えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
ベイスターズを応援しに横浜スタジアムに行きました。巨人に1対2で負けてしまう。ベイスターズ、沈みましたな。ペナントレースは6チーム中、5位です。ベイスターズファンの応援ぶりは、どこか統制とはほど遠く、イタリアの田舎者のファシストのようなのだ。いくら沈もうが、それでもぼくはベイスターズを応援します。
余談ですが、試合の前に国旗がスクリーンに映され、国歌の「君が代」が流れ、アナウンスで起立を促される。ナショナルチームの試合でもあるまいし、あほらしく思えて、起立しなかった。何かと国が、国が、というような世の中になると嫌だな、と思う。それでも、ぼくは日本が好きなのです。
家に帰り、最近、いいなと思う茨木のり子さんの岩波文庫版の谷川俊太郎さんの選の詩集をめくると、「鄙ぶりの唄」という詩があった。茨木のり子さんも、国歌に起立はしないようなのだ。その詩を引用し、気を晴らします。
鄙ぶりの唄
それぞれの土から
陽炎のように
ふっと匂い立った旋律がある
愛されてひとびとに
永くうたいつがれてきた民謡がある
なぜ国歌など
ものものしくうたう必要がありましょう
おおかたは侵略の血でよごれ
腹黒の過去を隠しもちながら
口を拭って起立して
直立不動でうたわなければならないか
聞かなければならないか
私は立たない 座っています
演奏なくてはさみしい時は
民謡こそがふさわしい
さくらさくら
草競馬
アビニョンの橋で
ヴォルガの舟唄
アリラン峠
ブンガワンソロ
それぞれの山や河が薫りたち
野に風は渡ってゆくでしょう
それならいっしょにハモります
ちょいと出ました三角野郎が
八木節もいいな
やけのやんぱち 鄙ぶりの唄
われらのリズムにぴったしで
あじさい寺こと北鎌倉の明月院に行ってまいりました。
あじさいとうさぎのお寺だそうです。この明月院のあじさいの青い色が好きです。明月院ブルーともいうらしい。そして、この禅の臨済宗のお寺はうさぎと月と聖観音のお寺なのだそうです。うさぎの仏教説話「捨身月兎」を紹介いたします。
「昔、うさぎ・サル・キツネの3匹が、疲れ果てて食べ物を求める帝釈天の化身である老人に出会いました。サルとキツネは木の実や魚を集めましたが、うさぎは何も用意できませんでした。そこでうさぎは、自分の身を老人に食べてもらうため自ら火の中に飛び込みました。その慈悲深い行いに心を打たれた帝釈天は、うさぎを蘇らせてその姿を月の中に映し出し、永遠に称えたとされています。」
なるほど、明月院のかの有名な円窓は、月の現れたそれであるらしいのです。
あじさいとうさぎのお寺だそうです。この明月院のあじさいの青い色が好きです。明月院ブルーともいうらしい。そして、この禅の臨済宗のお寺はうさぎと月と聖観音のお寺なのだそうです。うさぎの仏教説話「捨身月兎」を紹介いたします。
「昔、うさぎ・サル・キツネの3匹が、疲れ果てて食べ物を求める帝釈天の化身である老人に出会いました。サルとキツネは木の実や魚を集めましたが、うさぎは何も用意できませんでした。そこでうさぎは、自分の身を老人に食べてもらうため自ら火の中に飛び込みました。その慈悲深い行いに心を打たれた帝釈天は、うさぎを蘇らせてその姿を月の中に映し出し、永遠に称えたとされています。」
なるほど、明月院のかの有名な円窓は、月の現れたそれであるらしいのです。
古都、奈良を一泊の旅をしました。
一番のお目当ては奈良国立博物館で開催されている特別展『神仏の山 吉野・大峯 ―蔵王権現に捧げた祈りと美―』であります。昼ごろ京都駅に着きJRの奈良線で奈良駅に向かいます。1時間ほどで奈良に着きました。そこでホテルに早めのチェックインをし、バスで奈良国立博物館に向かいます。奈良国立博物館は奈良公園の中にあり、博物館館のまわりにもたくさんの鹿がおります。たいがい、すわっていてなんたがかのんびりしておりますな。奈良国立博物館で『神仏の山 吉野・大峯 ―蔵王権現に捧げた祈りと美―』を見ました。霊山、金峯山の金峯山寺や同じく霊山、大峰山の大峰山寺の像の形に化身した仏や権現、神々が山を下り、この今の戦争の世のここに集まっておられ、ぼくは驚嘆し、時のもたらした奇瑞すら感じたのでありました。3時間を越すよい時間でありました。
