えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

entry_top_w.png

田中優子さんの著した『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』を読みました。今年の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』で話題の蔦屋重三郎の足跡を個人史ではなく、蔦屋重三郎が編集し、世に送り出したさまざまな本、浮世絵によって、明らかにするといった内容でした。

さすが田中優子さんの著述で、そこから立ち上る江戸の空気にぼくは魅せられてしまいます。と同時に、当時、疑われていなかった差別と偏見による蔦重の限界についても書かれています。常に天災に翻弄されつづけてきた歴史の日本にあって、江戸元禄の時代の自由は、天明の大飢饉、浅間山の大噴火により、失われてしまうのだけれど、現代は、徳川家の長き二百七十年にわたる平和の治世に、いいことも、悪いことも学ぶ意味は大きいと思うのです。

歌麿、写楽を売り出した大編集者『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』田中優子 | 文春新書
entry_bottom_w.png
entry_top_w.png

ユリア・ジャコブさんの著した『日本が知らないウクライナ 歴史からひもとくアイデンティティ』を読了しました。ロシアから侵略戦争をされているウクライナだけど、アメリカ(USA)、ヨーロッパ(EU)、ロシアからの大きな声にくらべ、直接の被害の当事者であるウクライナの声はそれほどに大きくはないと思い、『日本が知らないウクライナ』を読んでみました。ユリア・ジャコブは日本在住のウクライナ人で、大学で講師もしておられる方です。『日本が知らないウクライナ』には、市井の人たちの声を収められ、歴史、宗教、文化を概括する素晴らしい本であります。

この本を読みながら、ロシアの「ロシア世界」という妄想、アメリカの「Make America Great Again」という妄想について考え、その国家の拡大と膨張を志向する妄想は、世界に悪しきことしかもたらさないだろう、とぼくは確信するのだった。ロシアをさかのぼるソビエト連邦では、「私の住所は家でも通りでもない、ソビエト連邦だ!」という歌詞の歌が、1970年代に流行っていたというけれど、それはおぞましい。戦中の大日本帝国の「八紘一宇」のような醜さである。付け足すに、批評家の佐藤優氏のような人は、数少ないロシア語の理解者として、理解できるがゆえに、ロシアの大量の宣伝にからめとられ、初めからあり、今もある事実を見誤っているのかもしれない。

三島由紀夫のことも思い出しました。ぼくが映画で見た三島の東大全共闘と討論した時、全共闘から、それでは日本人の限界を越えられないのでないか、と問われ、三島由紀夫は、それでいいんだよ、私は日本人として生き、日本人として死んでいくんだ、私はあなたを否定しない、尊敬すべき高邁な国際人として、人生を追求していってください、と応えていた。大国の横暴の中でウクライナ人はどう生きて行くのだろう? ウクライナ人として生き、ウクライナ人として死んでいく。せめても、ぼくは小さいものの方、ウクライナの人びとの方に立ちたいとも思いつつ、この本を閉じました。

日本が知らないウクライナ
entry_bottom_w.png
entry_top_w.png

彬子女王殿下の著しになった『日本美のこころ』を読了しました。この『日本美のこころ』は、先に出版されていた単行本の二冊『日本美のこころ』と『日本美のこころ 最後の職人ものがたり』を文庫本の一冊にまとめたものであります。彬子女王殿下が親しんでもこられた、さまざまな伝統工芸品や建物、古くからの日本の儀礼、それらを受け継いだ人たちを取りあげられておられ、近頃、日本の伝統の素晴らしさに目覚めたぼくには、垂涎の一冊となっております。

