えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
子どもの頃には何かそうなりたいものというのが漠然とあって、人はそれを夢と言うらしいけれど、ぼくにも確かその夢があって、それはまずはミュージシャンになることであったり、次が作家になることであったりした。今思うと、現実感のない夢だなーと、思う。しかしです。そんな夢もほとんど叶っているのではないかと気がついた。ときたま、ライブハウスやバーでバンドや弾き語りをして歌っていたりするし、その音源をMySpaceっていうインターネットのサイトで公開してるし、実は昔、CDも出したことがあるのです。昔出したCDなどを今聴くと、ぼくの歌が今よりも更にへたっぴで微笑ましかったりする。足すに、小説家の書くエッセイような文章をブログに書いて、知らない人に読んでもらったりしている。
だけれども、悔しくもあるけれど、そのミュージシャンとか何とかについては、無収入のようなものなのな。それで、歌っりする以外のことの方が収入があるので、仕事と言ったりする。人間の頭の中には「仕事」と「遊び」という二項対立があって、たくさんの日本人は「仕事」の方が「遊び」より大事だと考えているらしい。仕事してお金をもらっていたりして、けれど、ぼくはお金は困らない程度にあればよい。
わしゃ、「遊び」でいいような気がしてきておるよ、「遊び」で。
話を元に戻して夢についてだけれど、それは叶うものなのかもしれない。
夢を忘れずに、遊びを大切に。
ぼくのMySpaceのページ
http://www.myspace.com/eikiyotaka
だけれども、悔しくもあるけれど、そのミュージシャンとか何とかについては、無収入のようなものなのな。それで、歌っりする以外のことの方が収入があるので、仕事と言ったりする。人間の頭の中には「仕事」と「遊び」という二項対立があって、たくさんの日本人は「仕事」の方が「遊び」より大事だと考えているらしい。仕事してお金をもらっていたりして、けれど、ぼくはお金は困らない程度にあればよい。
わしゃ、「遊び」でいいような気がしてきておるよ、「遊び」で。
話を元に戻して夢についてだけれど、それは叶うものなのかもしれない。
夢を忘れずに、遊びを大切に。
ぼくのMySpaceのページ
http://www.myspace.com/eikiyotaka
あー、失職中の間を、今、思い返してみると、それは神様がくれたほんの短い夏休みのようだったと、思う。楽しいとか、楽しくないとかを抜きにして、本当に短い、ちょっと変わった時間をぼくはもらったのだろうか?
さらに思い描けば、人生がそのフィナーレを迎える時、ぼくはそれを短い夏休みのようだったと、感じるのかもしれない。想いの翼は広がり、肉体は生きて、数十年、百数十年だけれど、魂は無限に限りなく近い有限を生きることができ、この地球での肉体での人生が終われば、人はそれぞれの果てしない遠くへ帰ってゆく。地球で出会った友だちやら、親やら兄弟とは、その果てしない向こうでは、もう会えなくなってしまう。それぞれの魂は、果てしない遠くの別々のところからやって来ているからである。
ぼくたちはかけがえのない夏休みを生きている。そして、夏休みを思い出すでしょう。
さらに思い描けば、人生がそのフィナーレを迎える時、ぼくはそれを短い夏休みのようだったと、感じるのかもしれない。想いの翼は広がり、肉体は生きて、数十年、百数十年だけれど、魂は無限に限りなく近い有限を生きることができ、この地球での肉体での人生が終われば、人はそれぞれの果てしない遠くへ帰ってゆく。地球で出会った友だちやら、親やら兄弟とは、その果てしない向こうでは、もう会えなくなってしまう。それぞれの魂は、果てしない遠くの別々のところからやって来ているからである。
ぼくたちはかけがえのない夏休みを生きている。そして、夏休みを思い出すでしょう。
お金が少しは貯まったら買って聴きたいと思っていたボックスCDセットというのがあったのです。ついに買ってしまった。それはCD4枚組のWoody Guthrieの"My Dusty Road"。あのBob Dylanは、アメリカ音楽の精髄を知りたければ、Woody GuthrieとRobert Johnsonを聴くべきだと言っていた。ほとんど、聴いたことのなかったWoodyの歌を聴いて、すごい親近感がわいてしまった。
いくつか思ったことがあります。
一、ぼくが英語が分かればよかたなーと思った。やっぱWoodyの言葉のおもしろさをネイティブ・スピーカーとして分かったらなーと、思いました。
一、赤狩り、レッドパージの時代の人だと思った。なんか、社会や世相を歌った歌も多くて、そこも大きな魅力。
一、土臭い放浪の香りと反骨精神。ぼくはWoodyをパンクの元祖だと思うよ。ClashのJoe Strummerのお父さん的な存在で、カントリーやブルーズを歌うルーツのシンガー。このボックスセットに入っていた一枚のジャケット写真のギターを見よ。かっちょいい。(おっと暴力はいけないか?)
