えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
東京都写真美術館の「生誕100年 ユージン・スミス写真展」で売り切れとなっていたいた図録「ユージン・スミス写真集」を注文していて、家に届けれていた。夜、なぜか眠れず、写真集を見ていると、いつの間にか未明となっていた。
ユージンの写真家の歩みは、第二次世界大戦の沖縄の従軍「第二次世界大戦」に始まり、水俣病を取材した「水俣」で締めくくられ、日本とは深い縁があった。この写真集の解説で、偉大な写真家が1977年に59歳で死去している、その原因の一つが公害を垂れ流す企業の雇った右翼系暴力団の暴行(ユージンはこの時、脊髄を折られ片目を失明している)であったのを知り、少なからぬショックを受けた。
ユージン・スミスは愛した日本という国の首都の古い繁華街、新宿ゴールデン街のバーである日本の若い写真家から、あなたの写真はもう古い、と言われたことがあるという。けれど、高潔や正義、倫理、寛容、ヒューマニティーという言葉で表わされる様々な美しさがユージンの写真にはあって、それが古くなり滅びることがあるのだろうか?
黒はどこまでも黒く、白はどこまでも白く、がフィルムを写真の現像する時のユージンのいつもの言葉であったらしい。
『ユージン・スミス写真集』W. ユージン・スミス
レンタルDVDでドゥニ・ビルヌーブ監督の「メッセージ」を見ました。スタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」やスティーヴン・スピルバーグ監督の「AI」を思い出しました。「AI」の方は原案がスタンリー・キューブリック。スタンリー・キューブリック、偉大なり。テレビで放映されたアポロ11号の月着陸は、キューブリックがセットを作って撮ったという都市伝説もありますな。
さて、映画「メッセージ}に戻り、とてもおもしろかったです。わかるような、わからないような、深いようなストーリーですが、ラストの方では胸がじーんとしてしまいました。
エイリアンの書く文字が禅の円相に見えてしまう。この円も映画「メッセージ」が発する隠されたメッセージでは。すべての過去と未来も今の中におりたたまれているという物理学者の説をどこかで、聞いたか、見たことが、はたまた、夢の中で経験したことがあるような気もします。
映画『メッセージ』 | オフィシャルサイト | ソニー・ピクチャーズ
大岡昇平が編纂した岩波文庫版の「中原中也詩集」を読んでいます。
この前、レンタルDVDで見た映画「野のなななのか」で常盤貴子さんが演じた清水信子が愛読していたたった一冊の本が中原中也の「山羊の歌」であったことから、再び読んでみたくなったのです。あー、大林宣彦監督も中原中也が好きであったのか。
この詩人に初めて出会ったのは高校生のころ、好きでよく聞いていた友川かずきさんのアルバム「俺の裡で鳴り止まない詩」がまる一枚、中原中也の詩を歌ったものだったのです。そのころから、中原中也の詩を思い出してはよく読んでいます。「野火」や「レイテ戦記」を書いた戦後文学のまぎれもない文豪であった大岡昇平は友だちであった詩人への敬意を隠そうともせず、岩波文庫版での解説も、とても読み応えのあるものになっています。ぼくは、これからも、何度も中原中也の詩を読むでしょう。
この前、レンタルDVDで見た映画「野のなななのか」で常盤貴子さんが演じた清水信子が愛読していたたった一冊の本が中原中也の「山羊の歌」であったことから、再び読んでみたくなったのです。あー、大林宣彦監督も中原中也が好きであったのか。
この詩人に初めて出会ったのは高校生のころ、好きでよく聞いていた友川かずきさんのアルバム「俺の裡で鳴り止まない詩」がまる一枚、中原中也の詩を歌ったものだったのです。そのころから、中原中也の詩を思い出してはよく読んでいます。「野火」や「レイテ戦記」を書いた戦後文学のまぎれもない文豪であった大岡昇平は友だちであった詩人への敬意を隠そうともせず、岩波文庫版での解説も、とても読み応えのあるものになっています。ぼくは、これからも、何度も中原中也の詩を読むでしょう。
