えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
ジャマイカのToots Hibbert、大好きな歌手でした。地上での生はおしまいになり、今ごろは空の上から、歌ってくれているのだろう。これは1975年のご機嫌なライブです。
大好きなToots & the Maytalsのバラード「Daddy」を意訳してみました。
♪♪♪
父ちゃん、ぼくために母ちゃんに話しておくれよ
何か話して欲しいんだ
ぼくがここにいていいんだって
母ちゃんに会いたかったんだ
母ちゃんに抱きついて
母ちゃんと昔話でもして、母ちゃんにキスをして
母ちゃんの手を握って、揺すぶって
だって、母ちゃんが大好きなんだ
何か言ってよ
父ちゃん
何か言ってよ
父ちゃん
ぼくはずっと家から離れていた
どうやって帰ったらいいのかわからなかった
ある夜、ふと目が覚めると
ぼくははっきりわかったよ
こんな景色はみたことなかったと
母ちゃんと父ちゃんに会えたらなって
ぼくを見ておくれ
けれど、それは夢だった
それで家に帰ろうと決めたんだ
ぼくは橋を渡り始めた
ぼくはドアのところに
ジーンという一人の少女を見えた
彼女は
トューツ、あなたがここを出て行ってしまう前に
わたしはあなたに新しい名前をあげたのよ
ぼくがどうしてときくと
母さんはね
あんたがとても偉い人になるようにって思って
それはサティン・オー・ボノって名前なの
サティン・オー・ボノってぼくを呼んでもいいよ
とっても変わったいい名前だね…♪♪♪
Toots & the Maytals - Full Concert - 11/15/75 - Winterland (OFFICIAL)
大好きなToots & the Maytalsのバラード「Daddy」を意訳してみました。
♪♪♪
父ちゃん、ぼくために母ちゃんに話しておくれよ
何か話して欲しいんだ
ぼくがここにいていいんだって
母ちゃんに会いたかったんだ
母ちゃんに抱きついて
母ちゃんと昔話でもして、母ちゃんにキスをして
母ちゃんの手を握って、揺すぶって
だって、母ちゃんが大好きなんだ
何か言ってよ
父ちゃん
何か言ってよ
父ちゃん
ぼくはずっと家から離れていた
どうやって帰ったらいいのかわからなかった
ある夜、ふと目が覚めると
ぼくははっきりわかったよ
こんな景色はみたことなかったと
母ちゃんと父ちゃんに会えたらなって
ぼくを見ておくれ
けれど、それは夢だった
それで家に帰ろうと決めたんだ
ぼくは橋を渡り始めた
ぼくはドアのところに
ジーンという一人の少女を見えた
彼女は
トューツ、あなたがここを出て行ってしまう前に
わたしはあなたに新しい名前をあげたのよ
ぼくがどうしてときくと
母さんはね
あんたがとても偉い人になるようにって思って
それはサティン・オー・ボノって名前なの
サティン・オー・ボノってぼくを呼んでもいいよ
とっても変わったいい名前だね…♪♪♪
Toots & the Maytals - Daddy.
藤井道人監督の『宇宙でいちばんあかるい屋根』を見ました。
桃井かおりさんが「星ばあ」という浮浪者みたいな不思議なおばあさん役で出演していて、時の流れを感じてしまった。けれど、桃井かおりはやっぱ桃井かおりでした。ぼくらの世代では桃井かおりさんは萩原健一が主演したテレビドラマ『前略おふくろ様』の海ちゃん役を思い出すのだけれど、そのちょっと後に桃井かおり主演の『ちょっとマイウェイ』というドラマが好きでしたよ。桃井さんの主演の映画で、渡瀬恒彦と共演した前田陽一監督の『神様のくれた赤ん坊』は、ぼくが何度も見てしまった名作です。桃井かおりさんは偉大なる映画女優です。
「大石つばめ」役の清原果耶さんが可憐! この『宇宙でいちばんあかるい屋根』が映画初主演だそうです。エンディングロールにかかった主題歌はCoccoの作詞・作曲で清原果耶さん自身が歌っています。清原果耶さんは絶対に大スターになりそう。
藤井道人監督は日本アカデミー賞を取った社会派の映画『新聞記者』の監督で、まったく趣向を変えたファンタジー作『宇宙でいちばんあかるい屋根』での映像はとてもリリカルで美しくて、時おり夢の中のよう。とても驚きました。
あー、いい映画、見ました。
宇宙でいちばんあかるい屋根のオフィシャルサイト
