えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
紅葉を愛でようと山梨の方までドライブの旅をしました。ぼくは、へたくそだけど車を運転するのが好きなのです。紅葉はまだまだでしたが、それも一期一会でもありましょう。
絶滅したとされていたクニマスが西湖に生息していることを知りました。ヒメマスも西湖にはいるらしく、今度、釣りに来たいなどと思ってしまいます。どうせ放してしまうけれど、一匹でも釣れればいいのでしょう。
大好きな精進湖に行きました。ボートで向こう岸に渡れるほど大きさがなんとも美しい。あー、ここに来たかった。ぼくは残りの人生、ひとつでも多くの美しいものにふれたいのですよ。そして、本栖湖での富士山の姿も美しゅうございました。
道の駅「にしじま和紙の里 かみすきパーク」に立ち寄り、何度も泊まったことのある中学校を改装したヘルシー美里に向かいます。南アルプス街道を走ると悲しくなってしまったのは、さらに過疎化が進んでいるらしいことと、リニアモーターカーなどと呼ばれる新しい新幹線の工事のために自然破壊が進んでいるらしいことを感じたからです。早川町は千人にも満たない日本一、人口の少ない町で、そこを縦断する何かは、あたかも前世紀からの腐敗した悪き霊のようでもある、とぼくは思ってしまう。これからの日本人は、それがどんなに困難な道であろうとも、自然やその中に生きる生きものたちと人が無理なく共存し、調和する、そのようなことを求めるべきではなかろうか? もしかして、それは、敗戦しても変わらず、公職追放ともなった保田與重郎の「万葉集」に戻れの、農本主義から絶対平和論への道に通ずるのかもしれません。それがぼくの大切な次の時代、次の世代に託す願いなのです。関係者が押し寄せては、去り、新幹線などという物ができあがっても、このあたりは通過するのみで、その高速の乗り物を涼しく眺め、見過ごし、人と自然の生きものの調和して営む、そのような早川町の実現するのを願わずにはおれない、などといいながら、またこのヘルシー美里に来てしまうのです。そして、ぼくは半世紀前の子どもたちの笑い声が、壊されてずにすんだこの校舎から聞こえしないのか、と耳をそばだてしまう。悲しみに心は乱れて、この文はずいぶん長くなってしまいました。悲しみは愛に変えねばならん。幻滅ではなく、いい夢を見て眠りにつくことにしましょう。
次の日、大きな富士山を見たくて、朝霧高原に行き、再び精進湖に行きました。紅葉も寒い夜を、一晩、過ごし、より少し濃くなったかのようです。そして、山梨県立美術館で『生誕100年 山下清展-百年目の大回想』を見ました。山下清のように美しい何かを探す行方不明の旅に出ることすら願いつつ、家路についたのであります。
山梨県の忍野に釣りの旅をしました。忍野の桂川といえば、昔、来日の際、アメリカ合衆国のジミー・カーター大統領もフライフィッシングをした、フライフィッシャーにとっては聖地的な川でもありますが、魚は見えても、なかなか釣れない。この旅でのぼくは危惧されたボーズ(一匹も釣れないこと)じゃなくてよかった。一日目には虹鱒に出会えて、二日目には山女魚にも出会え、ネットで取り込み、リリースしました。この旅の後、明日から来年の三月十四日まで、釣人が忍野の桂川のほとりに立つことはない。魚たちはどう感じているのだろう? 来年の三月十五日以降、魚たちよ、また会おう。
釣りをしながら、里の川辺をほっつき歩き、いつも同じ宿に泊まり、帰りはいつも、富士吉田の道の駅で吉田うどんを食べる。その旅の繰り返しに平和と穏やかな幸せを感じます。
銀座の観世能楽堂で能楽を見ました。狂言は宝生流の「呂連(ろれん)」で能は観世流の「江口(えぐち)」でした。能楽の前に国文学研究資料館名誉教授の小林健二さんの解説もありました。
「呂連」は僧に感化され出家し、剃髪した男に、その女房があらわれ、どうして髪などを剃っているのか、と僧、男、妻の三者で滑稽な騒動が巻き起こります。人とは昔も今も変わらない愚かで滑稽な存在だとぼくは思ってしまいます。シテの僧をお茶の間の人気者のでもある野村萬斎さんが演じます。
