えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
小川洋子さんの著した「博士の愛した数式」を読了した。おもしろかった。
数学の博士、家政婦さんと彼女の子どもである十歳になる男の子のこの物語を読みながら、ふと友だちのもと数学教師の彼を思い出した。子ども好きな彼がもっと齢をとれば、この物語の老数学者のようになるのではないかと想像してみた。それは、ちょっぴり楽しい想像でもあった。
三人を結びつかせているのは数学の数式、数でもあり、阪神タイガースなのでもあり、三人の胸の奥にある純真さのようなものが暖かい。
阪神タイガースのエース、江夏豊の背番号は28で、それは完全数だというのがこの小説に出てくるけれど、ぼくの大好きなシカゴ・ブルズのマイケル・ジョーダンの背番号は23だった。数学としてはどういう数字なだろう?
コンビニで見かけ買ってしまった「水木しげる傑作選 ヒットラー」を読む。なかなかの力作です。水木しげるは妖怪ものだけではありません。
ヒットラーの人生を知りました。
国の頂点に立派な人が就くのではなく、その真逆である最悪な人間が就くことも、多くの歴史が繰り返してきたこと。そして、そのような人を人々が支持もしてきて、気が付けば果てしない廃墟がそこに残ってしまう。
かっこいいことを言うやつらに気を付けろ!
水木しげる傑作選 ヒットラー|水木プロダクション公式サイトげげげ通信
「太田和彦のニッポンぶらり旅2 故郷の川と城と入道雲」を読んだ。太田和彦さん、昼は史跡や古い街並み、夜は居酒屋を巡る旅の記録、随筆なのだけど、東日本大震災の後のその旅は、大災害、天変地異は起こり得ることを知ってしまったから、その眼差しはいつしか、やさしく丁寧になる。東北の地は訪ねておらず、むしろ、おのずと足は出自、故郷、育ててくれた地に向かい、そこに希望や和解を見いだした。感動の一篇です。あとがきから引用させていただきます。
「私は、旅は気持ち次第と感じるようになった。今見ているこの風景は無くなるかもしれないと思うと、心は澄み、まなざしは丁寧に温かくなる。それはまた旅のみならず、毎日の日常もそうだ。まさに「人生は旅」と気づいたのだ」
それから、ぼくはこの本を読んで、すこし前に旅に訪れた上諏訪のとある居酒屋でであった楽しくさわやかで気取らない紳士は太田和彦、その人であると強く信じるようになったのだ。出会う人、会いたい人には、いつか、出会うべき時に出会うのだと思う。それも旅なのです。
太田和彦さんの著した「ニッポンぶらり旅 宇和島の鯛めしは生卵入りだった」を読了した。居酒屋と日本酒の達人である太田和彦さんが日本の各地に旅に出かけ、昼は古い街並みをや史跡を歩き、夜は老舗の居酒屋に出向き、おいしい料理やお酒を味わう。その楽しさと幸せが文と文の間から立ち上ります。
小説家の小川洋子さんと臨床心理学者であり心理分析医でもある河合隼雄先生の対談集「生きるとは、自分の物語をつくること」がおもしろくて、一気に読んでしまった。思えば、河合隼雄先生が一年間の夢の中の旅の後、天国に旅立たれたのは十年前、2007年7月19日だったのだけど、この小川洋子さんとの対談が、河合隼雄先生の最後のメッセージとなりそのタイトルがずばり「生きるとは、自分の物語をつくること」。この本の中の河合隼雄さんのある言葉にぼくはぎくりとして出会うべくして、今、出会ったかのような、何かが胸の奥底からあふれるかのような感動をおぼえたのでした。敬意を込めて、ぼく自身のためにも引用をお許しください。
「お医者さんに、魂とは何ですか、と言われて、僕はよくこれをいいますよ。分けられないものを明確に分けた途端に消えるものを魂というと。善と悪とかもそうです。そういう区別を全部、一端、ご破算にして見ることなんです。障害のある人とない人、男と女、そういう区別を全部消して見る」
それから、小川洋子さんの書いた「二人のルート|少し長すぎるあとがき」も追悼文になってしまったのだけど、素晴らしい。ぼくは小川さんの書いた小説は「ミーナの行進」しか読んだことがないけれど、この「生きるとは、自分の物語をつくること」でも取り上げられている「博士の愛した数式」も読んでみようかな。昔、読んだ「ミーナの行進」はすごくよかったです。