大矢英代さんの著した『沖縄「戦争マラリア」-強制疎開死3600人の真相に迫る』を一気に読みました。この前、見た映画『沖縄スパイ戦史』を三上智恵さんとともに共同で監督した人が大矢英代さんで、2009年の時から2020年までの長きに渡った間の「戦争マラリア」の取材記録であるとともに、まぶしいような青春の記録でもあるような本でした。「戦争マラリア」とは軍名によってマラリアのはびこる地域の強制移住された人々が、次々に病死していった史実でもあることで、そこのは、軍というものが住民の生命を惨たらしく犠牲にするのかということでもある。そんな話を重い口を開け、すこしづつ話してくれた波照間島のおじい、おばあとの暖かい心の交流も書かれていた。そして、「最終章 なぜ今、戦争マラリア」で問いかけていることは、とても鋭い。この章から強制移住を経験した潮平正道さんの言葉を引かさせてください。
「戦争になると、国歌は「国」というものを大事にして「民」を犠牲にする。でも、「国」は「民」があって初めて成り立つものでしょう? 戦争になるとね、そんなことは国民は忘れてしまうんですよ。八重山の人たちも、「お国のため」「天皇のため」と言って、マラリアで死ぬと分かっていながら軍の命令に従ったんだから」
そう、戦争マラリアを生き抜いた八重山のおじい、おばあたちは、口々に「また戦争をするんかやぁ」と言っているそうなのだ。今、国が喧伝し始めている敵とする国のこととかを敵として安易に信じてはいけない。
この本『沖縄「戦争マラリア」』の取材の結晶である『沖縄スパイ戦史』は数々の賞も取り、国内では自主上映がつづき、海外の韓国、ドイツ、スイスでも上映され、第二次世界大戦後、もっとも戦争をしている国、アメリカでも上映が始まるそうです。本当におめでとうございます。
こんな夢を見た。ぼくはどこかの大学の教室にいる。二度目の大学入学を果たしたらしい。大学の教授から七冊の赤い表紙の本を渡される。ぼくはこれからの一年間、これらの本を熟読し研究しなくてはいけない。教授から教えてもらうことは、詩や小説、絵、演劇、音楽と心のありようについてらしい。教授は、十七歳で死んでしまったら、何でも許されると言って、山田かまちの詩をリズム・アンド・ブルースやゴスペルみたいな抑揚で朗読し始めて、ぼくは驚くような気持でそれを聞いている。
そこで目が覚めた。山田かまちとは1977年に十七歳の若さでこの世を去った人で、ギターの感電死とも、もしかして自殺ともいわれるその死を遂げた部屋のベッドの下から、おまりものたくさんの詩を書いたノートが出てきて、出版され、映画にもなった人。ぼくは山田かまちの本も読んだことはなく、映画もみたことはないのだけれども。そして、夢に出てくる赤い表紙の本とは、ユングの「レッドブック」のことかもしれない。山田かまちの何倍も生きたぼくは、近頃、ふと、いろんなことを学びなおしたいとも思っています。山田かまちの詩集、今度、古本屋で見つけたら読んでみようかしら。
そこで目が覚めた。山田かまちとは1977年に十七歳の若さでこの世を去った人で、ギターの感電死とも、もしかして自殺ともいわれるその死を遂げた部屋のベッドの下から、おまりものたくさんの詩を書いたノートが出てきて、出版され、映画にもなった人。ぼくは山田かまちの本も読んだことはなく、映画もみたことはないのだけれども。そして、夢に出てくる赤い表紙の本とは、ユングの「レッドブック」のことかもしれない。山田かまちの何倍も生きたぼくは、近頃、ふと、いろんなことを学びなおしたいとも思っています。山田かまちの詩集、今度、古本屋で見つけたら読んでみようかしら。
今日は関東大震災の日であるとともに、当時、植民地であった朝鮮半島から日本に来ていた人たちが、理由もなく殺された日でもあります。小池百合子東京都知事になり、毎年、出されていた都知事から追悼文が止んで、今年も出されないのはどういうことなのか? 小池百合子東京都知事だけのことじゃないぞ。こうして負の歴史が伝わらず、風化していくことが恐ろしい。負の歴史こそ伝え、明日の糧にすることが、日本の未来、世界の未来を開くことではないのか。朝鮮人虐殺を目の当たりにした折口信夫の詩「砂けぶり」を引いて、今年もぼくは追悼したいと思います。
砂けぶり 一
夜になつた―。
また 蝋燭と流言の夜だ。
まつくらな町を 金棒ひいて
夜警に出るとしよう
かはゆい子どもが―
大道で ぴちやぴちやしばいて居た。
あの音―。
不逞帰順民の死骸の―。
おん身らは 誰をころしたと思ふ。
陛下のみ名において―。
おそろしい呪文だ。
陛下万歳 ばあんざあい
