えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
この前、なんだか黄色いバラの入った花束をもらう機会がなぜかあって、その黄色いバラを見てると、Ry Cooderの"Chiken Skin Music"に入っている"Yellow Roses"、「黄色いバラ」が聴きたくなった。ぼくは、なぜか初恋の歌とばかり思っていたのだけど、よく聴いてみるとこんな詞であった。
「ぼくはきみの黄色いバラをうけとった
もう終わってしまったという意味なんだね
そんなことをきみが言った時、きみの心は壊れてしまった
ぼくがうそを言ったことがないのをきみは知るでしょう
きみの写真のそばに黄色いバラを飾ろうと思う
花びらがきみの写真に落ちて
ぼくの涙を隠してくれるでしょう
花は少しずつ枯れて、なくなってしまっても
黄色いバラがさようならを言っても
ぼくは、きみを愛しているのでしょう」
詞だけではこの音楽の美しさは語れないのだけど、"Chicken Skin Music"というアルバムのそれぞれの歌に登場する放浪するアウトロウの胸ポケットにはこの美しい黄色いバラがいちりん、挿されているのではなかろうか?
ロッキング・オンからの忌野清志郎追悼号を読んだ。おもしろかったです。一晩で読みました。1987年、1988年、1995年、2004年の清志郎のインタビューと清志郎逝去直後の仲井戸麗一と坂本龍一のインタビュー集でした。清志郎って色んな面があって、複雑なというか、引き裂かれている人なんだなぁと思った。静と動、悪と聖性、計算高いビジネス・マンと破滅的な芸術家、自信と諦め、フォークとロック、シャイと外向、虚と実、作り話と事実・・・。便利女の話とか本当なだろうか? インタビュアーの渋谷陽一氏と仲が良さそうなのも以外です。この前、RC SUCCESSIONの"RHAPSPDY NAKED"を聞いていたら、清志郎がMCでこんなことを言っていたけど、このまれに見るシンガーは、生涯に同じことを何度も言っていたのではないだろうか? 一人で道を切り開いてきた彼は、今でも空の上で。
「すごい人気だ。自信がわいてきた」
今夜、関内にセブンス・アベニューというライブ・ハウスに行ったんだな。すると、いつも町田のライブ・ハウス、ウェスト・ボックスのカウンターでぼくにおいしいジン・トニックを作ってくれたりするいそっち、磯裕子さんが出演していたんだな。あのいつもニコニコしといた彼女がブルーな歌ばかり歌ってこれが良かったんだな。そして、スミ☆アヤコちゃんのバンド、アン、インプロビゼーションをフィーチャーしたロック。この路線、1960年代っぽくておもしろいと思う。今度はオリジナルが聴きたいです。作っておくれ。詞は、かっこつけずに思ったことが詞になるんだと思う。ラストは早野翠さん。スタンダードやオリジナルをピアノで弾きがたる。文句なく、かっこよかった。ぐっときました。
三者三様。みんな、まねじゃない自分の心からの歌。
今日は、鎌倉まで自転車で行った。往復で70キロメートルぐらいペダルを漕いだ。帰りは道を間違えてしまった。地元に帰りついて、くたくたになって居酒屋で飲んだ生ビールがとてもおいしかった。そんなことより、今日の一番に印象に残ったことは、黄色い本物の野生の蛇を見たこと。川沿いの道を自転車を漕いでいると目の前を、私を捕まえろと言わんばかりに、じゃり道から草むらに入っていく黄色い蛇が見えたのだ。
蛇ってどんなイメージだろう。蛇って、John Lee HookerやBo Diddleyのブルースの詞に登場するなぁ。アダムとイブを誘惑し楽園から追放した輩。オーストラリアの原住民のアボリジーニは虹のことを空にかかる七色の蛇だという。日本では、古くから豊穣神として、蛇を太陽の化身としてあがめてきた。西洋ではウロボロスという神話があり、それは自分の尻尾を咬む蛇で、死と生が結合されて永遠に更新される状態で、完全性や全体性を意味するのださそうだ。
蛇って、かわいいけど恐い、恐いけどかわいい不思議な生物だと思う。
蛇ってどんなイメージだろう。蛇って、John Lee HookerやBo Diddleyのブルースの詞に登場するなぁ。アダムとイブを誘惑し楽園から追放した輩。オーストラリアの原住民のアボリジーニは虹のことを空にかかる七色の蛇だという。日本では、古くから豊穣神として、蛇を太陽の化身としてあがめてきた。西洋ではウロボロスという神話があり、それは自分の尻尾を咬む蛇で、死と生が結合されて永遠に更新される状態で、完全性や全体性を意味するのださそうだ。
蛇って、かわいいけど恐い、恐いけどかわいい不思議な生物だと思う。
ショーケンこと萩原健一の58歳までの自伝、その名も「ショーケン」を読んだ。もしも、1990年を待たずに彼が人生をまっとうしていたら、まぎれもなく、アメリカ映画「エデンの東」のジェームズ・ディーンやポーランド映画「灰とダイアモンド」のズビグニエフ・チブルスキーのような反抗のアイコンとなっていただろうショーケンと呼ばれた人の口述筆記である。ショーケンの若かりしころの主演作「傷だらけの天使」はドラマ史上に残る名作だと思う。しかし、その彼に更に神さまはその後の人生すら与えたのだった。萩原健一という人がこれほどに勉強熱心な俳優であるのを初めて知った。古今東西、ありとあらゆる映画を見て、本を読み、役作りにのめりこんでいた彼を知った。彼のバンドのDONJUAN ROCKN' ROLL BANDがカルロス・カスタネダの「呪術師と私 - ドン・ファンの教え」から取られたなどという、ぼくにとって意外なエピソードがいくつも披露される。そして、この本を今は亡き中上健次ならば、その語り言葉の力と現代の神話のよううな物語性によって絶賛したのではなかろうかと思わせるほど、おもしろかった。
今、根っから自由人のショーケンは、若い頃の薬物依存の後遺症からなのか満身創痍の状態で仕事待ちの状況であって、日々自己鍛錬に励んでいるという。それでも、ぼくは、人の何倍も自由に生きてきて、たくさんの人から愛されてきた、ピカレスク・ロマン、悪漢小説の主人公のような彼の人生が少しうらやましい。復活を切に願います。
人材紹介会社に面談に行った。求人自体が、去年の秋からめざましく減って、今は最盛期の半分以下なんだそうだ。転職斡旋会社も大変らしく、ぼくの担当として話してくれた人は、別れまぎわに、求人企業に向けての新規営業の話などのことを言っていた。
この面談に来る途中の道で煙草を入れたポーチを知らない人に拾ってもらった。歩いていると、後ろの方から、落としましたよの声がして、それはぼくのことだった。その気遣いがうれしかった。人材紹介会社で面談してくれた人もとても誠実な人で親身なアドバイスをいだたけた。うれしかった。誰かにこのやさしさを返したいと思った。
その足で上野の国立博物館に行った。阿修羅展が開催されている。仏像を見に来る人は、おじぃさん、あばぁさんばかりかと思っていたけれど、老若男女さまざまな人が来ていた。かなりの混みようで、博物館に入るまで一時間半ほどかかった。人々のざわめきの中でいろんな仏像を見つめていると、一人、平和な静寂に引き込まれるようだ。不思議。ぼくの後ろにいる人は誰だろう?
(写真の女性はたまたま写ってしまった知らない人です。こういう若い女性もいっぱい見にきていました)
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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