えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

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五木寛之さんの著した『歎異抄手帳』を読む。この本は、浄土真宗の開祖、親鸞聖人の弟子、唯円が聖人の本当の教えを著したとされる『歎異抄』を五木寛之さんが現代語に訳した「私訳 歎異抄」を手帳の体裁にしたものであります。いろんな『歎異抄』の現代語訳を読んでみましたが、この五木寛之さんの訳が一番ぼくの心に届き、心の奥にまで落ちるようであったのは、五木さんがこの本の中の「「私訳 歎異抄」まえがき」で書かれたこのようなことであったからなのかもしれません。

 他人を蹴落とし、弱者を押しのけて生きのびてきた自分、敗戦から引き揚げまでの数年間を、私は人間としてではなく生きていた。その黒い記憶の闇を照らす光として、私は歎異抄と出会ったのだ。

その「黒い記憶」がどのようなものであったかの詳細は生涯、五木さんは明かすことはないだろうけれど、だからこそ、この五木さんの訳のよる「私訳 歎異抄」は切実でやさしいような気がします。釈徹宗さんのすぐれた解説「五木私訳『歎異抄』について」と歎異抄の原典も付けられております。釈徹宗さんは浄土真宗の住職でもあられ、歎異抄の原典を音読することを勧めておられ、ぼくも音読してなるほどと思いました。五木寛之さんの伴侶であられる五木玲子さんの素敵な画もさしはさまれております。

何度も読み返すだろう現代語訳の『歎異抄』にやっと出会えました。






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山梨県の小菅村の小菅川で毛鉤釣りをしましたが、ボーズ(一匹も釣れないこと)でした。



魚影が見えないのは、この前の台風による大雨で奥多摩湖に魚が流されたからでしょうか? この前の四月下旬に来た時は、魚の泳ぐ姿をたくさん見たのにね。

三時間ほど釣りをして、「小菅の湯」で温泉に入り、夏もまだ盛りの山梨の田舎の帰り道を車で走ります。



車の中で見た驚くべき大きな入道雲の写真は撮っていません。「小菅の湯」は「道の駅 こすげ」にあって、そこで食べたシャインマスカットのソフトクリームがおいしかった。
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平塚市美術館で『造形作家 玉田多紀 ダンボール物語』を見ました。





玉田さんはダンボールでいろんなものを作っています。あたりまえだけれど、三次元の彫像物なのでいろんな角度から見れます。楽しい。玉田多紀さんの作品は、生きものたちへの愛に溢れ、そして、人をハッピーにする力があるようなのです。
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ちひろ美術館・東京に『谷内こうた展 風のゆくえ』を見に行きました。谷内こうたさんの絵は、この前、見た荒井良二さんの絵とは真逆の絵で、静逸な美しい詩情をたたえております。谷内こうたさんの伯父にあの谷内六郎さんがいて、どこか共通する世界があるようでもあるです。谷内こうたさんは自らの絵本を俳句みたいなものだといい、「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」が、柿を食って、鐘が鳴ったからってなんなのって言われてもなんでもないんだけど、という。展覧会には谷内こうたさんの生前(2019年に71歳で亡くなられております)使っていたカフェオレボウルとコーヒーカップが展示されていていかにも谷内こうたさん絵を連想させるような、それらしいものでした。谷内こうたさんが奥様の谷内富代さんにおっしゃった言葉。

