えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

entry_top_w.png

源孝志監督の『木挽町のあだ討ち』を見ました。原作は永井紗耶子さんの小説。江戸時代を背景にした推理小説仕立ての時代劇でした。こういうのを隠密ものともいいます。推理ものの要素が大きいので話の筋は控えときます。

好きな俳優さんもたくさん出演していてそれも楽しい。敬称略でご紹介いたします。渡辺謙、柄本佑、滝藤賢一、山口馬木也、正名僕蔵、石橋蓮司、沢口靖子。

ぼくは江戸時代ものが好きです。けれど、忠義とかっていって、武士は苦しいものがあるなぁ。対して、役者とかの芝居者は川原者でもあります。その対比になるほど思わされます。芝居小屋の裏方さんが登場人物として、たくさん出てきて、とても興味深い。芝居小屋は、はみ出し者の一大ファミリーですな。いろいろと話の筋以外にも、何かと面白かった。

映画『木挽町のあだ討ち』公式サイト
entry_bottom_w.png
entry_top_w.png

相模大野のアコパにてオーストラリアからやって来たリー・スロゲット(Leigh Sloggett)さんのコンサートを見ました。スライド・ギターもよければ、歌も哀切で泣かせます。いたるところにブルースあり。素晴らしかったです。
entry_bottom_w.png
entry_top_w.png

国立能楽堂にて能楽の鑑賞をしました。狂言は和泉流「子盗人」、能は観世流「高砂」です。

狂言の「小盗人」はこんな話。すっからかんになった博打打ちがとある家に泥棒に入る。盗みに入った家に、どうしたことか、赤ん坊が寝ている。泥棒は赤ん坊をあやしはじめる。それが家の人に見つかり、どうなることか。これを見ていて、ぼくは落語の源流は確かに狂言であるような気がするのであります。

能の「高砂」は落語の「高砂や」で引用される謡曲の能であります。旅の途中の神主が箒で掃除をするお爺さんとお婆さんを見かけます。そのお爺さんとお婆さんが高砂と住吉の離ればなれになりつつも、心の通いあった相生の松の神霊であり、万葉と古今の歌の神でもあることが明かされます。土地の者に神主は住吉参詣を勧められ、住吉に参れば、住吉明神が現れ、太平の世を祝福する舞を踊ります。

こういう能を見ると、どうして宮中で皇族がたと一般市民によって、「歌会始の儀」が行われるのか、少し分かるような気もするのでした。そして、日本の神は踊りを舞う神であるらしいのです。今年の泰平を願い、「高砂」を寿ぎましょう。能の詞章から引用しつつ、この項を了としたいと存じます。

地謡 わが大君の国なれば、いつまでも君が代に、住吉にまづ行きてあれにて、待ち申さんと、夕波の汀なる海人の、小舟に打ち乗りて、追風にまかせつゝ、沖の方に出でにけりや、沖の方にいでにけり
ワキ/ツレ 高砂や此浦舟に帆をあげて、此浦舟に帆をあげて、月もろともに出でしほの、波の淡路の島陰や、遠く鳴尾の沖すぎてはや住の江に、着きにけり、はや住の江に着きにけり
シテ われ見ても久しくなりぬ住吉の、岸の姫松いくよ経ぬらん、睦ましと君は知らずや瑞籬の、久しき世々の神かぐら、夜の鼓の拍子を揃へて、すゞしめ給へ、宮つこたち
entry_bottom_w.png
entry_top_w.png
暖かい陽気に誘われて、薬師池公園に行きました。梅林の梅の花がとてもきれいです。



entry_bottom_w.png
entry_top_w.png

五木寛之さんの著した『死の教科書 ―心が晴れる48のヒント』がおもしろくて、一晩で一気に読みました。この問答集は五木寛之版「メメント・モリ(memento mori)」です。「メメント・モリ」とは「死を想え」ということで、五木さんの『死の教科書』から引用します。

「死を想え、という文字を刻んだ大理石や昔の置物を机のうえに飾り、朝夕にそれを眺めたのは、ペストが大流行した中世のイタリアの知識人でした。また、個人の部屋だけでななく、公共の建物の入口にも、同じ言葉を刻んだ額がかけられていたそうです。」