だから、冬が来る前に、ぼくは寝袋とギターを持って旅に出たくなりました。そして、自分にとってつまらない歌を歌って一億円稼ぐよりも、Woodyのようにいつまでも、いろんな人の中で深い思い出として残るのならば、今のぼくはWoodyみたいななのが好きだし、そっちを選びます。
Woodyみたく好きに歌いたい。
旅に出たい。
できればあの娘と・・・
おやすみZZZzzzz......
訂正:赤狩りの時代1950年代というよりも、大戦期1940年代に活躍した人です。
今夜、町田のWestVoxのセッションに行って、Alton Ellisの"I'm Still In Love With You"を歌ったよ。Alton Ellisの名唱で知られるレゲエの前身のロック・ステディーの名曲ですな。あまりジャマイカのリズムってセッションでは演奏ああれないのだが、新風を吹きこむのです、なんてね。しかし、詞がシンプルだ。コード進行も簡単。けれど、この歌にはミラクルがあると思う。あの娘にこの曲の素晴らしさは伝わるのだろうか? こんな詞ならば、訳すこともなく、胸にすっと入って気はしないだろうか?
I'm still in love with you girl,
I'm still in love with you girl.
I'm still in love with you girl,
I'm still in love,
I'm still in love with you.
You dont know how to love me,
Not even how to kiss me.
I dont know why.
My baby.
"Jackie Mittoo Tribute" - Alton Ellis
http://www.youtube.com/watch?v=oal4Og5jQ8Y
Alton Ellis- I'm Still In Love With You- Reggae 45rpm
http://www.youtube.com/watch?v=w3JqGtjuLJk
ものごと、あまり難しくじゃなくて、簡単に考えればいいのかな?
おやすみZZZZZzzzzzzz.........
I'm still in love with you girl,
I'm still in love with you girl.
I'm still in love with you girl,
I'm still in love,
I'm still in love with you.
You dont know how to love me,
Not even how to kiss me.
I dont know why.
My baby.
"Jackie Mittoo Tribute" - Alton Ellis
http://www.youtube.com/watch?v=oal4Og5jQ8Y
Alton Ellis- I'm Still In Love With You- Reggae 45rpm
http://www.youtube.com/watch?v=w3JqGtjuLJk
ものごと、あまり難しくじゃなくて、簡単に考えればいいのかな?
おやすみZZZZZzzzzzzz.........
