えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
コラムニスト、映画に関する多数の連載を持ち、何冊も本を出しておられる作家の町山智浩さんの著した『裸の王様トランプのアメリカ破壊日記』を読了しました。この本は週刊文春で連載されている「言霊USA」の2024年11月28日号から2025年11月27日号までを1冊の本にしたもので、アメリカ合衆国がトランプ政権になってからの1年間、トランプがどのようにアメリカ合衆国を破壊したかが、おもしろ、可笑しく書かれたものです。近ごろでは、トランプは、アメリカ合衆国のみならず、世界を文字通り軍事力で破壊し始めたように思えて、ぼくは恐ろしい。アメリカというと「自由と平等」を国是とした憲法した国であるように思えるのだが、トランプは今までの間、1年と3カ月、それを破壊しつづけているようでもあるのです。
さて、『裸の王様トランプのアメリカ破壊日記』から離れるけれど、わが邦を振り返れば、日本は「平和」を国是とする憲法を持つ国だと思うのだが、今の日本の総理大臣はそれを破壊しようとしているかもしれず、それも更に恐ろしい。馬鹿な女がアメリカに行き、トランプの腕にぶら下がり、一緒に破壊しちゃいましょう、などとはしゃぎ、のたまうかもしれず、恐ろしい事態が進行しつつある、日本と米国であります。そして、ぼくはこの不幸から目をそらさず、見届けつつ、言葉も歌も発する所存でもあります。町山智浩さんのように、どんな逆境でもユーモアを忘れずにね。
裸の王様トランプのアメリカ破壊日記 | 町山 智浩 |本 | 通販
五木寛之さんの著した『死の教科書 ―心が晴れる48のヒント』がおもしろくて、一晩で一気に読みました。この問答集は五木寛之版「メメント・モリ(memento mori)」です。「メメント・モリ」とは「死を想え」ということで、五木さんの『死の教科書』から引用します。
「死を想え、という文字を刻んだ大理石や昔の置物を机のうえに飾り、朝夕にそれを眺めたのは、ペストが大流行した中世のイタリアの知識人でした。また、個人の部屋だけでななく、公共の建物の入口にも、同じ言葉を刻んだ額がかけられていたそうです。」
ぼくも五木さんの『死の教科書』に習い、死を忌避するのではなく、死に親しもうと思う次第です。五木さんはこうも決論づけておられます。
「死を遠ざけることで人は元気になるのではない。
死を常に感じていることが、生きていく力になる。」
その要諦は五木寛之さんの著した『死の教科書 ―心が晴れる48のヒント』をお読みください。
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ラフカディオ・ハーンが著し、池田雅之さんの訳した『新編 日本の面影 Ⅱ』を読みました。この本には、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの日本について書いた十篇、「弘法大師の書」、「鎌倉・江ノ島詣で」、「盆市」、「美保関にて」、「日御碕にて」、「八重垣神社」、「狐」、「二つの珍しい祭日」、「伯耆から隠岐へ」、「幽霊とお化け」と、巻末に小泉節子の著した「思い出の記」が収められております。
柳田國男の『遠野物語』の上梓されたのが明治43年(1910年)で、ラフカディオ・ハーンがこれらの文章を書いたのが明治25年(1892年)から明治27年(1894年)という早さに驚く。そして、『新編 日本の面影 Ⅱ』を読めば、ありありと130年前の日本を思い浮かべることができるのだ。それらは日本の民俗をリアルに詩的に表されていて素晴らしい。
さらにラフカディオ・ハーンの妻の小泉節子の「思い出の記」がハーンの人となりを伝えていてとても貴重で面白い。これを読めば、節子とハーンの愛は疑うべくもありません。小泉節子によれば、ラフカディオ・ハーンは、この世よりも夢の世が好きであったろう、とのことで、ハーンの好きなものを並べるならば、西、夕焼け、夏、遊泳、芭蕉、杉、虫、怪談、浦島、蓬莱などであったそう。これにぼくはとても親しみを感じてしまうのです。