ぼくは自分の物語をつくっているだろうか? 空の向こうの河合先生、作っていますよね。
太田和彦さんの著した「居酒屋を極める」を読了する。思えば、旅チャンネルの番組「日本全国居酒屋紀行」を見て、ぼくもその影響を受け、太田和彦さんをまねて、日本のいろんな小都市に居酒屋を求めて旅をしていたころがあった。思い出してしまう。さて、この新著、たんなるうんちく本とか、ガイドブックにとどまらない、何か深みのある考察を提示もしてくれている気がした。第四章の「身も心も満たす「いい店」はどう探すのか」にこんな言葉が出てくる。
「よい年齢になり社会経験を積むと人も見方も変わってくる。社会的地位が高い・低いなどという価値観はとうに消えた。逆にそこにこだわる人とは用心してつき合うようになった。立身出世ははたした、経済的に成功した、それがどうした。頭がいいとか、人を引っ張ってゆけるとかも消えた。
そして残ったのは「あの人はいい人だ」だ。人格者でなくてもいい。死んだ後「もうちょっと一緒に酒飲みたかったな」と言われるようになりたい」
そうですよね。ぼくは、十牛図の十番目「入鄽垂手(にってんすいしゅ)」を思い出してしまった。そして、「居酒屋を極める」は感動の第五章「あのとき、何が起こったか―いつもそこに居酒屋があった」に進むのです。さて、ぼくの思い出した入鄽垂手とは。
「胸を露わし足を跣(はだし)にして鄽に入り来たる 土を抹(な)で灰を塗り笑い腮(あぎと)に満つ」
居酒屋で冷奴などを肴に微笑みながら酒をちびりちびりやる。これは神仙の奥義や秘訣であるかもしれませんぞ。
「よい年齢になり社会経験を積むと人も見方も変わってくる。社会的地位が高い・低いなどという価値観はとうに消えた。逆にそこにこだわる人とは用心してつき合うようになった。立身出世ははたした、経済的に成功した、それがどうした。頭がいいとか、人を引っ張ってゆけるとかも消えた。
そして残ったのは「あの人はいい人だ」だ。人格者でなくてもいい。死んだ後「もうちょっと一緒に酒飲みたかったな」と言われるようになりたい」
そうですよね。ぼくは、十牛図の十番目「入鄽垂手(にってんすいしゅ)」を思い出してしまった。そして、「居酒屋を極める」は感動の第五章「あのとき、何が起こったか―いつもそこに居酒屋があった」に進むのです。さて、ぼくの思い出した入鄽垂手とは。
「胸を露わし足を跣(はだし)にして鄽に入り来たる 土を抹(な)で灰を塗り笑い腮(あぎと)に満つ」
居酒屋で冷奴などを肴に微笑みながら酒をちびりちびりやる。これは神仙の奥義や秘訣であるかもしれませんぞ。
マーティン・スコセッシ監督の「沈黙 -サイレンス-」を見て、感動して、それから、原作である遠藤周作の小説「沈黙」もと思い、読んでしまったところです。
読んでいる最中、狐狸庵先生こと遠藤周作自身が、この「沈黙」に出てくるとても大切な人物であるキチジローのことを自分のことだと言っていたのを知り、なんだか、作品の秘密のとても大事な何かの一つが解きあかされたように感じいってしまった。キチジローについては実際に小説を読むか、映画を見て欲しいのだけど、もしかして、この弱くていくじなしの全然立派じゃないだめなやつが一番キリストを愛し、信じていたのかもしれません。
何かを信じるってどういうことだろうか? しかも逆境の中で、そのふきつづける嵐の中で命までも奪われたり、奪われそうになったりしながらも、信じつづける、もしくは信じつづけてしまうということって、どんなことだろうか? この本を読んで、その答えが少し近づき、さらにわからなくなったような気もするのです。
マーティン・スコセッシ監督は英訳で「沈黙」を読んだそうです。それは"Shusaku Endo SILENCE"。日本文学も世界にその素晴らしさが紹介されているのですね。
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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