えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
フランコ・ガルシア・べセラ監督の『雲と大地のはざまで』を見ました。舞台はペルーのとある山間の村。村人は牧羊犬を飼い、アルパカの牧羊ならぬ、牧アルパカをして暮らしている。アルパカは羊のように毛を刈られて、羊毛ならぬ、アルパカ毛となるのです。主人公の少年はサッカーが好きで、「ランボー」と名付けられた牧羊犬を連れ、アルパカの放牧によく出かけている。子どもの一匹のアルパカには「ロナウド」と名付けられていて、その少年によくかわいがられている。そんないつもの日常に、発展だの開発だのと、資本主義の害毒が少しづつ流れ込んでくる。けれども、そこにインディオと呼ばれる人たちの神話的世界すら紛れ込み、うっすらと希望の光がさしこむようなのだ。少年の目が美しい。村人の目も美しい。アルパカのロナウドがかわいい。ペルーの山間部の自然が圧倒的だ。しかし、今を考えさせるような映画でもある。昔、学生のころ見たウカマウ集団の映画を思い出す。ウカマウ集団のホルヘ・サンヒネス監督のとなえる五原則を引用します。
第一:アンデス世界に固有の円環的な時間概念に基づいた語りの仕組みとしての「長回し」を活用すること
第二:社会的な調和を重んじるアンデス的な概念に照応させて、個人的な主人公ではなく集団的な主人公を重視すること
第三:「クローズアップ」の使用をできる限り避けること
第四:西洋映画に典型的な方法である、観客を脅しつけ驚愕させることで画面に一体化させてしまう「スペクタクル」を排し、内省的なふり返りを促す方法を生み出すこと
第五:他ならぬ歴史的な現実を生き抜いた人びと自身が演技者となるような場で協働すること
この原則のいくつかの精神的な核となる何かは、確かにフランコ・ガルシア・べセラ監督にも受け継がれているようなのだ。あぁ、西の方からラテンアメリカを解き放とうとした、解放の神学はヴァチカンのカトリック総本山によって廃れさせられてしまった。今、帝国主義と資本主義の害毒はますます伸長していく。それらを抗する小さな村、人々、小さなことどもがまぶしい。そして、ぼくは山梨県のとあるところの開発による変わりようも思い出してしまった。この『雲と大地のはざまで』は、そのようにさまざまなことも考えさせられる素晴らしい映画なのです。
雲と大地のはざまで [ブエナワイカ]
サッカー・ワールドカップの日本対ブラジルを見ました。惜しくも負けてしまったけれど、ぼくはぼくの通う合氣道の道場の「心身統一合氣道の五原則」を思い出したりします。
心身統一合氣道の五原則
一、氣が出ている
二、相手の心を知る
三、相手の氣を尊ぶ
四、相手の立場に立つ
五、率先窮行
勝ち負けを問うのは合氣道の御法度だけれど、この「心身統一合氣道の五原則」を日本代表に合わせれば、先行の1点を取った後、「一、氣が出ている」はあったであろうが、「二、相手の心を知る」、「三、相手の氣を尊ぶ」、「四、相手の立場に立つ」、「五、率先窮行」はどうであったろうか? もしかして、それがあれば、次に1点を取られても、もう1点、取ったのではあるまいか? 他の流派の哲学する合氣道の先達である内田樹さんは「後手に回る」ことを、それをしてはいけない、と武道家としては厳に戒めている。YouTubeで見つけた、元ブラジル代表、元日本代表監督のジーコの意見に溜飲を下げました。
4年後が待っている。
心身統一合氣道の五原則
一、氣が出ている
二、相手の心を知る
三、相手の氣を尊ぶ
四、相手の立場に立つ
五、率先窮行
勝ち負けを問うのは合氣道の御法度だけれど、この「心身統一合氣道の五原則」を日本代表に合わせれば、先行の1点を取った後、「一、氣が出ている」はあったであろうが、「二、相手の心を知る」、「三、相手の氣を尊ぶ」、「四、相手の立場に立つ」、「五、率先窮行」はどうであったろうか? もしかして、それがあれば、次に1点を取られても、もう1点、取ったのではあるまいか? 他の流派の哲学する合氣道の先達である内田樹さんは「後手に回る」ことを、それをしてはいけない、と武道家としては厳に戒めている。YouTubeで見つけた、元ブラジル代表、元日本代表監督のジーコの意見に溜飲を下げました。
