えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
ドライブがてら横須賀美術館に行きました。
「第2期所蔵品展 特集:川端実」が開かれておりました。川端実というと、抽象絵画の世界的巨匠といことですが、カンディンスキーからジャクソン・ポロックに至る抽象絵画の魅力がが今一つ、よくわからず、川端実の作品はその抽象性の極北ともいうべきもので、頭の中にはてなマークが浮かびますが、そこが作者の狙いなのかしら? ぼくは、草間彌生の永遠の水玉のつづく絵とかは、魂の劇を感じて好きなのだけど。
今、現代の絵画はどこへ向かおうとしているのかしら? もっとも今、有名な現代の作家はバンクシーで、最近、発表された星条旗が蠟燭の炎で焼け始めている絵はいいなと思う。そのバンクシーの前の先行していた作家としては、フリーダ・カーロの夫のディエゴ・リベラの主導した革命下のメキシコで起こった壁画運動だったのようにも思う。バンクシーの少し前には、ニューヨークの壁に描きなぐり27歳で没したジャン=ミシェル・バスキアがいた。芸術を貴族たちのサロンではなく、人々のところへ、というのは、なかなかいいと思う。
さて、横須賀美術館に話は戻り、川端実以外にもたくさんの絵が展示されていた。中村光哉が友禅染で作り上げた船と海の作品とかよかったです。
ところで、今ごろになって、ぼくはぼくなりの絵の見方を発見した。それは、展覧会で絵の下脇にに小さく題名や作者、作られた年とかが書かれたカードが貼られているでしょう。それを見ないで、まずは絵を見て、その後、カードを見るのです。カードの言葉で解釈される前に、絵そのものを見ると、これは何だろうかから始まり、いろんな感慨が心にやってきて、絵に浸れます。
おっと、また脱線。再び、横須賀美術館に戻り、谷内六郎館では、「谷内六郎〈週刊新潮 表紙絵〉展 新潮社とのお仕事 あれこれ」が催されていて、とても癒されました。谷内六郎の週刊新潮の表紙絵って、子どもの心に想像として映る世界に、シンクロニシティが起こっていて、それが、なんとも淡いやさしさを感じさせ、とても美しくて癒されます。
この美術館から見える海の景色も、とても素敵です。
横須賀美術館
こんな夢を見た。ぼくは夜中に目が覚める。向こうの部屋で母がピアノを弾いている。そのピアノには脚がなく、琴を弾くかのようにカーペットの床にしゃがみこみ、ショパンかドビュッシーをゆっくりと丁寧に弾いている。どこで覚えたんだろう? ぼくは母に小さい声で、いいね、と声をかけたが、母はぼくの言葉に答えず、黙々と一心不乱にピアノを弾いていて、その音をぼくは聴いている。
そこで目が覚めた。実際の母はピアノを弾く人ではなく、弾けないのです。あたり一面に澄み渡った清い気が漂っておりました。あれは守護天使が母に弾かせたピアノの音だろうか?
そこで目が覚めた。実際の母はピアノを弾く人ではなく、弾けないのです。あたり一面に澄み渡った清い気が漂っておりました。あれは守護天使が母に弾かせたピアノの音だろうか?
吉祥寺のアップリンクにラウル・ペック監督の『私はあなたのニグロではない』を見に行った。小説家、ジェームズ・ボールドウィン原作の『私はあなたのニグロではない』を基にした、1960年代のアメリカ黒人の公民権運動をとらまえたドキュメンタリーで、今も終わらない人種差別の行われる現代に対する問題提起も当然含めていて、今の映像も差し挟まれる。ジェームズ・ボールドウィンが理知鋭く、クールでかっこいい。あー、「もう一つの国」を再読したい。この映画のラストのジェームズ・ボールドウィンの声明は本当にかっこいいよ。
映画を見る前に渋谷に"Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)"のデモがあるというので行ってみた。歩道でそのデモを見ていて、何派でも来る、デモの終わらない列にぼくは歩道から拍手をしていた。たくさんのブラック・カルチャー、ブルースやリズム・アンド・ブルース、ソウル・ミュージック、ヒップホップにいつも触れてきたぼくにとって、この五月にジョージ・フロイドさんが、この三月にブレオナ・テイラーさんが警官に殺されたことはことはとてもショックで胸を痛めてもいる。差別は無くすことは未来の命に対するぼくたちの責任や義務であるような気もするがどうだろう? 今度はデモで車道を歩いてみようか?
映画『私はあなたのニグロではない』 公式サイト
映画を見る前に渋谷に"Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)"のデモがあるというので行ってみた。歩道でそのデモを見ていて、何派でも来る、デモの終わらない列にぼくは歩道から拍手をしていた。たくさんのブラック・カルチャー、ブルースやリズム・アンド・ブルース、ソウル・ミュージック、ヒップホップにいつも触れてきたぼくにとって、この五月にジョージ・フロイドさんが、この三月にブレオナ・テイラーさんが警官に殺されたことはことはとてもショックで胸を痛めてもいる。差別は無くすことは未来の命に対するぼくたちの責任や義務であるような気もするがどうだろう? 今度はデモで車道を歩いてみようか?
