えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
二度目の山梨県の忍野村の釣りの旅行をしました。台風が熱帯低気圧に変わって、降ったりやんだりの中、釣竿を振っていました。
釣りをする川から、歩いて5分の忍野高原ホテルに泊まりました。その宿の人と朝食の時、こんな会話がありました。
「何をしに忍野まで来たんですか」
と宿の人。
「実は釣りをしに来たんです。フライフィッシングの初心者なんですけど」
とぼく。
「それは釣れないわ。あそこの川はベテランみたいな人しか釣れないのよ。釣り人が多くて、魚が賢くなって、初心者の釣りの人なんて魚にバカにされるのよ。すぐ近くに寄ってきて、わざとらしくすーっと逃げたりして」
よく分かっていらっしゃる。
釣れなかったけど、夕まづめのライズはすごかった。何度か当たりはあったのだけど、毛鉤をかけられなかった。フライフィッシングって難しいなぁ。そこも、とても面白いのだけど。
朝、散歩がてら、釣竿を宿から川に行ってみた。朝まづめもすごいかな、と思っていたけれど、それほどでもなく、昨日の夕まづめは本当にすごかったんだ。朝食を食べて、宿を出発し、昼まで釣りをした。毛鉤を藪や木に何度もひっかける。昨日、川で出会った人とこんな会話もありました。
「久しぶりに忍野に釣りをしに来て、様子を見に来たんだけど、藪で投げにくそうだね。昔は、結構、ちゃんと草が刈られて、手入れされていたんだけどな」
そうか、そんなところでもあったのか。
昼ごろ、近くのさかな公園にある森の中の水族館を見物しました。子どもがいっぱい。そして、ぼくの釣れなかった魚がたくさん泳いでいました。
帰りに柄の長い忍野の釣りの専用のランディングネット、忍野ネットを買って帰ろうと思って、忍野村のフライフィッシングの専門店兼レストラン、リバーズエッジに寄ってみたのだけど、「今日の開店は午後3時からです」という看板がさげられ、閉まっていました。忍野ネットは次の春までお預けだな。というのも、10月から2月まで、長い禁漁期間に入るのです。その間、フライフィッシングの愛好家はタイイングという毛鉤巻きにいそしむ。いろんな意味で、なんて贅沢な遊びなんでしょう。足腰が弱っているのも気づき、もっと若いころ、フライフィッシングを始めればよかったのにと思いつつ、人生の時を過ぎてきた今の自分だからこそ感じれる楽しみや幸せもあるのだと思うぼくなのです。
釣りをする川から、歩いて5分の忍野高原ホテルに泊まりました。その宿の人と朝食の時、こんな会話がありました。
「何をしに忍野まで来たんですか」
と宿の人。
「実は釣りをしに来たんです。フライフィッシングの初心者なんですけど」
とぼく。
「それは釣れないわ。あそこの川はベテランみたいな人しか釣れないのよ。釣り人が多くて、魚が賢くなって、初心者の釣りの人なんて魚にバカにされるのよ。すぐ近くに寄ってきて、わざとらしくすーっと逃げたりして」
よく分かっていらっしゃる。
釣れなかったけど、夕まづめのライズはすごかった。何度か当たりはあったのだけど、毛鉤をかけられなかった。フライフィッシングって難しいなぁ。そこも、とても面白いのだけど。
朝、散歩がてら、釣竿を宿から川に行ってみた。朝まづめもすごいかな、と思っていたけれど、それほどでもなく、昨日の夕まづめは本当にすごかったんだ。朝食を食べて、宿を出発し、昼まで釣りをした。毛鉤を藪や木に何度もひっかける。昨日、川で出会った人とこんな会話もありました。
「久しぶりに忍野に釣りをしに来て、様子を見に来たんだけど、藪で投げにくそうだね。昔は、結構、ちゃんと草が刈られて、手入れされていたんだけどな」
そうか、そんなところでもあったのか。
昼ごろ、近くのさかな公園にある森の中の水族館を見物しました。子どもがいっぱい。そして、ぼくの釣れなかった魚がたくさん泳いでいました。
