レンタルDVDで山中貞雄監督の「人情紙風船」を見た。1937年(昭和12年)公開の日本映画。
フェデリコ・フェリーニの初期のモノクロの映画のようでもあり、「東京物語」のような小津安二郎の映画のようでもあり、これが戦前に撮られていたことに本当に驚き、天才が残した傑作だと思った。
この映画の封切り当日に二十七歳の山中貞雄に赤紙が届き、翌年に戦地で亡くなり、帰らぬ人となった彼が残した言葉は、手記に「紙風船が遺作とはチト、サビシイ」。
川のような映画の中の風景に人びとが塵芥のようにさまよい、流れてゆき、深くもの悲しさを誘う。