えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

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横浜美術館に『没後110年 日本画の革命児 今村紫紅』を見に行きました。明治時代から大正時代にかけての日本画家、今村紫紅の展覧会です。

初めは俵屋宗達などの江戸琳派に傾倒し、明るく闊達な美しく、素晴らしい絵を描き、新たな表現も模索し、短すぎる三十五年の生涯の晩年は、自らの生涯を悟り、締めくくるかのような南画で、ありふれた風景に桃源郷を見いだすかのような絵を描いた。

とくに、インドを旅した後に描いた「熱国之巻」は、ぼくを驚かし、現代にも通ずるかのような名作でもあります。

「自由も、新も我にあり」と自尊し、後輩を「暢気に描け」と励ました今村紫紅は偉大な近代日本画の忘れらない人であることは間違いないことを多様な絵を見ながら確信いたしました。
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ケン・ローチ監督の『オールド・オーク』を見ました。イギリスの巨匠の最後の映画らしい。まだまだ撮り続けてほしい監督であります。ケン・ローチ監督の映画は左翼のヒューマニティを出しおしみしないところが好きです。英国のミュージャンのロバート・ワイアットのようだともぼくは思う次第です。

『オールド・オーク』は寂れた古い炭鉱町にシリア難民の家族が移住して来ての話。主人公はその町のつぶれかかったパブ・バーで一人きりもりする店主。戦争と差別のはびこった世界、それは世界中のどこでも同じなのか、やはり戦争と差別の話となります。戦争から逃れてきたシリア人の家族は差別され、その家族に心を寄せるパブ・バーの店主はどこか町で孤立してしまうかのようでもあるのです。けれども、ラストでは希望の淡い一筋の光が示されます。『オールド・オーク』にもあるようなケン・ローチの映画のヒューマニティの輝きは美しい。

映画『オールド・オーク』公式サイト
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聖蹟桜ヶ丘のLoose Voxのオープンマイクに出演しました。オリジナルの「おれと戦争のブルーズ(渡邊白泉の俳句から)」、「マンボジャンボ」、「メキシコの山」の3曲を歌いました。楽しいオープンマイクでございました。僭越ながら、歌詞を披露させてください。


    おれと戦争のブルース(渡辺白泉の俳句より)

戦争が廊下の奥に立っていた
戦争が廊下の奥に立っていた
戦争が人間みたく立っていた

戦争が今じゃ真ん中立っている
戦争が今じゃ真ん中立っている
にやりと笑って立っている

(間奏)

戦争がおれの左手引っ張って
戦争がおれの左手引っ張って
何処に行こうというのかね

守るの攻めるの囁いて、おれを何処かに連れて行く
夢か現か神様か、はたまた怪しの化け物か
死体の山が見えてきた、おれはおっかなくて逃げていた

(間奏)

戦争が廊下の奥に立っていた


    マンボジャンボ

マンボジャンボ、マンボジャンボ
マンボジャンボ、マンボジャンボ
子象の行進 パオー

マンボジャンボ、マンボジャンボ
マンボジャンボ、マンボジャンボ
マクンバふりかけな

愛のマントラだ
アジアは純情
アラブの闇夜に
アフリカの呪文だ

(ハナモゲラ語のアフリカの呪文)

マンボジャンボ、象のはな子
マンボジャンボ、象のはな子
子象の行進 パオー


    メキシコの山

あの高い山に登れ
あの高い山に登れ
あの高い山に登れ
リュック・サックにブルーズを詰め込んで

てっぺんまで登れ
てっぺんまで登れ
てっぺんまで登れば
ごきげんなものがいっぱいあるぜ

そりゃああの娘はいいやつさ
どこまでもおいらに意地悪するぜ
キリマンジャロを越えて ヒマラヤの峰を渡り
あのメキシコの山の向こうまで行くぜ
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国立能楽堂で能楽を観賞しました。仕舞は宝生流「枕慈童」、狂言は和泉流「柑子」、能は観世流「松風」であります。

