えいちゃん(さかい きよたか)

えいちゃんのぶろぐ

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静岡市美術館で「アルプスの画家 セガンティーニ -光と山-」という展覧会を見に行った。ジョバンニ・セガンティーニは、イタリアの南の方で生まれ、幼少のころ、父、母と別れ、青年期、ミラノ移り住み、そこで昼間に仕事をし、夜間は美術学校に学び、その地で伴侶となるルイジアと出会い、自然の光の美しさを求め、スイスのアルプス山地に移り住む。北へ、北へ、山へ、より高い山へ向かう人生であった。41歳での突然の山小屋での最期を迎える。

初期の絵は北イタリアで自然とともに羊を飼ったり、畑を耕している人々を見つめ、土臭い色でその一瞬をとらえたもの。不思議なリアリティーと詩情を感じる。スイスのアルプスでの絵は、点描画ならぬ彼独自の線描画というような技法で描かれ、風景の光が、まぎれもなく絵の上で美しく輝いている。こんな絵の中の舞い踊る光の美しさの中で、ぼくは旅先の美術館にいるのだけれど、なぜか夢の中をまどろむようなのです。

親愛をこめて、ジョバンニ、ありがとう。
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『多可能』にやっと入れました。『多可能』とは何でしょう。『多可能』と書いて「たかの」と呼びます。静岡にある聖地メッカのような居酒屋ファンなら一度は訪れたい古い居酒屋なのです。メッカと言わず、やおよろずの神を信ずる日本人ならば、伊勢神宮、出雲大社、熊野大社のようなところなのかもと脱線してしまう。クリスチャンならエルサレムであろうか。この『多可能』、静岡駅近くのパルコの隣に居を構えたのが、大正12年(1923年)で、戦災などによる焼失の後、今の家屋になったのが昭和36年(1961年)の老舗。数年前、静岡にこの『多可能』で飲食しようとして、やって来た時は、席が満席で入れなかったのです。中に入ると、大衆酒場としての降り積もった歴史にすごい活気がみなぎっている。外国の人に、居酒屋とはなんぞやと問われたなら、この『多可能』にお連れしたい、などと思い浮かべる。日本の大衆酒場、ここにあり。

(携帯を宿に忘れて帰ってきてしまった、トホホ)
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こんな夢を見た。友だちと二人で変哲もない郊外の道を歩いていると、小さな一台しか停車できない駐車場にタクシーが停まっている。友だちは、タクシーで行くといい、じゃあなと言い、ぼくは歩いて行くので別れる。友だちはタクシーでどこかに行ってしまう。ぼくは独りで歩き始める。ふと、バスケットシューズを靴下をはかないで、歩いていて、少し歩きづらいのに気付く。気づけば、小さな洋服やさんの前で靴下はないかと入ってみる。あった、ぼくが子供のころはいていたサッカーのボールのようなタータンチェックのようなガラの靴下が高いところにディスプレイされている。けれど、背の高い男の人がその前にいて、取りにくい。数件向こうにも、洋服やさんがあって、そこにも靴下がありそうだ。そこものぞいてみようと、思い、店から出る。

そこで目がさめた。子どものころはいていた靴下って思い出せたような、思い出せないようなと思い、夢の中ではそこにあったのです。
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大杉栄の「日本脱出記」という本を読む。大正時代や戦前の昭和がリバイバルしているのだろうか。数年前に小林多喜二の「蟹工船」ブームがあったっけ。大杉栄は大正時代の無政府主義者でこの本を書いた一年後、憲兵隊によって裁判もなく殺されてしまう。没年38歳の前年、ベルリンでの無政府主義者の大会に出席すべく、日本からヨーロッパに密航するのを記したのがこの本。この本を読むと当時の世界の様子が生々しく伝わってきます。ロシア革命が進行中で、フランス革命の起こった伝統的には自由の地、大杉の滞在したパリでも、無政府主義者や共産主義者への弾圧は吹き荒れていたのだなー。しかしながら、この本には政治的であったり、思想的であったりすることはほとんど出てこない。自由な旅行記なのです。そういえば、チェ・ゲバラがチェ・ゲバラになる前にアーネスト・ゲバラであったころに書いた「モーター・サイクル・ダイアリー」を思い起こさせる。「モーター・サイクル・ダイアリー」は無名のころのゲバラの本だけど、大杉栄はこのころ、天下の無政府主義者として全国に知られていて、官憲の監視下にあった。大杉栄とともに殺された伊藤野枝の生涯を描いた瀬戸内晴美(のちに寂聴)の「美は乱調にあり」という小説も良かったとうっすら記憶している。また読んでみようかなー。あと、大杉栄を殺した当時の陸軍大尉、甘粕正彦はこの後、満州に渡り、満州国建設で一役を担い、満州映画協会の理事に納まり、第二次世界大戦の終戦時に自殺。満州映画協会では李香蘭(山口淑子さん)らを主役に国策映画を作る。この「日本脱出記」は、激動の不幸な日本の現代史に突入する前夜だったのだろうか。さて、「日本脱出記」には次のような一節がある。

