えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
昨日の夜、家に遅く帰って来て、風呂に入ってテレビをつけると、NHKBSで「ボブ・ディラン 30周年記念コンサート」が放送されていて、思わず、深夜になる最後まで見てしまった。
1992年10月16日にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで行われたトリビュート・コンサートで、ロック・ミュージックの大御所がこれでもか、これでもかと、ディランの歌を歌っていた。司会は今は亡きジョージ・ハリスン。ジョージのMCでのラストに御大、ボブ・ディランの登場で、弾き語りで歌い、ラストはスターばかりのステージに立ちきれないほどの人で「天国の扉」の大合唱。アンコールで一人でディランはラストに「北国の少女」。そう、ディランのオーラは半端ないです。かっこいい。
確か、このころディランはスランプで数年前には、グレートフル・デッドのリズム・ギタリストとして加入したいなどと、ジェリー・ガルシアに打診していたころだと思うのだけど、「天国の扉」の演奏の後、むさ暑いギターを弾いていたニール・ヤング、ただ一人に握手を求めて、かたく手を握りあっていた。このコンサートの出演していたほとんどの人が、21世紀を過ぎた今、歌わなくなってしまっているのだけど、ボブ・ディランとニール・ヤングだけは、新しいアルバムを発表し、コンサート・ツアーをつづけている。やっぱ、ほんものは歌わずにはいられないのだよ。Great!
http://www4.nhk.or.jp/P3094/
1992年10月16日にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで行われたトリビュート・コンサートで、ロック・ミュージックの大御所がこれでもか、これでもかと、ディランの歌を歌っていた。司会は今は亡きジョージ・ハリスン。ジョージのMCでのラストに御大、ボブ・ディランの登場で、弾き語りで歌い、ラストはスターばかりのステージに立ちきれないほどの人で「天国の扉」の大合唱。アンコールで一人でディランはラストに「北国の少女」。そう、ディランのオーラは半端ないです。かっこいい。
確か、このころディランはスランプで数年前には、グレートフル・デッドのリズム・ギタリストとして加入したいなどと、ジェリー・ガルシアに打診していたころだと思うのだけど、「天国の扉」の演奏の後、むさ暑いギターを弾いていたニール・ヤング、ただ一人に握手を求めて、かたく手を握りあっていた。このコンサートの出演していたほとんどの人が、21世紀を過ぎた今、歌わなくなってしまっているのだけど、ボブ・ディランとニール・ヤングだけは、新しいアルバムを発表し、コンサート・ツアーをつづけている。やっぱ、ほんものは歌わずにはいられないのだよ。Great!
http://www4.nhk.or.jp/P3094/
上野の東京都美術館へバルテュス展を見に行ってきた。
ピカソをして「二十世紀最後の巨匠」といわしめたというキャッチコピーに惹かれてではなく、この前、秦野のひまわり道場で久しぶりに再開したまーちゃんがバルテュス展がよかったと言っていたことによる。まーちゃんはエロスをロゴスに昇華していると言っていた。エロスは少しは分かるのだけど、ロゴスって何だろうか。
実物の絵を見ていくと、確かに思春期の少女をを描いた絵はエロティックなのだけど、混沌としてはいず、凛としていて、何か高貴なもの、猥雑さを寄せつけもしないものすらも感じてしまう。
バルテュスは自分が芸術家と呼ばれるのを嫌い、むしろ、画家とか、職人と呼んで欲しいと、言っていたそうだ。その芸術家の芸術とは何だろうかと思いめぐらすと、それは、美を超えて、情動や感情、未知なる感性のごときを喚起するものだとしたら、バルデュスの絵はやはり美術を超えた芸術であるのではないかしら。そのようなバルテュスは、膨大な画集を買いあさり、古典美術を常に研究していた、そういう努力家肌の研究者の面もあって、けれど、作品として完成された絵画はバルテュスそのものであるようなものなのだった。
懇意にしていた同時代の芸術家として、アントナン・アルトーやジョルジュ・バタイユがいたそうだ。なるほど。来日時は三島由紀夫を訪問していたりする。狂気と正気をあわせもち、超えていき、戻ってくる。
後半の人生でバルデュスは日本人の妻、出田節子さんを娶り、たいそうな親日家であったそうだ。
バルテュスの絵に登場する猫がなんとも印象的。これらの猫はバルテュスの魂のようなものかもしれないぞ。
http://balthus2014.jp
金曜日の会社帰りに新宿の老舗映画館、新宿武蔵野館に寄り、コーエン兄弟監督の最新作「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」を見る。
この映画を見ながら、アコースティック・ギターをしまったハード・ケースを抱え、1961年のニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジ界隈を彷徨しているような気分になりました。そして、オスカー・アイザック演じるルーウィン・デイヴィスのだめ人間ぶりに何か愛おしさを感じる。酔っぱらって、ライブハウスで罵詈雑言をわめきちらす姿に昔のぼく自身を思い出したりした。お恥ずかしい。
1961年というと、エルヴィス・プレスリーが兵役に取られ、ロックン・ロールの熱狂が去り、ボブ・ディランもまだメイン・ストリームの出てきてはいない。そんな時のニューヨークをほっつき歩き、シカゴまでヒッチハイクしたりし、ギブソンのギターでを弾き、風に吹かれゆくように、歌を歌っているのです。
キャリー・マリガン演じるヒロインのジーン・バーキーもかわいいですが、主人公といっしょに旅をする猫もかわいいです。