帰りに柄の長い忍野の釣りの専用のランディングネット、忍野ネットを買って帰ろうと思って、忍野村のフライフィッシングの専門店兼レストラン、リバーズエッジに寄ってみたのだけど、「今日の開店は午後3時からです」という看板がさげられ、閉まっていました。忍野ネットは次の春までお預けだな。というのも、10月から2月まで、長い禁漁期間に入るのです。その間、フライフィッシングの愛好家はタイイングという毛鉤巻きにいそしむ。いろんな意味で、なんて贅沢な遊びなんでしょう。足腰が弱っているのも気づき、もっと若いころ、フライフィッシングを始めればよかったのにと思いつつ、人生の時を過ぎてきた今の自分だからこそ感じれる楽しみや幸せもあるのだと思うぼくなのです。
ブレイディみかこさんの著した『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2』を読む。面白くて、旅先、忍野村の宿で、一気に一晩で読んでしまった。旦那さん、みかこさんいうところの配偶者、そして、この本の主人公でもあるぼく、みかこさんの息子とみかこさんの在英生活記。
こういうのを読むと、日本は30年間、いろんなことが止まってしまっているようにも思え、後塵に期してしまった国であることを悩ましく考えてしまう。アフガニスタン、ミャンマー、香港のように、時代が急に逆戻りしてしまう国もある。マレーシアの大統領から"Look east"といわれ、日本の経済発展を羨望され、手本とされたことも遥か昔に過ぎ去った。入国管理所でいじめ殺されたスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんのことが申しわけなく、悲しい。日本も今や、とても遅れています。アジアのみなさま、進みはジグザクだけど、がんばって行きましょう。
さて、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2』にもどり、やはり、英国と日本のあらゆるところの違いに驚く。と同時に、少しづつ子が親から離れていく、その時の物語でもあった。ぼくが中学生のころはどうだったけかな? 中学三年生の時、ぼくはパンク・ロックに出会ったんだ。
改めて日本が好きなぼくは、6章の「再び、母ちゃんの国にて」に日本のこれからの希望の一筋を見つけた気がしました。
村田久さんの著した『新編 底なし淵』を読む。どのような本かというと、村田さん自身はこの本の「あとがき」に書いておられ、それを引用して、ご紹介いたします。
また、知らない土地を巡っていると、忘れられない光景にぶつかることもあった。そんな村人との出会いや出来事、見たり聞いたりした不思議な事柄などを、拾い集めて文章にしてきた。釣りの旅を続けて、五十数年が経った。ぼくにとって、この本は大切な記憶が詰まった宝物なのだ。
その宝物の所在は東北の山々に所在する渓、川、村、人にあることを、ぼくは『底なし淵』を読んで知った。この本の「序文 村田さんの背中」で夢枕獏さんが書かれておられ、その中の一節を引用します。
東北の渓流ほど美しいものを、ぼくは他に知らない。けっこう世界中を歩いたり釣ったりして、ヒマラヤの凄い風景だとか、アラスカの原野の川だとか、南の島やジャングルの川、砂漠なども見てきたのだが、何が一番美しいかと問われれば、日本の東北の、新緑の渓流であるというしかない。これは間違いない。
その渓流で三〇センチのイワナを釣る――人生に至福の時があるとすれば、まさにこれであろう。
ぼくの渓への夢は増すばかり。けれども、この本には、崖で足を滑らせ、怪我を負い、血まみれになり、村人に助けを請う話も出てきて、深山幽谷の渓流の釣りが常に遭難の命の危険を伴う何かであることも教えてくれます。怪異な話も数編、出てきますが、例えば、帰りのバスに乗り遅れ、山あいの民家に泊めてもらう「遠野郷附馬牛」の家族の話などは、なんとも暖かく、明るい幸せ感に満ちていております。闇があれば、光りもまぶしい。ぼくは憧れてしまいます。
最近、以前にもまして、通勤電車の中で、会社の仕事、つまんねーな、とひとりごちてしまう。そんなひとりごちていると、あることが思い浮かびました。フライフィッシングやテンカラ釣りの釣り人も集い、古い音楽好きも集う、カントリー・ブルースの流れるカフェ・アンド・バー。こんな音楽が静かに流れ、訪れる人は川辺の釣り人も多く、どこかしこで、尺鱒が釣れたと、川の情報交換も盛んとなります。
おいらはその店の謎のマスターになるのです。どこかに、いい店舗物件はないかなぁ?
