えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
小田急相模原のエルトピートで「ボタニカルな音楽会」というオープンマイクに参加しました。前半のリース作りを少し見て、興味がわきましたよ。さて、今日、歌った歌はオリジナルの「まつりばやし」とJohn Brimというブルースマンのシカゴ・ブルース・ナンバーの「Ice Cream Man」であります。歌詞を披露いたしまして、ではまた。
まつりばやし
きみが帰ってくるっていうのさ
町でうわさ話を聞いたよ
日傘をさした 水玉のワンピース
きみが帰ってくるっていうのさ
親戚じゅうで話をしてるよ
石鹸の香り 夕立にとけて
まつりばやしが聞こえます
あの町この町おいらの町にも
つまらないんだよ
おまえがいなきゃ生きていけない
きみが帰ってくるっていうのさ
町でみんながうわさをしてるよ
ひまわりの咲く バス停におりた
Ice Cream Man
Summertime is here, need some to keep you cool
Now Summertime is here, need some to keep you cool
Hey, little girl, I’ve got some for you
I’m your ice cream man, stop me when I’m passing by
I’m your ice cream man, stop me when I’m passing by
Now cool you off, little girl, guarantee I’ll satisfy
I’ve got cream sandwiches, dixie cups, popsicles, and push-ups too
I’m your ice cream man, stop me when I’m passing by
Now cool you off, little girl, guarantee I’ll satisfy
I usually come along just about eleven o’clock
I usually come along just about eleven o’clock
Now if you let me cool you off this time you’ll be a regular stop
I’ve got all flavors, including pineapple, too
I’ve got all flavors, including pineapple, too
Now one of my flavors, little girl got to be just right for you
小林エリカさんの著した『女の子たち風船爆弾をつくる』を読了しました。特殊で特別、美しく詩的な文体で綴られる、戦前・戦中・戦後記でありました。美しい叙事詩のような記述からの読後感は重く、打ちのめされるかのようで、深く感動しました。戦争の記録ではあるけれど、戦争のヒーローは一人も出てこず、戦争遂行者には冷めて批評的で、市民の戦争責任のことも市民の視線から綴られております。内容の紹介のために目次を引用します。
プロローグ
第一幕 昭和十年― 1935-
第ニ幕 昭和十七年― 1942-
第三幕 昭和二十年― 1945-
エピローグ
なんともいえない余韻を残す『女の子たち風船爆弾をつくる』は新しい文学にして新しい小説、新しい詩であるかのようでもあるのです。
『女の子たち風船爆弾をつくる』小林エリカ | 単行本 - 文藝春秋
国立能楽堂で能楽を見ました。狂言は和泉流の「鐘の音(かねのね)」、能は喜多流の「天鼓(てんこ)」でした。
狂言の「鐘の音」は金の価値がいくらなのか調べてこいと仰せつかまつった太郎冠者が、「金の値」を「鐘の音」と勘違いし、鎌倉の町で寺院巡りをし、ドタバタ喜劇を繰り広げるます。これは楽しいコントの日本での元祖ですな。
能の「天鼓」は鼓を叩いて美しく響かせることのできる少年が皇帝に鼓を聞かすのを拒んだゆえに水に沈められる。ある時、湖に幽霊が立ち現れ、それはそれは美しい鼓の音を響かせ、天に帰っていく。少年は七夕の牽牛の姿でもあるという。理不尽な悲しい物語なのでありました。
今日は外国からの方や若い人が客席に多く見受けられました。東アジアに流れるこの物語をどう聴いたのでしょう? 死者を畏怖するアジアの心は無念の死者たちを、どうしても安寧な天に送らずにはおられないようなのです。
皇室典範の改変について思うことがあります。男系だの染色体だのという人たちの迷妄により、日本と日本人の基底に流れ、日本と日本人を日本と日本人にたらしめて、日本と日本人を支えてきた物語が、今の皇室典範の改変によって、途絶させられつつあるように思えるのです。
