えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ

文化学園服飾博物館に「魔除け 身にまとう祈る心」という展覧会を見にいった。その展覧会を見ながら、最近、大江健三郎の昔の小説を読んだこともあり、「トーテム」とか「記号論」とかそういう言葉が思い出された。中村雄二郎の「魔女ランダ考」とか山口昌男の「道化の民俗学」を背伸びして読んでいたものです。その背伸び癖はいまだに直らないのだけど。
昔の人は、ありとあらゆるものに畏敬の念を抱いていて、服装や服飾、ネックレスなど、その聖なる盾として、模様をほどこし、飾り、そして、祈りを込めて織り編んでいたらしいのだ。そうならば、あたり一面に模様を施したそれは輝くように美しい。
ぼくはそのような服やら装飾品、帽子を見ながら、ジャニス・ジョップリンのことをいつしか思い浮かべていた。彼女は1960年代に遅れてやってきたビートニクスからブルースの女王として登場し、短すぎる生涯を閉じるのだけど、いつも過剰なほど安物の装飾品やら、ビーズのじゃらじゃらした首飾り、ブレスレットを身にまとい、服はシャギーな原色の一面に模様のほどこされた、そのようなものだった。それはジャニスがその内側の傷つきやすさを守ろう、彼女を刺し貫く邪視から彼女を守るために、それとは気づかず身に着けていたようなことだったのではないかしら? ならば、ジャニスの安物のビーズの連なりは、何よりもまばゆくきらめいているのではなかろうか?
祈りのこめられたそのようなものを身につけること、そのようなものを大切な誰かに身につけてもらうことは、なんてすばしいことだろう、と思いました。

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