仕舞の「枕慈童」は、遺棄された慈童が霊水を飲み、不老不死となり祝福の舞を舞う、その舞うのみを面を付けずに舞う。

「柑子」は三なりの蜜柑を見つけた太郎冠者が主人にいわずに、三つとも食べてしまい、そのことをを主人にごまかそうとする滑稽話。

在原業平を恋慕する海女の姉妹の幽霊の話でした。恋のもの狂いに胸が張り裂けるがごときの名曲でございました。おやすみなさい。
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五木寛之さんと佐藤優さんの対談の『一寸先は闇』を読む。佐藤優さんの「まえがき」の「高市早苗首相に白紙委任状を渡し、大統領型の強い指導者のもとでの生き残りに多くの国民が希望を託している」には異論を感じつつ、対談は面白く、一気読みしてしまった。もしくは、ぼくは「多くの国民」の中にいつものように入っていないのだろう。ただし、同じく「まえがき」にある「「新しい戦前」を生きている私たちが「新しい戦中」に突き進んでいかないようにするため」という志は同じだ、とぼくは信ずる。

この対談は「五木氏の言葉を通じて、私たちは昭和の20年、戦前のと戦中の日本人の心情を追体験できる」というようなもので、それは「新しい戦中」を避けんがためのものであろう。濃厚な対話がつづきますが、やはり「一寸先は闇」。本の帯から紹介のためにいくつかの文を引用しつつ、『一寸先は闇』をお勧めいたします。

・国家ほど信用できないものはない
・軍隊の中は階級はあれど、食事も暴力も平等だった
・明治維新も戦争も、「歌」と共にやってきた
・軍国主義に便乗した戦中のインテリ
・社会的差別はなくなったが、政治的差別は残った沖縄
・アメリカへの幻想は完全に崩壊した
・個人の自己喪失感がファシズムを生む

具体的に何をするかは各々、考えましょう。おやすみなさい。

『一寸先は闇』五木寛之/佐藤優 | 幻冬舎
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クロエ・ジャオ監督の『ハムネット』を見ました。「「ハムネット」は「ハムレット」ともいわれた」とさりげなくスクリーン但し書きが映され、映画は始まりました。時は16世紀末から17世紀の始め、ウィリアム・シェークスピアの悲劇『ハムレット』にまつわるシェークスピア自身とその妻、三人の子どもの家族劇。当時のイギリスの神秘を生きているかのような森と貧しくも実直な人の暮らしと心が美しい。驚きのラストの一筋の希望の光であるかのようなシーンからエンディングロールにかけて、静かな感動となり、その余韻にひたっていると、どこからかすすり泣きの声が聞こえてきました。

映画『ハムネット』オフィシャルサイト 2026.4.10公開
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斎藤幸平さんの著した『人新世の「黙示録」』を読みました。未来を語れない右翼の論客ばかりのように見える日本の中で、何とか未来の希望をたぐり寄せようとする、このような本を読むと胸がすーっとします。温暖化による地球環境の不全が止められなくなった今の時代に求められるのはカール・マルクスの後期の著作にヒントを得た社会主義と共産主義で、それはフリードリヒ・ハイエクの自由主義の害悪を乗り越え、従来の中国やソビエトの社会主義の悪夢も克服できるとします。とても昔の若い時に読んだマルクスの『フランスの内乱』を再び読もうかとも思いました。二つの書評を紹介してこの項を締めくくりたく存じます。

三牧聖子氏(国際政治学者)
「飽くなき技術革新が人類を救う――
そう囁くテック・エリートが造る「ノアの方舟」にあなたの席はない。
 普遍的な人類の救済へ、ラディカルな希望をつなぐ書。」

柄谷行人(思想家)
「資本主義の暴走による諸システムの崩壊により、少数の富裕層以外は地獄のような苦境に追いやられ始めているという著者の絶望を私も共有している。本書が提言する、新たなる「計画経済」「プロレタリア独裁」の行方を見守りたい。」

人新世の「黙示録
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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