そういえば、この前、彬子女王殿下は黒柳徹子さんのテレビ番組『徹子の部屋』にお出になられ、皇室の一員であることについて語られておりました。今、彬子女王殿下は京都産業大学日本文化研究所の特別教授であられ、「日本文化の伝統を伝える土壌を作りたい」、「子どもたちに日本文化を伝える場を作りたい」という趣旨のもと一般社団法人「心游舎」の発起人代表として立ち上げられておりますが、その設立の際に、自ら銀行に出向かれ、法人の口座を作られたそうです。その口座を作る時、その提出書類に姓の欄は空欄にし、名に「彬子」とのみ記され、提出すると、姓が記されていなくては、口座をお作りすることはできない、と銀行の係の人はおっしゃり、彬子女王殿下は、わたしには姓はないのですが、と問答となり、困った銀行の係の人が、そのうち青ざめて、皇室の方ですか、失礼いたしました、と謝意を述べられた、とユーモアを交えて語っておられたのが、印象的でありました。

能楽を観ていると、古く皇族の方々や皇族に近い方々が主人公となっている話もたくさんあり、ぼくも、いつの間にか、日本が共和制になることに違和感を感じるようになりました。皇室の継承に関しては、いつかは消えるかもしれませんが、今は、政治と権力の汚濁に触れぬような形での、変えるべきところは変えつつも、その素晴らしき伝統を三島由紀夫のいう「伝統と文化の国、日本」として後世まで残すほうに行けばいい、と感じるものでございます。

日本美のこころ | 書籍
entry_bottom_w.png
entry_top_w.png

たつき諒さんの著した『私が見た未来 完全版』を読みました。予知夢などということがあるのだろうか? 子どもだった小学生のころ、こういうオカルトみたいなことが面白く、好きだったのを思い出しました。黒澤明監督の名作『夢』にも予知夢みたいなことが出てきていたけれど、一部、それに類することは起こりつつも、実現はしてはいない。漫画家のたつき諒さんが見て、漫画や絵コンテの形で、この本で表わされている夢の一つは、アトランティス大陸やムー大陸の勃興のような壮大なものだ。

日本を定期的に襲う台風や地震の自然災害は日本人の民族性を決定的に形作っているとも思う。未来は現在によって変えられる、というのは確かな真実であるとも思い、むしろ、騒いだりせず、今は安寧のための清浄なる祈りの時でもあると思う。

私が見た未来 完全版
entry_bottom_w.png
entry_top_w.png

柄谷行人さんの著した『帝国の構造 中心・周辺・亜周辺』を読みました。柄谷さんは2022年に哲学のノーベル賞といわれるバーグルエン哲学・文化賞を受賞されておられ、その受賞の直接的契機となった『力と交換様式』より前、『世界史の構造』の後、同じテーマを扱った本であります。

柄谷さんいわく交換様式にのっとり、歴史に「A 互酬(贈与と返礼)」、「B 略奪と再分配(支配と保護)」、「C 商品交換(価格と商品)」が主流として交代しつつ現れれたとし、将来、それを越える「A 互酬」が高い次元で実現される何か「D X」が現れるとする。また、ヘゲモニー国家の帝国が出現し、その帝国が崩壊し、次の帝国のヘゲモニー国家を巡り、何らかの戦争となり、再び帝国が成立する。現在については、1970年頃、ヘゲモニー国家としてのアメリカ合衆国が失落し始め、帝国の崩壊期、戦争期が始まっている、とする。あらましはこのようなことであるらしい。

戦争期は実際に戦争が始まるが、今、世界大戦になれば、全世界が壊滅するかもしれない。付け足すに、ヘゲモニー国家は他国に対し福祉的であり、平和を保障し、世界宗教のような無私に近い倫理観を持つが、世界化された世界は戦争に耐えられず、「A 互酬」が高い次元で実現される何か「D X」が現れる。その他いろいろなことが、この本に書かれておりましたが、この本『世界史の構造』は希望を理論的に語ったものでもあります。アメリカでのトランプ政権の誕生、ウクライナ、中東など、別の視点での見方をぼくは教わったようでもあるのです。

哲学/思想/言語:帝国の構造
entry_bottom_w.png
entry_top_w.png

五木寛之さんの著した『忘れ得ぬ人 忘れ得ぬ言葉』が面白くて、一気に読みました。五木寛之さんがさまざまな人との交流の中で、対談の時などに聞いた何気ない言葉を思い出しつつ、書いたエッセイです。46人もの人との交流と印象に残った言葉が記されております。

