えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

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最近、相撲をよくテレビで見る。上位陣が外人ばかりなのに驚いた。朝青龍が優勝した時、行事から勝ち名乗りを受けて、握りこぶしを高々と上げたのにも驚いた。

勝者は誇らないというのは武道や相撲の現す日本の文化の美しさだと思うのだが、どうだろう? そのような日本文化は美しさは日々失われていっているらしいのだが、それは、やって来る外国人のせいでもないのだとも思う。日本ほど外からやってくる文化に対してある種の受容をする国はないとも思う。芥川龍之介の書いた「神々の微笑」の中でキリスト教の布教者であるオルガンティノはこんな嘆息をする。

「南無(なむ)大慈大悲の泥烏須如来(デウスにょらい)! 私(わたくし)はリスポアを船出した時から、一命はあなたに奉って居ります。ですから、どんな難儀に遇(あ)っても、十字架の御威光を輝かせるためには、一歩も怯(ひる)まずに進んで参りました。これは勿論私一人の、能(よ)くする所ではございません。皆天地の御主(おんあるじ)、あなたの御恵(おんめぐみ)でございます。が、この日本に住んでいる内に、私はおいおい私の使命が、どのくらい難(かた)いかを知り始めました。この国には山にも森にも、あるいは家々の並んだ町にも、何か不思議な力が潜(ひそ)んで居ります。そうしてそれが冥々(めいめい)の中(うち)に、私の使命を妨(さまた)げて居ります。さもなければ私はこの頃のように、何の理由もない憂鬱の底へ、沈んでしまう筈はございますまい。ではその力とは何であるか、それは私にはわかりません。が、とにかくその力は、ちょうど地下の泉のように、この国全体へ行き渡って居ります。まずこの力を破らなければ、おお、南無大慈大悲の泥烏須如来(デウスにょらい)! 邪宗(じゃしゅう)に惑溺(わくでき)した日本人は波羅葦増(はらいそ)(天界(てんがい))の荘厳(しょうごん)を拝する事も、永久にないかも存じません。私はそのためにこの何日か、煩悶(はんもん)に煩悶を重ねて参りました。どうかあなたの下部(しもべ)、オルガンティノに、勇気と忍耐とを御授け下さい。――」

この国には山にも森にも、あるいは家々の並んだ町にも、何か不思議な力が潜(ひそ)んで居りますといのだが、その力について同じ小説の中で芥川はこのようなことを書いている。同じ小説の中で頸(くび)に玉を巻いた老人はこう語る。

「ところが実際はあるのです。まあ、御聞きなさい。はるばるこの国へ渡って来たのは、泥烏須(デウス)ばかりではありません。孔子(こうし)、孟子(もうし)、荘子(そうし)、――そのほか支那からは哲人たちが、何人もこの国へ渡って来ました。しかも当時はこの国が、まだ生まれたばかりだったのです。支那の哲人たちは道のほかにも、呉(ご)の国の絹だの秦(しん)の国の玉だの、いろいろな物を持って来ました。いや、そう云う宝よりも尊い、霊妙(れいみょう)な文字さえ持って来たのです。が、支那はそのために、我々を征服出来たでしょうか? たとえば文字(もじ)を御覧なさい。文字は我々を征服する代りに、我々のために征服されました。私が昔知っていた土人に、柿(かき)の本(もと)の人麻呂(ひとまろ)と云う詩人があります。その男の作った七夕(たなばた)の歌は、今でもこの国に残っていますが、あれを読んで御覧なさい。牽牛織女(けんぎゅうしょくじょ)はあの中に見出す事は出来ません。あそこに歌われた恋人同士は飽(あ)くまでも彦星(ひこぼし)と棚機津女(たなばたつめ)とです。彼等の枕に響いたのは、ちょうどこの国の川のように、清い天(あま)の川(がわ)の瀬音(せおと)でした。支那の黄河(こうが)や揚子江(ようすこう)に似た、銀河(ぎんが)の浪音ではなかったのです。しかし私は歌の事より、文字の事を話さなければなりません。人麻呂はあの歌を記すために、支那の文字を使いました。が、それは意味のためより、発音のための文字だったのです。舟(しゅう)と云う文字がはいった後(のち)も、「ふね」は常に「ふね」だったのです。さもなければ我々の言葉は、支那語になっていたかも知れません。これは勿論人麻呂よりも、人麻呂の心を守っていた、我々この国の神の力です。のみならず支那の哲人たちは、書道をもこの国に伝えました。空海(くうかい)、道風(どうふう)、佐理(さり)、行成(こうぜい)――私は彼等のいる所に、いつも人知れず行っていました。彼等が手本にしていたのは、皆支那人の墨蹟(ぼくせき)です。しかし彼等の筆先(ふでさき)からは、次第に新しい美が生れました。彼等の文字はいつのまにか、王羲之(おうぎし)でもなければ 遂良(ちょすいりょう)でもない、日本人の文字になり出したのです。しかし我々が勝ったのは、文字ばかりではありません。我々の息吹(いぶ)きは潮風(しおかぜ)のように、老儒(ろうじゅ)の道さえも和(やわら)げました。この国の土人に尋ねて御覧なさい。彼等は皆孟子(もうし)の著書は、我々の怒に触(ふ)れ易いために、それを積んだ船があれば、必ず覆(くつがえ)ると信じています。科戸(しなと)の神はまだ一度も、そんな悪戯(いたずら)はしていません。が、そう云う信仰の中(うち)にも、この国に住んでいる我々の力は、朧(おぼろ)げながら感じられる筈です。あなたはそう思いませんか?」