『新編 日本の面影』と同じく『新編 日本の面影 Ⅱ』もとても面白くございました。
「新編 日本の面影 II」ラフカディオ・ハーン [角川ソフィア文庫]
イタリア出身の研究者で、国連人権理事会に任命されたフランチェスカ・アルバネーゼさんの著した『ガザへの集団犯罪 私たちはいかにジェノサイドに加担しているか』を読む。この本によって、イスラエルによるパレスチナ人への残虐な殺戮はアメリカ合衆国を中心としたさまざまな国家、国際社会、企業によるイスラエルの無法の容認と支援があることが、明らかにされております。ふと、自分の手にも、殺された子どもの血がべったりとついているようで、最悪の気分にもなりますが、声を発しつづけなくてなるまい、と自分に言い聞かせる。
心貧しくも、ぼくは、パレスチナとガザについては、インターネットのさまざまなところに何度も意見を書いてきました。そして、今、アメリカ合衆国に入国の際は、ネット上に公開してきた文章の提出が求められるという。ぼくなどは、さしづめ名誉の入国拒否だろうか? 自由の国だったアメリカ合衆国は堕ちた。もともとは黒人を殺しても何の咎めもない南部をかかえたアパルトヘイトの国であった。イスラエルの今は、パレスチナ人を殺しても何の咎めもないアパルトヘイトの恐ろしい国である。イスラエル産のレモンの入った缶チューハイを飲むと、血の味がしないか? イスラエルはジェノサイドをやめろ。世界はジェノサイドをするイスラエルへの加担をやめろ。
【2月発売】ガザへの集団犯罪――私たちはいかにジェノサイドに加担しているか | 地平社
五木寛之さんの著した『大河の一滴 最終章』が面白くて、一気に読みました。病を患い、自らの終焉を意識したエッセイです。総合病院での医師との生々しいやりとりから、五木寛之さんの、93年の人生の感想が述べられます。そして、他力についてや、ポルトガルの「サウダージ」、アメリカの「ブルース」、韓国の「恨」、ロシアの「トスカ」、中国の「悒」、それらに通ずる日本の明治の人たちの「暗愁」への共感ということなどが語られます。日本の外地で経験した敗戦の悲惨の中、母の死、内地への帰国後の父の死、五木さんの中では、戦後はついに生涯、終わらなかったようなのです。考えさせられる、二度とない読書となりました。
五木さんは自らがこの世界にいなくなる日まで、原稿用紙に文字を書いていたいと言います。もう一冊、というのは、ぼくの五木さんへの励ましの言葉ともなるでしょう。無精な読者のぼくですが、この昭和、平成、令和を生きた大作家の新しいもう一冊を読みたく存じます。
『大河の一滴 最終章』五木寛之
池田雅之さんの訳によるラフカディオ・ハーンの著した『新編 日本の面影』を読みました。ラフカディオ・ハーンとはNHKの朝ドラ『ばけばけ』のヘブン先生のモデルとなった人です。
この『新編 日本の面影』を読むと、美しい流麗な文体で、まだ日清戦争戦争も起きていない明治二十三年(1890年)から明治二十四年(1891年)までの山陰から北陸にかけての日本が冷凍保存されているようなのだ。読めば、その氷は氷解し、在りし日の日本が目の前に現れ、その美しさに目も奪われる。その中で、ぼくのもっとも印象に残った章「子供たちの死霊の岩屋で―加賀の潜戸」は悲しい子供たちの伝説と村人の話で、ハーンを見送る村人の微笑を哀惜してやまないとあり、その締め括りはこう表される。その締め括りを引用します。
「私は妙に冷徹なひとつの仏教説話を思い出した。ひとたび仏陀が微笑まれると、その秘蹟に満ちたご光明は、三千世界を煌々と照らした。しかし、「これは、実在ではない。これは永遠に続く道理はない」との御声が発せられると、その声も消えたのである。」
この海の向こうからやって来た日本を愛する人は、美しい言葉の詩人でありながら、冷徹な哲学者のようでもあるのです。もしくは、すべては過ぎ去ることを心得た永遠の旅人であるのかもしれません。
「新編 日本の面影」ラフカディオ・ハーン [角川ソフィア文庫]
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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