えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

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日本でボブ・ディランを歌わせたら、東京ボブの右の出るものはなく、日本でボブ・ディランを語らせたら、鈴木カツの右に出るものはあるまい。東京ボブとは、ボブ・ディランの楽曲を歌う、永遠のにせものであり、第二のボブ・ディランとも呼ばれるが、その東京ボブとも懇意であり、同じぐらいにボブ・ディランを愛してやまない鈴木カツさんの新著である「ボブ・ディランのアメリカ 愛聴盤101枚の世界(Bob Dylan's America 101 of the young Bob Dylan's favirite records)」を読んだ。

この本は、ボブ・ディランの楽曲やインタビュー、自伝本、ボブ・ディラン自身が選曲とDJをつとめる衛星ラジオ放送「テーマ・タイム・ラジオ・アワー」などから、ボブ・ディランが愛聴しているだろうルーツ・アメリカ音楽のアナログ・レコード、101枚を丁寧に解説したもの。

その守備範囲はフォークはもとより、ブルース、ポップ・ミュージック、ロック、ロックン・ロール、ジャズと幅広くもあるのはディラン自身の衛星放送番組の内容から想像できたのだけれども、やはり、驚いてしまう。ボブもカツも、アメリカの音楽を聴く方の開拓者でもあったのだ。心地よいアメリカン・ミュージックの泥沼にはまりこんでいくようだよ。

表紙が菅野一成さんの絵でこれも素敵です。

http://www.clinck.co.jp/merurido/dtl.php?ky=MMP003
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会社帰りに渋谷のイメージ・フォーラムでジョシュア・オッペンハイマー監督の「アクト・オブ・キリング」というドキュメンタリー映画を見たのだけど、あまりに重い内容に暗い気分になった。万人受けする映画ではないと思うのだけど、とても優れて、人間とか社会の悪とは何か、という問いに対して問題提起をしている、そのような映画でもあり、圧倒された。

隣人が隣人を殺戮するということがどういうことなのか、1965年のインドネシアでのクーデタの際に、そのような殺戮の加害者であり、法律によって何の罰せられることもなく月日を過ごしてきた70歳を過ぎたその男に、その殺戮を演じてもらい、映像化した映画であった。目をそむけたくなるようなシーンの連続に憂鬱な気分となり小さな劇場を出ざるえない。この前、見た「それでも夜は明ける」もそうなように、最近のアメリカ映画には、このような過去の直視できないような歴史を真摯に取り上げる、そんな映画が少なからず出てきつつあって、ぼくは、むしろ、世界の潮目の変わり目がやって来ているのかもしれないと、のぞみをつなぐ。

さて、隣人が隣人を殺戮するといえば、最近ではアフリカのルアンダ、ヨーロッパのボスニア・ヘルツェゴビナなどが思い出されるけれど、第二次世界大戦後のアジアも決して平和ではなかった。中華人民共和国で1966年から1977年まで続いたプロレタリア文化大革命では隣人が隣人によって40万人から1000万人、殺されたといわれる。その前年の1965年にインドネシアではプロレタリア文化大革命と逆と名分の「共産主義者狩り」として、100万人から250万人が殺されているらしい。1975年から1979年までの間にカンボジアでのクメール・ルージュ(カンボジア共産党)によって120万人から170万人が殺された。この映画はそんなことをぼくに思い出させもし、もしもその時、ぼくがインドネシアや中華人民共和国やカンボジアにいたとしたら、まっさきに殺されるようなそんな人間であるような気がして、恐怖すら感じた。

あぁ、この映画がとらえた今のジャカルタのやくざは、異国からやってきて小さな商売によって、かろうじてかの地に根をはる華僑から、愛国をとなえつつ暴力を背にした恐喝で金品を得ていた、その熱帯モンスーンのうすぎたないやくざの灰色の暗さよ。

この世界に愛を、平和を。タイもウクライナも血を流さないでください。隣人同士、手をつないでください。

http://www.aok-movie.com
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スポンサーの付けない自主メディア「IWJ(インデペンデント・ウェブ・ジャーナル)」を展開するジャーナリスト、岩上安見さんが2011年3月11日に福島にいた人にインタビューしたした、そのインタビュー集「百人百話 第2集」を読んだ。「第1集」につづき、充実した内容だった。