「心に芽生えたものは、大事に温めていかないと。壊れやすいからね」

さて、ちひろ美術館の「ちひろ」は「いわさきちひろ」の「ちひろ」であります。もちろん、いわさきちひろの絵もたくさん展示されてあって、彼女の子どもの遊ぶのを描いた絵を見ていると、何か胸のつかえがすーっとほぐれていくようであります。夏休み、お母さんに連れられて来た子どもとたちもちらほらといる小さな美術館でした。
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ニコラス・ジャック・デイヴィス監督の『ルードボーイ トロージャン・レコーズの物語』を見ました。ドキュメタリーと俳優らによる再現ドラマ、レジェンドたちのインタビューによる、Ska、Rocksteady、Reggaeと急激に変わっていったジャマイカの音楽と、スキンヘッドと呼ばれる不良に人気であったそれをイギリスでリリースしたTrojanという音楽レーベルの物語でした。いまだにぼくはクラブのようなところで大きな音でレコードがかかっていて、それに合わせて踊るのが好きだけれど、そこで一番かかって欲しいレコードはDuke ReidのTreasure Isleのレコードだったり、Coxson DotのStudio Oneのレコードだったりします。この映画『ルードボーイ』はそのTreasure IsleやそれをイギリスでリリースしたTrojanにまつわる興味深く楽しい音楽映画でした。家に帰って、TrojanやTreasure Isleのレコードを聴きたくなりますわな。

この映画を見て、イギリスでのジャマイカの音楽の貧しい不良たちの踊りながらの受容の仕方を振り返りつつ、音楽が人種やらを越えて、人を結びつける愛のような力はまさにあるとも思った次第です。そして、どっかに踊りに遊びに行きたいな。

映画「ルードボーイ トロージャン・レコーズの物語」公式サイト
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Robbie Robertsonが亡くなってしまったという悲しい知らせを受け取りました。The Bandの"Music From Big Pink"と"Northern Lights - Southern Cross"は本当によく聴きました。Robbie RobertsonはドラマーのLevon Helmとの対立など毀誉褒貶もあったけれど、まさしく偉大なミュージシャンだった。カナダのネイティブアメリカンの居留地の極貧の中で育ったRobbieは生粋の南部人であったLevonとは不思議とよく気があったと思うのだけれど、ぼくは二人が天国で和解することを祈るばかり。

The BandはRobbie Robertsonの作った架空のアメリカ南部の物語の中の架空のバンドのようでもあった。そのバンドの旅は"Music From Big Pink"の"The Weight"の歌詞にあるように始まった。敬意を込めて拙くも意訳してみました。

♪♪♪
ナザレに入ってきておれはなかば死にかけていた
どこか休める場所はないかと尋ねると
旦那さん、ベッドの一つでもお探しですかと言い
やつはにたっと笑い、ないねと応える

おかしなやつだな、荷物を置いていけよ
ただで荷物を運んでいるのか
その荷物を置いていけよ
その重たい荷物をおれにあずけちまいな

おれは隠れる場所を探して荷物を持ちあげて
するとカルメンと悪魔が並んで歩いている
カルメンにダウンタウン行こうぜと声をかけると
彼女は友だちってやつにつけまわされているのって言う

おかしなやつだな、荷物を置いていけよ
ただで荷物を運んでいるのか
その荷物を置いていけよ
その重たい荷物をおれにあずけちまいな

ミスモーゼスはもう何も言うことはなくなって
老いたルークは審判の日を待っている
ルークさん、若いアンナリーはどうしかたって聞くと
若いの、親切にありがとうなって、アンナリーの面倒をみてくれないかって

おかしなやつだな、荷物を置いていけよ
ただで荷物を運んでいるのか
その荷物を置いていけよ
その重たい荷物をおれにあずけちまいな

気狂いチェスターがおれについて来て、おれは霧の中でつかまっちまった
犬のジャックをちょっとあずかってくれるなら、あんたのぼろい布団を直してやるぜ
ちょっと待ってくれ、チェスター、おれは平和で穏やかな男だよ
まあ、それでいいさ、ちょっとおれの犬に食いものをくれないか

おかしなやつだな、荷物を置いていけよ
ただで荷物を運んでいるのか
その荷物を置いていけよ
その重たい荷物をおれにあずけちまいな

砲弾に撃たれ、おれは死にかかっている
おれの背中がずきずき痛んでくる
ファニーっていうおかしな女のところに戻るんだろう
あいつだけはおれをきちんと送り届け、みんなによろしくねって言ってくれるのさ