例えば、批評家の小林秀雄さんは「人間は生まれた時から、死へ向かってとぼとぼ歩いていくような存在です」。例えば、女優の八千草薫さんは「激しい豪雨ではなく日本らしい雨期になって欲しいです」。例えば、C・W・ニコルさんは「きちんとひげを剃る。そんなタイプの男が、いざという時に強かったんです」。ぼくは読みながら、この本に書かれた今はもう亡くなってしまった人の気配にたじろいでしまいそうになります。

最後の章は、五木寛之さんの父君、信蔵さんの言葉「寝るより楽はなかりけり。浮き世の馬鹿が起きて働く」。戦中、戦後と時代に翻弄され苦労つづきで、早くに亡くなった父のことを五木さんは述懐し、父の「浮き世」は「憂き世」ではなかったのか、と慨嘆する。ぼくの亡き父も「寝るより楽はなかりけり」とよく言っていたのだけれど、その後の「浮き世の馬鹿が起きて働く」は、この本『忘れ得ぬ人 忘れ得ぬ言葉』で知った。などと思うと、生きているかのようなぼくの父の気配を少しだけ感じてしまい、恐れおののいてしまうのです。

『忘れ得ぬ人 忘れ得ぬ言葉』 五木寛之
entry_bottom_w.png
entry_top_w.png

エマニュエル・トッドさんの著した『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか』を読了した。

この『西洋の敗北』読みながら、寺山修司がシュペングラーの『西洋の没落』を起点にし、1968年のフランスでの学制蜂起のスローガン「敷石の下は砂浜だ」を引用しつつ、西洋の歴史もただの敷石一枚だったと慨嘆したことを思い出した。けれども『西洋の敗北』はそんなロマンチックなものではなく、とても厳しくリアルなものらしい。

エマニュエル・トッドさんはウクライナの対ロシア戦争の敗北は、もう見えている、という。本当だろうか? アメリカ合衆国を含む西洋の倫理、道徳の崩壊によって、ニヒリズム、虚無主義が跋扈し、それが際限のない暴力と戦争をひき起こし、さまざまな統計を見れば、西洋は崩壊しつつあるのは明らかだ、という。

この『西洋の敗北』と文藝春秋の二月号でのエマニュエル・トッドさんのインタビュー『イスラエルは神を信じていない』を読めば、このフランスの先祖にユダヤ人の出自を持つ歴史人工学者、家族人類学者の目に何が見えているかは、明らかだ。イスラエルもアメリカ合衆国と同様に西洋で、西洋は「宗教のゾンビ状態」から「宗教のゼロ状態」に向かい、そのニヒリズムの腐敗は世界に堕落した暴力をもたらす、というのだった。そして、日本はかろうじて西洋からは逸脱しているらしいのだ。

米国と欧州は自滅した。 日本が強いられる...『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか』エマニュエル・トッド 大野舞 | 単行本 - 文藝春秋
entry_bottom_w.png
  HOME   次のページ >>
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6
plugin_top_w.png
カレンダー
03 2025/04 05
S M T W T F S
1 4
9 10
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
plugin_bottom_w.png
plugin_top_w.png
えいちゃんのお奨め

ライブのお知らせ

ぼくのTwitter

plugin_bottom_w.png
plugin_top_w.png
最新コメント
[12/23 ロンサム・スー]
[07/27 gmail account]
[08/29 えいちゃん]
[08/29 みさき]
[05/18 えいちゃん]
plugin_bottom_w.png
plugin_top_w.png
プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
plugin_bottom_w.png
plugin_top_w.png
ブログ内検索
plugin_bottom_w.png
plugin_top_w.png
最新トラックバック
plugin_bottom_w.png
Copyright えいちゃん(さかい きよたか) by えいちゃん All Rights Reserved.
Template by テンプレート@忍者ブログ