えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
浅草演芸ホール令和六年六月中席昼の部に参りました。
見た演目です。前座の柳亭市助くんの「子ほめ」、二つ目の柳家小はぜくんの「平林」、三遊亭わん丈師匠の漫談、柳家小春師匠の三味線を弾いての粋曲、古今亭文菊師匠の「色事根問」、三遊亭萬都師匠の「初天神」、ロケット団の漫才、隅田川馬石師匠の「たらちね」、林家三平師匠の漫談で一回目の仲入りとなりました。ダーク広松さんのマジック、鈴々舎馬風師匠の漫談、柳家はん治師匠の「妻の旅行」、にゃん子さんと金魚さんの漫才、三遊亭圓歌師匠の「やかん工事中」、柳亭一馬師匠の「親子酒」で二回目の仲入りとなります。柳亭こみち師匠の「猿後家」、翁家社中の曲芸、林家正蔵師匠の「お菊の皿」、林家さん喬師匠の「そば清め」、立花家橘之助師匠の三味線を持った浮世節、主任は柳家三三師匠の「転宅」でした。
特に印象に残った演目が四つ。古今亭文菊師匠の「色事根問」。古今亭文菊師匠は好きです。中腰で変ななんば歩きみたいなのをして登場するところから、来た来たと思って、ぼくはクスクス笑いです。噺も分かりやすく面白く、笑ってしまうのです。にゃん子さんと金魚さんの漫才は暑苦しくも大爆笑。この前に見た時と同じく、お客さんからのバナナの差し入れがありました。林家正蔵師匠の「お菊の皿」は夏の定番の噺で、林家正蔵師匠にはいつも正統な落語を聴いた感じで満喫してしまいます。正蔵師匠は口座からぼくの方をチラチラ見ている気がしたのは気のせいか? ついに顔を覚えられましたかな? 主任の柳家三三師匠の「転宅」。都知事選をからめたみどりのばばあへの皮肉まじりの枕から絶妙に本題に入り、「転宅」の気持ちのいい風の吹く江戸の女たちのたくましさに感じ入りました。
寄席はパラダイス。
平山周吉さんの著した『昭和天皇「よもの海」の謎』を読む。小津安二郎の監督した様々な映画の笠智衆の演ずる主人公の名前を筆名とするこの著者の『昭和天皇「よもの海」の謎』に近代、現代の日本の歴史の研究者である東京大学教授の加藤陽子さんは「歴史の黒白を見事、逆転!」と、本の帯に推薦文もあり、読んでみた次第。本の裏表紙に加藤陽子さんの文ではないけれど、このような紹介文もある。
「「よもの海みなはらからと・・・・・・」、祖父・明治天皇の大御心が表現された和歌を、昭和天皇が読むあげた。東条英機は「陛下の御心は平和にあり」と了解した。それなのに、日米開戦への道は止まらなかったー。昭和16年の苦い記憶が、昭和50年秋の昭和天皇に甦る。戦争責任を問われて、「文学方面はあまり研究していない」と答えた理由とは?」
「よもの海」の短歌とはこのような御製である。
よもの海みなはらからと思う世になど波風のたちさわぐらむ
明治天皇はこれを日露戦争の開戦のおり、この和歌を読み、泣き崩れたという。なんと明治天皇の読んだ和歌は10万首の膨大な数にのぼり、そこには日々の天皇の心が残されてるのではあるまいか?
平山さんのこの本での推論は「第八章 アメリカで甦る「よもの海」の記憶」でクライマックスを迎える。なるほどと思いつつ、ここからはぼくの想像なのだが、昭和天皇にはこの「よもの海」を逆の意味として受け取られ、開戦となった苦々しい記憶とともに、三島由紀夫の自決という記憶も生々しく、それに対しての反駁の気持ちもあったのではないか?
