えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
星野道夫さんの著した「旅をする木」を読んだ。読みながら、以前、読んだH.D. ソローの古典的名著「森の生活」を思い出していた。美しい自然を表すには美しい文体が必要になって、H.D. ソローと同じように星野さんの文は美しく、それは、アラスカを終の棲家とした写真家の目と心が、その大きな自然によって育まれたためのものだろうか。星野さんについて意外なことを、この本から知った。星野さんは、自然保護とか、動物愛護という言葉には何も魅かれたことはなかった、と書いていて、アラスカのエスキモーたちをクジラ漁を同伴し、その目で見て、こう感想をもらす。
「何よりもうたれたのは、彼らが殺すクジラに対する神聖な気持ちだった。解体の前の祈り、そして最後に残された頭骨を海に返す儀式・・・・・・それはクジラ漁にとどまらず、カリブーやムースの狩猟でも、さまざまな形で人々との自然との関りを垣間見ることができた」
そうか、自然は保護するものではなく、動物は愛護するものでもないのか。ぼくはそこから畏敬とか畏怖という言葉を思い出してしまう。星野さんはアラスカの野生のテントの中で野生そのものでもあるかのようなクマによって天に召されたのだけれども、この本のタイトルとなった「旅をする木」では、ぼくは命の始まりとその終わりから、再びの始まりすらも感じ、考えてしまう。
アラスカに行ってみたいなぁ。今夜はオーロラの夢を見ます。おやすみZZZzzz.....
旅をする木 感想 星野 道夫 - 読書メーター
星野道夫公式サイト
堤未果さんの「日本が売られる」を読む。「日本が売られる」とは政治の法律改変によって海外のグローバル資本に日本が戦後に育んできた貴重な共有財産が売られていることを指す。
そう、売国とか売国奴などという言葉があって、その言葉自体に何らかの少数意見への差別やら、軍国主義の匂いがして、ぼくは好きではないのだけど、むしろ、その言葉に似つかわしいのは彼等の方であったらしい。
売られている品目はこれらで、すべて「日本の」、もしくは「日本人の」という言葉が頭に付き、それは、水、土、タネ、ミツバチの命、食の選択肢、牛乳、農地、森、海、築地、労働者、日本人の仕事、ブラック企業対策、ギャンブル、学校、医療、老後、個人情報。それらが売りに出されているわけです。堤さんはこれらを買うのは「今だけカネだけ自分だけ」の徒であり、それによって次々にぼくたちの生活の当たり前だった足元が崩されていっていると書いている。
しかも、それはグローバル資本主義の名のもと全世界で進行中であるらしいのだ。昔、19世紀の半ばにカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスは「共産党宣言」でこんなことを書いたのだよ。
「一つの妖怪がヨーロッパにあらわれている、――共産主義の妖怪が」
妖怪はベルリンの壁の崩壊とともに消え去ったように見えたのだけれども、21世紀の初頭はこんな風でもあるのだよ。
「一つの悪魔が世界にあらわれている、「今だけカネだけ自分だけ」という資本主義の悪魔が」
杜甫の詩に「国破れて山河ありき」という言葉があるけれど、「山河」こそ「国」の始まりで、そこからしか何もないという気もするのだけど、今や「山河」も、日本では2016年に農地法を変えて大売出し中らしい。赤尾敏や野村秋介が生きていたら何と言うだろうか? やはり夏目漱石は「この国は滅ぶね」と言っているかもしれない。
その滅びる前にすることがあって、ラストの章の「売られたものは取り返せ」に少し救われた。
そう、売国とか売国奴などという言葉があって、その言葉自体に何らかの少数意見への差別やら、軍国主義の匂いがして、ぼくは好きではないのだけど、むしろ、その言葉に似つかわしいのは彼等の方であったらしい。
売られている品目はこれらで、すべて「日本の」、もしくは「日本人の」という言葉が頭に付き、それは、水、土、タネ、ミツバチの命、食の選択肢、牛乳、農地、森、海、築地、労働者、日本人の仕事、ブラック企業対策、ギャンブル、学校、医療、老後、個人情報。それらが売りに出されているわけです。堤さんはこれらを買うのは「今だけカネだけ自分だけ」の徒であり、それによって次々にぼくたちの生活の当たり前だった足元が崩されていっていると書いている。
しかも、それはグローバル資本主義の名のもと全世界で進行中であるらしいのだ。昔、19世紀の半ばにカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスは「共産党宣言」でこんなことを書いたのだよ。
「一つの妖怪がヨーロッパにあらわれている、――共産主義の妖怪が」
妖怪はベルリンの壁の崩壊とともに消え去ったように見えたのだけれども、21世紀の初頭はこんな風でもあるのだよ。
「一つの悪魔が世界にあらわれている、「今だけカネだけ自分だけ」という資本主義の悪魔が」
杜甫の詩に「国破れて山河ありき」という言葉があるけれど、「山河」こそ「国」の始まりで、そこからしか何もないという気もするのだけど、今や「山河」も、日本では2016年に農地法を変えて大売出し中らしい。赤尾敏や野村秋介が生きていたら何と言うだろうか? やはり夏目漱石は「この国は滅ぶね」と言っているかもしれない。
その滅びる前にすることがあって、ラストの章の「売られたものは取り返せ」に少し救われた。
