えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
村上春樹さんの著した「村上ソングス」を読んだ。今や世界を股に駆け、国際的な文学者が、アメリカのポップ・ミュージックの詞の翻訳とそれにまつわるエッセイ集です。本当に村上さんはこういうポップ・ミュージックが好きなんだなぁ、訳にそのもともともの曲への愛がこもっているとも感じ、そのエッセイもしかりで、心地よいエスピリに胸がくすぐられてしまいます。そのポップ・ミュージックとは、古いジャズ・ソングから映画の主題歌、ソウル・ミュージック、ロック、とジャンルを横断し多岐にわたるのだが、その一つの共通して流れる特徴は、何かしゃれていて、どこか都会的、「街」といった言葉で思い浮かべられるような歌であること。村上さん自身は気づいておられるでしょうか? そんな音楽が好きな人には、なんとも楽しい本ではあります。
歌は世につれ、世は歌につれ、という言葉をこの軽いエッセイ集から思い出したりもしたけれど、なぜか、こういう音楽は世につれながらも、世を超えてしまう普遍性をどこかに持っているのだと思う。
この本、挿画が和田誠さんで、これがまた素敵。
ある一枚の絵を見たいがために新国立美術館の「オルセー美術館展」に行きました。19世紀絵画の最も大きな潮流である印象派、マネの絵を中心のその成り立ちと初期の作品を展示していた。印象派に強く影響を与えた、バルビゾン派の絵画とは、印象派が芽を出すその直前にたくさんの当時の画家たちがフランスのバルビゾン村を訪れ、自然を、田園を、生活を、人々を描いた、それらを指す。その中の一枚、ジャン=フランソワ・ミレーの描いた「晩鐘」は、ぼくが一度は、本物、実物を見てみたいと思っていた絵。その絵の前で、長い間、たたずんていたのです。すると、誰かのひそひそ声が聞こえもしました。ずいぶん暗い絵だね、と話している。ぼくは、暗いなのだけど、その絵から、バルビゾンの村を清い空気でつつみこむかのような、夕暮れの鐘の音を聞いているみたいなのだった。その清浄さにあらがえない時間とか自然とかを感じつつ、この絵を見る喜びに満たされていたようなのだ。ついに見た「晩鐘」なのです。
さて、もう一つの閑話。印象派というよりその前夜のバルビゾン派の絵画ではじめて屋外の見た風景がたくさん描かれ始める。そこには19世紀初頭に発明されたチューブ入り絵の具の発明というのがありました。これによって、多くの画家は、はじめて絵の具を戸外に持ち出し始めたのです。そこで発見されたのが、目も前にある日をあびた風景の美しさだったのです。技術革新によって発見された世界観ともいえるわけで、それが新しい時代の果実だったのです。ひるがえって、今という時代は、世界はミレーたちが見つけた新しい美のようなそれを見つける前夜のような気もするのですが。
さて、もう一つの閑話。印象派というよりその前夜のバルビゾン派の絵画ではじめて屋外の見た風景がたくさん描かれ始める。そこには19世紀初頭に発明されたチューブ入り絵の具の発明というのがありました。これによって、多くの画家は、はじめて絵の具を戸外に持ち出し始めたのです。そこで発見されたのが、目も前にある日をあびた風景の美しさだったのです。技術革新によって発見された世界観ともいえるわけで、それが新しい時代の果実だったのです。ひるがえって、今という時代は、世界はミレーたちが見つけた新しい美のようなそれを見つける前夜のような気もするのですが。
今の日本の総理大臣は明治にいろんなことを復古させようとしているらしい。それがいいことなのかははなはだ、疑問を持ってしまうのだけど、日本には偉大な先人としての精神が明治にはあったのかもしれない、と渋沢栄一の著した「論語と算盤」を読んで思った。そんな明治の精神を表わした本があと二冊あって、一冊は内村鑑三の著した「代表的日本人」、もう一冊は新渡戸稲造の著した「武士道」。あとその三冊以外にも、田中正造を忘れてはいけない。田中正造の「田中正造文集」。そして、ぼくは夏目漱石の小説が大好きです。夏目漱石の「私の個人主義」。ぼくにとって、この五人が偉大なる明治の精神だろうか。本屋で見かけたら、手に取ってみて、少し読んでみてください。
