えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
信州の上田市の山に連なる小高い小さな高原の森の中に私設の「無言館」という美術館があって、前の大戦の戦没画学生の絵ばかりを集めている。そこに訪れたことを「無言館と傷ついた画布のドーム」に書きました。
その美術館で買った本、「無言館」の館長であられる窪島誠一郎さんの著し、編纂した『「無言館」の青春』を読みました。「無言館」のすぐ近くにある「傷ついた画布のドーム」にだれでも感想を書いていいノートが置かれていて、そのノートにぼくも訪れた時、短い感想文を書いたのだけれども、『「無言館」の青春』にはそのノートの書かれた若い人の文が収められ、何冊も本を出されておられる著名な文筆家である窪島さんも文を書いておられます。
この本を読みながら、「無言館」のぼくをどうしても惹きつけてしまう魅力は、そこが戦争の記憶をとどめさせ、平和を祈念する美術館であるととに、青春の美術館であることだということに気づきました。青春の真っただ中にいた絵を描く若者は、みんな、死んでしまい、絵だけは青春のままであるかのようなのです。そうか、ぼくは時計のねじを逆に回し、青春の真っただ中にいて、戦争で亡くなった若者に会いに行ったようなのです。そして、絵の中には、戦争はあってなかったかのようでもあったのです。
旅から戻り、ぼくは『「無言館」の青春』を読みながら、そのようなことをしみじみと噛みしめておりました。
TOHOシネマズで「午前十時の映画祭」というのをやっていて、昔懐かしの映画が大きなスクリーンにかかるんです。たまに見に行きます。
今日はTOHOシネマズららぽーと横浜にスティーヴン・スピルバーグ監督の「E.T.」を見ました。何度か、テレビとかレンタル・ビデオで見ているのだけど、大きいスクリーンは格別で、とてもよかったです。特にあのETをカゴに乗せて自転車で空を飛ぶシーン、最高だわ。自転車って、神話と夢の世界からおりたってきたような最高の乗り物ですね。映画の面白さと感動のど真ん中をゆくような映画で、「E.T.」は何度、見てもすばらしい。
この「午前十時の映画祭」、来年の3月で終わってしまうそう。とても残念です。11月の「サウンド・オブ・ミュージック」は絶対、見に行くぞ。
「E.T.」上映作品詳細 - 午前十時の映画祭10 デジタルで甦る永遠の名作
(「無言館と傷ついた画布のドーム」に続いて)さらに、信州を旅しました。温泉とか寺社めぐりの旅。
たどりついたは善光寺、牛にひかれて善光寺。牛にひかれて善光寺とは、長野の善光寺近くにいた欲深い老婆が、さらしていた布を角に引っ掛けて逃げた隣家の牛を追い、知らずに善光寺へ行き信心を起こしたという言い伝えからだそう。
善光寺の本堂には、二体の仏像がおはしまして、にぎわう衆生をただ見ているかのよう。昔、読んだ武田泰淳の小説「快楽」は「快楽」と書いて「けらく」と読むのだけど、その小説の主人公の僧侶は、仏陀はただ見ているだけで、なぜ、こんな苦しみの中にいる人々を救ってくださらないのかと思い悩んでいたことを思い出す。ぼくは仏の像を見るたびにすべてを見ている、何もかも見られているのだとも思い、安堵してしまう。
その本堂に地元の長野西高校の書道部の高校生が大書した特大の書が飾られていた。
「新時代の幕開け
平和な世の中を
私たちが造っていく
令和
人に
寄り添いわかちあい
世界中で愛の花よ
咲き誇れ!