宮内庁の元長官も暗に指摘したことを踏まえれば、今回の改変によって、38親等離れれたほぼ赤の他人が天皇となる可能性もあるということです。特に、紆余曲折がありながらも、明治天皇、大正天皇、昭和天皇、平成天皇、令和の今上天皇の紡いできた、平和への祈りの物語が反故にされつつあるような気がして、今の日本政府の押し進めていることによって、皇室が崩壊させられるようで、三島由紀夫の小説や岡倉天心の「茶の湯」、能楽などの古典芸能を愛するぼくにとって耐え難く不愉快なのです。
この皇室典範の改変に反対している政党は立憲民主党、共産党、れいわ新選組、社民党などの左派の政党であるのだけれど、仲間だと思っていた少なからぬ人たちが、無関心であったり、これからもたらされる皇室の衰退を喜んでいたりするのも、ぼくに複雑な心境をもたらします。
きっと、日本の大切な物語が途絶し、日本はこれから終焉を迎えるようにも思え、最悪の幻滅も感じているのです。
宮内庁の元長官も暗に指摘したことを踏まえれば、今回の改変によって、38親等離れれたほぼ赤の他人が天皇となる可能性もあるということです。特に、紆余曲折がありながらも、明治天皇、大正天皇、昭和天皇、平成天皇、令和の今上天皇の紡いできた、平和への祈りの物語が反故にされつつあるような気がして、今の日本政府の押し進めていることによって、皇室が崩壊させられるようで、三島由紀夫の小説や岡倉天心の「茶の湯」、能楽などの古典芸能を愛するぼくにとって耐え難く不愉快なのです。
この皇室典範の改変に反対している政党は立憲民主党、共産党、れいわ新選組、社民党などの左派の政党であるのだけれど、仲間だと思っていた少なからぬ人たちが、無関心であったり、これからもたらされる皇室の衰退を喜んでいたりするのも、ぼくに複雑な心境をもたらします。
きっと、日本の大切な物語が途絶し、日本はこれから終焉を迎えるようにも思え、最悪の幻滅も感じているのです。
ハサン・ハーディ監督の『大統領のケーキ』を見ました。イラクの映画です。1991年のサダム・フセインの独裁政権のイラクでは、フセインの誕生日には、クラスの中でクジに当たった生徒はその日にケーキ持って行かなくてはならないのだが、クジ当たってしまったおばあさんと2人で暮らす9歳の女の子のラミアは貧しくて、ケーキを持っていけそうにない。さてどうするか?
なぜか、フランソワ・トリュフォー監督の『大人は判ってくれない』は思い出してしまいました。しかし、『大統領のケーキ』は『大人は判ってくれない』とはくらべものにならないぐらいの環境の、アメリカの経済制裁、それによる貧困、戦時下と戦争、サダム・フセインの独裁による子どもの受難のドラマなのであった。そして、ラストのシーンは今の時代にも通じるようで、言葉もつまり、心はへこむ。この『大統領のケーキ』は『大人は判ってくれない』よりも更に「戦争をする大人たちのバカものども」と思わされるのだった。
この『大統領のケーキ』はハサン・ハーディ監督の自身の体験を元に製作されたという。今、1991年から既に35年も過ぎたというのに、世界の各地で同じことが繰り返されていることにも、ぼくは打ちのめされ、悲しい。暗澹たる世界だ。
映画『大統領のケーキ』公式サイト
町田市立国際版画美術館へ『プレイバック!ミレニアム 1991→2001 ―版画が/版画で越えた境界―』を見に行きました。この展覧会で上げられていた、20世紀の世紀末、日本を含む西洋は描くべきものを見失い、方法論の探求に終始し、洗練に向かったのに対して、東欧やその他の地域では過去から現在への歴史や社会、人びとの生活、自然への掘り下げが進んだという、さる美術評論家の言葉は痛切だと感じました。ぼくがとてもいいなと感じたのは後者の岡部昌生さんの「京急線旧平沼駅遺構 1945/1995」やタイの今展覧会では撮影不可となっていたティナコン・カーソンサワンさんの「After The Rain P1」という作品であります。前世紀の世紀末はフランシス・フクヤマの説く「歴史の終わり」などといわれたけれど、それは違っていた。ばくはパブロ・ピカソの最もの傑作は、政治的でもある「ゲルニカ」であることを疑わない。さて世紀が明け、26年が過ぎた今、どうであろう? 今、ぼくは、両極端かもしれない会田誠さんや山内若菜さんの作品に注目してしまうのです。
併設で展示されていた『メキシコに生きる版画家 竹田鎭三郎:起源(オリジン)を求めて』もよかった。メキシコに渡り日本に帰ってこなくなった竹田鎭三郎さんのダイナミックな版画を見ながら、日本の心の貧困を思ってしまうのであります。
外へ出ると芹ヶ谷公園で噴水でずぶぬれとなって遊ぶ子どもたちが素敵です。
てくてく歩いて通りがかった母智丘神社にお参りをし、御神籤をひくと「大吉」。
「第四十三番 御神籤
風吹けば
風吹く
ままに
港よしと
百舟千舟
うち
つどいつつ
何事も繁昌して心のままになるけれど
心に油断があってはならない
只今より来年の事をよくよく考えて
やりそこなわぬ様十分の注意をしておきなさい
運勢 大吉」
ゆめゆめうたがふことなかれ