スタジオ・ジブリのアニメーション映画が公開されると、つい見に行ってしまう。今日、見た映画は米林宏昌監督の「思い出のマーニー」。宮崎駿でも高畑勲でもない新しい作家が実力をつけつつあるんだねー。原作はジョーン・G. ロビンソン という人の著したイギリス児童文学の古典だそうです。けれど、ストーリーの運びやその構造とか、とても現代的で古さを感じさせません。その物語についてはねたばらしになるので申しあげない方がいいでしょう。北海道を舞台にした絵が美しい。そして、ここではこれから見る人のために話すことのできないストーリー、人物描写、どれもすばらしく、心が洗われました。ひと夏の秘密のしておきたい物語をぼくもマーニーやアンナとともにしたのです。
http://marnie.jp/index.html
http://marnie.jp/index.html
堀江邦夫さんが文を書き。水木しげるさんが絵を描いた「福島原発の闇 原発下請け労働者の現実」を読んだ。1978年にはもうすでにこのようなものが日本を代表する写真雑誌「アサヒグラフ」で発表されていた。この本に書かれているそれは、この本から引用すれば、「目にも見えず、匂いもせず、痛くもかゆくもない」ものだけど、このようなものでもあるらしい。
「(内部被ばく)
―身体内にとりこまれた放射性物質の放射線で身体の内部から被ばくすること。(放射性物質が)一度身体にはいると、多くの場合、これを体外に排泄することは困難である。血球の減少をおこし、衰弱と貧血をともなうことがある。また白血病、骨しゅようの発生の原因となる可能性が大きい
―「放射線と人間環境」(科学技術庁)」
ぼくは、最近、いろんなマスコミでかしましい「内部被ばく」の意味も本当はよく知らなかったばかな人間だ。今は本当のところを誰も語らない戦時中なのかもしれない、と思う。ならば、戦前に書かれたこの文と絵も読んでみたらどうだろうか、とも思ったのだった。この本の筆者は当時をこうも振り返る。再びこの本からの引用。
「原発のもつもうひとつの顔が、ひそかに、しかも着実に社会全体を覆いつつありました。ドイツ生まれの作家ロベルト・ユンクがその著「原子力帝国」のなかで、原子力は強力な警察・管理国家をもたらす、と警鐘を鳴らしていたとおり、たとえば1974年には米国の核燃料製造所に勤務する女性技術者が内部告発資料を持ち出したとたん不審な自動車事故に遭い死亡する事件(カレン・シルクウッド事件)が起きていましたし、私のように売れないものかきでさえ、1977年、取材の途中で原発のPR館を見学しただけで電力会社から警察に通報され、県警による長時間の取り調べを受ける、といった不快きわまる経験をしています」
ぼくたちの今は、ジョージ・オーウェルのいう「1984」以後の抑圧された世界かもしれない。その世界で封じられている言葉とな何だろう。
近頃、金曜日の夜は映画館で映画を見て帰るというのが習い性みたくになってきた。
今夜、見た映画はグレッグ・フレディ・キャマリア監督のドキュメンタリー映画「黄金のメロディ マッスル・ショールズ」。アメリカ南部の片田舎の町、マッスルショールズから発信されたたくさんのソウル・ミュージック、ロック・ミュージックの生まれのゆりかごとなったフェーム・レコーディング・スタジオとそこから分派して発足したマッスルショールズ・サウンド・スタジオの物語。
そのすべての発端となったリック・ホールの山もあり谷もある人生。フェーム・レコーディング・スタジオのオーナーであり、プロデューサでもあったリック・ホールって金持ちのぼんぼんかと思っていたら、ビートルズのジョン・レノンやポール・マッカートニーぐらいには貧乏人の子供で、辛苦を味わった少年時代であったのを、初めて知った。そのリック・ホールの大きな人物ぶり、まさしく人種を超えたソウル・ミュージックの大立者は、なみなみならぬ不屈の野心家で起業家、企業家でもあった。おー、こんな映画を見るとぼくもいい夢を見てしまうよ。
そして、その音楽の聖地、マッスルショールズという町のど田舎ぶりと美しさにも感動のため息をついてしまう。
http://muscleshoals-movie.com
