えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
今回の衆議院選挙の午後6時現在の全国平均の投票率(選挙区。期日前、不在者、在外を除く)は26.01%なのだそうだ。ぼくは民族の自殺というようなことを想像してしまう。恐ろしいことです。いつか目覚めるのだろうか? 手遅れにならないことを祈り、願うばかり。
高校教師の友だちと宴会の飲みながら話していて、ビリー・ホリデイの自伝「奇妙な果実」の翻訳者としてよりも、日本テレビの「11PM」の司会者として有名な、うっししおじさんの大橋巨泉の言葉を思い出す。
「戦争は爺さんが始めて、おっさんが命令し、若者が死んでゆくもの」
さらに、自民党の麻生太郎や高市早苗のついさきごろの言葉を言葉も思い出し、おれには、日本の若者が台湾海峡で死ななくてならないことの道理がさっぱり分からないのだよ。分からないどころか、むかむかと無性に腹が立ってくる。などと考えながら、この前、期日前投票に行ってきた。戦争とか差別を煽る候補者におれは投票しない。
「戦争は爺さんが始めて、おっさんが命令し、若者が死んでゆくもの」
さらに、自民党の麻生太郎や高市早苗のついさきごろの言葉を言葉も思い出し、おれには、日本の若者が台湾海峡で死ななくてならないことの道理がさっぱり分からないのだよ。分からないどころか、むかむかと無性に腹が立ってくる。などと考えながら、この前、期日前投票に行ってきた。戦争とか差別を煽る候補者におれは投票しない。
浅草に行くとほんの少しだけ外国からの観光客が減っているように感じます。高市早苗首相の台湾有事を巡る国会答弁を巡り、中国外務省が日本への渡航自粛を呼びかけておりますが、こんな時に政府筋のいうことを聞かず、無視するかのように、しれーっと日本に来る中国人には、何ともいえぬ親近感をぼくは抱いてしまいますな。去年、見た英国ロイヤル・オペラの「トゥーランドット」のように早くなってほしい、とぼくは夢想してしまう。人びとよ、庶民よ、人民よ、悪い仮面を脱ぎ捨てましょう。
東アジアの人々は、前の大戦での日本の行った暴力を忘れていないし決して忘れることはない、とぼくは思う。日本人も決して忘れてはいけない。国会でもこのような議論はなくなっているように思える。今回の件では、癒されぬ古い傷をこじあけて毒をぬっている、といえる。国益云々以前に、道徳と倫理の毀損により、高市首相はすみやかに謝罪するか、今の地位から降りるべきだ、とぼくは思うのです。
今の若い人は戦争をサッカー観戦のようなものと考えているのかもしれないが、それは違う。台湾海峡で戦争が起これば、たくさんの人が死ぬ。日本が参戦すれば、自衛隊がするのは試合ではなく戦争だ。自衛隊の若い人もたくさん死ぬ。日本にミサイルが飛んで来て、市民も無差別に死ぬ。しかも台湾海峡は日本ですらないのだ。
台湾有事は日本の存立危機事態だという今の総理大臣の国会での答弁。そこから最悪の事態を予想すれば、台湾海峡でのある中国ともうひとつの中国の戦争に自衛隊は派遣されてしまい、少なからぬ若い自衛隊の成員が死体となって戻ってくる。あるいは、海の藻屑となるかもしれない。今の総理大臣はそのことが分かっているのか? そして、ミサイルが日本のあらゆるところに着弾し、人びとの命を奪っていく。そこで、ぼくは寺山修司の短歌を思い出すのです。
マッチ擦するつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
身捨つるほどの祖国というものを肯うとしても、ある中国も、もうひとつの中国も日本人の祖国ですらない。いわば、それは中国人同士の戦争ともいえないのだろうか? 平和維持部隊というのではなく、どうして、自衛隊がその片方に加勢して、日本人は命を失わなくなくてはならないのか? それが何の国際貢献なのか? それが国を愛するということから導かれることなのか? ぼくにはその道理が分からない。戦争を賛美する靖国神社、たとえ、その靖国神社に神として祀られようが、自衛隊員の若い命は限りなく重い。兵器を持っての自衛隊員の海外の戦場への派遣を政治家が命じるならば、ぼくは、それに反対し、強く抗議したいのです。
マッチ擦するつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
身捨つるほどの祖国というものを肯うとしても、ある中国も、もうひとつの中国も日本人の祖国ですらない。いわば、それは中国人同士の戦争ともいえないのだろうか? 平和維持部隊というのではなく、どうして、自衛隊がその片方に加勢して、日本人は命を失わなくなくてはならないのか? それが何の国際貢献なのか? それが国を愛するということから導かれることなのか? ぼくにはその道理が分からない。戦争を賛美する靖国神社、たとえ、その靖国神社に神として祀られようが、自衛隊員の若い命は限りなく重い。兵器を持っての自衛隊員の海外の戦場への派遣を政治家が命じるならば、ぼくは、それに反対し、強く抗議したいのです。