こんな夢を見た。ぼくは森の中にある野外のコンサート会場の立ち見の客席にいる。ステージにバンドが登場する。バンドはぼくが若いころ、ライブハウスによく足を運んでいたフールズ。あのころのメンバー、ギターの良、ベースのカズ、ドラムスの佐瀬さん、そして、ボーカルの耕だ。耕はアカペラてボブ・マーレイの「ゲット・アップ・スタンド・アップ」を歌い始める。
Get up, stand up
Stand up for your rights
Don't give up the fight
耕はみんなに連呼するようにその歌詞を歌いつづけるのだけど、それはいつしか連呼ではなく、連祷のようにも聞こえ、ぼくもその詞を口ずさみ始めると、回りのみんなも歌い始めている。会場中が、祈り、自分たちを鼓舞するかのように合唱で包まれていく。
そこで目が覚めた。ボブ・マーレイの"Get Up, Stand Up"と"No Woman No Cry"は間違いなく名曲で、ぼくも大好きだよ。きっと、あまりにひどい世界にボブの涙が慈雨のように降ってくるのです。
Get up, stand up
Stand up for your rights
Don't give up the fight
耕はみんなに連呼するようにその歌詞を歌いつづけるのだけど、それはいつしか連呼ではなく、連祷のようにも聞こえ、ぼくもその詞を口ずさみ始めると、回りのみんなも歌い始めている。会場中が、祈り、自分たちを鼓舞するかのように合唱で包まれていく。
そこで目が覚めた。ボブ・マーレイの"Get Up, Stand Up"と"No Woman No Cry"は間違いなく名曲で、ぼくも大好きだよ。きっと、あまりにひどい世界にボブの涙が慈雨のように降ってくるのです。
こんな夢を見た。ぼくはスペインかどこかのリーグのサッカーの試合をテレビで見ている。ちょうどハーフタイムの時間で数人の審判がテロリストの人質になっているのが映し出される。テロリストは無慈悲に審判員の顔をめがけて至近距離でピストルの引き金を引くが、顔に弾痕をつけ、血を流しながら、審判員は倒れない。そのようにテロリストは審判たちを処刑していこく。ところが、ある審判が顔に塗られたドーランのようなものを拭い落とすと、顔に傷跡はあとかたもなく、消えていく。次々に審判たちはそのように顔のメイクを落とし始める。ぼくは、これはハーフタイムのショウだったのかな、と思う。それにしても、誰も死ぬ人がいなくてよかった、と思う。
そこで目が覚めた。われながら危ない夢を見ますな。くわばら、くわばら。そして、夢の神さまは夢に意外な着地点を用意してくれているものですな。きっと、現実だってそうさ。
そこで目が覚めた。われながら危ない夢を見ますな。くわばら、くわばら。そして、夢の神さまは夢に意外な着地点を用意してくれているものですな。きっと、現実だってそうさ。
去年からずっと見たいと思っていた伊藤智生監督の「ゴンドラ」を横浜伊勢佐木町の映画館、ジャック・アンド・ベティーで見た。30年ぶりのリバイバル上映の幻の名品だとのこと。ジャック・アンド・ベティーでは、なんと、デジタルではなく、30年前のフィルムで上映してくれていた。
見ながら、日本でロード・ムービーをルイス・ブニュエルを撮ったならこんな映画になるのではなどと思っていた。きっと、映画というフォーマットでしか表現できなことっていうのもあるんだ。
いつしか、映画に惹きこまれ、ぼくは、ぼくも子どもんころは、どこか、どこにも自分の居場所がこの世界には用意されていないように感じていたのを思い出した。その思いは今でもぼくに憑りついていて、きっと、おしまいまでそうなのかもしれない。見ながら、ずっと、初めて見る映画なのに、デジャブ、既視感を感じていた。30年前に見たことがあったのどうか、その記憶のないのが不思議。
上映後、映画館で伊藤監督のトークを聞いた。こんな名画を撮ったのはこんな人なのか。今、劇場映画の第二作目を準備しているとのこと。心の中で応援しています。見に行きます。楽しみです。
映画「ゴンドラ」公式サイト あなたには居場所がありますか?