さて、そこから奈良駅のホテルにもどるべく、帰りはバスではなく歩いておると、ちょうど夕食時、近鉄奈良駅の近くに繁華街があり、そこの「うまっしゅ」という海鮮居酒屋に入りました。刺身や肴、日本酒の「春鹿」などをとても美味しくいただきました。そこを出て、JRの奈良駅まで歩きます。奈良駅の近くで鹿が一匹おりました。ぼくはその鹿が不憫で、「奈良公園はあっちだよ」と指さし、鹿に声をかけますが、どうやら通じないようです。鹿は回りを見回して、ここはどこだろう、というようなのです。そこで、外国の若い女の人に声をかけられ、スマホの画面を見せられました。そのスマホには「彼を助けるためにどこか連絡できるところはありますか」とあり、ぼくは日本語で「警察だろうけど、とりあってくれないかもしれないな」と話しました。するとその女の人は一枚の鹿せんべいをぼくに見せてくれました。ぼくは「その鹿クッキーを少しづつあげて、奈良公園に連れて行けるかもしれない」と言いました。すると女の人は鹿せんべいの小さなかけらを鹿にあげ、彼氏とともに、鹿を連れ、歩き始め、鹿とともに横断歩道を渡り公園の方に向かうのです。鹿はおとなしく付いていきます。ぼくは鹿の無事を祈り、二人の外国人と一匹の鹿を小さくなるまで見ておりました。
二日目であります。ホテルをチェックアウトし、バスで春日大社へ向かいます。ほとんど人のいない参道の立ち入り禁止の森の向こうに見える芝生の広場で鹿が三々五々、たむろしている、景色が何だか神秘的です。ここの鹿は鹿島神宮からやってきた白い神の使いの鹿の子孫である、と聞きました。ゴータマ・シッダールタか悟りを得て、仏陀となり、森の中で説教を始めた時に、それをまず始めに聞いたのが、鹿たちだった、とも聞きました。ぼくは座禅を組み、話し始めるそれを座って聞いている鹿たちをまざまざと思い浮かべもしたのです。
春日大社を参り、東大寺に向かいました。ここは奈良公園ではなく鹿公園ではないかと思えるほど、鹿がたくさんいます。それから修学旅行の小学生や中学生もたくさんおります。あのような中学生の中に半世紀前のぼく自身もいたであろうことに不思議も感じます。ぼくは中学校の修学旅行の後、目と目が離れているのが、鹿に似ているとされ、「シカさん」とあだ名されたことを思い出しました。疫病や災害が相次いだ奈良時代、すべては祈りの足りない自分のせいだとした聖武天皇は、仏の力によって国家の平和と人々の幸福を願う「鎮護国家」の思想のもと、743年に大仏(盧舎那仏像)の造立を発願し、東大寺を総本山と定めたということです。その願われた平らかと安らかは、小学生や中学生が修学旅行の旅をし、人種、民族、国も異なる人びとがたくさんやって来て、鹿が穏やかに草や鹿せんべいを食み、笑い声のあふれるこの光景にあると思えたのです。
今度は、花咲くころの吉野の里、金峯山や大峰山を、展覧会では巨大な映画でのみ見れた金峯山寺の御開帳の蔵王権現立像を拝みに訪れたく存じます。
一番のお目当ては奈良国立博物館で開催されている特別展『神仏の山 吉野・大峯 ―蔵王権現に捧げた祈りと美―』であります。昼ごろ京都駅に着きJRの奈良線で奈良駅に向かいます。1時間ほどで奈良に着きました。そこでホテルに早めのチェックインをし、バスで奈良国立博物館に向かいます。奈良国立博物館は奈良公園の中にあり、博物館館のまわりにもたくさんの鹿がおります。たいがい、すわっていてなんたがかのんびりしておりますな。奈良国立博物館で『神仏の山 吉野・大峯 ―蔵王権現に捧げた祈りと美―』を見ました。霊山、金峯山の金峯山寺や同じく霊山、大峰山の大峰山寺の像の形に化身した仏や権現、神々が山を下り、この今の戦争の世のここに集まっておられ、ぼくは驚嘆し、時のもたらした奇瑞すら感じたのでありました。3時間を越すよい時間でありました。
