えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

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こんな夢を見た。ぼくはどこかの大学の広い講堂にいる。そこで、教授は法華経についての講義をしている。学生は講堂の後ろの方の椅子のないところで小さな篝火のような焚き火を炊いて、そこで暖を取りながら、三々五々、聴講している。ぼくは、講義を聴きつつも、その焚き火の火を絶やさないように番をする係でもあるらしい。火が小さくなってきた。ぼくは薪をくべる。炎は大きくなる。講義をしていた先生は演壇から降りてきて、学生たちの方に来て、炎を見ながら、火の調子はどうだい、と尋ねている。ぼくは燃えている火を見つめている。

そこで目が覚めた。法華経といえば、日蓮だ、と思い出した。日蓮は日蓮宗の祖であり、日蓮宗から分派したのが、日蓮正宗で、その日蓮正宗から分派したのが創価学会や顕正会で、顕正会からしつこく勧誘されたことがあって、なにより組織というものが好きではなく、お金をたくさん取られそうなこと、先祖が浄土真宗であることなどから、むべなく退けた、そんなことも思い出した。もちろん、それでよかった。むしろ、あの夢の中の炎は真言宗の総本山の金剛峯寺で見た護摩木の炎なのかもしれい、などとも思う。夢の中で、あたりはなにか、神仏の清らかな気がたちのぼっていたようなのです。
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こんな夢を見た。ぼくはどこかの南の方の島の浅瀬のエメラルドブルーの海で知らない女の人と手をつないで、ばた足で泳いでいる。ゆっくりと水面を渡っていく二人をなぜか上の方から、もう一人のぼくが俯瞰で見ていて、その景色が美しい絵か映画のようだと思っている。

そこで目が覚めた。長いこと海で泳いだことのないのを思い出した。澄んだ海にかこまれた小さな島を旅したい。この前、沖縄の那覇空港のお土産屋さんで買ったホタルガラスのブレスレットの青があまりに奇麗だから、こんな夢を見た? それともマティスの絵の青の色?
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こんな夢を見た。ぼくはどこかの暗い森の中を歩いている。その暗い森の中で明るくなっている方が見つかり、そこに向かって歩いて行く。すると、木立はまばらとなり、あらゆる背丈の草が生い茂っている明るい小さな野原に出て、そこでは黄色、橙、赤などのさまざまな色の花ばなが一面に咲いている。とても美しいその景色を見て、これを写真に撮り、ネットで公開したい、と思い、リュックの中をスマホかカメラを探すが、出てこない。ふと、ポケットにてを入れると手のひらにのるようの小さなカメラが出てくる。こんな小さなカメラで写真が撮れるのだろうか、と訝りつつ、あたりを見わたせば、人の一人も入ったことのないようなそこは、花ざかりで、まぶしく美しい。

そこで目が覚めた。小さなカメラは心の中のカメラでそれでこそ写しとれる、とぼくは夢を解釈をしますが、どうでしょう? とらわれずに見ること、ジョン・レノンが歌った" Across the Universe"とはそのようなことではあるまいか? すると世界は変わらず、普遍の美しい。
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こんな夢を見た。ぼくは家族や数人の仲間たちと歩いて旅をしていて、一つの目標の所にたどり着いたらしい。門をくぐると見たこともないような大きな寺院(善光寺のようでもあり)があり、その寺院の前を松がかぶさるように伸び、目の前の空には美しい橙色の猛禽類が悠々と飛んでいる。

そこで目が覚めた。美しい夢でした。寺院、松、橙色の猛禽類。橙色の猛禽類などというものはこの世界にはありはしないけれど、それは夢の中で確かに寺院と松のある空を飛び、それはそれは美しい景色でありました。
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こんな夢を見た。ぼくはどこかの野原にいて座っている。ふとまわりを見ると、昔、飼っていた犬のレオがいる。ぼくがレオに「レオ」と呼びかけると、レオはゆっくりとぼくの方に歩いてきて、近くまで来ると、ごろんと横たわる。ぼくはレオを撫でている。動物のやさしい感触が手から確かに伝わってくる。ふとぼくは、レオは死んだはずなのに、懐かしくまったく昔のままで、どうしたんだろう、と思う。ここにいるレオは生まれ変わりだろうか、それとも二代目だろうか、などと考えている

そこで目が覚めた。最近、同じような夢を繰り返し見たりします。さて、レオは何を伝えたいのだろうか? なんとなく分かる気もするのですが、言葉では言い表せません。
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こんな夢を見た。ぼくは父と母から、おまえは本当は大学を卒業してはいないんだろう、と責められている。ぼくは卒業したと答えるが、父と母に聞き入れられず、どんな卒業論文を書いたのか、と聞かれる。ぼくは武田泰淳について書いた、と答える。父に、現代文学か、くだらん、それも嘘だろう、となじられ、どんな卒業論文なのか、武田泰淳がどんな作家なのか、説明しろと言われる。ぼくは、武田泰淳について中国にとても深い関わりがあり、第二次世界大戦の中国大陸での従軍体験のある作家であることなどを説明し始め、小説「ひかりごけ」のストーリーを話し始める。すると、母とぼくはその「ひかりごけ」の物語の中に入り込んでいるようなのだ。その物語の中で、とあるひなびた食堂で、金箔をふりかけた不思議な食べものを見る。これを食べてしまえば、母もぼくも、ひかりごけのうっすらとぼんやり吸い込むような光を身にまとうことになるんだ、と思い、躊躇している。

そこで目が覚めた。ぼくは連日のウクライナでの戦争のニュースに神経がまいってしまっているのだろうか? 誰も殺したくない、と思いつつ、殺し、殺され、今も死んでいっている若い兵士のことを思う。谷川俊太郎さん作詞、武満徹さん作曲の反戦歌「死んだ男の残したものは」が耳に聴こえてくるようなのです。

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こんな夢を見た。ぼくはどこかの知らない大きな広場にいる。そこは、どうやら卒業式の会場らしい。そこかしこに高校や大学の旗がはためているが、それは正式の校旗ではないらしく、手製のデザインの旗なのが見て取れる。近くに成城学園の旗がはためいているのが見える。成城学園はキリスト教系の学校であったのだろうか、その旗は、青い地に十字架などの様々な聖像が刺繍で描かれていていて、ぼくは、それがかっこいいと思う。その広場の中で十何人かの顔見知りの友だちの集団と合流し、世間話に花が咲く。いよいよ卒業式も終演となり、ぼくたちは広場の出口に向かって歩いて行く。ぼくの友だちは、卒業したら、こんな世界をよくする運動をするための団体を立ち上げて、活動するつもりだと言い、ぼくに仲間にならないかと勧誘する。ぼくは、それはいいことだ、素晴らしいねと言いながら、勧誘されたことには何も答えずに、やんわりと断っている。ぼくは、組織とかはもうこりごりだ、一人で涼しく、自由に生きて行こうとも思っている。しかし、卒業してしまえば、もうほとんど奇跡的な再会でもなければ、みんなとも二度と出会えないのだと思うと、無性に寂しい。

そこで目が覚めた。そして、思いました。人生というのは寂しいなぁ。どんな誰ともいつかはお別れしなきゃならないんだ。
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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