えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
弘理子監督の『鹿の国』を見ました。諏訪大社の御神事をとらまえたドキュメンタリーにして、奈良時代から伝わり、そして、途絶えた冬の儀式を再現したものでもあります。
鹿が神への捧げものとして奉納されるそれは、何やら神秘的でもあり、その営みが愛おしくもあります。ぼくは、この映画『鹿の国』を見ながら、クロード・レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』や柳田國男の『遠野物語』、宮澤賢治の『鹿踊りの始まり』を連想していました。月並みな言葉ながら、鹿の捧げの供犠には自然、命への畏敬があって、いよいよ残酷さの止まらない西洋の近代以降への抗いすらあるようにも思えるのです。
諏訪大社では、近ごろ、僧侶たちを向かい入れ、儀式さえ行わていて、近代の受容である明治維新より前の伝統に立ち帰ろうとしているようであることに、ぼくは驚いてしまうのです。立ち戻った鹿の国の、その霊力は人にもおよび、人と国の本来を取り戻すかのようでもあるのです。
映画「鹿の国」公式サイト
町田市国際版画美術館に『2025年新蔵作品展』を見に行きました。同時に展示されている町田市の小学生の書道の展示会も見ました。たくさん並ぶ、筆で書かれた漢字に圧倒されるやら、楽しいやらです。
漢字が現在も字として採用されているのは、中国、台湾、日本だけだそうです。この前、読んだ柄谷行人さんの著した『帝国の構造』には、日本は中国の文化である漢字を自らに選択的に採用した、とありました。ベトナムやコリア(朝鮮・韓国)では、強制的に漢字を採用され、それによって漢字は、近代、廃止されてしまった。中国は帝国の中心にあり、ベトナムやコリアは帝国の周辺に位置し、帝国との軋轢や緊張、戦争を余儀なくされた。日本は帝国の亜周辺にあり、中国の文化を選択的に摂取できる。中国の王朝が隋の時、日本では邪馬台国の時であるけれど、隋に「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す」と書を送り、「封冊」という中国の支配を拒否したそうです。その時、中国とコリアは絶えない戦争状態にあり、遠く日本にやっては来れなかった。中国の元が日本に侵略をしに来た時は、元がコリアの高句麗の戦いに疲弊した後であった。時に日本はコリアを援助し、コリアからの亡命者は首都としての京都の成立に貢献した。
話がそれました。話を町田市国際版画美術館に戻します。『2025年新蔵作品展』を見ながら、ぼくの住む隣の相模原市にはこのような美術館がないことが残念のような気がするのですが、どうでしょう? 新しく収蔵されたホアン・ミロや小野忠重の作品や同時に展示されている『『月映』とその時代―1910年代日本の創作版画』の岸田劉生の作品を見ながら思ってしまいます。相模原市には遠藤彰子さんや上条陽子さんをはじめ、多くの芸術家もおられるし、女子美術大学も存しています。けれど、常に財政の厳しい相模原市には無理な課題でもあるのかもしれません。
町田市国際版画美術館のある芹ヶ谷公園を散歩すると、椿の花が満開で美しい。
その足で母智丘神社にお詣りをし、自身の心身健全と世界の平和を祈願し、御神籤をひくと「大吉」。
「第四十三番 大吉
風吹けば
風吹く
ままに
港よしと
百舟千舟
うち
つどいつつ
何事も繁昌して心のままになるけれど心に油断があってはならない
只今より来年の事をよくよく考えてやりそこなわぬ様十分の注意をしておきなさい
運勢 大吉」
ゆめゆめうたがふことなかれ
柄谷行人さんの著した『帝国の構造 中心・周辺・亜周辺』を読みました。柄谷さんは2022年に哲学のノーベル賞といわれるバーグルエン哲学・文化賞を受賞されておられ、その受賞の直接的契機となった『力と交換様式』より前、『世界史の構造』の後、同じテーマを扱った本であります。
