えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

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東京都美術館で『アンドリュー・ワイエス展』を見ました。東京都美術館は今年、開館100周年だそうで、その記念でもあるそうです。アンドリュー・ワイエスはアメリカ合衆国の、エドワード・ホッパーと並ぶ偉大な画家ではありますが、この展覧会を見ながら、ワイエスとホッパーが移民、植民者という根を持ちながら、まったく異なった画家でもあるように思えました。エドワード・ホッパーの絵が表出する何かは、植民者の寂しさとそこならもたらされる悲しさに終始しているようなのですが、アンドリュー・ワイエスはそこから、もう一歩だけ踏み出すかのように、人も、人のもたらした家も、その他のすべては朽ち果てていくかのような静かな諦念を絵に表しているかのようなでもあります。しかも、ワイエスの絵はその諦念を肯定し、ぼくはその絵に慰撫されるかようで、ぼくの心の琴線は震えてしまっておりました。主人をなくした古い家の絵を見ながら、ぼくの心は震え、目頭が熱くなるようでもあったのです。
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藤元明緒監督の『LOST LAND ロストランド』を見ました。2025年・第82回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門にて日本人監督初の審査員特別賞を受賞した映画です。

ミャンマーで迫害と弾圧を受け続けてきたロヒンギャの人たち。この『LOST LAND』は1年にもおよぶロヒンギャ難民の取材がされたという。故郷を追われた彼らのミャンマーからマレーシアまでの命がけのロヒンギャたちの旅を姉と弟の二人の子どもの視点で描いていて、その二人の過酷な道行きに心が痛くなりながらも、そのリアルであり、しかも幻想的な映像と物語に感動しました。

2017年、ミャンマー軍の虐殺と焼き討ちによってロヒンギャの人たちは17万人も難民となり、バングラデシュに逃れ、その状況は今も変わらない。この『LOST LAND』の出演者は演技したこともない難民の人たちで、とてもリアルで、エンドロールに「旅の過程で命を落とした者とロヒンギャの未来に捧ぐ」という言葉も流れます。ぼくもロヒンギャの人たちの明るい未来を願ってやみません。

映画『LOST LAND/ロストランド』公式サイト
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相模大野のアコパでのあと三回となったオープンマイクのていねいdeナイトで「もぐらとうさぎ」と「人生は野菜ス-プ」を歌いました。歌詞を披露いたします。どうでしょう?


    もぐらとうさぎ

あー どうしてなんだろう
貧しいものはもっと貧しくなり
強いものはさらに強くなり
弱いものはもっと弱くなる

そうさ あいつは地下鉄工事のもぐらだった
街中が地下鉄でつながったなら
彼の仕事とすることは無くなってしまった
今ではガードの下 トンネルで歌っている

あー どうなっているんだろう
貧しいものはもっと貧しくなり
強いものはさらに強くなり
弱いものはもっと弱くなる

ああ 神様 すべてはこんなにこんがらがって
うさぎは無くした草原を駆ける夢を見る
泣きはらした赤い目は友だちを探し
どこからともなく聞こえるもぐらの歌を聞く

持ってる人はもっともっと持って
持てない人はさらに奪われて
強いものはさらに強くなり
弱いものはもっと弱くなる

あー どうすればいいんだろう
貧乏な人はもっともっと貧乏になって
強いものはさらに強くなり
弱いものはもっと弱くなる

あー 最後の戦いの時がやってきた
最後の戦いの時がやってきた
最後の戦いの時がやってきた
最後の戦いの時がやってきた

ガンジーが行進しているよ
キング牧師も行進しているよ
ネルソン・マンデーラも行進しているよ
みんな、みんな、出てこいよ


    人生は野菜スープ

人生は野菜スープ
にんじん、じゃがいも、玉ねぎ入れて
セロリにキャベツ、トマトも煮込め
おいしい夕げのできあがり

世界は野菜スープ
白、黒、赤に黄色も入れて
古今東西、何でも煮込め
おいしい夕げのできあがり

あーあー、お日さまが沈んでいく
あーあー、最後の晩餐
あーあー、夕暮れがやってくる
あーあー、最後の晩餐

Rejoice, if the war is over
Rejoice, if the war is over
Let's sing it again and again
Rejoice!
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カイル・バルダ監督の『ひつじ探偵団』を見ました。この映画の中の羊は羊同士で人間の言葉でしゃべったりします。しかも、とても表情豊かなのです。キリスト教の人びとにとって、なるほど、羊というのは特別な動物なんだな、などと思ってしまう。映画の中の子どもの羊がかわいい。小さくて異なったものが救いとなるということは、東西共通の物語の定型であり、神話なのだとも思いました。それと、この映画の物語は、忘却ということについての寓意でもあるらしいのです。ラストの平和な風景が素敵でした。

映画『ひつじ探偵団』オフィシャルサイト
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五月十四日、新宿末廣亭にて令和八年五月中席昼の部です。見た演目を記します。
前座の柳亭一悟くんの「子ほめ」、二ツ目の 柳亭市好くんの「転失気」、入船亭扇橋師匠の「金明竹」、おしどりのお二人の夫婦音曲漫才、三遊亭司師匠の「権助提灯」、三遊亭天どん師匠の「老後が心配」、ストレート松浦 さんのジャグリング、柳亭左龍師匠の「家見舞」、橘家半蔵師匠の「そば清」、松旭斉美智さんと松旭斉美登さんのお二人の 奇術、橘家圓太郎師匠の「真田小僧」、柳家小満ん師匠の「あちたりこちたり」でお仲入りとなりました。三遊亭わん丈師匠の「壺算」、林家ペー師匠の漫談 、柳亭燕路師匠の「短命」、柳家小団治師匠の「佐野山」、鏡味仙志郎師匠と鏡味仙成 師匠のお二人の太神楽曲芸、主任は柳亭こみち師匠で「宮戸川」でした。