砂けぶり 二
焼け原に 芽を出した
ごふつくばりの力芝め
だが きさまが憎めない
たつた 一かたまりの 青々した草だもの
両国の上で、水の色を見よう。
せめてものやすらひに―。
身にしむ水の色だ。
死骸よ。この間、浮き出さずに居れ
水死の女の印象
黒くちゞかんだ藤の葉
よごれ朽つて静かな髪の毛
―あゝ そこにも こゝにも
横浜からあるいて来ました。
疲れきつたからだです―。
そんなに おどろかさないでください。
朝鮮人になつちまひたい気がします
深川だ。
あゝ まつさをな空だ―。
野菜でも作らう。
この青天井のするどさ。
夜になつた―。
また 蝋燭と流言の夜だ。
まつくらな町で金棒ひいて
夜警に出掛けようか
井戸のなかへ
毒を入れてまはると言ふ人々―。
われわれを叱つて下さる
神々のつかはしめだらう
かはゆい子どもが―
大道で しばつて居たつけ―。
あの音―。
帰順民のむくろの―。
命をもつて目賭した
一瞬の芸術
苦痛に陶酔した
涅槃の大恐怖
おん身らは誰をころしたと思ふ。
かの尊い御名において―。
おそろしい呪文だ。
万歳 ばんざあい
我らの死は、
涅槃を無視する―。
擾乱の歓喜と
飽満する痛苦と
砂けぶり 一
夜になつた―。
また 蝋燭と流言の夜だ。
まつくらな町を 金棒ひいて
夜警に出るとしよう
かはゆい子どもが―
大道で ぴちやぴちやしばいて居た。
あの音―。
不逞帰順民の死骸の―。
おん身らは 誰をころしたと思ふ。
陛下のみ名において―。
おそろしい呪文だ。
陛下万歳 ばあんざあい
砂けぶり 二
焼け原に 芽を出した
ごふつくばりの力芝め
だが きさまが憎めない
たつた 一かたまりの 青々した草だもの
両国の上で、水の色を見よう。
せめてものやすらひに―。
身にしむ水の色だ。
死骸よ。この間、浮き出さずに居れ
水死の女の印象
黒くちゞかんだ藤の葉
よごれ朽つて静かな髪の毛
―あゝ そこにも こゝにも
横浜からあるいて来ました。
疲れきつたからだです―。
そんなに おどろかさないでください。
朝鮮人になつちまひたい気がします
深川だ。
あゝ まつさをな空だ―。
野菜でも作らう。
この青天井のするどさ。
夜になつた―。
また 蝋燭と流言の夜だ。
まつくらな町で金棒ひいて
夜警に出掛けようか
井戸のなかへ
毒を入れてまはると言ふ人々―。
われわれを叱つて下さる
神々のつかはしめだらう
かはゆい子どもが―
大道で しばつて居たつけ―。
あの音―。
帰順民のむくろの―。
命をもつて目賭した
一瞬の芸術
苦痛に陶酔した
涅槃の大恐怖
おん身らは誰をころしたと思ふ。
かの尊い御名において―。
おそろしい呪文だ。
万歳 ばんざあい
我らの死は、
涅槃を無視する―。
擾乱の歓喜と
飽満する痛苦と
ポレポレ東中野で三上智恵さんと大矢英代さんのお二人の共同監督のドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』を見た。
そうか、やはり、軍隊は、戦争の時、人を守るものではなかったのか、守るというより人を犠牲にして、命を奪うという沖縄戦の教訓。取材に応じた今は八十歳を超えるゲリラ戦を陸軍中野学校出身の青年将校に仕込まれた元少年兵は、沖縄戦を忘れたら、また地獄になるよと言う。
戦争マラリアのことはよく知らなかった。波照間島での山下虎雄という偽名を名乗る、陸軍中野学校出身の男からの軍刀を振りかざした暴力による西表島への全島民の強制移動により、強制収容所のような所でマラリアにかかった人たちが、つぎつぎに倒れ、死んでいった。波照間島の学童慰霊碑の碑文にはこうあるという。
「太平洋戦末期一九四五年四月八日 西表島字南風見へ強制疎開させられ全学童三二三名はマラリアの猖獗により全員罹患 中六六名を死に至らしめた
かつてあった山下軍曹(偽名)の行為はゆるしはしようが然し忘れはしない
本校創立九〇周年を記念し、はるか疎開地に刻まれた「忘勿石」を望む場所に その霊を慰め、あわせて恒久平和をねがい碑を建立する
一九八四年七月一六日
波照間小学校創立九〇周年記念事業期成会」
旧日本陸軍の考えは反省もされず、今の自衛隊に残されていという。そして、石垣島での市長選での自衛隊誘致を推進する市長の勝利により、他国の軍から標的にされる巨大な弾薬庫が建設されている。ぼくたちは、せめてもの、例えば選挙で、戦争の方に向かっていかない議員を選びつづけないといけない。
映画『沖縄スパイ戦史』公式サイト