柄谷さんいわく交換様式にのっとり、歴史に「A 互酬(贈与と返礼)」、「B 略奪と再分配(支配と保護)」、「C 商品交換(価格と商品)」が主流として交代しつつ現れれたとし、将来、それを越える「A 互酬」が高い次元で実現される何か「D X」が現れるとする。また、ヘゲモニー国家の帝国が出現し、その帝国が崩壊し、次の帝国のヘゲモニー国家を巡り、何らかの戦争となり、再び帝国が成立する。現在については、1970年頃、ヘゲモニー国家としてのアメリカ合衆国が失落し始め、帝国の崩壊期、戦争期が始まっている、とする。あらましはこのようなことであるらしい。
戦争期は実際に戦争が始まるが、今、世界大戦になれば、全世界が壊滅するかもしれない。付け足すに、ヘゲモニー国家は他国に対し福祉的であり、平和を保障し、世界宗教のような無私に近い倫理観を持つが、世界化された世界は戦争に耐えられず、「A 互酬」が高い次元で実現される何か「D X」が現れる。その他いろいろなことが、この本に書かれておりましたが、この本『世界史の構造』は希望を理論的に語ったものでもあります。アメリカでのトランプ政権の誕生、ウクライナ、中東など、別の視点での見方をぼくは教わったようでもあるのです。
哲学/思想/言語:帝国の構造
ジェシー・アイゼンバーグ監督の『リアル・ペイン 心の旅』を見ました。ユダヤ人としての出自をもつニューヨークで育った若い二人の従兄弟同士がポーランドでガイドツアーの旅するという話。旅の終着点は祖母がアメリカに移民に来る前に住んでいた家で、ガイドツアーではユダヤ人の一斉蜂起の記念碑やアウシュビッツ強制収容所を巡るのだが、ポーランドでのユダヤ人の記憶の町並みの景色は遠景にあり、声高には語られない。その遠景にこそ、ぼくは作りものではないリアルを感じた。従兄弟同士は幼なじみなのだけれど、まったく正反対の性格で意見があわず、旅での口論がつづいていくだけで、これといったストーリーはない。
ユダヤ人はナチスのドイツにガス室に送られ600万人も殺された。恐ろしいことだ。翻って、日本の広島と長崎にトルーマンのアメリカによって原爆が落とされ、21万人が殺された。恐ろしい。今という時代となっても、ネタニヤフのイスラエルは爆撃により4万人の市民を殺し、その7割が女性と子どもだという。
映画『リアル・ペイン』に戻れば、祖父、祖母の時代に人類の犯した過ちにより、主人公たちは世代を越えて、いつ痛みだすかもしれない傷のようなものをかかえて、人生の旅をしているかのようなのだ。その痛みは忘れない方がいい何かであるとぼくは思う。
リアル・ペイン~心の旅~ | Searchlight Pictures Japan
二月二日の新宿末廣亭令和七年二月上席昼の部を見に行きました。いつものように見た演目、その他を書き出してみます。名前を名のらなかった前座くんの「転失気」、二つ目の春風亭だいえいくんの「好きと怖い」、柳家福多楼師匠の「反対俥」、ウクレレえいじさんのウクレレ漫談、桂扇生師匠の「厄払い」、神田茜師匠の講談の「でもね」、松旭斉美智さんと・松旭斉美登さんのお二人の奇術、三遊亭歌る多師匠の「替り目」、三遊亭吉窓師匠の「山号寺号」とかっぽれの踊りの「茄子と南瓜」、寒空はだかさんの漫談、むかし家今松師匠の「天狗裁き」で仲入りです。柳家三枝師匠、橘家竹蔵師匠、桂文楽師匠、桂ひな太郎師匠の座談会、いろんな演者による節分の豆まき、立花家あまね師匠の三味線弾きの唄いの俗曲、柳家小団治師匠の「ぜんざい公社」、金魚さんとにゃん子さんのお二人の漫才、主任は古今亭文菊師匠の「稽古屋」でした。
柳家福多楼師匠の「反対俥」や三遊亭歌る多師匠の「替り目」でおおいに笑い、柳家三枝師匠、橘家竹蔵師匠、桂文楽師匠、桂ひな太郎師匠の座談会の昔の話に花が咲き、節分の豆まきで寿ぎます。ここには鬼はいないと「福は内」のみの掛け声に、ほんわかした寄席とはどういうところかを見た思いでもあります。金魚さんとにゃん子さんのお二人の漫才の大爆笑。そして、古今亭文菊師匠の、テレビとかの笑いにはない、どぎつくない、毒や刺激のない、そこはかとない、ほのかなおかしみ、温かみの笑いの「稽古屋」は最高でした。寄席はパラダイス。
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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