えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
青山のブルーノート東京で『YANN TOMITA A.S.L. SHOWCASE』を見ました。ヤン富田さんのライブはこのブルーノート東京で何度か見たことがあるのだけれど、トリニダード・ドバゴの石油のでっかい缶でできた楽器、パンを叩き、弾くのは、初めて見ました。なんだか、今夜の演奏はどこか神がかっているようにも感じました。
懐かしくも未来的みたいなヤン富田さんの音楽を聞くと、ぼくの、ぼくたちの子どもだったころの前の世紀に見た未来の夢は正しかった、と21世紀も四分の一を過ぎた、すさんだ世界で戦争のつづく今、思うのです。孤高の星であるかのようなヤン富田さんの音楽は、ぼくたちを目覚めさせるような永遠のアバンギャルドなポップなのです。
日本武道館でEric Claptonのライブを見ました。何度も来日しているClaptonだけれど、ぼくにとっては初めて来るEric Claptonのライブであります。というのも、白人にブルーズなんて、歌えるかよ、演奏できるかよって、ぼくはどこかで思っていて、それは黄色人種のぼくの思い違いであるのに、今夜は気づかされました。
Ericの御年、今、80歳、まったく枯れておりません。腕達者なバックとともに演奏するのはRockそのものでもありますが、ぼくが一番かっこいいと感じた瞬間は、アコースティックセットになって一曲目に弾き出したRobert Johnsonのナンバーであります。Ericはたしかにブルーズ少年だ。
にこりともせずに、オーディエンスをまったく煽らず、ただ歌い、演奏しつづけたEric、かっちょいいなあ。ちなみにぼくの一番好きなEric Claptonのアルバムは"There's One in Every Crowd"で、そのアナログレコードが物販コーナーで売っていたら買おうとおもっていたのだが、売っておりませんでした。町田のディスクユニオンで探してみます。
1976年のイギリスでのコンサートで酷く醜い人種差別発言をしたEric Claptonだったけれど、今、バンドのメンバーは黒人が半分以上を占め、ガザでのイスラエルの占領に反対を表明し、ガザの子どもたちを助け、支援するコンサートも行っています。人というのは変わるものなのですね。
四月十六日、上野の鈴廣演芸場で令和七年四月中席昼の部を見ました。見た演目を書き出してみます。ストレート松浦さんのジャグリング、春風亭三朝師匠の「お花半七馴れ初め」、柳家小ゑん師匠の「ミステリーな午後」、立花家橘之助師匠の唄いの三味線弾きの浮世節、春風亭一之輔師匠の「金の大黒」、三遊亭ときん師匠の「権助魚」、ロケット団のお二人の漫才、柳家わさび師匠の「亀田鵬斎」で仲入りです。寒空はだかさんの漫談、三遊亭歌奴師匠の「子ほめ」、五街道雲助師匠の「強情灸」、江戸屋猫八師匠の動物ものまね、主任は三遊亭金馬師匠の「子別れ」でした。
柳家わさび師匠の「亀田鵬斎」や三遊亭歌奴師匠の「子ほめ」がよかったです。「強情灸」の五街道雲助師匠はいよいよのっている感じです。江戸屋猫八師匠の動物ものまねにぼくはほっとしてしまいます。三遊亭歌奴師匠の「子ほめ」に胸がじーんとしました。寄席はパラダイス。
『ガムラン×獅子 バリ島×日本「Interactions(相互作用)Vol.2 Light 光」』というコンサートをラゾーナ川崎プラザ・ソルで見ました。インドネシアのバリ島のガムランと日本の鹿踊りのコラボレーションのコンサートでした。