今夜は町田の万象房で日倉士歳朗さんのギグでした。日倉士さんの素晴らしいギターと歌を堪能しました。日倉士さんのライブは何度か経験しているのだけど、その素晴らしい歌の中で、いつも深くぼくの心のにほんとうに入りこんでくる歌があって、それは「ダニー・ボーイ」という歌なのです。日倉士さんの「ダニー・ボーイ」を聞いてから、ぼくはユー・チューブやCDで何人ものシンガーの「ダニー・ボーイ」を聞いてみました。日倉士さんを越える「ダニー・ボーイ」は見つからなかった。
ギグで終え、まかないの食事を食べる日倉士さんにぼくはリクエストしてしまう。「ダニー・ボーイ」をCDで発売してくれませんか、ぼくは毎日、聞きますよ。日倉士さんは笑って何も答えない。そこでぼくは、妄想に走ってしまう。この「ダニー・ボーイ」一曲で何人もの日本のミュージシャンに参加してもらいコンピレーション・アルバムは作れないものかと。ぼくはプロデューサーでこのアルバムでは歌わないことにしよう。このアルバムは大ヒットし、ぼくは日本のボブ・ゲルドフだと、偽善者だと揶揄されても気にしない。ティーン・エイジャーのころ、ぼくはボブ・ゲルドフのブームタウン・ラッツというバンドが好きだったから。
もちろんそのアルバムのラストは日倉士歳朗さんの「ダニー・ボーイ」で、もしも、このアルバムが発売されるならば、その理由はこの「ダニー・ボーイ」の歌自身にあるようなのだ。訳してみます。バグ・パイプは、昔、アイルランドやスコットランドでは戦いの召集ラッパであることを気にとめて、つたない訳詞を読んでみてください。
「ダニー・ボーイ、バグ・パイプが呼んでいる
山の谷から谷へ
夏も終わり、薔薇も枯れてしまった
行かなけばならなかったおまえをわたしは待っている
草の生い茂る夏におまえは帰ってくる
それとも雪におおわれた静かな渓谷に
日が照ろうが曇りの日であろうとも
ダニー・ボーイ、おまえがいないととても寂しい
もしも、おまえが帰ってきたとして、その時にはすべての花は散っている
たぶん、わたしも死んでいるだろう
おまえはよこたわったわたしを見つけ
ひざまずいて祈りをささげてくれるだろうか
草の生い茂る夏におまえは帰ってくる
それとも雪におおわれた静かな渓谷に
日が照ろうが曇りの日であろうとも
ダニー・ボーイ、おまえがいないととても寂しい」
ギグで終え、まかないの食事を食べる日倉士さんにぼくはリクエストしてしまう。「ダニー・ボーイ」をCDで発売してくれませんか、ぼくは毎日、聞きますよ。日倉士さんは笑って何も答えない。そこでぼくは、妄想に走ってしまう。この「ダニー・ボーイ」一曲で何人もの日本のミュージシャンに参加してもらいコンピレーション・アルバムは作れないものかと。ぼくはプロデューサーでこのアルバムでは歌わないことにしよう。このアルバムは大ヒットし、ぼくは日本のボブ・ゲルドフだと、偽善者だと揶揄されても気にしない。ティーン・エイジャーのころ、ぼくはボブ・ゲルドフのブームタウン・ラッツというバンドが好きだったから。
もちろんそのアルバムのラストは日倉士歳朗さんの「ダニー・ボーイ」で、もしも、このアルバムが発売されるならば、その理由はこの「ダニー・ボーイ」の歌自身にあるようなのだ。訳してみます。バグ・パイプは、昔、アイルランドやスコットランドでは戦いの召集ラッパであることを気にとめて、つたない訳詞を読んでみてください。
「ダニー・ボーイ、バグ・パイプが呼んでいる
山の谷から谷へ
夏も終わり、薔薇も枯れてしまった
行かなけばならなかったおまえをわたしは待っている
草の生い茂る夏におまえは帰ってくる
それとも雪におおわれた静かな渓谷に
日が照ろうが曇りの日であろうとも
ダニー・ボーイ、おまえがいないととても寂しい
もしも、おまえが帰ってきたとして、その時にはすべての花は散っている
たぶん、わたしも死んでいるだろう
おまえはよこたわったわたしを見つけ
ひざまずいて祈りをささげてくれるだろうか
草の生い茂る夏におまえは帰ってくる
それとも雪におおわれた静かな渓谷に
日が照ろうが曇りの日であろうとも
ダニー・ボーイ、おまえがいないととても寂しい」
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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