http://www.insidellewyndavis.jp
石牟礼道子さんの最新著作は、石牟礼道子さんからの東日本大震災を挟む足かけ二年にわたる語り下ろしで、そのような「花の億土へ」を読んだ。重く深いメッセージが語られているのだけど、まさしく、今という時代に向けたメッセージで、人間の作り出したありとあらゆる邪悪なものによって、人類どころではなく、生類そのものも滅びの道を歩いているのではないか、と石牟礼さんは危惧し、メッセージを重ねている、その言葉の美しさにもため息が出てしまう。道子さんは、すべての生きものはある希望のようなものを抱いて生まれてくる、というのだけど、その希望というものは、何だろうと、想像の翼をぼくははばたかせる。石牟礼道子さんの言葉は詩であり、詞であり、歌であり、祈りのようなものでもあって、本当に美しい。ぼくは、石牟礼道子さんこそが、三人目の日本人のノーベル文学賞にふさわしい、と思うのだが、どうでしょう。
町田国際版画美術館に「パブロ・ ピカソ ―版画の線とフォルム―」展を見に行く。版画作品によってピカソの人生を振り返るというもの。ゆっくり歩いて見ていると不思議な「ミノタウロキア」の前で足が止まり、しばし見とれる。それより印象的だったのが「鳩」。この無垢さは何だろう? ピカソで有名なのはスペイン内線での空爆を描いた「ゲルニカ」が有名すぎるのだけど、この「鳩」はもう一つの「ゲルニカ」ではあるまいか。国際連合本部に飾られてれている「ゲルニカ」のレプリカは重要な議決の際には、展示から取り外されるという。どういうことなのだろう? 取り外されたなら、ぼくは、このピカソの魂そのもののような「鳩」を思い浮かべればいい。このピカソの「鳩」はぜひ実物の版画をご覧ください。
レンタルDVDでトリーシャ・ジフ監督の「メキシカン・スーツケース」を見た。ロバート・キャパ、ゲルダ・タロー、デビッド・シーモアの残したスペイン内線のネガ・フィルムがメキシコで見つかったことを糸口に、タブーとなってしまって、語られなくなってしまった戦争の真実を解き明かすというような内容だった。
こういう話が世界にはたくさんあるのか、と改めて思う。1940年代のメキシコってどこか輝いている。スペイン内戦で共和国を支援した国が二つあって、ひとつが今のロシア、当時のソビエト連邦で、もうひとつがメキシコであった。その他の国は見て見ぬふりといったところか。
共和国派、人民戦線政府はイタリアとドイツのファシズム政権に支援を受けた後の独裁者フランコの率いる軍に負けてしまうのだが、はじめて民間人が標的にされた戦争としても記録され、ピカソの「ゲルニカ」はその空襲への抗議の意志をこめた芸術作品。人民戦線側の義勇兵としてアーネスト・ヘミングウェイやアンドレ・マルローなども戦った。ヘミングウェアの「誰がために鐘は鳴る」はまさしくスペイン内戦を描いた名作で後にゲーリー・クーパーとイングリッド・バーグマンの主演で映画にもなった。そう、スペイン内戦で負け、死んでいった兵士や民家人とちりじりになってメキシコに亡命した人々についてこの映画「メキシカン・スーツケース」では語られている。
あぁメキシコよ、亡命者レオン・トロッキーの終焉の地で、ディエゴ・リベラとフリーダ・カーロの砂漠の絵画、勇者である骸骨の国。無数の亡命者のスーツケースがおり重なっている。
日本でボブ・ディランを歌わせたら、東京ボブの右の出るものはなく、日本でボブ・ディランを語らせたら、鈴木カツの右に出るものはあるまい。東京ボブとは、ボブ・ディランの楽曲を歌う、永遠のにせものであり、第二のボブ・ディランとも呼ばれるが、その東京ボブとも懇意であり、同じぐらいにボブ・ディランを愛してやまない鈴木カツさんの新著である「ボブ・ディランのアメリカ 愛聴盤101枚の世界(Bob Dylan's America 101 of the young Bob Dylan's favirite records)」を読んだ。
この本は、ボブ・ディランの楽曲やインタビュー、自伝本、ボブ・ディラン自身が選曲とDJをつとめる衛星ラジオ放送「テーマ・タイム・ラジオ・アワー」などから、ボブ・ディランが愛聴しているだろうルーツ・アメリカ音楽のアナログ・レコード、101枚を丁寧に解説したもの。
その守備範囲はフォークはもとより、ブルース、ポップ・ミュージック、ロック、ロックン・ロール、ジャズと幅広くもあるのはディラン自身の衛星放送番組の内容から想像できたのだけれども、やはり、驚いてしまう。ボブもカツも、アメリカの音楽を聴く方の開拓者でもあったのだ。心地よいアメリカン・ミュージックの泥沼にはまりこんでいくようだよ。
表紙が菅野一成さんの絵でこれも素敵です。
http://www.clinck.co.jp/merurido/dtl.php?ky=MMP003
この本は、ボブ・ディランの楽曲やインタビュー、自伝本、ボブ・ディラン自身が選曲とDJをつとめる衛星ラジオ放送「テーマ・タイム・ラジオ・アワー」などから、ボブ・ディランが愛聴しているだろうルーツ・アメリカ音楽のアナログ・レコード、101枚を丁寧に解説したもの。
その守備範囲はフォークはもとより、ブルース、ポップ・ミュージック、ロック、ロックン・ロール、ジャズと幅広くもあるのはディラン自身の衛星放送番組の内容から想像できたのだけれども、やはり、驚いてしまう。ボブもカツも、アメリカの音楽を聴く方の開拓者でもあったのだ。心地よいアメリカン・ミュージックの泥沼にはまりこんでいくようだよ。
表紙が菅野一成さんの絵でこれも素敵です。
http://www.clinck.co.jp/merurido/dtl.php?ky=MMP003
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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