4年後が待っている。
ベイスターズを応援しに横浜スタジアムに行きました。巨人に1対2で負けてしまう。ベイスターズ、沈みましたな。ペナントレースは6チーム中、5位です。ベイスターズファンの応援ぶりは、どこか統制とはほど遠く、イタリアの田舎者のファシストのようなのだ。いくら沈もうが、それでもぼくはベイスターズを応援します。
余談ですが、試合の前に国旗がスクリーンに映され、国歌の「君が代」が流れ、アナウンスで起立を促される。ナショナルチームの試合でもあるまいし、あほらしく思えて、起立しなかった。何かと国が、国が、というような世の中になると嫌だな、と思う。それでも、ぼくは日本が好きなのです。
家に帰り、最近、いいなと思う茨木のり子さんの岩波文庫版の谷川俊太郎さんの選の詩集をめくると、「鄙ぶりの唄」という詩があった。茨木のり子さんも、国歌に起立はしないようなのだ。その詩を引用し、気を晴らします。
鄙ぶりの唄
それぞれの土から
陽炎のように
ふっと匂い立った旋律がある
愛されてひとびとに
永くうたいつがれてきた民謡がある
なぜ国歌など
ものものしくうたう必要がありましょう
おおかたは侵略の血でよごれ
腹黒の過去を隠しもちながら
口を拭って起立して
直立不動でうたわなければならないか
聞かなければならないか
私は立たない 座っています
演奏なくてはさみしい時は
民謡こそがふさわしい
さくらさくら
草競馬
アビニョンの橋で
ヴォルガの舟唄
アリラン峠
ブンガワンソロ
それぞれの山や河が薫りたち
野に風は渡ってゆくでしょう
それならいっしょにハモります
ちょいと出ました三角野郎が
八木節もいいな
やけのやんぱち 鄙ぶりの唄
われらのリズムにぴったしで
皇室が危機です。男系だのDNAだのとの妄言、迷妄によって、皇室は世俗化し、無くなるか、無きに等しいものとなるでしょう。その後、日本を日本として繋いでいた紐帯は無くなり、下層の意識にまで到達している隠蔽は説かれ、いくつかの国に分裂するような気もします。日本が大好きだ、というように、戦後、日本は愛国心がやはり空気のように充満していた。そのような皇室の危機を喜ぶのは左翼とネトウヨでしょうか? おまえこそ左翼ではないかという声が聞こえそうな気もしつつ、ぼくは今の状況が由々しき事態だと考えております。
六月ニ十五日、新宿末廣亭にて令和八年六月下席夜の部です。末廣亭着いたとたん、誰の幟旗も立っていないのは、この前、53歳の若さで亡くなった蜃気楼龍玉師匠の追悼なのか、それとも雨のせあかのか、と思ってしまいます。何回も聴いた龍玉師匠の噺がもう聴けないのはあまりにも寂しい。
さて、今日、見た演目を記してみます。前座の隅田川わたしくんの「垂乳根」、二ツ目の桃月庵黒酒くんの「幇間腹」、立花家あまねさんの三味線弾きの唄いの民謡、柳家小平太師匠の「のめる」、古今亭菊千代師匠の「初天神」、マギー隆司さんの奇術 、柳亭燕路師匠の「粗忽の釘」、柳家小団治師匠の「雑俳」、江戸家猫八さんの物まね 、柳家さん遊師匠の「強情」で仲入りとなりました。桂やまと師匠の「本膳」、風藤松原さんのお二人の漫才、三遊亭圓歌師匠の「夜間工事中」、春風亭一朝師匠の「祇園会」、鏡味仙志郎さんと鏡味仙成 さんのお二人の太神楽曲芸、主任は桃月庵白酒師匠の「青菜」でした。
とくに印象に残った演目です。古今亭菊千代師匠の「初天神」のほんわかとしたあたたかさ。マギー隆司さんの奇術のとぼけた味。江戸家猫八さんの動物の物まねの面白さと笑いを誘う話芸の妙。三遊亭圓歌師匠のお馴染みの新作「夜間工事中」の大爆笑。春風亭一朝師匠の「祇園会」の演ずる江戸っ子のきっぷの良さと切れのよさに、涼しく気持ちのいい江戸の風も吹く。桃月庵白酒師匠の「青菜」で大爆笑しつつ、白酒師匠の枕の噺に五街道雲助師匠から受け継いだ無頼の心を見ました。
暗いこの世のつらさ忘れ、寄席は心のオアシスです。
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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