特に印象に残った演目です。橘家圓太郎師匠の「真田小僧」の子どもとお父さんのやりとりに爆笑。柳家小満ん師匠の「あちたりこちたり」のほのかな笑いがいいですね。林家ペー師匠の漫談のラストにカラオケで歌った「津軽海峡冬景色」の替え歌の「ホルムズ海峡冬景色」に大爆笑しつつ、ぼくは溜飲を下げ、何か爽やかなものも感じましたぞ。柳亭こみち師匠で「宮戸川」は爆笑の前編で、いつか後編までも聴いてみたいと存じます。家に帰って五街道雲助師匠のインタビュー集「雲助おぼえ帳」を読むと、「宮戸川」の後半は陰惨な内容を夢落ちが救うというもので、これはこれでとても面白いらしいのです。今日の柳亭こみち師匠の「宮戸川」の大爆笑もよかったけどね。それから今日は柳亭燕路師匠と柳亭こみち師匠の師弟揃い踏みの日でもあったのですね。

暗いこの世のつらさ忘れ、寄席は心のオアシスです。
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国立能楽堂で能楽を観賞しました。狂言は和泉流「止動方角(しどうほうがく)」、能は観世流「千手 (せんじゅ)郢曲之舞(えいぎょくのまい)」でした。

狂言の「止動方角」では人が咳き込むのを聞くと暴れてしまうお馬さんが登場します。そのお馬さんを間において、主人と太郎冠者が滑稽を繰り広げます。なんかドリフのコントの源流を思わせます。時代が経っても変わらないのですね。

能の「千手」はこのような話。平重衡は戦に負け虜囚の身となっている。東大寺と興福寺の焼き討ちのことで朝敵となり、死罪となり、願いの出家もかなわない平重衡を源頼朝は憐れみ、千手の前をつかわす。鎌倉へ立つその前の夜、酒宴が広げられれ、千手の前は平重衡を慰めんと琵琶を奏で、舞を踊る。朝となり、出立の時、平重衡と千手の前は涙で袖を濡らしながら、別れわかれとなる。いかにも能らしい能でありました。素晴らしかった。元になっているのは『平家物語』巻第十「千手前」だそうです。日本は物語の宝庫でもあるとぼくは思います。
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「熊鷹」という掌篇の小説を書いてみたのです。披露いたします。


    熊鷹

 彼は下手な釣人であった。渓流の流れに虹鱒もしくは山女魚が見えるのだが、なかやか釣れない。釣竿を振り何度も毛鉤を川面に投げた。釣れない。空には熊鷹が舞っていた。羽ばたかず、風切り羽は空気を切っている。すると数十メートル先の川面に熊鷹は降下した。何度も降下した。そのうち熊鷹は空の向こうに行ってしまった。釣人は熊鷹の降下したところに来ると、そこは魚たちの溜まり場であった。熊鷹は狩りに失敗したようだった。釣り人は今日もかんばしい釣果がなかった。数匹は釣れた。釣り具をしまい、車に乗り、その川から離れていこうとすると、目の前に車を先導するかのように熊鷹が飛んでいた。熊鷹の鉤爪には一匹の鱒が握られていた。魚を見せびらかすかのようだった。釣り人は車のハンドルを握りながら、ついにやったか、と独りごちた。
 釣り人に月日が経った。昔、狩りをした熊鷹に会った川に釣竿を持ち立った。何匹も釣れることに、驚いた。釣り人は上達していた。これで十四匹目だ。今日は釣れるなどと気を緩し、毛鉤を外す時、魚の口の中の少し奥まった処を切ってしまったようだったが、釣り人はいつものように放した。大丈夫かなと思い魚を見つめていた。魚は泳いで行った。しばらくして、魚の鰓の辺りに血が薄く滲むようだった。さらに魚は泳がなくなり、白い腹を上にして漂う。失敗した。持ち帰って食べるか、毛鉤を外すのではなく、糸を切るべきであったと後悔した。糸を切ればほとんどの魚の毛鉤は反しを潰していれば、そのうち自然に外れるそうなのだ。釣人に苦々しい嫌な気持ちが広がった。悔みながら遠くでゆっくり流れて行く魚を暫くは目で追っていた。するといつの間にか熊鷹が空を舞っていた。あの時の熊鷹かもしれない。もしかしてと釣り人は思った。熊鷹は魚の回りの空を優雅に旋回しているようだった。何度でも旋回する。やはり駄目かと釣り人が魚から目を離すと後ろの方からばしゃっと音がした。熊鷹は川面で何かを掴んでいた。それはさっきの弱った魚であった。確かにその鉤爪が魚を掴み、熊鷹は空を飛びどこかへ帰っていくようだった。
 熊鷹の巣には熊鷹の雛がおり、その雛に親の熊鷹が口移しで、魚を少しづつ与える姿が釣人の心に浮かび、釣人は救われた気がした。魚の命は循環の中で救われた。小さな雛は魚によって命を繋ぐことができた。釣人の心は熊鷹に救われたかのようでもあった。王者というものがいるとすれば、熊鷹よ、おまえこそが森の、山の王者だ。空の高みから渓谷の川面に僅か数秒で降り立ち、悠々と音もなく空を飛び、狩りの獲物を鉤爪で掴み、雛の巣に帰るおまえが王者であることは、もう釣人には疑えないのだった。そうであればあの傷つけられ、熊鷹に捕らえられた虹鱒は神のごときものではあるまいか。森羅万象が輝き始めることを見とった釣人は、空を見上げかろうじて地に立ち嗚咽し泣き始めた。
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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