えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

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ハサン・ハーディ監督の『大統領のケーキ』を見ました。イラクの映画です。1991年のサダム・フセインの独裁政権のイラクでは、フセインの誕生日には、クラスの中でクジに当たった生徒はその日にケーキ持って行かなくてはならないのだが、クジ当たってしまったおばあさんと2人で暮らす9歳の女の子のラミアは貧しくて、ケーキを持っていけそうにない。さてどうするか?

なぜか、フランソワ・トリュフォー監督の『大人は判ってくれない』は思い出してしまいました。しかし、『大統領のケーキ』は『大人は判ってくれない』とはくらべものにならないぐらいの環境の、アメリカの経済制裁、それによる貧困、戦時下と戦争、サダム・フセインの独裁による子どもの受難のドラマなのであった。そして、ラストのシーンは今の時代にも通じるようで、言葉もつまり、心はへこむ。この『大統領のケーキ』は『大人は判ってくれない』よりも更に「戦争をする大人たちのバカものども」と思わされるのだった。

この『大統領のケーキ』はハサン・ハーディ監督の自身の体験を元に製作されたという。今、1991年から既に35年も過ぎたというのに、世界の各地で同じことが繰り返されていることにも、ぼくは打ちのめされ、悲しい。暗澹たる世界だ。

映画『大統領のケーキ』公式サイト
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スティーヴン・スピルバーグ監督の『A.I.』を見ました。ビデオでは見たことがあったけれど、映画館で見るのは初めてです。この映画の原案はスタンリー・キューブリックで、なるほど、キューブリックのSF映画は『博士の異常な愛情』、『2001年宇宙の旅』、『時計じかけのオレンジ』を経て、『A.I.』で結語を得て、幕となったことに納得もしてしまう。

1999年にキューブリックは亡くなり、この映画の公開年は2001年、キューブリックには確かに未来が見えていたのかもしれません。2001年というと書店にケン・ウィルバーのホログラフィーの宇宙論がにぎわし、デヴィッド・ボームの量子力学がさかんに再検討されていた。そして、今、この『A.I.』を見ると冒険と活劇に隠された映画の底辺に流れるのは小さな偽りのない「愛」と巨大な「虚無」でもあるようなのだ。

あー、主人公のデイビッドのいつもかたわらにいるテディベアのロボットはジブリの映画みたいでもあります。デイビッドは母を愛し、その愛を求め、クマのぬいぐるみのロボットのテディはデヴィッドを愛している。スティーヴン・スピルバーグの忘れられがちの名作でもあります。ラストのシーンでは少しだけぼくは泣いた。なんとなく女の人にお勧めしたくなる映画なのです。

A.I.
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マイク・フラナガン監督の『サンキュー、チャック』を見ました。久しぶりにアメリカ合衆国の映画を見ました。やはりハリウッドの俳優はみんな上手い。原作はスティーヴン・キングだからか、わけが分からないところもありながら、やっぱ巧みに面白い。そう、スティーヴン・キングの原作は映画になることを想定しているみたいです。ラストに素晴らしいメッセージを確かに受け取りました。謎のシーンをしみじみと何度も反芻したくなるような不思議な魅力をもった映画なのでした。

映画『サンキュー、チャック』公式サイト
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フランコ・ガルシア・べセラ監督の『雲と大地のはざまで』を見ました。舞台はペルーのとある山間の村。村人は牧羊犬を飼い、アルパカの牧羊ならぬ、牧アルパカをして暮らしている。アルパカは羊のように毛を刈られて、羊毛ならぬ、アルパカ毛となるのです。主人公の少年はサッカーが好きで、「ランボー」と名付けられた牧羊犬を連れ、アルパカの放牧によく出かけている。子どもの一匹のアルパカには「ロナウド」と名付けられていて、その少年によくかわいがられている。そんないつもの日常に、発展だの開発だのと、資本主義の害毒が少しづつ流れ込んでくる。けれども、そこにインディオと呼ばれる人たちの神話的世界すら紛れ込み、うっすらと希望の光がさしこむようなのだ。少年の目が美しい。村人の目も美しい。アルパカのロナウドがかわいい。ペルーの山間部の自然が圧倒的だ。しかし、今を考えさせるような映画でもある。昔、学生のころ見たウカマウ集団の映画を思い出す。ウカマウ集団のホルヘ・サンヒネス監督のとなえる五原則を引用します。

第一:アンデス世界に固有の円環的な時間概念に基づいた語りの仕組みとしての「長回し」を活用すること
第二:社会的な調和を重んじるアンデス的な概念に照応させて、個人的な主人公ではなく集団的な主人公を重視すること
第三:「クローズアップ」の使用をできる限り避けること
第四:西洋映画に典型的な方法である、観客を脅しつけ驚愕させることで画面に一体化させてしまう「スペクタクル」を排し、内省的なふり返りを促す方法を生み出すこと
第五:他ならぬ歴史的な現実を生き抜いた人びと自身が演技者となるような場で協働すること