茨木のり子の詩「四海波静」がこの本に載せられていることにぼくは感嘆した。平山さんは「昭和天皇が、もしこの詩を目にすることがあったならば(それはほとんどありえない仮定だが)、「ことだま」の見えない力をまざまざと感じ、おののいたのではないだろうか」という。ぼくは平山さんに同意しつつ、詩を引用したい。
戦争責任を問われて
その人は言った
そういう言葉のアヤについて
文学方面はあまり研究していないので
お答えできかねます
思わず笑いが込みあげて
どす黒い笑い吐血のように
噴きあげては 止り また噴きあげる
三歳の童子だって笑い出すだろう
文学研究果さねば あばばばばとも言えないとしたら
四つの島
笑(えら)ぎに笑(えら)ぎて どよもすか
三十年に一つのとてつもないブラック・ユーモア
野ざらしのどくろさえ
カタカタカタと笑ったのに
笑殺どころか
頼朝級の野次ひとつ飛ばず
どこへ行ったか散じたか落首狂歌のスピリット
四海波静かにて
黙々の薄気味わるい群衆と
後白河以来の帝王学
無音のままに貼りついて
ことしも耳すます除夜の鐘
この詩を平成天皇と今の天皇はどこかで目にしたかもしれず、それゆえに昭和天皇いわくの明治天皇の「平和愛好の御精神」は代々と引き継がれているのだと、ぼくは信ずる。皇室の方々のもっとも嫌悪することは、その政治利用であるだろうことは明白だとも思うし、昭和天皇が時の政治の動きに異議を述べたことは二度あるといわれ、それは二二六事件の軍事クーデターの時と第二次世界大戦の終結があって、それに日米開戦時のこの「よもの海」も加わろう。東条英機らの文民の立場にあった戦犯らの靖国神社の合祀以来、皇室は靖國に参拝していない。それをとりやめた昭和天皇自身がはっきりと、それが私の心だと述べられているのだった。
『昭和天皇 「よもの海」の謎』 平山周吉
「「よもの海みなはらからと・・・・・・」、祖父・明治天皇の大御心が表現された和歌を、昭和天皇が読むあげた。東条英機は「陛下の御心は平和にあり」と了解した。それなのに、日米開戦への道は止まらなかったー。昭和16年の苦い記憶が、昭和50年秋の昭和天皇に甦る。戦争責任を問われて、「文学方面はあまり研究していない」と答えた理由とは?」
「よもの海」の短歌とはこのような御製である。
よもの海みなはらからと思う世になど波風のたちさわぐらむ
明治天皇はこれを日露戦争の開戦のおり、この和歌を読み、泣き崩れたという。なんと明治天皇の読んだ和歌は10万首の膨大な数にのぼり、そこには日々の天皇の心が残されてるのではあるまいか?
平山さんのこの本での推論は「第八章 アメリカで甦る「よもの海」の記憶」でクライマックスを迎える。なるほどと思いつつ、ここからはぼくの想像なのだが、昭和天皇にはこの「よもの海」を逆の意味として受け取られ、開戦となった苦々しい記憶とともに、三島由紀夫の自決という記憶も生々しく、それに対しての反駁の気持ちもあったのではないか?
茨木のり子の詩「四海波静」がこの本に載せられていることにぼくは感嘆した。平山さんは「昭和天皇が、もしこの詩を目にすることがあったならば(それはほとんどありえない仮定だが)、「ことだま」の見えない力をまざまざと感じ、おののいたのではないだろうか」という。ぼくは平山さんに同意しつつ、詩を引用したい。
戦争責任を問われて
その人は言った
そういう言葉のアヤについて
文学方面はあまり研究していないので
お答えできかねます
思わず笑いが込みあげて
どす黒い笑い吐血のように
噴きあげては 止り また噴きあげる
三歳の童子だって笑い出すだろう
文学研究果さねば あばばばばとも言えないとしたら
四つの島
笑(えら)ぎに笑(えら)ぎて どよもすか
三十年に一つのとてつもないブラック・ユーモア
野ざらしのどくろさえ
カタカタカタと笑ったのに
笑殺どころか
頼朝級の野次ひとつ飛ばず
どこへ行ったか散じたか落首狂歌のスピリット
四海波静かにて
黙々の薄気味わるい群衆と
後白河以来の帝王学
無音のままに貼りついて
ことしも耳すます除夜の鐘
