えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ

平一紘監督の『木の上の軍隊』を見ました。
この映画の基は井上ひさしさんの戯曲。同じく井上ひさしさんの戯曲を基にした黒木和雄監督の『父と暮せば』が父を演じた原田芳雄さん、娘を演じた宮沢りえさんで、とてもいい映画だったことを記憶しています。
『木の上の軍隊』は、事実を基にした物語ということで、沖縄の小さな島を舞台にした銃撃戦と白兵戦の長いプロローグから始まります。全滅した日本の部隊に二人、上官と初年兵のみ生き残り、ジャングルの木の上に身を隠し、援軍の来るのを待つちますが、いつまでたっても、援軍は来ず、終戦を知らずに二人の孤絶した戦争が続いていきます。褐色と灰色、渋い緑の色落ちしたような背景もあいまって、全編、とてもリアルです。
上官を堤真一さんが演じていて、初年兵を山田裕貴さんが演じています。二人とも素晴らしい熱演。軍国主義に心を狂わされたヤマトンチュの上官とぎりぎりの一戦で正気を保っているウチナンチュの初年兵の行く末は映画をご覧ください。
こんなことも思い出しました。日本軍には「戦陣訓」というものがあって、「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」という有名な一節があります。それは、失われなくてもよかった命を奪った、愚劣なもののようにも思えるのです。
沖縄戦によって県民の四人に一人が命を亡くしました。事実であった歴史を改竄することは許されない。戦争は二度と行なってはならないのです。
映画『木の上の軍隊』公式サイト


VODで木下恵介監督の『カルメン故郷に帰る』を見る。1951年の映画です。
都会でストリッパーとなったリリイ・カリメンことおきんが生まれ浅間山麓の故郷の北軽井沢の田舎に帰ってきて、騒動を起こすというお話。おきんを高峰秀子が演じているのだが、おきんは大きな木の下で牛に蹴られて、頭が悪くなったという設定は、今の時代、ポリコレとかコンプライアンスとかでアウトかもしれない、などとふと思う。近年、舞台で藤原紀香主演で再演されていて、そんなことないか。コンプライアンスでアウトとなると、落語の与太郎ものなどは、全部、アウトだもんな。
映画を見ながら、演技派の高峰秀子は踊りも歌も超一級なのに驚く。さらに驚くべきは、この映画は日本で初めての総天然色映画なのだ。別荘という文化の入る前の北軽井沢の景色が美しい。こんなにのんびりしたいいところだったんだ、と驚いてしまう。とても楽しい映画でした。


松本准平監督の『長崎―閃光の影で―』を見ました。長崎での原爆投下後の町と病院での菊池日菜子さん、小野花梨さん、川床明日香さんの演ずる、三人の看護師のシスターフッドものの物語でした。
原案となった本は『閃光の影で 原爆被爆者救護 赤十字看護婦の手記』で、映画で表された陰惨な地獄のような光景の細部は、ほぼ事実であるだろう、とぼくは思う。恐ろしいことには、この前に川崎市岡本太郎美術館で見た広島の原爆直後の記憶画の方が更に陰惨であることだ。映画では表し難い地獄であったのだろう。被爆者たちは急性の放射線障害で血を吐きながら、ぼろぼろになり、ばたばたと死んでいき、病院の庭で焼かれていく、まさに地獄。
戦争を終わらせるために原爆を使ったという、あたかも原爆を肯定するかのような、アメリカの大統領の発言や、核武装が最も安上がりと発言した前の参議院選挙で当選した国会議員は、ぼくにはまったく許し難い。
映画に戻り、敗戦となった翌日、看護師長が若い看護師にやって来る危険な米兵から貞操を守るためにいざという時はこれを使いなさい、と青酸カリを配るシーンがある。昔、李香蘭であった山口淑子さんの自伝『李香蘭 私の半生』読むと、敗戦の日に元陸軍軍人の憲兵、満洲映画協会の理事長であった甘粕正彦から女性たちに日本女性を貞節を守るためにと青酸カリが配られたという。配られて、それを使った人は誰もいなかったが、青酸カリを使ったのは甘粕自身、ただの一人であった。ぼくは甘粕も看護師長も卑怯で愚劣だと思う。『長崎―閃光の影で―』でのその後はいかに?それは 映画をご覧ください。
さて三人のシスターフッドと書いたが、その中で、大河ドラマ『べらぼう』にも出ている小野花梨さんがなかなかよかったです。ヒロインは菊池日菜子さんなのだが、小野花梨さんの演技が映画を推進させ、引っ張っていたように思います。あたかも、小津安二郎監督の映画の原節子が菊池日菜子さんならば、杉村春子が小野花梨さんであるかのようにです。
八十年前に日本が敗戦した夏がやってきました。これから何があっても、勝っても負けても、日本は戦争をしてはいけない。
映画『長崎―閃光の影で―』公式サイト


