えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

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小津安二郎監督の『長屋紳士録』を見ました。1947年の日本映画です。何度目か再見。

この映画にはいくつかのテーマがあって、その一つが、戦災孤児、浮浪児、ということ。同じ年の映画、黒澤明監督の『素晴らしき日曜日』にも路上生活をする子どもが表されていて、当時の日本で大変な問題となっていたことがうかがわれます。

「長屋」とされているのは空襲後の東京の焼け野原に散見されるバラックの建てものであったりします。すでに東京の町には少しはビルディングも建っている。そんなところにかろうじて残っている人情と礼節を小津は表現したかったのであろう。

老け役ではない笠智衆が登場します。迷子になった子どもを長屋に連れて来てしまう九段の道端で店をだす易の占い師で生計を立てる青年といった役。九段とは靖国神社の参道かと思われ、この「九段」という表現はGHQの検閲を逃れるためかと思われます。小津は後のインタビューで、どうしていつも笠智衆を自身の映画で俳優として採用しているのか、と問われ、ああいう人格者が映画にはいてもらわなくては困る、と答えていたのを思い出します。

貧乏な居間に、後の小津の映画にもよく登場する赤いケトルが置かれていたりします。『長屋紳士録』はモノクロの映画だけれど、あのケトルの色は赤であることを、ぼくは疑いません。

長屋紳士録
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山梨県の忍野の桂川で一泊の釣りをする旅に行きました。とりあえず、ぎりぎりの目標は達し、ボーズ(一匹も釣れないこと)でないことはよかった。釣れたのは、マラブーのストリーマーの毛鉤で虹鱒。ゲジゲジみたいなドライフライの毛鉤でバレて(針にかかった魚が外れて逃げてしまうこと)しまった山女魚が、ぼくの中で悔しさが残ります。夕ごはんでの山菜の天ぷらが美味しい。

二日目の朝ごはんの前に宿から川が近いので、釣りに行きました。初めて、秋田犬を小さくしたような犬を連れて散歩しながら、見回りをしているおじさんに釣れますか、と声をかけられました。おじさんのいうように、小雨の中、単発のライズ(魚が水面近くを泳いでいたり、水面から少し影を出したりと、釣りをしている本人に姿を現すこと)が多い。やっぱ、釣れなかった。忍野の魚は百戦錬磨のプロの魚です。そして、釣りの道、釣道はきびしい。けれども、ぼくは今回の釣りの旅でバレた山女魚から忍野の釣りのコツを教わったようでもあるのです。朝ごはんを食べた後は雨も本降りとなって、釣りをせずに、帰路に向かってしまった。梅雨明けとかなどに、また来たい、と思います。
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藤原新也さんの著した『メメント・ヴィータ』を読みました。この本を読みながら、NHKのラジオ番組で小児科医の高橋孝雄の語っていた、ヴァーチャルなゲームの中の経験は、所詮、経験とはまったく異なることで、経験ではない、ということを思い出していました。そのヴァーチャルなゲームの中の経験の真逆の『メメント・ヴィータ』に書かれた、「人類の肌色」から「メメント・ヴィータ」までの三十四編はまったく生々しい経験そのもののようなのです。「メメント・ヴィータ」とは「生を想え」ということだそうで、この本は「命の声」を書籍化したものだ、と藤原さんは前書きの「生を想え」で書いておられます。特におそるべきは、ラストの「メメント・ヴィータ」で、日本の社会と政治の底流のもっとも暗い部分に切り込んでいて、とても危なく、藤原さんは武器を携えた身辺警護の人すら雇うべきではないか、とぼくは思った次第です。が、その章も、一点の清浄で締めくくられるところが、藤原新也さんの真骨頂であるようなのです。

メメント・ヴィータ - 藤原新也 (単行本)
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レティシア・ドッシュ監督の『犬の裁判』を見ました。動物好きには悲しいエンディングでありました。やはり飼っていた犬のレオを思い出します。この映画での法廷で裁かれる犬もかわいい。1999年に日本で施行された「動物の保護及び管理に関する法律」のことをぼんやり考えたりします。ペットは家族の一員といいますが、犬とか猫とが好きな人はこの映画を見てほしいと思います。ふと、日蓮宗や浄土真宗では動物も人と同じく救われるという教えがあるのを思い出しました。実話に基づくというこの映画を見て、くれぐれも動物たちには申しわけないような、そんな思いもよぎりました。

映画「犬の裁判」 公式サイト
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VODで黒澤明監督の『素晴らしき日曜日』を見ました。1947年に公開された日本映画です。映画ってすごい。この映画を見ると、1947年の東京に行けるかのようです。終戦だか敗戦の二年後の米国占領下の日本です。

ストーリーは沼崎勲と中北千枝子の演ずる二人の若く貧しいカップルが日曜日にデートをするという話。

ラストの方の演出は『素晴らしき日曜日』の七年前のチャップリンの『独裁者』のようで、スクリーンの中で中北千枝子演ずるカップルの女性が映画を見ている観客に語りかけるというもの。同じような演出に寺山修司の『書を捨てよ町へ出よう』をぼくは思い出したりもします。