一般般的なもしくは標準的な福島県人なんてあるのだろうか、と思い、この本に登場する人たちのそれぞれ一人ひとりのそれぞれであることがとても大切なことであるような気がした。その多様性の中にも、矛盾したことを言うようだが、福島気質がすけて見えるようだ。そして、内から見た福島、それが書かれているのではなく、語られている。書かれずに、語られる口吻の歴史こそ、ぼくたちにとって真実ではなかろうか。

避難した人、避難せずに福島にとどまっている人、つとめて忘れようとしている人、忘れまいとする人、そして、何か震災について発信して行動している人、行動していない人、福島でこの災難に見舞われなかったぼくにとっては、それらすべての人が敬意を表すべき人でもある。

福島から新しい日本と日本人が生まれつつあるような気がしつつ本を閉じた。







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昨日の夜、エミール・クストリッツァ監督の「アンダーグラウンド」をレンタルDVDで見た。ユーゴスラビアという国の激動の現代史を奇想天外な着想のもとに駆け抜けていくような、シュール・レアリスティックな映画だった。ユーゴスラビアって今では7つの国に分裂していて、なくなってしまったんだなぁ、と思う。そして、ここいらへんはラテンでもあるのね。

この映画のラスト・シーンは愚者が与える不思議な教訓とか暗示を感じさせ、何か感動的。その教訓とか暗示とは何かと聞かれても、一言では表せないほど、複雑で鬼気なものでもあるようだ。そして、一つの国が崩壊過程にある中で撮られた映画でもあり、その国への惜別の深い感情と危機意識がないまぜになって、圧巻です。

あっ、そうだ、シュール・レアリズムというより、この映画は、マジック・レアリズムといったほうがぴんとくる。このわけのわからなさは、ガブリエル・ガルシア=マルケスの小説、寺山修司の演劇、そしてあのフェデリコ・フェリーニの「甘い生活」以降の映画が好きな方にはお勧めです。

http://www.eiganokuni.com/ug/
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こんな夢を見た。ぼくは高校の卒業式の日に午後、学校へ行く。もう卒業式は終わっていて、友だちが一人、教室に残っている。その友だちに目くばせし、卒業式に出られなかったぼくは、せめても、高校卒業時の通信簿を手にしたい、と思い、自分の机の引き出しの中を探してみる。何枚か、採点された答案用紙が出てくるだけで、通信簿はそこにはない。あぁ、そう言えば、明日も予備の卒業式があるらしいことをぼくは思い出す。明日も学校に来なくっちゃ、と思い、そこで目がさめた。

何か、意味ありそうで、なさそうで、ありそうな夢でした。もしもよければ、あなたの夢解釈を教えてください。
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忌野清志郎の著しわした「ネズミに捧ぐ詩」を読んでいる。清志郎の生々しいぶるぶる震える魂に触れたような本だ。これは26年前に書かれた発表するあてもなく作詞の創作ノートをそのまま本にした本で、その26年前とは、RCサクセションが「カバーズ」を発表しタイマーズへと突っ走るころに書かれたもの。

この前、NHKで清志郎についてのドキュメンタリーを放映していて、ぼくも見たのだけれど、泉谷しげるは、このころの清志郎を文化人みたくなってしまって、批判的に思っていたと語っていた。この発言には、泉谷さん、おまえこそ、いまだに、文化人で芸能人だろうが、とむかっときました。ぼくは、この時こそが、清志郎が、文化人や芸能人でなしに、本当にバンド・マン、ブルース・マンになった時だと思うのだけどね。

そもそも、歌なんてのは、たいしたものだけど、たいしたものでもなくて、その時その時、歌いたいときに歌いたいように歌う小唄でいいのよ。なんでも歌っていいのよ。不器用にでもいいさ。それがブルーズってもんじゃないかね。で、そんな小唄の心のつまったこの「ネズミに捧げる詩」って本、最高です。






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木果歩さんの著した「海うそ」を読了した。廃仏毀釈の記憶を持つ九州のとある小さな島の景色と人の心とすぎゆく時のお話。

こんな小説を読むと、故中上健次のまいた種が芽吹き、思いがけなく育ったようにも感じてしまう。ぼくもいつかは小説が書きたいな。中上健次の(精神の)非嫡出子としての物書きとしてのそれである、なんていうと、かっこよすぎてしまうね。

ぼくたちの時代とは、何か、とても大事なことを次々と忘れつつ、続いている、そんな時代なのかもしれない、とこの本を読んで思いました。







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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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