ぼくも五木さんの『死の教科書』に習い、死を忌避するのではなく、死に親しもうと思う次第です。五木さんはこうも決論づけておられます。

「死を遠ざけることで人は元気になるのではない。
 死を常に感じていることが、生きていく力になる。」

その要諦は五木寛之さんの著した『死の教科書 ―心が晴れる48のヒント』をお読みください。

死の教科書 宝島社の通販 宝島チャンネル
entry_bottom_w.png
entry_top_w.png

ラフカディオ・ハーンが著し、池田雅之さんの訳した『新編 日本の面影 Ⅱ』を読みました。この本には、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの日本について書いた十篇、「弘法大師の書」、「鎌倉・江ノ島詣で」、「盆市」、「美保関にて」、「日御碕にて」、「八重垣神社」、「狐」、「二つの珍しい祭日」、「伯耆から隠岐へ」、「幽霊とお化け」と、巻末に小泉節子の著した「思い出の記」が収められております。

柳田國男の『遠野物語』の上梓されたのが明治43年(1910年)で、ラフカディオ・ハーンがこれらの文章を書いたのが明治25年(1892年)から明治27年(1894年)という早さに驚く。そして、『新編 日本の面影 Ⅱ』を読めば、ありありと130年前の日本を思い浮かべることができるのだ。それらは日本の民俗をリアルに詩的に表されていて素晴らしい。

さらにラフカディオ・ハーンの妻の小泉節子の「思い出の記」がハーンの人となりを伝えていてとても貴重で面白い。これを読めば、節子とハーンの愛は疑うべくもありません。小泉節子によれば、ラフカディオ・ハーンは、この世よりも夢の世が好きであったろう、とのことで、ハーンの好きなものを並べるならば、西、夕焼け、夏、遊泳、芭蕉、杉、虫、怪談、浦島、蓬莱などであったそう。これにぼくはとても親しみを感じてしまうのです。

『新編 日本の面影』と同じく『新編 日本の面影 Ⅱ』もとても面白くございました。

「新編 日本の面影 II」ラフカディオ・ハーン [角川ソフィア文庫]
entry_bottom_w.png
entry_top_w.png

二月二十四日、上野の鈴本演芸場にて令和八年二月下席昼の部です。見た演目を記します。前座の桃月庵ぼんぼりくんの「寿限無」、二ツ目の三遊亭仁之吉くんの「猫と金魚」、ストレート松浦さんのジャグリング、蜃気楼龍玉師匠の「道灌」、春風亭百栄さんの漫談、すず風にゃん子さんとすず風金魚さんのお二人の漫才、三遊亭窓輝師匠の「釜泥」、入船亭扇遊師匠の「浮世床」、林家八楽師匠の紙切り、三遊亭圓歌師匠の「夜間工事中」でお仲入りとなりました。伊藤夢葉さんの奇術 、蝶花楼桃花師匠の「権助提灯」、三遊亭歌奴師匠の「初天神」、柳家小菊師匠の三味線弾きの、唄いの粋曲、主任は三遊亭吉窓師匠の「鹿政談」でした。

特に印象に残った演目でごさいます。すず風にゃん子さんとすず風金魚さんのお二人の漫才で大爆笑しました。入船亭扇遊師匠の「浮世床」の定番の噺が楽しい。伊藤夢葉さんの奇術のとぼけた味が好きです。蝶花楼桃花師匠の「権助提灯」のお妾さんとお上さんの演じ分けと権助も楽しい。主任の三遊亭吉窓師匠の「鹿政談」の丁寧な噺ぶりになるほどと合点しました。

ところで、楽屋に入っていく蝶花楼桃花師匠をお見かけしましたよ。小柄な人でした。高座に上がると、なんと大きく見えることか。これが落語家とか、噺家とかということだろうか、と感心してしまいます。ぼくは桃花師匠は「チャンピオン」だとも思うのです。大江健三郎によれば、オックスフォードの辞典には「champion」は「誰かのために代わって戦う人」という意味が載っているそうなのです。

暗いこの世のつらさ忘れ、寄席は心のオアシスです。
entry_bottom_w.png
<< 前のページ 次のページ >>
[8]  [9]  [10]  [11]  [12]  [13]  [14]  [15]  [16]  [17]  [18
plugin_top_w.png
カレンダー
04 2026/05 06
S M T W T F S
2
3 5 8
11 13
17 20 23
26 27 28 29 30
31
plugin_bottom_w.png
plugin_top_w.png
えいちゃんのお奨め

ライブのお知らせ

ぼくのTwitter

plugin_bottom_w.png
plugin_top_w.png
最新コメント
[05/04 ペコ]
[12/23 ロンサム・スー]
[07/27 gmail account]
[08/29 えいちゃん]
[08/29 みさき]
plugin_bottom_w.png
plugin_top_w.png
プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
plugin_bottom_w.png
plugin_top_w.png
ブログ内検索
plugin_bottom_w.png
plugin_top_w.png
最新トラックバック
plugin_bottom_w.png
Copyright えいちゃん(さかい きよたか) by えいちゃん All Rights Reserved.
Template by テンプレート@忍者ブログ