同じくこのようにも語る。

「仏陀(ぶっだ)の運命も同様です。が、こんな事を一々御話しするのは、御退屈を増すだけかも知れません。ただ気をつけて頂きたいのは、本地垂跡(ほんじすいじゃく)の教の事です。あの教はこの国の土人に、大日貴(おおひるめむち)は大日如来(だいにちにょらい)と同じものだと思わせました。これは大日貴の勝でしょうか? それとも大日如来の勝でしょうか? 仮りに現在この国の土人に、大日貴は知らないにしても、大日如来は知っているものが、大勢あるとして御覧なさい。それでも彼等の夢に見える、大日如来の姿の中(うち)には、印度仏(ぶつ)の面影(おもかげ)よりも、大日貴が窺(うかが)われはしないでしょうか? 私(わたし)は親鸞(しんらん)や日蓮(にちれん)と一しょに、沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の陰も歩いています。彼等が随喜渇仰(ずいきかつごう)した仏(ほとけ)は、円光のある黒人(こくじん)ではありません。優しい威厳(いげん)に充ち満ちた上宮太子(じょうぐうたいし)などの兄弟です。――が、そんな事を長々と御話しするのは、御約束の通りやめにしましょう。つまり私が申上げたいのは、泥烏須(デウス)のようにこの国に来ても、勝つものはないと云う事なのです。」

続けてこうも言う。

「私(わたし)はつい四五日前(まえ)、西国(さいこく)の海辺(うみべ)に上陸した、希臘(ギリシャ)の船乗りに遇(あ)いました。その男は神ではありません。ただの人間に過ぎないのです。私はその船乗と、月夜の岩の上に坐りながら、いろいろの話を聞いて来ました。目一つの神につかまった話だの、人を豕(いのこ)にする女神(めがみ)の話だの、声の美しい人魚(にんぎょ)の話だの、――あなたはその男の名を知っていますか? その男は私に遇(あ)った時から、この国の土人に変りました。今では百合若(ゆりわか)と名乗っているそうです。ですからあなたも御気をつけなさい。泥烏須(デウス)も必ず勝つとは云われません。天主教(てんしゅきょう)はいくら弘(ひろ)まっても、必ず勝つとは云われません。」

老人は小声でこう続ける。

「事によると泥烏須(デウス)自身も、この国の土人に変るでしょう。支那や印度も変ったのです。西洋も変らなければなりません。我々は木々の中にもいます。浅い水の流れにもいます。薔薇(ばら)の花を渡る風にもいます。寺の壁に残る夕明(ゆうあか)りにもいます。どこにでも、またいつでもいます。御気をつけなさい。御気をつけなさい。………」

なんかゾクゾクしてこないか? 日本って不思議だなぁ。泥烏須(デウス)自身も、この国の土人に変らされるのではなく、変わるのだ。朝青龍に声低く忠告してあげよう。

「我々は木々の中にもいます。浅い水の流れにもいます。薔薇(ばら)の花を渡る風にもいます。寺の壁に残る夕明(ゆうあか)りにもいます。どこにでも、またいつでもいます。御気をつけなさい。御気をつけなさい。………」

やっぱゾクゾクしてきた。日本って不思議だなぁ。



神神の微笑 芥川龍之介
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青空文庫
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えいちゃん
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男性
職業:
S.E.
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音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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