた走っていた時代で、この「釈迢空歌集」を読んでいると、釈迢空が折口信夫に宛てた手紙のようでもあり、日記のようでもあり、一人の日本人の心のありようが生々しく迫ってくるようなのだ。
どれか一つ歌を紹介と思ったけれど、選べない。何か、本全体で連歌のようでもあるから。
折口信夫の生きた時代は日本が戦争をひた走っていた時代で、この「釈迢空歌集」を読んでいると、釈迢空が折口信夫に宛てた手紙のようでもあり、日記のようでもあり、一人の日本人の心のありようが生々しく迫ってくるようなのだ。
どれか一つ歌を紹介と思ったけれど、選べない。何か、本全体で連歌のようでもあるから。
大野英子さんの著した「九十歳のつぶやき」を読みました。秩父困民党について何か知りたいと思い、アマゾンで検索してみたら「九十歳のつぶやき」が出てきたのです。大野英子さんはプロの物書きではなく、短歌や詩、ちいさな物語を書きながら、障がい児学級の担任として、児童詩教育に携わってこられた人生がこの本にはつまっている、そんな歌文集。美しい草花の口絵付き。どんな本なのかを紹介するために章立てを記します。
第一章 昔々父ちゃんは頭の鈍い末っ子と遊んで呉れた
第二章 花いちもんめ
第三章 吾が郷いとし
第四章 敗戦の日
第五章 秩父困民党
第六章 時代の化け物「治安維持法」
「第五章 秩父困民党」はこんな書き出しです。
「秩父困民党
最後の一人が撃たれたのは本庄市 児玉町
山の柿つるうめもどすからす瓜秩父横道赤はかなしく
秩父小鹿野の径、山柿の大木が赤い実をつけていた。
「秩父の風物詩ですね」
私の軽い言葉に、畏友<高田哲郎先生>は
「いいえ」
と首を振って
「山に隠れた困民党の残党の命を支えた柿の実です。
秩父の人は伐れないのですよ」」
故郷は美しく、歴史家ではなく、生きてきた人の書く歴史は重くて、ぼくは大野英子さんに敬意を表します。と同時に、読んで何かとても暖かい気持ちになった本でした。
本の帯にあった言葉です。
「今、この国の空気は、あのころととてもよく似ているのです。
豊かな野山に抱かれ、貧しくともあたたかな村の暮らし。自然をこよなく愛した父ちゃんと遊んだ日々に、いつの間にか忍び寄ってきた戦争の影。吹き荒れる治安維持法、前橋空襲、戦時下の人々の現実が生々しく描き出されます」
星野道夫さんの著した「旅をする木」を読んだ。読みながら、以前、読んだH.D. ソローの古典的名著「森の生活」を思い出していた。美しい自然を表すには美しい文体が必要になって、H.D. ソローと同じように星野さんの文は美しく、それは、アラスカを終の棲家とした写真家の目と心が、その大きな自然によって育まれたためのものだろうか。星野さんについて意外なことを、この本から知った。星野さんは、自然保護とか、動物愛護という言葉には何も魅かれたことはなかった、と書いていて、アラスカのエスキモーたちをクジラ漁を同伴し、その目で見て、こう感想をもらす。
「何よりもうたれたのは、彼らが殺すクジラに対する神聖な気持ちだった。解体の前の祈り、そして最後に残された頭骨を海に返す儀式・・・・・・それはクジラ漁にとどまらず、カリブーやムースの狩猟でも、さまざまな形で人々との自然との関りを垣間見ることができた」
そうか、自然は保護するものではなく、動物は愛護するものでもないのか。ぼくはそこから畏敬とか畏怖という言葉を思い出してしまう。星野さんはアラスカの野生のテントの中で野生そのものでもあるかのようなクマによって天に召されたのだけれども、この本のタイトルとなった「旅をする木」では、ぼくは命の始まりとその終わりから、再びの始まりすらも感じ、考えてしまう。
アラスカに行ってみたいなぁ。今夜はオーロラの夢を見ます。おやすみZZZzzz.....