横浜のガムランのチーム、トゥラン・ブランにバリ島からのゲストが入っております。ガムランの金属楽器の音が場内に響きわたり始めると鳥肌が立つかのような何ともいえない驚きの感動をおぼえます。生の演奏にまさるものはありません。篠笛の大野利可さんの演奏も入ります。バリ舞踏の荒内琴絵さんの舞いも入ります。このバリ舞踏はバリからやって来た人が踊っているのかと、ぼくは思ってしまっていました。素晴らしい。
岩手に伝わる鹿踊りを舞うグループは横浜の金津流横浜獅子躍のみなさんで、日本の伝統の力を見せつけてくれるかのようです。聖獣バロンの踊りもありました。鹿踊りを見て、聖獣バロンの踊りを見ると、なんだか近しいもののようにもぼくには感じられ、人びとの移動の歴史とその伝わり、東アジアの文化の共通性を思わずにはおられません。鹿踊りをどこかの森の中の神社の参道で見てみたい。聖獣バロンの踊りを熱帯の森の中の村人の集まるどこかで見てみたい。鹿踊りの鹿もバロンもぼくには神の使いか神そのものであるのは疑いようもないことなのです。素晴らしいコンサートでありました。
ひまわりヨガ道場のきららさんの主催するさくら畑まつりに行ってきました。20年まの間、つづいたさくら畑まつり、気がつけば、ぼくは参加する人の最古参の一人にもなっていました。時は流れ、人はまた去る、思い出だけを残して、とはじゃがたらの江戸アケミの歌った歌詞の一節だけれど、時は流れ、人はまた去る。それでいい、ときららさんもおっしゃておりました。
このさくら畑まつりでは、いつもギターを持って出かけ、数曲、歌わせてもらいます。今日、歌った「飛べ、車椅子」はたいそううけていて、それなりにいい曲なのかな、などと思います。ここで、歌詞を披露。
扉を開けた
歩道を通りぬけ
子どもたちの遊ぶ
森の公園に行った
ヘ、ヘ、ヘイ
飛べ、車いす
どこかに行きたけりゃ
どこにでも行くさ
ぼくが押してゆくと
きみが笑っているよ
ヘ、ヘ、ヘイ
飛べ、車いす
空飛ぶ教室
それとも体育館
旅するピアノ
日曜日のグラウンド
ヘ、ヘ、ヘイ
飛べ、車いす
ときたまうまく行かないこともあるさ
誰かがぼくらを傷つけたとしても
きみとぼくがいるよ ずっと友だちだよ
広い空を駆けて、どこまでも行こう
ヘ、ヘ、ヘイ
飛べ、車いす
飛べ、車いす
飛べ、車いす
大団円のきららさんの舞踏が始まると、曇っていた空が、いつの間にか晴れていました。吉祥なり。
柿崎ゆうじ監督の『陽が落ちる』を見ました。凛として緊張した場面の続く時代劇は、静かなようでいて、凄まじきドラマを裏にはらんでおります。ラストは明るい解決とはほど遠く、闇の中に沈むようで、ぼくの気が滅入らす。イタリア・ネオ・リアリズムなどと称された、ぼくが学生の頃に見たミケランジェロ・アントニオーニ監督の1957年の映画『さすらい』を思い出します。
大江健三郎は自らの小説『みずから我が涙をぬぐいたまう日』のあとがきで日本という天皇が存在している国について、それがあるのと、ないということについて、想像力をめぐらしてほしい、というようなことを批判的な文脈で書いていたけれど、日本に武士道が存在していたことについて、どういうことなのか、ぼくの思考力ではなんとも結論が出ずに考えこんでしまう。たしかに武士道の時代は過ぎ去ったけれど、その武士道の一面のみを見て、美化することなかれ。美化できない残酷なそれはこの『陽が落ちる』も強く教えてくれていて、それはもう一つのありのままの現実のようなのだ。そして、その美しさと残酷さは三島由紀夫の例の事件のように忘れられたころに亡霊のように立ち現れるのかもしれません。静かで美しいけれど、共感とはほど遠い、万人にはお奨めできない衝撃的な映画であります。
映画『陽が落ちる』公式サイト
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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