「そして、パパは? とだれかに聞かれても黙って返事をしないか、あるいはなにかほかのことを言ってごまかしておいて、ときどき夜になるとママとだけそっと何気なしのパパのうわさをしているそうだ。ぼくはこの魔子に電報を打とうと思った。そしてテーブルに向かって、いろいろ簡単な文句を考えては書きつけてみた。が、どうしても安あがりになりそうな電文ができない。そしてそのいろいろ書きつけたものの中から、次のような変なものができあがった。

魔子よ、魔子
パパは今
世界に名高い
パリの牢やラ・サンテに

だが、魔子よ、心配するな
西洋料理のご馳走たべて
チヨコレイトなめて
葉巻スパスパ ソファの上に。

そしてこの
牢やのおかげで
喜べ、魔子よ
パパはすぐ帰る。

おみやげどっさり、うんとこしょ
お菓子におべべにキスにキス
踊って待てよ
待てよ、魔子、魔子」

大杉栄さん、あなたのころは、無政府主義やら、共産主義やらが世界を動かす最新の思想の武器だったのでしょう。けれど、今、そんなものは無くなってしまったのかもしれません。あなたの自由を求める心とやさしさに感じます。










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明治公園に脱原発のデモに行ってきた。千駄木の駅から人、人、人の大渋滞。明治公園では外の歩道まで人があふれかえっていた。主催者発表で六万人もの参加者だったそうだ。本当かしら。

市民団体とか一般の自由参加の人が集まっているらしいエリアに行き、舞台でのいろんな人の発言を聞こうとしたのだけど、よく聞こえなかった。NHKのニュースで知ったのだけど、ノーベル賞作家の大江健三郎氏は、こんなことを発言していたらしい。

「原子力によるエネルギーは必ず、荒廃と犠牲を伴う。私たちはそれに抵抗する意志を持っていることを、政党の幹部や経団連に、デモで思い知らさねばならない」

大江さん、おじいさんになってもとんがっているねー。

福島在住の女性は涙ぐみながらの発言する。

「福島を忘れないでください」

そこだけはぼくにはっきりと聞こえ、そこに、何本もののぼりの旗が立てられ、こんな文字があった。

「怒 福島隊」
「怒 会津隊」

そのように綴られたいくつもの旗が立ち並ぶ。

当日デモのコースが三つに分かれていて、ぼくは自由参加中心のコースでデモに出発。他の二つのコースは労組や民主団体、政党の人たち。ぼくの入ったコースの回りを見ると、おじいさんとかおばあさん、お母さんみたいな人ばかり。

「うちの孫も20年たてば26才」

というようなプラカードをもっているおじいさんがいる。おじいさん、言いたいことはよくわかりますだ。

三時間半ほど新宿や渋谷の街を、時々は原発反対の声をあげて、歩いた。体は疲れたのだけど、調子悪いのが少し取れていた。運動不足だったのかな。デモはウォークラリーか。それでもいいのだ。目の前のデモの光景が、いかれたぼくの頭にジェームズ・アンソールというベルギーの画家の『キリストのブリュッセル入城』という絵を思いおこさせる。

それにしても、日本の食品の放射線基準値は、ドイツの放射線基準値のおおよそ百倍だそうです。そのドイツの放射線基準値はチェルノブイリの苦しい経験から算出されたものだそうです。これからどうなるか、こわいです。
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淵野辺の公民館で開催されている「アフリカ・ヘリテイジ・フェスティバル」というのにぶらっと行ってみた。多分、これは淵野辺近くのアフリカっぽいお店が集まってのイベントだと思う。そこで、アフリカの人がパーカッションを叩いていた。すばらしいリズム。こういうのを聞いてると、世界はリズムで動いているのだと確信すらするのだった。そこで、観客として見ていたアフリカの人が奇妙な声を発した。高い笛のような声はぼくには真似ができない。ああ、そうか、これが、John Coltraneで有名な"Afro Blue"の詞の中に出てくるCocoa hueとはこのことかと思った。暑い晩夏のアスファルトの向こうに蜃気楼があって、そこは夢の国で、アフリカかもしれない。詞の冒頭の意訳です。

「夢の国、
私の魂はそこからやってきた
ドラムを連打する
輝ける影が舞い
COCOA HUE
夜のように豊かな
AFRO BLUE」

(パーカッションをする友だちに見せてあげたかったな)


第一回アフリカ・ヘリテイジ・フェスティバル公式ホームページ
http://africah.web.fc2.com/index.html
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いつも思い出したように行ってしまう温泉宿がある。山梨県の下部温泉の湯元ホテル。武田信玄の隠し湯といわれたここの温泉町は秘湯の名にふさわしい。普通のあったかい湯と30度ぐらいのあったかくない湯に交互に入るこの温泉のしきたりにあわせて入っていると、身も心もすっきりするようだ。それから、この温泉町自体が、時間がゆっくり、もしくは止まっているみたいで、なんか、異世界に来たようなのでもる。最寄りの身延線は1時間に1回しか動いていない。都会から3時間とか4時間のところに不思議な湯のいづる不思議な村があるのです。


湯元ホテルのページ
http://www.shimobeonsen.com/
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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