えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

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内田樹さんの著した「寝ながら学べる構造主義」という本を読みました。レヴィ=ストロースの「悲しき熱帯」が難しくて、なかなか読み進められなかったもので、その解説本のような本に手を出してしまったのだけど、さすが内田樹さんの著作、一気におもしろく読めてしまった。

構造主義という哲学には3人の源流があるらしい。その源流とは経済学者マルクスと精神分析医のフロイトともとは文献学者であったニーチェ。それを受け継いだのが言語学者のソシュール。それらの思潮がフーコー、バルト、レヴィ=ストロース、ラカンに続いていく。

どういう考え方なのかというと、ぼくたちは当たり前の前提としてあるものも疑わなくてはならないけれど、それに気づくことも難しい、というようなことだろうか。例えばの端初として、虹が七色に見えるという人たちもいて、虹が二十色に見えるという人もいて、言葉と思考は牢獄のようなものかもしれない、などと思う。それに気づくとはどういうことなのだろうか、ということのヒントが、例えば、レヴィ=ストロースのこの言葉を何度も、ゆっくりと読むと、少しはわかる気がするのです。

「彼らのうちであれ、私たちのうちであれ、人間性のすべては、人間の取りうるさまざまな歴史的あるいは地理的な存在様態のうちのただ一つのもののうちに集約されていると信じ込むためには、かなりの自己中心性と愚鈍さが必要であるだろう。私は曇りない目でものを見ているという手前勝手な前提から出発するものは、もはやそこから踏み出すことはできない。」

この言葉は、サルトルの実存主義を終焉させ、教化する宣教師たちの役割を終わらせたのかもしれないけれど、レヴィ=ストロース自身にも鋭い刃を向けているのに違いない。そして、ぼくたちだれもが、未開と呼ばれようがそう呼ばれなくても、西洋であれ東洋であれ、「悲しき熱帯」を生きているのかもしれない、と想起させてくれもする。









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近ごろはネットウヨクと呼ばれる人たちがいるらしい。インターネットの中の右翼であるらしい。そういえば、電話線の中の右翼を描いた小説があった気がし、それが、中上健次の「十九歳の地図」であることことを思い出し、再び読みたくなり、会社帰りにイーオンの中の未来書店で文庫本を見つけ、買って、読んでしまった。

「十九歳の地図」の主人公は十九歳の新聞配達の少年で、いちおう、浪人生となっていて、けれど、大学の進学はあきらめ、東京のどこかで、半ば無為と思えるような毎日を送っていて、気晴らしに公衆電話から、自分は右翼だと自称する嫌がらせの電話を知らない人にかける。

ぼくは、ティーンエイジャーのころ、ミュージック・マガジンか何かの記事で芥川賞を取った新進気鋭の作家、中上健次という人を知り、近所の鹿沼図書館でその芥川賞を取った小説「岬」を読み、こんな小説があってもいいのかと当時はショックを受け、あらゆる中上健次の作品をむさぼり読んだ。今、読み返してもおもしろく、あー、この悪態をつく文体はカソリックの司祭から不道徳、非倫理的作家だとされ、葬儀を拒まれたフランスの作家、ルイ・フェルディナン・セリーヌの強い影響を日本の風景の中に必死に定着させようとしていたのかもしれない、とも思った。この短編集の中には四篇の小説が収められていて、それは、「一番はじめの出来事」、「十九歳の地図」、「蝸牛」、「補陀洛」。昔、読んだころは「十九歳の地図」を一番おもしろいと思ったのだったけれど、今のぼくは、中上健次の首をくくって死んだ実の半分だけ血のつながった兄を哀悼するかのような「補陀洛」に惹かれる。この死んだ兄の話は、多くの中上健次の小説に影をおとし、何度も登場する。

初めて読んだ時は、これらの小説の舞台としてもあるようなところが本当に日本のどこかにあるのか、と驚きもした。後にこれらの小説が被差別部落を描いていることを知ったのだけど、小説の中では一度も「差別反対」や「部落」という言葉は出てこず、そこを中上健次は「路地」と呼称した。その路地のある町、紀州の新宮あたりを旅したことがあるのだけど、中上健次の小説の世界を想像していたぼくは、むしろ不思議に明るい感じを受け、拍子抜けしたような気にもなった。その時、太地の町かどこかを歩いていると、男二人が紀州弁で怒気荒く、何かを言い争っていて、女一人がそれを止めに入ろうとしている。その時は、何度も読んだ中上健次の世界が胸にせまるようで、火をつければ燃え上がる男たちと女たちであるならば、それは、中上健次の愛した神倉山の火祭りであるような気がした。







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クリストファー・ロイドさんの著した「137億年の物語」を読了した。カラー口絵のたくさんはさまった歴史図鑑のような本です。507頁で2段組のヴォリュームの本で最後の方はななめ読みになってしまいました。しかし、読み通させたこの本はぼくにとって、やはりとてもおもしろかったということ。

歴史の変動に気候の変化があり、その気候の変化はプレート・テクトニクスという大地の移動によるらしい。最後の方の章には解決されなくてはならないたくさんの問題、例えば、人口の爆発的増加、人類の活動による生態系の破壊、貧富の格差の拡大化、エトセトラが書かれてあって、どれも深刻です。

この地球が生きものの楽園となったのはティアという星が地球に衝突し、月が誕生し、そこから、太陽風からの磁気シールドが生まれ、四季を生み出す地軸の傾きと安定的な公転も生まれたということです。なんという偶然なのだろう。その137億年の歴史の中で人類の歴史は1分17秒にすぎず、有史は3秒をすぎない。人類は悪いことをしすぎだとも思うのだけど、歴史に残るとはそういうことなのだろう。ほとんどの人たちは善い心を持った善い人たちだとも思う。

