えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
山上たつひこさんの描いた漫画『光る風』を読みました。山上さんの少年チャンピオンに連載していた『がきデカ』は子どものころ、読んでいて、その前にこんなデビュー作を少年マガジンに描いていたとは知らなかった。
すさまじくダークで救いのない物語です。2015年に再び出版された単行本に内田樹さんが解説を書いていてこんな言葉を寄せられている。
「『光る風』に貫いているのは自由と民主主義を求めるリベラルな主張ではない。そうではなくて、自分は自由と民主主義が失われたときにまっさきに弾圧されるだろうという生理的恐怖である」
『光る風』は1970年に読まれるよりも、今の2020年に読まれた方がよりリアルな漫画なのです。しかも、この話に繰り延べられるような社会は75年前の日本に確かにあった。それが現在に起こりつつあり、未来にそうなりつつあることが、とても恐ろしい。
岩手県の平泉、一関を旅しました。
平泉の中尊寺に参りました。小さな里山にいくつもの寺があって、神社も含めて、それらすべてが中尊寺なのだそう。お寺やお社に何度も手を合わせているぼくがいました。
午後の三時過ぎに一関の宿に着き、チェックインしてから、すぐにまた、一関の街を散策しつつ、この旅のもっとも大切な、どうしても訪れたいと思っていたジャズ喫茶ベイシーに向かったのだけれど、なんと、あの新型コロナウィルスがはやり始めたこの春の三月二十六日から、長らく休んでいることを、お店の前まで来て、やっと知る。
軽くショックを受けて、夕方から居酒屋に入ったり、ラーメン屋でラーメン食べたり、とても美味しかったのだけれども、ベイシーの代わりにはならんのじゃ。
夢は持ち越され、このウィルス騒ぎが止んだらきっとまた来るぞ。それまでは待ってろよ。車でぶっとばして六時間。誰か行きたい人は、声をかけてくだされ。
平泉の中尊寺に参りました。小さな里山にいくつもの寺があって、神社も含めて、それらすべてが中尊寺なのだそう。お寺やお社に何度も手を合わせているぼくがいました。
午後の三時過ぎに一関の宿に着き、チェックインしてから、すぐにまた、一関の街を散策しつつ、この旅のもっとも大切な、どうしても訪れたいと思っていたジャズ喫茶ベイシーに向かったのだけれど、なんと、あの新型コロナウィルスがはやり始めたこの春の三月二十六日から、長らく休んでいることを、お店の前まで来て、やっと知る。
軽くショックを受けて、夕方から居酒屋に入ったり、ラーメン屋でラーメン食べたり、とても美味しかったのだけれども、ベイシーの代わりにはならんのじゃ。
夢は持ち越され、このウィルス騒ぎが止んだらきっとまた来るぞ。それまでは待ってろよ。車でぶっとばして六時間。誰か行きたい人は、声をかけてくだされ。
『問いかけるアイヌ・アート』を読了しました。この前、日本民藝館で『アイヌの美しき手仕事』展を見てからアイヌのことがとても気になります。『問いかけるアイヌ・アート』はいろんな人のアイヌの文化にまつわる文集となっていて、著者は池田忍さん、五十嵐聡美さん、貝澤徹さん、小笠原小夜さん、吉原秀喜さん、高橋桂さん、山崎明子さん、中川裕さん。アイヌ文化に携わってきた研究者や作家、アイヌ文化そのものを体現する芸術家、イラストレーターの人たちの真摯な文集でした。そして、カラーのものも含む楽しく美しい口絵もたくさん添えられた楽しい本でした。
さて、21世紀が始まり、20年経ち、20世紀を振り返れば、植民地からのいろんな国の独立の世紀であったようにもぼくには思えて、となれば、21世紀はどんな世紀となってゆくのだろう? 21世紀は少数民族や先住民族の世紀となり、少数民族や先住民族の伝えてきた文化が、つづいていく戦争をもたらす国と国の争い、宗教と宗教の争いを止揚し、光となるのではないかしら?
