えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

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会社からの帰りに寄り道をし、川崎のTOHOシネマズでヤーニシュ・サース監督のハンガリー映画「悪童日記」を見た。

少年の目を通して戦時下のハンガリーの過酷な歴史が浮かび上がる、などと言うとあまりに安易なような気がするのは、この映画のあまりにもの重さに、ぼくはどう受けとめたらいいのか、わからなくなってしっまう。その重さは、ぼくにフランスの小説家、ルイ・フェルディナン・セリーヌやギリシャの小説家、ニカス・カザンザキスを思い出させた。確か、二人とも亡命のような状況の中、異国の地で没したのではんかったのか。そして、その書いた小説の筆禍により、キリスト経の葬儀を司祭から拒まれているのだった。さて、「悪童日記」の原作者、アゴタ・クリストフも亡命者で、けれども、上述の二人とは違って、その死に際し、キリスト経の祈りを拒まれているわけではない。しかし、このハンガリーの女史の書くものは、セリーヌやカザンザキスのように、道徳や倫理を超えてしまわざるえない、厳しい重さを持っている、と思ったのだった。

映画「悪童日記」も限りなく重い芸術作品なのだけど、その主人公の双子の少年の目を、昔、どこかで見た映画で出会ったような気もし、その映画が、今、リバイバルしているらしいフランソワ・トリフォー監督の「大人はわかってくれない」の主人公の少年の目の純潔さであったのを思い出しもした。すると、ぼく自身も少年時代に戻っていき、何かが氷解し、帰りの線路の駅のプラットホームで胸に熱いものがこみあげてきたその少年の目。

今度、まだ読んでいない原作を読んでみたい。

http://akudou-movie.com
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ジョージ・オーウェルの「一九八四年」に続いて、もう一冊のユートピアならぬディストピアもののSF小説としてレイ・ブラッドベリの「華氏451度」を読了した。どのような小説かは扉の言葉に詩的に表現されていもする。

「華氏四五一度―この温度で書物の紙は引火し、そして燃える」

これは近い未来にすべての書物が読むことを禁止され、それが見つかれば、消防士ならぬ昇火士によって本は燃やされ、もしも、それを拒めば、命すら奪われてしまう、そんな世界の物語なのです。

想像してみてください。三島由紀夫も大江健三郎も深沢七郎も谷崎潤一郎も中上健次もヘミングウェイもヘルマン・ヘッセもハーマイン・メルヴィルもエミリー・ブロンテもアルチュール・ランボーもルイ・フェルディナン・セリーヌもニーチェやフロイトやユング、レビ・ストローフ、アーサー・C・クラーク、スティーブン・キング、そして、もちろんレイ・ブラッドベリ、あぁ、あげていけば、きりがないのだけど、それらのない世界なのです。本好きのぼくとしては恐ろしいというか、何かを読んで感じることを禁じられる世界のおぞましさよ。

そいいえば、焚書といえば、ナチスのドイツ学生連合会が非ドイツ的と決めつけ、フロイト、ケストナー、ハイネ、マルクスなど二万冊を広場で焼いて灰にしたと、この「華氏451度」の解説にもあったが、それを忘れないための図書館「本のない図書館」がベルリンにあるというのだが、その図書館の小さな石碑にハイネのこんな言葉が刻まれているそうだ。

「これは序幕の出来事に過ぎなかった。書物が焼かれるところでは、最後には人間までもが焼かれるのだ」

加えて、18世紀のフランスの啓蒙思想家、ヴォルテールの言葉にこんなものもある。

「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」

さて、「華氏451度」に戻れば、訳者、伊藤典夫さんの力量よるところも大きいとは思うのだけど、この本の中の文は、韻を踏まない詩のように美しく、かっこいい。物語は支離滅裂の一歩手前のようなところもあるのだけど、かすかな希望を感じさせるファイナルもあって、「一九八四年」と同じく傑作だと思った。

そして、もちろん、自由に考えたり、自由に感じたり、自由に想像することって大切なことだと思います。






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国立音楽大学にオペラを見に行きました。友だちに誘われて、大学院生とそのOB、OGたちの一年に一回の定期演奏会で、その舞台と演奏と歌唱、演技はプロに劣らぬ素晴らしさで、題目はモーツアルト作のあの有名な「フィガロの結婚」でした。この四幕もののモーツアルトのもっとも有名な歌劇がこういうコメディーであったことは知らなかったのですが、一幕目や二幕目では眠くなるところもあったのですが、その四幕目では、これでもか、これでもかとたたみかけ、コンサートホールを満たし、溢れ出るかのような素晴らしい楽曲と演奏、歌唱に、いささかの少なからぬ陳腐なストーリーを超えて、感動してしまい、涙腺を刺激されもしたのです。ついにはぼくもカーテン・コールの拍手の盛大な輪に加わってしまっているのでした。