中矢俊一郎さんが細野晴臣さんの語りをまとめた「HOSONO百景」を読んだ。ポップ・ミュージックのマエストロが縦横無尽に、街のこと、旅のこと、もちろん音楽のこと、映画のこと、本当にいろんなことを語っております。2014年に出版されたこの本には震災後の東北ツアーのことも書かれていて、相馬市でコンサートをした時は、震災後に地元に戻った青年から、帰っていく餞別にと、職場の先輩からCD「はらいそ」を渡されたという話が出てくる。マエストロはこんな慨嘆をする。
「ぼくはこれをどう考えたらいいのかわからなくて・・・・・・。それ以上のことは話さなかったんだけど、震災前の相馬が彼にとっては楽園なのかもしれない。ただ、どうしても元に戻したいその楽園は、震災後も見た目は変わっていないわけだから、イマジネーションの世界に近いと思う。現実と非現実が重なったような、本当に複雑な場所だった」
今という時代はノスタルジーとイマジネーションによって前に進んで行くしかない時代なのかもしれない。街も、町も、景色も変わっていくのだけど、ぼくも旅に出て、知らないその土地や場所の景色を見て、音を聞きたい。
最新のディズニー映画「プーと大人になった僕」を見たいと思っているのですが、ふと、A.A.ミルンの「クマのプ―さん」ってどんな話だっけと思い、石井桃子さんの訳した岩波少年文庫を読んでみた。
子どの頃を遠く過ぎたぼくは、こんなかわいらしい絵のいっぱいある本を読むことのワクワクもどこかに去ってしまったのかもしれないなどとも思いつつ、読み進めていく。
そうか、クリストファー・ロビンの子ども部屋の棚には、きっと、クマや子ブタ、ウサギやロバ、フクロウやカンガルー、ゾウのぬいぐるみが飾ってあって、それが、夜のなると不思議な森に彼を連れ出してしまうことは信じていいことなんだ。
すると、ぼくも小さいころ、小さなクマのぬいぐるみいを持っていたことを思い出し、あのころの甘くて苦いような気持ちがよみがえってくるようなのです。きっと、心のどこかで、こんなぼくも、今でも、プーと友だちなのかもしれないな。
倉田百三の「出家とその弟子」を読了した。
「出家とその弟子」は、唯円が親鸞について書いた鎌倉時代の書物「歎異抄」をもとにした読む戯曲ということだが、それは「歎異抄」にインスピレーションを得た倉田百三のまったくの創作だった。
解説で亀井勝一郎は青春文学と呼んでいるけれど、ぼくにはそうは思われず、それは、いまだに何歳になっても、ぼくが青春のままでいるからだろうか?
倉田百三は、この大正時代末期に発表された「出家とその弟子」の一冊のみによって、百年以上にもわたって読み継がれる作家になったのだけれども、揺り籠から墓場まで何歳で読んでも、何か心に残る名作であると思った。そう、名作と呼ばれるものには何かあるのです。若い倉田百三は何かに書かされて、これを書いたのかもしれない。
また、何年かしたら、再読してみよう。
「出家とその弟子」は、唯円が親鸞について書いた鎌倉時代の書物「歎異抄」をもとにした読む戯曲ということだが、それは「歎異抄」にインスピレーションを得た倉田百三のまったくの創作だった。
解説で亀井勝一郎は青春文学と呼んでいるけれど、ぼくにはそうは思われず、それは、いまだに何歳になっても、ぼくが青春のままでいるからだろうか?
倉田百三は、この大正時代末期に発表された「出家とその弟子」の一冊のみによって、百年以上にもわたって読み継がれる作家になったのだけれども、揺り籠から墓場まで何歳で読んでも、何か心に残る名作であると思った。そう、名作と呼ばれるものには何かあるのです。若い倉田百三は何かに書かされて、これを書いたのかもしれない。
また、何年かしたら、再読してみよう。
田坂広志さんの著した「深く考える力」を読む。経営者のための私塾を開いている田坂さんの書いた所謂、ビジネス・マン向けの啓発本なのだけど、そこに書かれていることはビジネスの世界を越えて、とても普遍的。
昔、田坂広志さんのセミナーというか、講演会を見に言って、とても面白く、感銘を受けてファンになったのです。プレゼン資料もなく、レジュメも演壇の手元になく、おもしろい話を次から次へと話されておりました。
ぼくは、もう自分をビジネス・マンなどとは思えず、あとは自分の人生を生き抜くだけだなどと、考えてしまいますが、そんなぼくにも面白かった本です。
この本に取り上げられている十六冊の書物、すべて読みたくなってしまった。
田坂さんが何度も繰り返す「心の置き所」。気になる言葉です。
ビジネス・マンではなくなったらしい今も、ぼくは田坂広志さんのファンなのです。
昔、田坂広志さんのセミナーというか、講演会を見に言って、とても面白く、感銘を受けてファンになったのです。プレゼン資料もなく、レジュメも演壇の手元になく、おもしろい話を次から次へと話されておりました。
ぼくは、もう自分をビジネス・マンなどとは思えず、あとは自分の人生を生き抜くだけだなどと、考えてしまいますが、そんなぼくにも面白かった本です。
この本に取り上げられている十六冊の書物、すべて読みたくなってしまった。
田坂さんが何度も繰り返す「心の置き所」。気になる言葉です。
ビジネス・マンではなくなったらしい今も、ぼくは田坂広志さんのファンなのです。
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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