映画『私はあなたのニグロではない』 公式サイト
こんな夢を見た。ぼくは朝の九時ぐらいに友だちから誘われて、ハワイアンレストランにいる。そこでビールとロコモコか何かを頼もうと思っている。広い屋外のテラスもある開放的な明るいお店で、忙しく注文を聞いているウエートレスがいて、その女子はぼくが前に勤めていた会社にいた人なのだった。「あいよ」という声も高らかに、前の会社ではどこか暗いところのあるような彼女が、とても元気そうに働いている。友だちは、あそこで注文を聞いている人は、十時半ぐらいにここで歌うんだよという。まったく人前で歌を歌うような感じの人ではなかったのに、変わったんだなと思い、彼女がギターを弾いて、やっぱりハワイアンレストランだからハワイアンを歌うのを思い浮かべたりして、ぜひ聞きたいと思っている。ぼくは、すみませんと彼女に声をかけようとして、ふと、ぼくのことを憶えているだろうかなどとと思っている。
そこで目が覚めた。ここではごちゃごちゃ夢からの暗喩やらのこととか考えずに、なるほど、生きていく環境って大切だなって思いました。大事な大事な人生のために。
そこで目が覚めた。ここではごちゃごちゃ夢からの暗喩やらのこととか考えずに、なるほど、生きていく環境って大切だなって思いました。大事な大事な人生のために。
Waikiki Sandii
ジム・ジャームイッシュ監督の映画『デッド・ドント・ダイ』を見ました。ゾンビ―のホラーなのだけど、そこに感じるのはユーモアと批判精神でいつものジャームイッシュ・フィルムでうれしくなりました。
リアルなアメリカってこんなところなのだろうか?ジム・ジャームイッシュの映画っていつもかっこいな~。
イギー・ポップがコヒー・ゾンビ―で出現、笑えます。ジム・ジャームイッシュの映画に出演する凸凹おもしろコンビはビル・マーレイとアダム・ドライバー、この二人もよかった。ジム・ジャームイッシュの言葉を紹介します。
「なぜゾンビだったかと言えば、今日の人間の在り方がいろいろな意味で、よりゾンビ化してきているんじゃないかと思えたから。自分のことしか考えない、エゴイスティックな生き方だよ。たとえばいまの物質主義、消費社会によって、僕らは地球にダメージを与えているのに、それに気付かない、あるいは関心がない。そういう生き方が僕にはゾンビと共通していると思えてならなかった」
「ちょっとダークかもしれないけれど、希望は込めたつもりだ。ここには人種差別主義者も出てくるが、ナイスな奴だっている。たとえば(ウータン・クランのRZA演じる)宅急便の配達人はこう言う、『この世界はパーフェクトだ。小さなことにも感謝すべきだ』と。僕はそういう気持ちのあり方がとても美しいと思う」
映画『デッド・ドント・ダイ』公式サイト|6月5日(金)公開 - ロングライド公式サイト|6月5日(金)公開 - ロングライド
このところ、George Floydさんの警官をによる殺害に端を発した全米での抗議のデモをCNNやtwitterで追いかけるかのように見ています。デモで声をあげる人たちを見ていると、Robert Flankの写真集「アメリカ人(The Americans)」や一年ほど前に長野の清里フォトアートミュージアムで見た展覧会を何やら思い出してしまう。
この既視感はどうしてなんだろう? Robertはきっと今ごろ、天国から降りてきて、瞬きもせずに写真を撮りつづけているのではないかしら? スイス人の写真家で生涯、アメリカに移り住んだRobert Flankがどうして、あんなにもアメリカが好きで写真を撮りつづけたのか、わかる気もして、それは、そうだ、ニュースで見る抗議の声をあげるどの顔もまぎれもない人生の主人公の顔をしているではないか。
あー、アメリカ、広大な大地にへばりつく移民の国、アメリカ、そのアメリカ人たちよ、この400年もの間つづいた悪魔の不正義をどうか乗り越えてくれ、とぼくは祈っていて、それを信じているものでもあるのです。
この既視感はどうしてなんだろう? Robertはきっと今ごろ、天国から降りてきて、瞬きもせずに写真を撮りつづけているのではないかしら? スイス人の写真家で生涯、アメリカに移り住んだRobert Flankがどうして、あんなにもアメリカが好きで写真を撮りつづけたのか、わかる気もして、それは、そうだ、ニュースで見る抗議の声をあげるどの顔もまぎれもない人生の主人公の顔をしているではないか。
あー、アメリカ、広大な大地にへばりつく移民の国、アメリカ、そのアメリカ人たちよ、この400年もの間つづいた悪魔の不正義をどうか乗り越えてくれ、とぼくは祈っていて、それを信じているものでもあるのです。