えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
最近、遠藤周作の小説をよく読む。「イエスの生涯」を読み終えた。この小説で描かれる世界が昨今のチベットをめぐる状況とだぶるように感じ、決して古びないテーマなんだと思った。非暴力を貫くインド解放運動のガンジーやアメリカ公民権運動のマーチン・ルサー・キング牧師の考え方はイエスはいなければ、出てこなかった考え方なのかもしれない。そのイエスとは旧約聖書のイザヤ書にあるようなこんな人である。
「その人には見るべき姿も、威厳も、慕うべき美しさもなかった。
侮られ、棄てられた。
その人は哀しみの人だった。病を知っていた。
忌み嫌われるもののように蔑まれた。
誰も彼を尊ばなかった
まことにその人は我々の病を負い
我々の哀しみを担った・・・・・・」
ダライラマ14世は自分が最後のダライラマかもしれないと言い、けれど、非暴力を訴える。どういうことだ。それが世界に通じない。2000年前にイエスは愛とはこういうことだよと教えてくれたのかもしれないのに。
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