この前、友だちと会って居酒屋に行きお酒を飲みながら、いろいろ話をした。その中でぼくは友だちにとめどもなく狂っていく僕の部屋にあるクオーツ時計の話をし、その狂っていく時計が、失職から抜けだして、勤めはじめたころに、ひとりでに時刻が合いだして、今は三分遅れているだけだというような話をした。ぼくは時計は実は狂ってはいなくて、自分の頭が狂っていたのではないかと、少し疑っていた。友だちは、それは、ケストラーの"Ghost in the Machine"、「機械の中の幽霊」だと解説した。とどのつまり、世界は共鳴しあい、機械すら意識に共鳴するのいだと、友だちは言う。時計は実際、遅れたり進んでいたりしたのだという友だちの説にぼくは疑心暗鬼にもなった。そして、友だちは、今三分遅れているというのは、ぼくの今の意識に共鳴しているのだと付け加えた。
ニューエイジの先駆であったそんなアーサー・ケストラーという名の異端の哲学者がいたことを思い出しもし、ぼくは家に帰り、翌朝、三分遅れたクオーツ時計を正確な時刻に合わせた。数日後の夜の今、時計を見ると、三分遅れている。ぼくは軽い戦慄のようなものをおぼえた。もう一度、時計を見ると、やはり三分遅れている。
ニューエイジの先駆であったそんなアーサー・ケストラーという名の異端の哲学者がいたことを思い出しもし、ぼくは家に帰り、翌朝、三分遅れたクオーツ時計を正確な時刻に合わせた。数日後の夜の今、時計を見ると、三分遅れている。ぼくは軽い戦慄のようなものをおぼえた。もう一度、時計を見ると、やはり三分遅れている。
ずっと買ってこの本の読まなかったことには理由があったのです。本のタイトルであ
る「聖老人 百姓・詩人・信仰者として」というのが何か引っかかった。この著者山尾
三省氏は自分のことを「聖老人」というのかと思い、なんとぞんざいな人なのだろうと誤解していた。読み進めていくとすぐに「聖老人」とは、山尾さんが移住した屋久島に生きる樹齢何千年もの杉の大きな木をそう呼んでいるらしいことが分かった。
これは山尾さんの1968年から1981年までのつれずれなるままの記で、未来の可能性を探し、新しい生き方を求めたルポルタージュでもあり、その新しい生き方の宣言でもあり、内側の声に耳を傾ける私的な日記でもある。素敵な人だったんだろうな。いまごろ空の上で悩めるぼくたちを暖かい笑顔で見ているのだろう。その暖かい笑顔に励まされ、一歩踏み出した人もたくさんいただとうし、そのはじめの小さなしずくは小さな流れとなり、小川となり、川となり、明日に向けて、流れてゆく。ぼくは、川のほとりでその流れを眺めているみたいだけど、ガンジス河に集うヒンズーの信仰の人たちのように、沐浴してみようかなどと、思い浮かべてしまう。
山尾三省さんの詩の読めるページ
http://happano.org/pages/sansei_yamao/sansei_yamao_index.html
秋になると繰り返し聴いてしまうアルバムというのがあって、RCサクセションの「シングル・マン」がそうなのです。どうして、発売当時にこのレコードが売れなかったのか、不思議だとも思っていたのだが、最近では、世の中そんなものだろうとも思う。うぬぼれているのかもしれないが、自分自身に思いをいたし、どうして、ぼくの歌のおもしろさに、世間の連中、とくに会社で音楽を制作している人とやらなどが気づかないのは、まあ、よくあることでもあるのだろうとも思うのだ。ブルース・マンのロバート・ジョンソンやら、絵描きのゴッホやら、世間に気づかれぬまま、空の向こうに旅立ってしまった人がいて、多分、ロバート・ジョンソンやゴッホの向こうには、無数のロバート・ジョンソンやゴッホが知られぬままいるかもしれなく、例えば、場末のライブ・ハウスで聴く、名もない歌手の歌に大切すぎる縁というようなものの貴重さを感じてしまう。みんな、歌えばいいし、描けばいい。
さて、この「シングル・マン」、発売され一年もたたずに廃盤になり、名盤、名曲集として再発されたのだった。秋になると聴きたくなるというのは、捨て曲が一曲もないこのアルバムに「甲州街道はもう秋なのさ」も入っているからだけなのだろうか。
忌野清志郎はどこででも歌った。コンサート・ホールで、ライブ・ハウスで、アパートで、スタジオで、街頭ですら歌った、そんな人だっただろうと思い浮かべ、ぼくは、歌とギターの練習をし、昨日あったことを思い出し、言葉が音にに乗って、どこからともなくやってくる予感を感じたりして、今度はどこに歌いに行こうと思い、少し遠足の前の子どものころに戻ってゆく。今度、どこかで歌っている時は、そこに、かの人は肉体を持たなくなったからこそ、尊敬する大先輩のイマーワノキヨシロウが聴きに来ている、その姿の微笑が心に浮かんだりする。
Respect Kiyoshirou Imawano!
ぼくはまだ夢を忘れていません。