この作品もモーツアルトの諧謔精神が遺憾なく発揮されていて、ぼくはこの催しに誘ってくれたぼくの友だちにモーツアルトって反逆児だね、と問いかけると、そのクラシック通の友だちは、モーツアルトってパンクなんだよ、と不思議な納得できる答えをぼくにくれたのです。そうか、そういう意味でも、モーツアルトはフランス革命前夜というより、その未明をもっとも速く駆け抜けた、夭折の音楽のミューズに愛された天才パンクだったのかもしれない、などと思いました。

もう一つ、内緒にしておきたことでもあるのだけど、この催しのチケット、千円札三枚でゆうにおつりが来るのです。

以前、モーツアルトの「ドン・ジョバンニ」はこの国立音楽大学で見たことがあるし、となるとモーツアルトの三大オペラのもう一つ「魔笛」もどこかで見てみたいなぁ。

さて、この「フィガロの結婚」を見る前に、おせっかいかもしれない忠告をば。ストーリーと登場人物の相関関係はざっとおさえておきましょう。とても入り組んでて、分かりにくいのです。それから、劇を見たら思ったのですが、「フィガロの結婚」の何かの曲を結婚式の時にBGMか何かでかけるのは、もしかして、不謹慎かもしれませんぞ。などと言うと、空の上からアマデウスの哄笑が聞こえてきますな。

http://www.kunitachi.ac.jp/event/concert/college/20141018_01.html
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玉川上水沿いを拝島駅から玉川上水駅に向けて散歩をしました。このあたりって東京の昔の田園風景が残っているようで、とてもよかったです。小さな旅ですな。
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六本木というか西麻布にある「音楽実験室 新世界」というところで催された「テ祭2014」というライブを見に行ったら、お酒をおごられるDJからお酒をおごられてしまったよ。なはは(へ。へ)ζ。

一部のDJタイムでは美空ひばりがずっとかかっておりましたな。それを聴いて、1950年代の美空ひばりとそのバック・バンドの音楽性の高さにひれ伏したくなりました。ひばりの唄の節回しもすばらしいし、バンドと一体となったはずむリズムがディープです。

セカンドのDJタイムではデヴィッド・ボウイからテレビジョンになだれ込み名曲「マーキー・ムーン」がかっこよすぎです。この「マーキー・ムーン」の張りつめたエキセントリックな緊張感がたまりません。

さて、今夜のメインはオーセンティックなレゲエ・バンドの西内徹バンドでした。そこにからむ内田直之さんの生ダブがするどくかっこよかったのだけど、アンコール前の日本語の一曲が一番好きな感じです。

そして、ふと周りを見回すとわしよりずっと若い人ばっか。その若いみんなも後15年もすれば、こんなところには来なくなるのかしら。それはそれで人の人生だからいいかもしれないけれど、いまだにここに来てしまい、普通にフット・ストンプしてしまうわれは、レッド・アラートの希少生物なのかもしれんなぁ。

そして、三度目のDJタイムでかかったトマトズにほろりとして、家路についたのでした。
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見たいと思っていて見逃した映画をレンタルDVDで見ました。ウェイン・ブレア監督のオーストラリア映画「ソウル・ガールズ」。

アメリカがベトナムと戦争していたころ、ベトナムのアメリカ兵に人気をはくしたオーストラリアのアボリジニの女の子たちのソウル・ミュージックを歌うコーラス・グループ、サファイアズ(The Sapphires)のお話。なんと、実話をもとにした映画なんだそうです。

サファイアズのマネージャー兼ピアニストを務めるソウル・ミュージックが死ぬほど大好きなアイルランド系白人のアル中男のデイブを演じるクリス・オダウドがいい味を出しています。

当時のアボリジニたちへの過酷な仕打ちやベトナム戦争、公民権運動の時代背景がかみ合い、そこに、ソウル・ミュージックがすくっと立っています。ますます、ソウル・ミュージックが好きになってしまいますね。真夜中にジェームズ・ブラウンやアレサ・フランクリン、サム・クックやオーティス・レディング、ローラ・ニーロやキャンディ・ステイトン、エッタ・ジェームズ、サム・アンド・デイブ、マービン・ゲイなど、大音量で聴きたくなりますわ。あぁ、止まらない。けれど、もう寝なきゃ。おやすみZZZzzz.....

http://soulgirls.jp/index.html
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ぼくの最近の趣味は散歩でもあるのです。鎌倉に散歩に出かけました。

北鎌倉から縁切り寺であった東慶寺、その隣の浄智寺を左に見て、裏鎌倉の山道を登り降り、葛原岡神社でおみくじを引き、さらに歩いて、高徳院の大仏を見ました、長谷寺の大きな観音像の神々しさに心は打たれました。ひなびた極楽寺に参り、江ノ電と並んで稲村ヶ崎まで歩き、黒い稲村ヶ崎温泉につかって帰ってきました。

散歩って楽しいよ。歩いていると平和がやってきますよ。しかも鎌倉はとっても気に入りました。いろんなルートがありそうです。今年、紅葉の季節にまた来るつもり。
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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