えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
川崎市岡本太郎美術館に『顕神の夢―幻視の表現者』展を見に行きました。
大本教の始祖である出口なおの書に始まるこの展覧会は近年ぼくが見た展覧会の中でも特に強烈な印象を受けました。一度見てから、今見たものは何なのだったのだろうと再度、展覧会を巡り直し、買う予定のなかった図録も買ってしまいました。
出口なおから始まり、村山槐多らを経て、草間彌生らの現代に至る五十一名もの画家の絵を見て、その隣に掲げられた画家たちの文を読んでいると、彼らにくらべ、ダリやマグリットらのヨーロッパのシュールレアリストも理性によって縛られているとぼくは思わざるえないほど、強烈な印象をぼくに残しました。買ってきた図録をときほどき、この驚きを再び追体験したいと思います。
開催中の展覧会|川崎市岡本太郎美術館
大本教の始祖である出口なおの書に始まるこの展覧会は近年ぼくが見た展覧会の中でも特に強烈な印象を受けました。一度見てから、今見たものは何なのだったのだろうと再度、展覧会を巡り直し、買う予定のなかった図録も買ってしまいました。
出口なおから始まり、村山槐多らを経て、草間彌生らの現代に至る五十一名もの画家の絵を見て、その隣に掲げられた画家たちの文を読んでいると、彼らにくらべ、ダリやマグリットらのヨーロッパのシュールレアリストも理性によって縛られているとぼくは思わざるえないほど、強烈な印象をぼくに残しました。買ってきた図録をときほどき、この驚きを再び追体験したいと思います。
開催中の展覧会|川崎市岡本太郎美術館
東京都美術館に『マティス展』を見に行きました。
マティスは最晩年に自分の生涯を振り返りつつ、インタビューで「自分の生涯はとりたてて事件のようなものはありません」と答えたという。84才までもの生涯を長く生きた穏やかな人生であったろうとぼくはこの巨匠に同意しつつ、変革を自らにの絵に課したかのようなマティスの作品そのものが事件ではなかったのかとも思いつつ、美術館を見て歩きました。
アンリ・マティスは1954年に亡くなり、人からは「色彩の魔術」と呼ばれ、マティス自身は「私は人々を癒す肘掛け椅子のような絵を描きたい」といったその絵は、半世紀をを経た今も、世界中の人を虜にし、愛されている。素晴らしいことです。
マティスを心の師と仰いだ佐藤製薬のゾウのキャラクター「サトちゃん」の生みの親である画家、猪熊弦一郎はマティスに自分の絵を見せた時、マティスから「おまえの絵はうますぎる」といわれ、衝撃を受け、それが自分の原点になったと後に述懐している。「色彩の魔術師」は「線の魔術師」でもあったとぼくは『マティス展』を見ながら思い、この猪熊弦一郎を巡るエピソードはいかにもマティスらしい。
事件のようなものは何もなかったマティスの生涯の最晩年に自らの芸術の集大成として手がけた南フランスの港町ヴァンスにある小さなカソリックの礼拝堂「ロザリオ礼拝堂」にいつかぼくは行ってみようと思い、美術館を後にした。
マティス展|東京都美術館
町田市立国際版画美術館に『自然という書物 15世紀~19世紀のナチュラルヒストリー&アート』展を見に行きました。版画を通しての西洋から見た人々が自然をどうとらまえていたかを時代とともに追っていくというような内容でした。
大航海時代以前、世界は知られないところにあふれ、自然は人の想像力をかきたてる何かに満ちたところであったのだけれど、船の旅によって、実物の自然の驚異が人の記憶に写しとられ、活版印刷の技術の進化にともなって、西洋の世界にひろまっていったというのが、ぼくの見立てでもあります。さて、世界のすみずみまで自然のありようがあかされると、人は自然の中に顕現する神の現れや物語を発見しようとする。ふと、ぼくは禅の十牛図がこの展覧会のどこかにあるのではないかと期待したけれど、それはありませんでした。桜の散る今の季節、二十一世紀となっても、自然は人の心の内にあり、もちろん外にもあり、それからもたらされる驚き抜きには、人の営みはなく、生きてもいけない。
トマトやトウモロコシは大航海時代に新世界で西洋が発見し、世界にひろまっていった。その不思議さもうっすらと感じつつ、美術館を後にしました。
世田谷美術館に『世田谷美術館コレクション選 わたしたちは生きている! セタビの森の動物たち』展を見に行きました。
展覧会の楽しみのひとつは自分のお気に入りの思い出と記憶に残る一枚の絵を見つけることだと思うのだけれども、『セタビの森の動物』展にも、そんな一枚がありましたよ。フェルディナン・デスノスの「ノアの方舟の建造」です。この絵を見ていると、なんだか面白くて、時のたつのを忘れてしまい、いつか楽しくなってしまう。ぼくにとっての名画を発見した喜びをかみしめ、うきうきしながら、美術館をあとにしました。
セタビチャンネルJr. 【2月17日】今日は何の日?ノアの方舟編
「博物館に初もうで」ということで東京国立博物館に行きました。干支の兎にちなんだものも陳列してありました。日本画家の中では一番好きだと坂本龍一さんがおっしゃておられました長谷川等伯の「松林図屛風」が素晴らしい。禅の感覚、思考を極限まで進め、切り落とし、切り落としして、松林と遠くの富士が残ったかのような図に風情に感嘆の溜息。あー、でも、雪舟の絵は展示されていなかった。受付のの人に雪舟の絵はどこですかと尋ねると、今は展示されておりませんとの答えでありました。また、来なくてはなるまいぞ。
「150年後の国宝展―ワタシの宝物、ミライの宝物」という展示には少しの衝撃がありました。ゴジラやセブンイレブンの赤電話は懐かしくも楽しいのだけれども、やはり、ぼくは150年後は展示する今のものは何もないようにも思え、博物館という施設、仕掛けが極めて20世紀的なものだとも思えてしまうのでした。
博物館は楽しい。
世田谷美術館に『藤原新也・祈り』展を見に行った。
展覧会のはじまりのところの大きな蓮の写真に感激の鳥肌がたつ。ぼくは40年来、藤原さんの写真や文、表現を追い続けけてきたのです。
この前、NHKの「日曜美術館」で藤原新也の特集を放送していて、藤原さんは「目の性善説」というようなことをおっしゃっておられた。目は本来、美しいものを求めており、目はそれを見たいと思っている、というような内容だった。日本の普通の景色から香港や渋谷を舞台にしたニュース的なもの、インドやトルコ、中国、アメリカの放浪の旅、バリ島や沖ノ島まで、すべてが何かしら美しい。そして、ラストのところの展示での言葉は痛切にも、今、日本に撮りたいという景色がなくなってきているということだった。
家に帰り、買ったままなぜかほったらかしにしていた藤原さんの最新の写真集であり、この『藤原新也・祈り』展の図録である『祈り』を見る。そして、読む。ここでもまた圧倒された。その写真集を見ながら、その中の「旅」という文を読みながら、ぼくは、その昔、寺山修司の本か何かで知った、全世界の反抗の発火点となった1968年の五月革命のフランスのパリのナンテール大学にあったという落書きの言葉を思い出していた。
「敷石の下は砂浜だ」
まったくその通り。世界は騒然として再び敷石ははがされるのかもしれない。そうでなくとも、いつか敷石は朽ちるだろう。世界に美しい何かが残ることを祈るのみ。
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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