この詩を平成天皇と今の天皇はどこかで目にしたかもしれず、それゆえに昭和天皇いわくの明治天皇の「平和愛好の御精神」は代々と引き継がれているのだと、ぼくは信ずる。皇室の方々のもっとも嫌悪することは、その政治利用であるだろうことは明白だとも思うし、昭和天皇が時の政治の動きに異議を述べたことは二度あるといわれ、それは二二六事件の軍事クーデターの時と第二次世界大戦の終結があって、それに日米開戦時のこの「よもの海」も加わろう。東条英機らの文民の立場にあった戦犯らの靖国神社の合祀以来、皇室は靖國に参拝していない。それをとりやめた昭和天皇自身がはっきりと、それが私の心だと述べられているのだった。
『昭和天皇 「よもの海」の謎』 平山周吉
横浜美術館に『第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」』を見に行く。
3年に1回の現代美術の祭典。ふと始まったばかりの20年前ぐらいに見た『横浜トリエンナーレ』を思いだし、そのころはエレクトロニクスを使った体験型の美術作品も多くを占め、好評であったが、時は流れた。今、東京都の何十億円もかけたプロジェクションマッピングはその金銭面から批判されているけれど、美的にも芸術としてもあまりに陳腐だ。
さて、『横浜トリエンナーレ』の今年のテーマ「野草:いま、ここで生きてる」は、中国の詩人、魯迅の詩からとられている。魯迅は社会に常にコミットしつづけ、安住の地すらついには求めなかったという。あまり期待せずに見に行ったのだが、歴史と地域、国家、宗教などのおらゆるものを草花の種のように越境する現代の芸術家の問題意識が今というすさんだ時代に一矢報い、ぼくの心と魂に刺さるかのようでもあるのだ。
ガザで毎日、子どもや赤ちゃんが殺されていく今という時代。なんという憂鬱なのだろう。陳腐なプロジェクションマッピングではなく、むしろ、ピカソのゲルニカのように、世界の痛苦と共感し、愛すらも示す、何人もの無名の芸術家こそ必要だ。ぼくはそのような芸術の力を信ずる。『第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」』は6月9日の日曜日まで開会中。
新宿末廣亭令和六年六月上席昼の部に参りました。
見た演目を書き出してみます。前座の桃月庵ぼんぼりくんの「子ほめ」、二つ目の林家あんこさんの「鏡屋女房」、二つ目の三遊亭萬都くんの「初天神」、ストレート松浦さんのジャグリング、春風亭柳枝師匠の「五目講釈」、蜃気楼竜玉師匠の「親子酒」、三遊亭窓輝師匠の「権兵衛狸」、林家八楽師匠の紙切り、桃月庵白酒師匠の「縁起かつぎ」、柳家小袁治師匠の「堪忍袋」で仲入り前に今日は落語の日ということで、おめでたい手拭い蒔きもございました。そして、林家つる子師匠の「反対俥」、笑組の漫才、林家正雀師匠の「鴻池の犬」、柳家小里ん師匠の「碁泥」、立花家橘之助師匠の浮世節、主任は林家正蔵師匠の「雛鍔(ひなつば)」。
眠くなって、うつらうつらするのも寄席での幸せの一つではありますが、眠くならず、さらには印象に残った演目をいくつか述べさせていただきます。桃月庵白酒師匠の「縁起かつぎ」は大笑いしました。今、一番のっている落語家の桃月庵白酒師匠の独演会を近いうちに見にいかなきゃ。林家つる子師匠の「反対俥」は、つる子師匠ならこれという、林家正蔵師匠いわく暑苦しくも、エネルギッシュな名演です。三味線を持った立花家橘之助師匠の浮世節を聴けば、さーっと江戸の風が吹いてきて、お客さんをありし日の江戸の下町にはこんでくれる。これがいい。林家正蔵師匠の「雛鍔」の枕の、正蔵師匠の子どものころの雛祭りの話、お父さんの林家三平の話、憧れた古今亭志ん朝の話から、さーっと本題に移るその見事さ。本題の人情噺「雛鍔」に江戸の涼しい風も吹く。素晴らしかった。
寄席はパラダイスですな。
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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