八月五日、新宿末廣亭令和八年上席昼の部です。見た演目を書き出しでみます。前座の林家うどんくんの「子褒め」、二つ目の林家ぽん平くんの「松竹梅」、古今亭伝輔師匠の「悋気の独楽」ニックスのお二人の漫才、林家たけ平師匠の漫談、桂文雀師匠の「真田山」、ストレート松浦さんのジャグリング 、柳亭左龍師匠の「二人癖」、古今亭志ん輔師匠の「寝床」、ダーク広和さんの奇術、入船亭扇遊師匠の「一目上り」春風亭一朝師匠の「牛褒め」で仲入りとなりました。林家つる子師匠の「スライダー課長」、林家ペーさんの漫談、三遊亭吉窓師匠の「都々逸親子」と寄席踊り、初音家左橋師匠の「酢豆腐」、鏡味仙成さんと鏡味仙志郎さんのお二人の太神楽曲芸、主任は林家正蔵師匠の「鹿政談」でした。
とくに印象に残った演目です。今日は家族連れ、親子連れのお客さんが多かったからなのか、ストレート松浦さんのジャグリングやダーク広和さんの奇術がとてもうけていました。そのうけによって、ジャグリングも奇術もさらにのっているようでありました。芸は芸人とお客さんの両輪で育まれるものなんだな、などとぼくは思いましたよ。春風亭一朝師匠の「牛褒め」はいぶし銀の名芸だと思いました。いま、ぼくは二人の大御所の名人に魅せられることが多いのですが、そのお二人とは今日、見た春風亭一朝師匠と五街道雲助師匠なのです。二人とも寄席という不思議でゆるくて粋な場所を大事にしてくれて、素晴らしい。林家つる子師匠の「スライダー課長」は新作で、久しぶりに聞いて、何度、聞いても面白い。よい落語というのは何度、聞いても面白いものだ。初音家左橋師匠の「酢豆腐」で大爆笑。林家正蔵師匠の「鹿政談」ば大好きな噺です。奈良の鹿が春日大社の神の使いであったことから、胸に染みる人情噺の始まり、始まり。
暗いこの世のつらさ忘れ、寄席は心のオアシスなのです。


パヤル・カパリーヤー監督の『私たちが光と想うすべて』を見ました。去年のカンヌ映画祭のグランプリはインドの大都会のムンバイを舞台に淡々とした日常を描いた映画でありました。
三人の女性たちのいわゆるシスターフッドもので、なぜか日本の成瀬巳喜男監督の映画などを思い出します。『私たちが光と想うすべて』の後景にぼんやりと映し出されるものが、ヒンズー教とイスラム教の間の見えない壁のようなものであったり、カースト制であったりするのだけど、成瀬巳喜男の映画では戦争とそれにともなう敗戦であったりするのだと思います。
後半、『私たちが光と想うすべて』で舞台は変わり、どこかの海辺の村となるのですが、そこでのできごとは、夢なのか、現なのか、釈然としない曖昧さで、穏やかな多幸感すらあるのです。
エンドロールを見ながら、ぼくは映画という物語の中の三人の女たちのこれからの平和と安寧の人生の道行きを願わずにはおられませんでした。
映画『私たちが光と想うすべて』公式サイト


安曇野に小さな旅に行く前に、安野光雅の画文集『安曇野』を古本で見つけ、買って読みました。安野光雅は今は亡き水彩で風景を描く画家で、この『安曇野』を見ながら、このような画家としての身の立て方があるのかと感心もします。『安曇野』の絵はどれも淡く美しい。文は安積野の地を称賛しつつも、時の移り変わりを嘆くようなところもある。この画文集は1980年の初版で、ぼくはこの本の中にある美しさが、今もどこか残っていることを願うばかりです。
・・・
そして小さな旅に行きました。
穂高神社に行きました。旅でどこかを訪れて、その土地の神社や仏閣に参り、神仏にご挨拶申しあげることはいいことだ。風鈴が涼しげです。
安曇野ちひろ美術館に訪れます。安曇野にある岩崎ちひろの美術館です。いわさきちひろさんの生涯をパネルと文書で表したコーナーがあり、それにはいわさきちひろさんの親にいわれたままの結婚の後、夫と満州の大連に移住し、夫は自殺したとある。短い二年間の結婚生活であった。ちひろは思春期と青春を戦争に奪われたのだと思う。そして、敗戦後、ちひろは青春を生き直すかのように生き、再婚する。いわさきちひろの絵のとても重要な秘密を知ったかのようなのです。長新太の企画展も楽しかった。美術館にある広大な公園には、黒柳徹子さんの子どもの頃をイメージした「トットちゃん広場」もありました。
泊まったところは大きな観光ホテルでビッフェ形式。生ビールがおいしい。「大雪渓」という辛口の日本酒がキレがあって、おいしく、それに合わせたアユの塩焼きがおいしかった。
次の日、野麦峠の方の渓谷に入り、テンカラ釣りをすれども、ボーズ(一匹も釣れないこと)でした。松本から安曇野まで、明治の時、岐阜の冬の閉ざされた寒村から群馬や各地の製紙工場に出稼ぎに向かう少女たちのひと息する中継地にして回廊のような細長い盆地であった。そのころのけなげな少女たちの姿が幻のやうに目に浮かび、ぼくの目頭は熱くなる。今は犬を連れた家族が山に入り、川で大きな黒いレドリバー犬が気持ちよさそうに泳いでいます。
大王わさび農場に行ってみる。わさびの田んぼは、わさびを守るための日よけの黒い網におおわれている。ここでロケーションされ撮影された黒澤明監督の『夢』はよかったなぁ。黒い網のはられていない、夏のくる前に来てみたいとも思います。
さて、美しい安曇野をぼくは見ることができたのか? 安野光雅の『安曇野』から半世紀近くが過ぎて、その時の流れは如何ともしがたい。安野光雅さんは、ぼくに、美しいものはそこに居着いて、暮らして、見つけるものだよと諭してくれるような気もするのでした。


カテゴリー


最新コメント
[05/19 Pg Soft]
[05/04 ペコ]
[12/23 ロンサム・スー]
[07/27 gmail account]
[08/29 えいちゃん]


最新記事
(08/29)
(08/29)
(08/26)
(08/26)
(08/24)
(08/23)
(08/22)


プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。


ブログ内検索


最新トラックバック