この原則のいくつかの精神的な核となる何かは、確かにフランコ・ガルシア・べセラ監督にも受け継がれているようなのだ。あぁ、西の方からラテンアメリカを解き放とうとした、解放の神学はヴァチカンのカトリック総本山によって廃れさせられてしまった。今、帝国主義と資本主義の害毒はますます伸長していく。それらを抗する小さな村、人々、小さなことどもがまぶしい。そして、ぼくは山梨県のとあるところの開発による変わりようも思い出してしまった。この『雲と大地のはざまで』は、そのようにさまざまなことも考えさせられる素晴らしい映画なのです。

雲と大地のはざまで [ブエナワイカ]
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濱口竜介監督の『急に具合が悪くなる』を見ました。3時間16分の長尺の映画です。観賞中、水分を控えたら、なんとかなりました。淡々とした映画ながら、退屈はまったく感じることはなく、全編、面白くて刮目して見てしまいました。そして、大団円では、ついにぼくの涙腺は決壊したのであります。宮野真生子さんと磯野真穂さんの原作も読みたくなりました。

カンヌ国際映画祭でダブルの女優賞を受賞したビルジニー・エフィラさんと岡本多緒さんがよかったし、とても重要な脇役の長塚京三さんが素晴らしい。テレビのドラマで頻繁に見ていた長塚京三さんを見るのは久しぶりです。そして、黒崎煌代くんは真に迫っていて、演技をしているとは思えなかった。

この前、見た『箱の中の羊』とか、この『急に具合が悪くなる』とか、こういう映画を見ると、AIとかではなしに、世界が深いところで、よい方に向けて変化しつつあるのを感じてしまいます。

『急に具合が悪くなる』を見た後、ぼくはルイス・ブニュエル監督の後期作品や武田泰淳の小説『ひかりごけ』を思い出しました。小津安二郎の映画の上映会の時、濱口監督が登壇し、小津の『東京物語』の詳細な分析をされていたのも思い出します。この『急に具合が悪くなる』は強烈なメッセージが込められた映画でもあります。ネタばらしになるので、これ以上のことは控えつつ、ではまた。

濱口竜介監督最新作『急に具合が悪くなる』公式サイト
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iMAXの映画館で宮崎駿監督の『魔女の宅急便』を見ました。スタジオ・ジブリの漫画映画は好きです。その「漫画映画」という言い方は宮崎駿さんと並ぶもう一人のジブリの大立者であった高畑勲監督のそれであります。

ラストの方で黒猫のジジの言葉を解せなくなる魔女見習いのキキですが、宮崎監督にいわせれば、何かを得るということは何かを手放して、なくすことなんだよ、などとおっしゃっていたことを思い出します。宮崎さんによれば「(キキの)魔法は更に深くなったんですよ。何か得るものがあるなら失くすものがあるんだよ。いつまでも猫と話してんじゃねぇ、って」ということだそうです。

この映画の舞台となったのは、ファシズムがやってくる前のイタリアのどこかの港町だろうか? というのも久石譲さんの音楽がニーノ・ロータみたいでとても素敵なのです。宮崎さん自身によれば「二度の大戦を経験しなかったヨーロッパ」なのだそう。戦争による進歩などない方が人にとって幸いなのかもしれません。

『魔女の宅急便』は楽しい名作であります。そして、この映画のヒットがなければ、スタジオ・ジブリは存続しなかったということだそうです。映画館で見てよかった。

魔女の宅急便(4Kデジタルリマスター)
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オリベル・ラシェ監督の『シラート』を見ました。タイトルの「シラート」はアラビア語で「道」を意味し、宗教的な意味においては審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋を象徴するとされ、髪の毛よりも細く、剣のきっさきが立っているという。モロッコでのレイブパーティーに行くといって行方不明となった娘を探して父がヴァンに乗り、娘の弟の子どもを連れ、旅をするロードムービーでした。この映画の製作の本国、スペインをはじめ、ヨーロッパで大ヒットしているそうです。

たいして話の筋もないのに、なぜか眠くならないのはどうしたことか? 父と子の旅の途中、戦争が勃発し、国境線に難民が押し寄せて来ているというニュースが、車のラジオから聞こえてくる、そのあたりから不穏なことが、起こり始める。車はモロッコの砂漠をさまよいはじめる。レイブのハウスミュージックが映像と共鳴し、不思議な効果に包まれます。望みの絶たれた、いわくいいがたい映画でありました。

ラストのシーンを見ながら、ふと、ぼくは今の人類が83億人いると聞き、終末戦争が始まり、その99%が死に絶えたとしても、83,00万人、生き残るのだろうか、などと想像してしまう。確かに今の時代の絶望と微かすぎる希望をいいあてた驚くべき映画なのであります。

映画「SIRAT シラート」公式サイト
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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