本を閉じて想像するに、今、新しい世界が訪れつつあって、その鍵は、インドのシャカ族の王子が見つけ、アショカ王が広めた生きとし生けるものへの愛を説く教えにあるのではないか、と思いました。

http://hon.bunshun.jp/sp/137okunen










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熊本大学の先生、小松裕先生の著した「真の文明は人を殺さず 田中正造の言葉に学ぶ明日の日本」を読みました。田中正造さんは明治時代の足尾鉱毒事件で獅子奮迅して戦った人です。良かったです。特に第六章「自然との共生に学ぶ」と第七章「公共思想に学ぶ」で引用された田中正造の言葉は明日の世界への羅針盤であり、道でもあるように思えました。ぼくもここで素晴らしい田中正造の言葉を引用します。

「真の文明は
山を荒らさず
川を荒らさず
村を破らず
人を殺さざるべし」

この前の震災で足尾銅山の鉱毒は百年の時を越えて川に流れだしたといいます。こわい。何かを変えなきゃいけない。









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作家であり詩人である辺見庸さんの「瓦礫の中から言葉を わたしの<死者>へ」を読む。この前の震災で壊滅状態となった宮城県石巻市出身の詩人は、この散文集の中で3・11論ならぬ、3・11後論を立て、例えば、それ以降の日本の中の言葉はむしろ自由が狭められてはいないか、と問いていて、軽くなってしまって何も語らなくなった日本人とその言葉に疑問を投げかけている。そして、本当の言葉とは何かを求めようとしている。

少し前に辺見さんはNHK製作のドキュメンタリーに出演していて、その中で石巻のことを語り、詩人にとっての石巻は荒くれた漁師町で、石巻のことをやさしいとか美しかったとか言ってほしくない、むしろ、おっかない町だったと言って欲しい、と語っていて、詩人は生臭くすえた港にまとわりつくの魚の匂いやら魚のせりの時の怒声やら祭りの時の喧嘩のことやらを思い出すらしく、そんな彼に、ぼくは、なるほどとも思ったのだった。

例えば、近頃、聞こえてくる歌も何も歌ってはいなく、何も歌われなくなってはいないか、と音楽好きのぼくは思ってしまう。そんな歌は、聞かなければいいだけのことかもしれないけれど、この本は、忌野清志郎とほぼ同じ年代の兄貴である辺見庸さんからの、ブルースは忘れない方がいい、そして、ブルースによって重い錨を深く下ろし、本当のこと歌わなくてはならない、本当のことを探求すべきだ、というメッセージであると感じた。この本に引用された宮澤賢治の本当の言葉、詩「眼にて云う」をここでも引用しつつ、ぼくはこんな本を書いた同時代の詩人にレスペクトとエールを送ります。おやすみZZZzzz.....

血が出ているにかかわらず
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄なかばからだをはなれたのですから
ただどうも血のために
それを云えないがひどいです
あなたの方からみたら
ずいぶんさんたんたるけしきでせうが
わたくしから見えるは
やっぱりきれいな青ぞらと
すきとほった風ばかりです。











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音楽は洋物かぶれのぼくですが、この前、近所のコンビニで買った畑野英三さん監修の「<<神さまとご利益がわかる>>日本のお守り」という本は良かったです。

日本人ってこんな人たちだったんだなと思うし、まだそんな日本人の心って残っている、残っていって欲しい、と願います。日本万歳! 小さな祈りや願いが小さな玩具となって誰かの手に渡りっていきます。そんなおもちゃでもあり願いを叶えてくれるお守りですが、そのたくさんが失われつつあるみたいなのがとても残念でもあります。こんな小さなものをなくしていくということは、心をなくしていくようなものなんだよ。

ぼくは寝る前とかにこの本を眺めて楽しい気持ちになるのですが、いい夢も見られそうなのです。では、おやすみZZZzzz.....










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イタリア文学、パヴェーゼの「美しい夏」を読み終えました。ムッソリーニのファシスト政権時代の大人になる前の少女を描いた美しくも少し暗い絵のような小説でした。フランスの作家、ポール・ニザンの「アデン、アラビア」の有名な書き出し「ぼくは二十歳だった。それがいちばん美しい歳だとは誰にも言わせない」を思い出した。短い一文なのだけど「美しい夏」の書き出しも素晴らしい。

「あのころはいつもお祭りだった」

それはもっとも美しい少女の時のお祭りであるのだけど、戦争とファシズムがもたらすお祭りでもあるのかな、と思った。人生も、世界も、何か残酷なものがあり、そのお祭りにも終りがやってくる。お祭りのあとの灰色を思う。軍事政権下の言論統制か何かもあり、発表されずに第二次世界大戦中に書かれていたこの小説は、大戦後に上梓され、作者のパヴェーゼは自殺し、帰らぬ人となってしまう。不謹慎な言い方かもしれないけれど、、戦時中、反ファシストということで逮捕されたこともあるパヴェーゼにも戦争という夏の祭りの終りはやってくる。その喪失感はやはりあったのかもしれない。

それから、ミケランジェロ・アントニオーニ監督のイタリア映画「さすらい」を思い出した。イタリア・ネオ・リアリズモの傑作はこの「美しい夏」に何か通じるものがあるのかもしれない。

あぁ、イタリア。話は戦争に戻り、敗戦したイタリアの市民はムッソリーニを銃殺し、その死体を逆さ吊りにして市内を引き回したそうだ。

今は夏の終りです。








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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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