「江口」は世阿弥の名曲であります。「世の中を厭ふまでこそ難からめ仮の宿りを惜しむ君かな(困難な出家よりも、はるかに容易な一夜の宿さえも惜しむとは、無情なお方だ)」の西行の歌に返歌した遊女の江口の君の「世を厭ふ人とし聞けば仮の宿に心留むなと思ふばかりぞ(世を厭って出家した人であるのに、この世の仮の宿という俗世の事柄に心をお留めなさるな)」に端を発した物語。江口の君は西行の宿泊させてくれという頼みを断ったという故事から、とある僧の前に江口の君の霊が現れ、この世界、この世もすべて、仮の住処であることを明かし、自らは普賢菩薩であることも明かし、白象に乗り、天に戻ってゆきます。見事な圧巻の舞いでありました。シテの江口の君を舞ったのは中村貫太さんでありました。
この日の公演は「能を知る会」ともタイトルをつけられていて、能楽の鑑賞の後、能のシテの中村貫太さん及び小林健二さんと観客での質疑応答もありました。初めて能を見たとある若い女子は、どうして、遊女が普賢菩薩と成り得るのか、そこがよくのみこめない、理解できない、どういうことでしょうか、と質問しておりました。小林健二さんは日本の仏教の特色として、賤なるものこそ聖なるものに近い、そのようなとらまえ方、感じ方があるのではないか、と答えられておりました。なるほど、とぼくは思いながら、ヒンドゥー教のカーリー神とパールヴァティー神の関係、キリスト教のマグダラのマリアのこと、仏教の汚泥の中の蓮の花のたとえのことなどを思い出し、賤なるものが聖なるものに近い、という感じ方は、人類共通の何かかもしれない、と思った次第であります。本当の救済は罪や賤、汚泥の中からかろうじて生まれるものかもしれません。
さて、能楽の後、地下鉄で上野に移動し、九月二十三日、鈴本演芸場での令和七年九月下席夜の部「寿 真打昇進襲名披露興行」であります。例のごとく、見た演目を書き出してみます。翁家社中のお二人の太神楽曲芸、二つ目の三遊亭伊織くんの「寄合酒」、金原亭馬生師匠の「不精床」、林家楽一師匠紙切り、林家彦いち師匠の「熱血!怪談部」、林家正蔵師匠の「鼓ヶ滝」、立花家橘之助師匠の三味線弾きの唄いの浮世節、春風亭一朝師匠の「湯屋番」で仲入りのです。林家正蔵師匠、柳家喬太郎師匠、金原亭馬生師匠、林家彦いち師匠も登場し、林家なな子 師匠のめでたい「真打昇進襲名披露口上」、すず風金魚さんとすず風にゃん子さんのお二人の漫才、柳家喬太郎師匠の「親子酒」、吉原馬雀師匠の「暴走族」、江戸家猫八師匠の動物ものまね、主任は本日の真打昇進の主役、林家なな子師匠の「徂徠豆腐」でした。
林家なな子師匠の「徂徠豆腐」はまっすぐな素晴らしいハッピーエンドの人情噺でした。感動しました。
暗いこの世のつらさ忘れ、寄席は心のオアシスです。
いい一日が過ぎていきました。
群馬県の上野村の神流川に釣りの旅へと向かいました。
たしか、三年前の五月に釣りをした時は、雨の中、もっと釣れたと記憶しているのですが、山女魚や岩魚、虹鱒などの渓流の魚たちは、釣られ、放たれ、夏を越えて、さらに賢くなっているようなのです。それとも、魚は雨が大好きなのでしょうか? そうかもしれません。釣りの道の修行はつづきます。
川辺に蜻蛉がたくさん飛んでおります。猛暑、異常気象の昨今、生きものの命のめぐることは止むことはありません。燕も南に帰ったようですな。
泊まったところは群馬県の藤岡市の八塩温泉の昭和の1970年代の香りただよう八塩館。湯もいいし、風情ありますな。
次の日も神流川で釣りをしました。やっと目標が達成できたよ。めでたし、めでたし。
帰りに道の駅・上野で食べた猪豚のチャーシューののった醬油ラーメンが美味い。
帰るまでが旅といいますが、帰路のドライブで雨雲の空を悠々と飛び、渡ってゆく、美しく輝くかのような白鷺を見ました。鷺は魚の天敵ではございますが、その見た光景は吉祥の顕現です。「白鷺は塵土の穢れを禁ぜず(白鷺はどんなに汚れた地面に立っていても、その美しい白さを保つ)」という言葉もあり、日本武尊の霊は白鷺となって天に昇った伝わってもおります。よき知らせの兆しに違いありません。さらに、めでたし、めでたし。
(画像の絵は酒井抱一の「白鷺図」です。)
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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