令和元年五月一日
長野西高校書道部」
あー、彼らはぼくやきみが去ったあとも生きていく新しい人たちなのだと思う。そんな人たちが希望を胸に高らかに立ちのぼってくる姿を見ている気がして、彼らに未来を託して何の疑いもないと思う。
たどりついたは善光寺、牛にひかれて善光寺。牛にひかれて善光寺とは、長野の善光寺近くにいた欲深い老婆が、さらしていた布を角に引っ掛けて逃げた隣家の牛を追い、知らずに善光寺へ行き信心を起こしたという言い伝えからだそう。
善光寺の本堂には、二体の仏像がおはしまして、にぎわう衆生をただ見ているかのよう。昔、読んだ武田泰淳の小説「快楽」は「快楽」と書いて「けらく」と読むのだけど、その小説の主人公の僧侶は、仏陀はただ見ているだけで、なぜ、こんな苦しみの中にいる人々を救ってくださらないのかと思い悩んでいたことを思い出す。ぼくは仏の像を見るたびにすべてを見ている、何もかも見られているのだとも思い、安堵してしまう。
その本堂に地元の長野西高校の書道部の高校生が大書した特大の書が飾られていた。
「新時代の幕開け
平和な世の中を
私たちが造っていく
令和
人に
寄り添いわかちあい
世界中で愛の花よ
咲き誇れ!
令和元年五月一日
長野西高校書道部」
あー、彼らはぼくやきみが去ったあとも生きていく新しい人たちなのだと思う。そんな人たちが希望を胸に高らかに立ちのぼってくる姿を見ている気がして、彼らに未来を託して何の疑いもないと思う。
信州に小さな旅に出ました。
まず向かったところは、前の大戦で亡くなった画学生の絵を展示する「無言館」。来ると姉妹館である第二の展示のための「傷ついた画布のドーム」もたくさんの人の寄付によって新たにそこにできていた。
昭和二十年で時が止まったかのような二つの美術館。人もまばらな静かな美術館で絵を見ていると、古い時代の服を着た快活な若者がぼくに明るい声でを話しかけてくる。
「あの肩のあたりがうまくいっていないんですけどね」
ぼくは答える。
「そんなことはないさ。すごく良く描けているよ。ぼくは今、感動しているところさ」
「いや、あの肩のところだけは描き直したいな。今度、機会があったら、描き直しますよ。その時は、また見に来てください」
「そうだね、また是非、見に来るよ」
ふと、声のした方を見ると、誰もいない。
ぼくは美術館から外に出て、森の中の木立の道を歩きながら、嗚咽し、泣き始めていた。
あの青年との約束を守るためにも、ぼくは「無言館」と「傷ついた画布のドーム」にまたいつか来るでしょう。
改元で「平成」から「令和」に変わるという。なぜだか、とても憂鬱だ。どうしてだろう? ぼくは、儀式を終えての前の天皇陛下のあの寂しげなお顔が妙に気になり、思案してしまう。
前の天皇の最後のお言葉で、たかが時の総理大臣に敬語を使っていることが、驚きで、その当の悪しき総理大臣の踝から、東アジアのすべてを覆う邪悪で暗く不穏な雲が、近い未来に広がるようで、ぼくの夢想めいたものは、ぼくをたじろかせ、気を滅入らせている。
ぼくは古い日本が好きだと思うけれど、美しい伝統とは何だろう? それは、あの浮かれ騒ぎにはないようなのだけれど。
前の天皇の最後のお言葉で、たかが時の総理大臣に敬語を使っていることが、驚きで、その当の悪しき総理大臣の踝から、東アジアのすべてを覆う邪悪で暗く不穏な雲が、近い未来に広がるようで、ぼくの夢想めいたものは、ぼくをたじろかせ、気を滅入らせている。
ぼくは古い日本が好きだと思うけれど、美しい伝統とは何だろう? それは、あの浮かれ騒ぎにはないようなのだけれど。
"Me Too"、そして"Us Too"。すばらしいと思い、エールを送ろうと、パンクロックで燃えていたロンドン、イギリスで40年以上前に爆発的にヒットしていたにTom Robinson Bandの"Right On Sister"を意訳してみました。
♪♪♪
彼女は正しい だからシスターに権利を
彼女はなにが好きかわかっている
泳ぐ魚に自転車が必要なように
あんたやおれが変わることを必要としているのさ
ここは女性参政権運動が始まった市で
何も彼女を悩ませない
女たちの革命だ
こえてゆけ こえてゆけ
彼女を見てみろよ
明晰な頭脳を持ち
いろんなやり方で
みんなといっしょに手を合わせようとする
女たちの軍隊が入場してくるぜ
弱さも強さに変えて
女たちに力を
権利を 権利を
シスターに権利を
シスターに権利を♪♪♪
パンクロックのムーブメントってすごいな。みんな、この歌を合唱していたのさ。そして、今でもだよ。
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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