おいらはその店の謎のマスターになるのです。どこかに、いい店舗物件はないかなぁ?
アミール・“クエストラブ”・トンプソン監督の『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』を見た。1969年のニューヨークのハーレムの公園で開かれたフリー(入場無料)の音楽フェスティバルの記録映画です。クエストラブとはあのヒップホップグループ、ルーツのドラマーではないか。
時を同じくしてニューヨークのウッドストックでの音楽フェスティバルは有名になったけれど、このハーレムの『ハーレム・カルチャラル・フェスティバル』はのべ30万人もの人を集めつつ、オーディエンスに強烈な印象を残しつつ、何の報道もされずにいた、そのフィルムが半世紀の時を越え、見つかり、映画となった。見どころはいくつもあって、鳥肌もののパーフォーマンスが記録されている。
1960年代、ベトナム戦争の時代、黒人の人権と自由、公民権のために、J. F. ケネディー、マーチン・ルサー・キング、ロバート・ケネディー、マルカムXらの、何人もの命が失われつつも、そのムーブメントを鼓舞しつづける音楽があった。
この映画で見ることのできる、一つのマイクを分け合う二重唱のゴスペルのマヘリア・ジャクソンとメイヴィス・ステイプルズ、アフリカのクイーンのような堂々としたニーナ・シモンのメッセージ・ソング。そして、もっともこの時代で輝いていたのは黒人と白人、男も女もいる混成の、ロックとソウルのバンド、スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンの世界の色を変えてしまうようなオーラに満ちたパフォーマンス。最高です。
オーディエンスはほぼ黒人で、その中に白人がほんの少しだけ、演奏を聞いている。その中で黄色人種がいるとすれば、時を抜け出して見に行ったぼくだ。妙な妄想をしてしまいました。
『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』公式サイト
村田久さんの著した『イーハトーブ釣り倶楽部』を読みました。岩手県の一関に住まわれ、遠野のすみずみの川でフライフィッシングに釣りをしておられる釣師の村田久さんの心暖かい文章にぼくはほっとしてしまいます。「渓」という漢字が「たに」と読むことを、この本でぼくは初めて知りました。
さて、この本は釣りの紀行というより、山の村に入り、釣りという旅を通してのいろんな出会いを記した文章は、掌編の短編の美しい小説のようでもあり、ぼくは、この小説が表している世界は、開高健ではなく井伏鱒二の小説や、つげ義春の漫画を思い出させるようでもあるのです。
ほとんどの章が前の世紀の終わりの七年ほどに書かれたもので、第二部の二つの章は二〇一八年に書かれたものであった。その近年の二章では人間のしわざである乱開発と温暖化の豪雨により遠野の町も被害を受け、川も荒れてしまい、魚のいなくなった川を嘆き、悲しみつつ、かすかな命のつながりの奇跡に希みはつながっていく。「あとがき」の文を引用しつつ、このぼくのつたない文章を了とし、次の休日に出かける川に思いをはせて、おやすみなさい。ZZZzzz.....
今年の夏は、ひどい暑さだ。真夏日が続く中、久しぶりにAさんから電話が入った。
「あのさ、イワナ、沢さ戻ってきた」
彼は挨拶もそこそこに、こう切り出した。
集落の道路修復工事が一段落したので、奥地の沢へ、もぐりこんでみたという。
「沢、浅くなってな。水はちょろちょろだった。何かよ、水たまりで動いていた。イワナだ。四、五匹いたな。たんまげたよ。イワナは強ぇな。えらい奴だ。来てみろよ」