さて、そこから奈良駅のホテルにもどるべく、帰りはバスではなく歩いておると、ちょうど夕食時、近鉄奈良駅の近くに繁華街があり、そこの「うまっしゅ」という海鮮居酒屋に入りました。刺身や肴、日本酒の「春鹿」などをとても美味しくいただきました。そこを出て、JRの奈良駅まで歩きます。奈良駅の近くで鹿が一匹おりました。ぼくはその鹿が不憫で、「奈良公園はあっちだよ」と指さし、鹿に声をかけますが、どうやら通じないようです。鹿は回りを見回して、ここはどこだろう、というようなのです。そこで、外国の若い女の人に声をかけられ、スマホの画面を見せられました。そのスマホには「彼を助けるためにどこか連絡できるところはありますか」とあり、ぼくは日本語で「警察だろうけど、とりあってくれないかもしれないな」と話しました。するとその女の人は一枚の鹿せんべいをぼくに見せてくれました。ぼくは「その鹿クッキーを少しづつあげて、奈良公園に連れて行けるかもしれない」と言いました。すると女の人は鹿せんべいの小さなかけらを鹿にあげ、彼氏とともに、鹿を連れ、歩き始め、鹿とともに横断歩道を渡り公園の方に向かうのです。鹿はおとなしく付いていきます。ぼくは鹿の無事を祈り、二人の外国人と一匹の鹿を小さくなるまで見ておりました。
二日目であります。ホテルをチェックアウトし、バスで春日大社へ向かいます。ほとんど人のいない参道の立ち入り禁止の森の向こうに見える芝生の広場で鹿が三々五々、たむろしている、景色が何だか神秘的です。ここの鹿は鹿島神宮からやってきた白い神の使いの鹿の子孫である、と聞きました。ゴータマ・シッダールタか悟りを得て、仏陀となり、森の中で説教を始めた時に、それをまず始めに聞いたのが、鹿たちだった、とも聞きました。ぼくは座禅を組み、話し始めるそれを座って聞いている鹿たちをまざまざと思い浮かべもしたのです。
春日大社を参り、東大寺に向かいました。ここは奈良公園ではなく鹿公園ではないかと思えるほど、鹿がたくさんいます。それから修学旅行の小学生や中学生もたくさんおります。あのような中学生の中に半世紀前のぼく自身もいたであろうことに不思議も感じます。ぼくは中学校の修学旅行の後、目と目が離れているのが、鹿に似ているとされ、「シカさん」とあだ名されたことを思い出しました。疫病や災害が相次いだ奈良時代、すべては祈りの足りない自分のせいだとした聖武天皇は、仏の力によって国家の平和と人々の幸福を願う「鎮護国家」の思想のもと、743年に大仏(盧舎那仏像)の造立を発願し、東大寺を総本山と定めたということです。その願われた平らかと安らかは、小学生や中学生が修学旅行の旅をし、人種、民族、国も異なる人びとがたくさんやって来て、鹿が穏やかに草や鹿せんべいを食み、笑い声のあふれるこの光景にあると思えたのです。
今度は、花咲くころの吉野の里、金峯山や大峰山を、展覧会では巨大な映画でのみ見れた金峯山寺の御開帳の蔵王権現立像を拝みに訪れたく存じます。
横浜スタジアムでフレーフレーベイスターズです。6対0でヤクルトスワローズに負けました。初回に6点を取られたピッチャーの入江大生は死ぬほどショックだろう。二軍に落とされても、またはい上がって来てほしい。3年前だかに比べて、入江は球速が5キロか6キロは落ちている。フォームを改造して、もとの球速を復活させるか、投球の組み立てを大胆に変えるしかないだろう。後続のピッチャーは0点に抑えていた。偉い。それにしても、移籍してしまって、キャッチャーの山本祐大がいないことが寂しい。ベイスターズのフロントのバカ。しかし、ベイスターズのファンはやさしいなぁ。大差をつけられて、9回までほとんどの人が帰らず、試合を見つづけていました。
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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