えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
東京国立近代美術館へ『下村観山展』を見に行きました。実は、事前のチラシで見ていた下村観山のふてぶてしい右翼のような風貌にびびっておりました。それも杞憂であったようなのです。若いころの観山は英国に留学までして、西洋の絵画を学んだ、ということを知りました。そして、ヨーロッパ各地の美術館を巡り、さまざまな絵を見たそうなのです。帰国後、海外の体験が逆に、狩野芳崖の弟子であり、能の宝生流の家で育った観山を日本に向かわせることになったようなのです。新しく、しかも伝統が確かな基礎となっている、そのような日本画を創出し、横山大観、菱田春草とともに英語で『茶の湯』を著した思想家、岡倉天心の三大弟子の一人と呼ばれるようになりました。そして、素晴らしい日本画を描きつづけました。
その絵は超絶でもあり、しかもとても繊細です。以外にとても心根のやさしい人だったのかもしれません。昭和五年、1930年に観山は五十七歳で亡くなりました。昭和六年には柳条湖事件、いわゆる満州事変が起こっています。一水会の鈴木邦男さんを思いおこさせる、伝統を愛する、やさしい愛国者の観山にとって、中国に侵攻し、侵略し、荒み、転落していく日本を見ずにすんだことは、もしかして、よかったことかもしれません。プーチン、ネタニヤフ、トランプ、あんたらは間違っている。とまれ、この展覧会、前期と後期で展示替えがあるそうで、後期も再び見たく存じます。
同時開催されている『美術館の春まつり』もとてもよかったです。菊池芳文の「小雨ふる吉野」の桜の満開の絵を見ると、平和の尊さが思われ、それを願わずにはおられません。
町田市立国際版画美術館で同時開催されている二つの展覧会『新収蔵作品展Present for You わたしからあなたへ/みんなから未来へ』と『はんが探検隊―大きな版画の世界にようこそ!』を見ました。無料でした。相模原市に一つも市立の美術館は無く、この点では町田市が少し羨ましくも感じます。町田市立国際版画美術館は毎年、版画の美術品を着実に収集していて、もしかして、版画ということについては、日本一、もしくは世界一かもしれません。素晴らしい。今日は子どもさんがたくさん見学しておられました。今回、見た展覧会ではフリオセサル・ペーニャ・ペラルタの「現代のルンバ音楽家たち」やドド・ソエセノの「プロポウザル」とかがよかったです。
横浜美術館で『いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年』という展覧会を見ました。戦後の1945年から今までの日本と韓国のそれぞれの現代美術とその関係を見つめ、何かを新たに発見しよう、という展覧会です。
高校生のころ、韓国の伝統楽器のグループ、サムルノリのコンサートを見て、抵抗の詩人、金芝河の詩に触れて以来、ぼくにとって韓国の芸術や文学はとても気になる存在でもあるのです。
今回の『いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年』はとても充実した内容でとても面白く、日本にとっての敗戦、韓国・朝鮮にとっての解放直後の何やら重くもある在日の人たちの絵から始まり、隣り合った武蔵美術大学と朝鮮大学校の学生たちの分断に抗した交流などの明るさに至るそれに、大きな持続する交流の物語を感じたのであります。坂本龍一のもっとも尊敬する芸術家である李禹煥(リ・ウファン)のピンク色を塗りたくった大きな絵画の鮮烈さ。日本と韓国で同時開催された展覧会での若き村上隆の時代と世界を深く引っ掻くかのような作品などに驚く。
民族のとは何か、祖国とは何か、それを越えていくものとは何か、越えられないものがあるとすれば、それは何か、どうしてなのか。ぼくはそれぞれの民族がそれぞれの民族を愛することを肯いつつも、世界市民と世界でだれもが同胞であることを、心貧しくも信じたいのです。
『いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年』の充実した内容に、すべてを丹念に見きれず、買い求めた図録を家でゆっくり見るのも楽しみであります。会場には若い女子の姿も多い。今という時代も感じた展覧会でもあります。
長谷川等伯の国宝「松林図屏風」が展示されているというので上野の国立博物館へ行きました。これは坂本龍一さんがもっとも好きな日本画だとおっしゃっていた墨で書かれた日本画です。松の林の具象画が抽象画のようにも見え、心が静まり、何か宇宙の何某を知ってしまったかのような作品です。
「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」という本で坂本さんは芸術におけるロゴスの不信を説いておられ、そして、この「松林図屏風」の話になった、と記憶しております。ロゴスを調べると言葉、意味、論理ということ。ロゴスの反対はパトスで、情熱、感情、哀愁、苦悩、同情ということ。「松林図屏風」はロゴスでもパトスでもなく、直感でしか得られない何かであるような気がして、それは顕現といっていいことであろう、とも思います。それは能舞台の鏡松であるかもしれないし、十牛図の「返本還源」であるかもしれません。「松林図屏風」の前でたたずむことはとてもいいことなのです。
平塚市美術館で『国立劇場の名品展—鏑木清方、小倉遊亀、東山魁夷、髙山辰雄、加山又造…』を見ました。今は工事もどうなるかわからない状態で国立劇場が閉鎖せれておりまして、その国立劇場が所蔵し、ところどころに展示されておりました絵画作品が一時避難しており、その展覧会です。日本絵画の名作品のしかも大きな絵画が三十六点、そろって見れます。東山魁夷の「雪原譜」の青い色の美しことよ。
ところで、今の政府は、この国立劇場の状況を見ても、伝統については冷淡であるようです。ほとほと困ったことで、今の自由民主党も維新の会と同様、保守とはいえませんな。最近、思うのですが、もっと早くに日本の伝統の芸能や芸術に目覚めればよかった、ような気もしています。齢をとらねば分からぬことでありましょうか?