えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

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柳宗悦の『南無阿弥陀仏 付 心喝』を半年ぐらいかけて読了しました。岩波文庫のこの本を読みながら、トピカルな他の本を読み始めたりするのが数冊あって、こんなに時を費やしてしまったけれど、この『南無阿弥陀仏 付 心喝』はとてもよかったのです。

読み始めると、友川カズキさんの歌「問うなれば」を思い出し、その歌を心のどこかに響かせながら、読んでいました。友川さんの「問うなれば」は時宗の開祖であり、捨て聖とも呼ばれた一遍上人の短歌からとって歌っている歌で、上人の短歌はこのようなものなのです。

となふれば仏もわれもなかりけり 南無阿弥陀仏の声ばかりして

となふれば仏もわれもなかりけり 南無阿弥陀仏なむあみだ仏

柳宗悦も述べているが、法然によって開かれた念仏宗、浄土宗は、親鸞によって深められ、浄土真宗となり、一遍で極められ、時宗となったということだろうか? 救われるのではなく、もう救われているのだそう。

「朝鮮の友に贈る書」を書いた柳宗悦にとって、一番の戦後の慶事は朝鮮の独立であるだろうけれども、『南無阿弥陀仏』は終戦直後に書き始められ、彼は戦時中の日本人の悪をまさしく痛感し、戦後、ペンを握り、それでも日本人の魂を救おうと、これを書き始めたのではなかろうか?

『心喝』もまた素晴らしい。「心喝」と書いて「こころうた」と読むのだけれども、柳の短い俳句ほどの長さもないほどの詩に自らの注解がつけれております。これらの詩を棟方志功が版画で表現したものが日本民藝館にあって、それはそれは素晴らしいものでした。『心喝』から一つだけ引用し、春の訪れを待つとします。

吉野山
  コロビテモ亦
    花ノ中





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ブレイディみかこさんと鴻上尚史さんの対談をまとめた本「何とかならない時代の幸福論」が面白くて一気読みしたのですが、読み終わって、溜息が出てしまった。日本って何周、周回遅れなのだろう。ぼくがずっと生きてきた日本は30年間止まりっぱなしだったようでもあるのです。

そういえば、アメリカで右翼の新興宗教みたいな人たちが海の向こうのかの国の国会議事堂を占拠しているのをCNNで見て、何てアメリカさんも遅れてしまった国になってしまったのだろうと思った。しかも、これは、1970年ごろに日本の若い新左翼の学生が達成したかったことではないのか? なんという歴史のアイロニーで、時が経つとはこういうことなのだろうか? その後の新政権での大統領就任式での若い詩人の言葉に溢れる希望に感激したのだけれども、今じゃ、「希望」という言葉も日本では死語かもしれない。

あー、閉塞してばかりではいられない。ブレイディみかこさんと鴻上尚史さんのように、いやなことはいやと言い、好きなことをしぶとくやり続け、愛すべき人を愛し続けるしかない。







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横浜美術館に「トライアローグ」展を見に行きました。近代以降、印象派の後から現代までのアートのコレクションを誇る横浜美術館、愛知県美術館、富山県美術館の合同企画だけあり、見ごたえがあり、とてもおもしろかったです。多分、この三館を合わせると、収集したコレクション数は4万点を越え、5万点に近いらしい。これらの膨大な中から19世紀が終わる頃以降のよりすぐりの120点余りが、展示されていて、素晴らしかったです。

ぽつんと飾られたイヴ・タンギーの絵に、ぼくの心のどこかで何かに感傷し、鳥肌がたってきていた。今のぼくの心のどこかにはタンギーの絵に強く反応してしまう何かがあるのだろう。


芸術は決してむずかしくはない。考えるものでもない。先ずは感じるものなんだ。

横浜はこんなに素敵な美術館があっていいなぁ。相模原市にもいつか、美術館できないかな、と思ってしまいますが、その横浜美術館のこの「トライアローグ」展の後、2023年まで改修工事のために休館するという。新しくなった横浜美術館も楽しみですね。

トライアローグ:横浜美術館・愛知県美術館・富山県美術館

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ノイズだらけになったレコードに木工用ボンドを塗りたくって、復活を試みました。木工用ボンドとは酢酸ビニル樹脂と水を成分とするやつね。あら不思議、塗たっくた後、一日ほどすると、白いボンドがまったくの透明となりそれをパリパリはがすと、洗浄され、スクラッチノイズの大方が消えます。注意点は透明になるまでボンドを完全に乾かすことかな。スクラッチノイズがうるさくなった古いレコードには一度、是非、お試しあれ。
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福永壮志監督の『アイヌモシリ』を見ました。

アイヌ民族の近年、行われなくなってしまった祭礼「イオマンテ」について、現代の視点から描かれています。どんなに観光化されようが、ある民族の祭りには、生活やら死への考え方、道徳などの起源ともなるある民族のもっとも大切なエートスが伝えられているような気がするのです。淡々とした描き方の中に、この『アイヌモシリ』は、近年、途絶えてしまった「イオマンテ」などの諸々のことについて、問いを鋭く発しているようにも思え、ぼくは、口をつぐまざるえなく、簡単な答えを出せそうにはないのだけれども。

この映画のエンドロールを見ながら、深く感動している自分がおりました。古く伝えられたアイヌの心も、アイヌモシリ(アイヌ語で「人間の静かなる大地」を意味する言葉、また16世紀以降で、北海道を指すアイヌ語の地名)の自然や動物たちも美しい。

アイヌモシリ
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「新収蔵品展」を見に、平塚市美術館に行ってきました。昔、三岸好太郎の「海洋を渡る蝶」を見たことがあったのですが、再び、いつか見てみたいと思っていて、この「新収蔵品展」で展示されているらしいことを知り、足を運んだ次第です。この絵を描いた年、昭和九年、1934年に31歳で亡くなっています。夭折の画家の最期の、不思議で清明な輝きがぼくを惹きつけたし、今でも見入ってしまう。

同時開催で「宮川慶子展」が広々としたロビーで観覧料金、無料で行われていました。若い造形作家である彼女の親戚に伯父さんに僧侶であられる人がおり、その伯父さんの読むお経が、彼女の創作の出発点になっているらしい。もしかして仏教のいわんとする空からやってきているかもしれない、かわいらしい空想の動物たちのオブジェにぼくは微笑んでおりました。

新収蔵品展 国際興業コレクションを中心に

宮川慶子展ー生命は自分自身だけでは完結できないようになっているらしい
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千葉市美術館の「田中一村展」にドライブがてら行ってきました。

生涯にわたる田中一村の絵を見て、50歳を過ぎて、南の琳派とも呼ばれる自分の、自分らしい、自分にしか描けないような世界に開眼し始めたたことを知りました。無一文同然で奄美大島に渡ったのです。そこでも紬工場の染色工として働きながら、自分の絵を追求していきます。そして、1969年、61歳で美しすぎる代表作「アダンの海辺」を描きます。実物で見るその絵の美しさは、何かこの世のものとは思えないような気配すら漂わせ、「田中一村展」で飾られておりました。ぼくは、われを忘れて、その絵の前にたたずみ、見続けておりました。

田中一村展 ―千葉市美術館収蔵全作品
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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