旅をする木 感想 星野 道夫 - 読書メーター
星野道夫公式サイト
堤未果さんの「日本が売られる」を読む。「日本が売られる」とは政治の法律改変によって海外のグローバル資本に日本が戦後に育んできた貴重な共有財産が売られていることを指す。
そう、売国とか売国奴などという言葉があって、その言葉自体に何らかの少数意見への差別やら、軍国主義の匂いがして、ぼくは好きではないのだけど、むしろ、その言葉に似つかわしいのは彼等の方であったらしい。
売られている品目はこれらで、すべて「日本の」、もしくは「日本人の」という言葉が頭に付き、それは、水、土、タネ、ミツバチの命、食の選択肢、牛乳、農地、森、海、築地、労働者、日本人の仕事、ブラック企業対策、ギャンブル、学校、医療、老後、個人情報。それらが売りに出されているわけです。堤さんはこれらを買うのは「今だけカネだけ自分だけ」の徒であり、それによって次々にぼくたちの生活の当たり前だった足元が崩されていっていると書いている。
しかも、それはグローバル資本主義の名のもと全世界で進行中であるらしいのだ。昔、19世紀の半ばにカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスは「共産党宣言」でこんなことを書いたのだよ。
「一つの妖怪がヨーロッパにあらわれている、――共産主義の妖怪が」
妖怪はベルリンの壁の崩壊とともに消え去ったように見えたのだけれども、21世紀の初頭はこんな風でもあるのだよ。
「一つの悪魔が世界にあらわれている、「今だけカネだけ自分だけ」という資本主義の悪魔が」
杜甫の詩に「国破れて山河ありき」という言葉があるけれど、「山河」こそ「国」の始まりで、そこからしか何もないという気もするのだけど、今や「山河」も、日本では2016年に農地法を変えて大売出し中らしい。赤尾敏や野村秋介が生きていたら何と言うだろうか? やはり夏目漱石は「この国は滅ぶね」と言っているかもしれない。
その滅びる前にすることがあって、ラストの章の「売られたものは取り返せ」に少し救われた。
そう、売国とか売国奴などという言葉があって、その言葉自体に何らかの少数意見への差別やら、軍国主義の匂いがして、ぼくは好きではないのだけど、むしろ、その言葉に似つかわしいのは彼等の方であったらしい。
売られている品目はこれらで、すべて「日本の」、もしくは「日本人の」という言葉が頭に付き、それは、水、土、タネ、ミツバチの命、食の選択肢、牛乳、農地、森、海、築地、労働者、日本人の仕事、ブラック企業対策、ギャンブル、学校、医療、老後、個人情報。それらが売りに出されているわけです。堤さんはこれらを買うのは「今だけカネだけ自分だけ」の徒であり、それによって次々にぼくたちの生活の当たり前だった足元が崩されていっていると書いている。
しかも、それはグローバル資本主義の名のもと全世界で進行中であるらしいのだ。昔、19世紀の半ばにカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスは「共産党宣言」でこんなことを書いたのだよ。
「一つの妖怪がヨーロッパにあらわれている、――共産主義の妖怪が」
妖怪はベルリンの壁の崩壊とともに消え去ったように見えたのだけれども、21世紀の初頭はこんな風でもあるのだよ。
「一つの悪魔が世界にあらわれている、「今だけカネだけ自分だけ」という資本主義の悪魔が」
杜甫の詩に「国破れて山河ありき」という言葉があるけれど、「山河」こそ「国」の始まりで、そこからしか何もないという気もするのだけど、今や「山河」も、日本では2016年に農地法を変えて大売出し中らしい。赤尾敏や野村秋介が生きていたら何と言うだろうか? やはり夏目漱石は「この国は滅ぶね」と言っているかもしれない。
その滅びる前にすることがあって、ラストの章の「売られたものは取り返せ」に少し救われた。
中矢俊一郎さんが細野晴臣さんの語りをまとめた「HOSONO百景」を読んだ。ポップ・ミュージックのマエストロが縦横無尽に、街のこと、旅のこと、もちろん音楽のこと、映画のこと、本当にいろんなことを語っております。2014年に出版されたこの本には震災後の東北ツアーのことも書かれていて、相馬市でコンサートをした時は、震災後に地元に戻った青年から、帰っていく餞別にと、職場の先輩からCD「はらいそ」を渡されたという話が出てくる。マエストロはこんな慨嘆をする。
「ぼくはこれをどう考えたらいいのかわからなくて・・・・・・。それ以上のことは話さなかったんだけど、震災前の相馬が彼にとっては楽園なのかもしれない。ただ、どうしても元に戻したいその楽園は、震災後も見た目は変わっていないわけだから、イマジネーションの世界に近いと思う。現実と非現実が重なったような、本当に複雑な場所だった」
今という時代はノスタルジーとイマジネーションによって前に進んで行くしかない時代なのかもしれない。街も、町も、景色も変わっていくのだけど、ぼくも旅に出て、知らないその土地や場所の景色を見て、音を聞きたい。
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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