えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
国立能楽堂で能楽を見ました。演じられた順に能は宝生流の「絵馬(えま)」、狂言は大蔵流の「牛馬 (ぎゅうば)」でございました。普段は狂言があり、能がありという順序でありますが、本日の舞台は正月の初舞台ということで、このような順序となっているとのことであります。
能の「絵馬」はこのような話。ある伊勢神宮に参った天皇の勅使らがが老翁と老媼に出会う。老翁は日照りの徳の白い絵馬を持ち、老媼は降雨の徳の黒い絵馬を持ち、今年の吉凶を占うには、白い絵馬だ、黒い絵馬だと争いますが、しまいには日照りも降雨も双方があった方がいいと、両方とも神宮に奉納し、自分たちは伊勢の二柱の神だと明かされ、消え去ります。その後、月の輝く中、二柱の神の、女神、天細女命(あめのうずめのみこと)と男神、手力雄(たじからお)をしたがえた天照大神(あまてらすおおみかみ)が現れ、太平の世を祝福する神楽を奏で、岩戸隠れ神話を再現します。
狂言の「牛馬」は新しく立った市に馬を連れた馬喰と牛を連れた牛商人が自分の方が先に来たと市の役人に訴え、馬と牛とのかけっこののんびりとした競走となり、馬喰と牛商人は舞台を去っていきます。
すべての演目の後、ホールで誰かの、伊勢の神様、こわかったわ、との声が聞こえました。能のこのような天照大神もあり、時を経て、今のような天照大神となったそうなのです。それにしても今日は新年の寿ぎなのです。
この前、旅をした金沢の国立工芸館で購入した『輪島と漆』を読みました。どのような内容であっかを目次を引用し、紹介いたします。
【目次】
[対談]
◉小森邦衞×桐本泰一「大地震・水害を乗り越え 輪島の漆文化をいかに継続させるか」
◉若宮隆志×桐本泰一「アート、建築、日常……漆の可能性を求めて」
◉高森寛子×桐本泰一「バブル以降、使い手の裾野を広げるために」
[エッセイ]
◉高森寛子「輪島と輪島塗の記憶」
◉秋山祐貴子「はる なつ あき ふゆ どれも愛おしい──輪島の四季」
◉桐本泰一「産地・輪島塗の基礎知識」
輪島の漆の漆器の売り上げのピークはバブル景気の終焉した1991年をピークに下降線をたどり続けているというのですが、この前の地震と豪雨がさらに追い打ちをかけたともいえるそうなのです。地震の時、能登半島の原発が稼働していたとおもうと、背筋が寒くなる。けれども、この重なった逆境を奇貨とし、輪島の漆の漆器の再興にかける方々の力あふれる声をまとめた本が『輪島と漆』であります。変わらぬ変わっていくものに、ぼくは感じいり、微力ながらも何かしたいとも思いました。日本の四季を彩る晴れの日のために、高価であっても、輪島の漆器が使われてもいいのではありますまいか? それから、秋山祐貴子さんの「はる なつ あき ふゆ どれも愛おしい──輪島の四季」を読むと、輪島を旅したくなります。輪島に幸あれ、と願い、祈らずにはおれません。
輪島と漆
長谷川等伯の国宝「松林図屏風」が展示されているというので上野の国立博物館へ行きました。これは坂本龍一さんがもっとも好きな日本画だとおっしゃっていた墨で書かれた日本画です。松の林の具象画が抽象画のようにも見え、心が静まり、何か宇宙の何某を知ってしまったかのような作品です。
「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」という本で坂本さんは芸術におけるロゴスの不信を説いておられ、そして、この「松林図屏風」の話になった、と記憶しております。ロゴスを調べると言葉、意味、論理ということ。ロゴスの反対はパトスで、情熱、感情、哀愁、苦悩、同情ということ。「松林図屏風」はロゴスでもパトスでもなく、直感でしか得られない何かであるような気がして、それは顕現といっていいことであろう、とも思います。それは能舞台の鏡松であるかもしれないし、十牛図の「返本還源」であるかもしれません。「松林図屏風」の前でたたずむことはとてもいいことなのです。
新国立劇場の中劇場にて歌舞伎の通し狂言『鏡山旧錦絵』四幕七場を見ました。「鏡山旧錦絵」と書いて「かがみやまこきょうのにしきえ」と読みました。四幕七場とは以下のようであります。
序 幕 営中試合の場
二幕目 奥御殿草履打の場
三幕目 長局尾上部屋の場
塀外烏啼の場
元の長局尾上部屋の場
大 詰 奥庭仕返しの場
右大将頼朝花見の場
歌舞伎の舞台は目の覚めるような美しさです。サイケデリックともいえるような気もします。物語は大奥での陰謀と自害、復讐。江戸中期、田沼時代に初演された歌舞伎だそうです。義太夫節は思い入れたっぷりのソウルミュージックのようでもあります。歌舞く歌舞伎役者がかっこいい。休憩も入れての三時間半以上、楽しみました。本ものの舞台で見るのと、テレビで見るのとは、まったく違うことを実感。夢のような時でした。
余談ですが出演者受付のところで着物姿に身をつつむ女優の寺島しのぶさんが挨拶をしておられました。オーラが出ていて、ものすごい綺麗です。源頼朝の役をつとめておられた人間国宝の七代目尾上菊五郎さんは寺島さんの御尊父であられ、復讐、日本的にいえは仇討ちをとげる召使いお初の役の八代目尾上菊五郎さんは寺島さんの弟ぎみにあたるお方のようであります。なるほど、映画『国宝』に描かれたように歌舞伎は血と芸の世界でもありましょう。
初春のめでたき歌舞伎の世界です。
酔っぱらって千鳥足となりハデに転んでしまった。体のいろんなところが痛かっリします。ショルダーポーチの中身を見てみたら、樹脂製のメガネケースがひん曲がってつぶれている。そうか、このメガネケースが身代わり不動となって、ぼくを守ってくれたのか。邪気払いにこれを書きました。