えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
最近、遠藤周作の小説をよく読む。「イエスの生涯」を読み終えた。この小説で描かれる世界が昨今のチベットをめぐる状況とだぶるように感じ、決して古びないテーマなんだと思った。非暴力を貫くインド解放運動のガンジーやアメリカ公民権運動のマーチン・ルサー・キング牧師の考え方はイエスはいなければ、出てこなかった考え方なのかもしれない。そのイエスとは旧約聖書のイザヤ書にあるようなこんな人である。
「その人には見るべき姿も、威厳も、慕うべき美しさもなかった。
侮られ、棄てられた。
その人は哀しみの人だった。病を知っていた。
忌み嫌われるもののように蔑まれた。
誰も彼を尊ばなかった
まことにその人は我々の病を負い
我々の哀しみを担った・・・・・・」
ダライラマ14世は自分が最後のダライラマかもしれないと言い、けれど、非暴力を訴える。どういうことだ。それが世界に通じない。2000年前にイエスは愛とはこういうことだよと教えてくれたのかもしれないのに。
イヴォンヌ・シュイナードという人の著した「社員をサーフィンに行かせよう」を読んだ。このイヴォンヌさん、最も先端的な環境配慮のなされたアウトドアのスポーツウェアの会社「パタゴニア(patagonia)」の創業者にして、オーナー。この「パタゴニア」、100%ペットボトルから再生された繊維を使ってのフリースとか商品として有名です。いつでも、社員は自由にサーフィンに行って良いとか、服装は完全自由とか、自由なアメリカの中でも「パタゴニア」はユニークな会社であるという。
人類はこの地球上でその役割を終えつつあるのではと刺さる言葉の一方、次世代のためにこの地球の環境を残すために、あきらめずに小さなことでもできることから取り組んでいくべきだという根底には、彼自身の永続している1960年代的、カリフォルニア的、カウンターカルチャー的反骨精神とアウトドア、自然好きの人となりがあるのだ。そして、自然保護論者のデイヴィド・ブラウワーの言葉「死んだ地球からはビジネスは生まれない」という言葉を引用しつつ、ビジネスは継続するほどの少しづつの成長でよい、「パタゴニア」の商品は長く使って欲しい、流行に左右されないデザインと品質がそこにはあると言い、「(株主のためではなく、社員のためでもなく、顧客のためでもなく)地球環境のために「パタゴニア」はある!」という結論に達する。新しい時代の到来を少しだけ感じた。
パタゴニア・ホームページ
戸井十月の「遥かなるゲバラの大地 」とともに読むといい本。戸井氏とは対照的に惠谷氏はあくまでも客観的にチェ・ゲバラの死の前後を検証していく。世界中を舞台にして繰り広げられる冒険小説のようなことが、事実、あったのだ。そこから到達した惠谷氏の短い、この本の終わりの書かれた結論、もしくは感想めいたものにぼくも同感、感嘆する。
チェ・ゲバラは21世紀になり復活した。ゲリラやテロによってか? いいや、違う。貧しい人たちを救おうとする国際ボランティアの活動によって。そして、米国中心の格差を是とするグローバリズム、ネオリベラリズム(新自由主義)にノーを主張する中南米での左派政権の次々の誕生を見よ。今、チェ・ゲバラの子供たちが武器を持たずに活動し始めていると思う。なんて、たくさんの武器を持たないコマンダンテがいることだろう。しかも、チェ・ゲバラには高潔と同時に、古い社会主義的な神格化をかたくなに拒む、何らかの人間性すら伝えられている。貧しい人、困難にあっている人たちを限りなく愛し、優しい、しかも、行動した男の中の男だとも思う。最近のぼくの憧れです。