あー、『素晴らしき日曜日』に出てくるカップルは青春なのです。東京の町も、日本も青春で、青春とは何もなくて、それでも夢見ることであるような気がしました。ところで、最近、夢見ることを忘れてはいないか? 今のきみはどうだ? 今のぼくはどうだ? 今の日本はどうだ? 忌野清志郎もこう言っておりました。夢を忘れずに・・・
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五月三十日、浅草演芸ホールの令和七年五月下席です。いつもは寄席は昼の部か夜の部のどちらかにいるのだが、今日は、昼前から夜まで、一日中、いました。落語と色もの漬けの一日でありました。

例のごとく、見た演目を書き連ねていきます。長いよ。まずは昼の部。前座ほ柳亭市悟くんの「たらちね」、二つ目の柳亭市好くんの「寄合酒」、林家たけ平師匠の漫談、ストレート松浦さんのジャグリング、二つ目の林家ぽん平くんのの「松竹梅」、柳家小せん師匠の「味噌蔵」、風藤松原のお二人の漫才、隅田川馬石師匠の「鰻屋」、三遊亭圓歌師匠の「やかん工事中」で仲入りです。つづくは林家楽一師匠の紙切り、春風亭一之輔師匠の「加賀の千代」、古今亭志ん輔師匠の「夕立勘五郎」、三増紋之助師匠の曲独楽、林家三平師匠の漫談、古今亭文菊師匠の「強情灸」で仲入りです。柳亭小燕枝師匠の「白犬」、ホンキートンクのお二人の漫才、林家正蔵師匠の「おすわどん」、春風亭一朝師匠の「蛙茶番」、立花家橘之助師匠の三味線弾きの唄いの浮世節、昼の部の主任の柳亭一馬師匠の「青菜」でした。夜の部は、蝶花楼桃花師匠の女ばかりの「桃組公演」でもありました。前座の林家たたみくんの「穴子でからぬけ」、二つ目の鈴々舎美馬さんの「マッチングアプリ」、二つ目の古今亭佑輔さんの「桃太郎」、蝶花楼桃花師匠と前座の金原亭杏寿さんのマジックやら歌とかの余興、柳家花ごめ師匠の「平林」、川柳つくし師匠の「女子会こわい」、立花家あまね師匠の三味線弾きの唄いの民謡、一龍斎貞鏡師匠の講談の「仙台の鬼夫婦」、松旭斎美智さんの松旭斎美登さんのお二人のマジック、三遊亭歌る多師匠の「町内の若い衆」で仲入りです。林家きく姫師匠の「手水廻し」、ニックスのお二人の漫才、柳亭こみち師匠の「そば清」、林家あずみさんの三味線漫談、林家つる子師匠の「ねずみ」の前編、夜の部「桃組公演」の主任は蝶花楼桃花師匠の「ねずみ」の後編でした。

とくに印象に残った演目です。春風亭一之輔師匠の「加賀の千代」と古今亭文菊師匠の「強情灸」で大爆笑で、やはりこの春風亭一之輔師匠と古今亭文菊師匠は真逆をゆく永遠のライバルですな。柳亭一馬師匠の「青菜」の大爆笑。川柳つくし師匠の「女子会こわい」が新作のあるある話で大いに笑ってしまいました。三遊亭歌る多師匠の「町内の若い衆」は大爆笑で、こわおもてのおかみさんの演じ方がすごいっす。そして、あの落ちですな。柳亭こみち師匠の「そば清」もよかった。林家つる子師匠と蝶花楼桃花師匠で前編と後編を話しわけた「ねずみ」は日光東照宮の眠り猫を彫った伝説の木彫師、左甚五郎をモデルにした人情噺で、日本人の心の一番、いいところ、美しいところを現しているよにも思えました。それにしても、蝶花楼桃花師匠は新しいことに挑戦するたびに、その話す落語が深くなっていっているようですぞ。

暗いこの世のつらさ忘れ、寄席は心のオアシスなのです。
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いつか、マーラーの交響曲第5番を生のオーケストラで聴きたい、と思っていたのですか、ついにサントリーホールでその夢はかなえられました。オーケストラの名前は「コバケンとその仲間たちオーケストラ」で、コバケンとは指揮者の小林研一郎さんのことで、オーケストラの面々は総勢120名にもなるアマチュアオーケストラ。コンサート会場の入口でわたされたプログラムにはこうあります。

「このオーケストラは、プロ・アマチュア・障がいの有無にかかわらず、活動趣旨に賛同する不特定多数の演奏家達とそれを支えるスタッフから構成され、知的障がいのある方々を招いて生の演奏を聴いていただく為にボランティアコンサートを行っている。「支え合い、共に生きる」ことで大きなエネルギーが生まれることをオーケストラという集合体で具現することを目指している。」

公開リハーサル付き、というコンサートで、しかも多くのアマチュアの演奏家の入ったオーケストラで、20世紀初頭に書かれた調性を逸脱することを志向し、不協和音と緊張に満ちた、現代音楽への橋渡しすら担ったこのマーラーの5番を演奏できるのか、という疑問と危惧は、その楽しい、曲の聴きどころも解説した公開リハーサルによって、早くも簡単に吹き飛びました。第一バイオリンのリーダーの瀬崎明日香さんこそプロだと思われますが、高校生らしき人も入ったコバケンとその仲間たちオーケストラはまぎれもない本物のオーケストラであったのです。素晴らしかった。マーラーの5番の、第一楽章の葬送の響きのソロのトランペットから始まり、第五楽章の光に満ちたかのような解決と解放へと向かうメロディーまで、その美しさを堪能いたしました。繰り返すも素晴らしいコンサートだったのです。
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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