これは、この本でも紹介されているアイヌの神話です。
これは『問いかけるアイヌ・アート』で文を書いておられる小笠原小夜さんのホームページ。
TAKE ART EAZY! [ TAEZ! ]小笠原小夜
この本で紹介されていた貝澤徹さんも紹介されている二風谷のアイヌの工芸作家のホームページもある。
http://nibutani.jp
そして、中川裕さんが取り上げた漫画『ゴールデンカムイ』のヒロインのアイヌの少女も溌剌として生きている。
https://kamuy-anime.com
ぼくは楽天したい。
この本の中からアイヌ文様刺繡家であるチカップ美恵子さんの言葉を紹介して、この項を了とします。
「美しく気高い祖母の励ましの夢だった。美しく刺繍した着物を広げて、私に説明してくれた。いくら説明しても、のみこめない私を祖母が叱った。祖母の声で目が覚めた。ああ、あのような美しい着物がほしい。天然色の美しい夢を見たのだ」
こんな夢を見た。ぼくは夕食を食べに自分の家の一階の台所兼居間に行く。テレビの横に大きくて立派な黒い毛の和牛がいる。静かに寝そべっているだけだけれども、大きな生きものの気配があたりに漂っている。どうして、こんなところにこんな大きな生きものがいるのだろうと訝しく思いつつ、普通に食事をして、二階に上がっていく。再び、一階のに台所兼居間に降りると、牛はまだそこにおり、眠っているようだ。テレビの横では少し邪魔ではないか、とぼくは思うのだが、そのまま牛を見ている。
そこで目が覚めた。牛の夢はいい夢だそうだ。人類の歴史の間、長く苦楽をともにしてきた牛たち。ぼくの好きな十牛図を思い出した。十牛図には部屋の中で寝そべる牛を見ている旅人の絵はないようなのだが、さしずめ十牛図に例えるならば、ぼくはどこにいるのだろう? 「騎牛帰家」と「忘牛存人」の真ん中あたりだろうか?
近藤等則さんが亡くなられた。いくつかのぼくの思い出を語り、この偉大なミュージシャンに哀悼と敬意を表します。
初めて近藤さんを見て、その演奏とパフォーマンスを体験したのは、法政大学の学館ホールであった。ヨーロッパから帰ってきて、一人でステージに登場したトランぺッターはピッグノーズの小さなギターアンプをフルテンにして、ピックアップか小さなマイクでひろったトランペットの音を歪ませ、その音をマイクでさらに広い、PAを通して大きなスピーカーから爆音がホール中に音が鳴り響き、もしかして、すべての窓ガラスも振動していたようなのだった。強烈な経験でした。そのコンサートの終わりの方で、人の背丈の何倍もあろうかという巨大な箒のようなもので床をバシバシと叩きながら、歩き廻り、扉から外に出て行った。あれはなんだろうという驚きと快感すらもあった。
同じころ浅川マキの「One」というアルバムを聞いたら、近藤さんがトランペットを吹いていて、強烈にかっこいい。フリージャズ。メンバーは浅川マキ-ボーカル、山下洋輔-ピアノ、川端民雄-ベース、山内テツ-ギター、そして、近藤等則-トランペット。
時は経ち、夜中、テレビを見ていたら、確か「近藤等則 地球を吹く」というような番組が放映されていて、近藤さんはイスラエルかどこかの砂漠の巨大な崖で、エレクトリック・トランペットを見渡す限りの赤い砂の大地に響かせていた。演奏が終わり、風になぶられながら、近藤さんは、こんな歌を鼻歌まじりに口ずさんでいたのだ。
♪♪♪
おれは行って、行ってみたいのさ
世界の果てっていうところに♪♪♪
その短い歌は見果てぬ何かをただただ見ようとしているかのようで、強烈にかっこよかったです。真の自由を音楽で体現したミュージシャン、近藤等則に今夜は献杯!
初めて近藤さんを見て、その演奏とパフォーマンスを体験したのは、法政大学の学館ホールであった。ヨーロッパから帰ってきて、一人でステージに登場したトランぺッターはピッグノーズの小さなギターアンプをフルテンにして、ピックアップか小さなマイクでひろったトランペットの音を歪ませ、その音をマイクでさらに広い、PAを通して大きなスピーカーから爆音がホール中に音が鳴り響き、もしかして、すべての窓ガラスも振動していたようなのだった。強烈な経験でした。そのコンサートの終わりの方で、人の背丈の何倍もあろうかという巨大な箒のようなもので床をバシバシと叩きながら、歩き廻り、扉から外に出て行った。あれはなんだろうという驚きと快感すらもあった。
同じころ浅川マキの「One」というアルバムを聞いたら、近藤さんがトランペットを吹いていて、強烈にかっこいい。フリージャズ。メンバーは浅川マキ-ボーカル、山下洋輔-ピアノ、川端民雄-ベース、山内テツ-ギター、そして、近藤等則-トランペット。
時は経ち、夜中、テレビを見ていたら、確か「近藤等則 地球を吹く」というような番組が放映されていて、近藤さんはイスラエルかどこかの砂漠の巨大な崖で、エレクトリック・トランペットを見渡す限りの赤い砂の大地に響かせていた。演奏が終わり、風になぶられながら、近藤さんは、こんな歌を鼻歌まじりに口ずさんでいたのだ。
♪♪♪
おれは行って、行ってみたいのさ
世界の果てっていうところに♪♪♪
その短い歌は見果てぬ何かをただただ見ようとしているかのようで、強烈にかっこよかったです。真の自由を音楽で体現したミュージシャン、近藤等則に今夜は献杯!