おかしなやつだな、荷物を置いていけよ
ただで荷物を運んでいるのか
その荷物を置いていけよ
その重たい荷物をおれにあずけちまいな♪♪♪

そして、そのバンドは"Northern Lights - Southern Cross"の"Acadian Driftwood"のカナダで旅を終えた。"Northern Lights - Southern Cross"の次のラストアルバム"Ilands"は"Northern Lights - Southern Cross"の補遺のようなもので、それはそれでいいのだけれども…。"Acadian Driftwood"を以前、ぼくは訳したことがあって、記してみます。

♪♪♪
戦争は終わって、精神は壊れてしまった
足をひきずって歩く男たちの丘に煙は立ち込め
俺たちは絶壁にたたずんで
舟がランデブーしながら
静かに沈んでいくのを、じっと見ていた
彼らは条約に著名をし、俺たちの家や故郷は取り上げられ
愛するものも見捨てられたけけど
彼らは何一つくれはしない
家族を守るために
敵に降伏し
アブラハムの平原までやってきた

アカディアの流木よ
ジプシーの追い風よ
彼らは俺の故郷を雪の国だという
カナダの寒冷前線が入ってくるぞ
その道に四つんばにまたがって
その道を進んでいこう

そして、あるものは祖国に帰り
高邁な命令は退けられ
あるものは最後までやりとおし
彼らを分かつことはできなかった
彼らはその道を建設し
俺たちは南の国境線に居をかまえることとなった
彼らも少しは年をとり、けれど、うろつき
少しづつ人生はよくなったと手紙を送ったけれど
賭け金は取り上げられ、子どもたちは打ちひしがれていった

マイナス15度の冷気に脅かされ
衣服は湿り凍てつき、骨の髄まで濡れていった
氷上の釣りは得るものもなく繰り返され
男は家を出ることを余儀なくされた
セント・ピエロに向かい、湾を目指しけれど
何も明らかにされず
俺たちのすべてはむなしく過ぎていった
海岸ぞいに砕け散り
痛みだけは激しくなっていったけれど
人々は
進みつづけた方がまだましだと言った

終りのない夏に病は充満し
政府は俺たちを足かせや鎖につなぎ、まだ歩かせようというのか
これは俺の芝生でもなくて
俺の季節などは来はしなかった
残っている一つの希望も思わず
俺はニュー・オーリンズの北の砂糖きび畑で働いていたけれど
そこは呪いのような
洪水が来る前までは、永遠と続く緑だったのだ
おまえが行こうとしているところ
北の方角に羅針盤を合わせ
あの冬を俺の血の中に入れてしまおう

アカディアの流木よ
ジプシーの追い風よ
彼らは俺の故郷を雪の国だという
カナダの寒冷前線が入ってくるぞ
その道に馬乗りにまたがって
その道を進んでいこう

Sais tu, A-ca-di-e j'ai le mal du pays(わかるだろう、アカディアよ、すっかりホームシックだよ)
Ta neige, Acadie, fait des larmes au soleil(おまえのあの雪、アカディアよ、涙を太陽に溶かしてくれ)
J'arrive Acadie, teedle um, teedle um, teedle ooh(俺はアカディアにたどり着くよ)♪♪♪

Robieの死の知らせを受け、とても寂しく、敗北と挫折から希望を歌ったロックの世紀が終わっていくような虚無にまたがり、ぼくは泣いています。


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再び、横須賀美術館の『new born 荒井良二』を見に行きました。





初回とはまた違った感動があるような気がします。「きょうはそらにまるいつき」の原画に目がウルウルしてしまう。そして、こんな絵もあったとよくよく見てしまいます。

併設された谷内六郎館では荒井良二さんの選んだ絵が荒井良二さんの書いたキャプション付きで展示されていて、天才は天才に通ずるところがきっとありそうです。

同じ展覧会に何度も行くというのもいいものですな。9月3日(日)まで開催されているもようです。お勧めです。
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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