えいちゃん(さかい きよたか)
えいちゃんのぶろぐ
坂口安吾の「堕落論」を読む。この新潮文庫版は何度目かの再読です。無頼派のエッセイ集。所収されている17編は、「今後の寺院生活に対する私考」、「FARCEに就て」、「文学のふるさと」、「日本文化私観」、「芸術地に堕つ」、「堕落論」、「天皇小論」、「続堕落論」、「特攻隊に捧ぐ」、「教祖の文学」、「太宰治情死考」、「戦争論」、「ヨーロッパ的性格、ニッポン的性格」、「飛騨・高山の抹殺」、「歴史探偵方法論」、「道鏡童子」、「安吾下田外史」。
読みながら、若いころこの本のピンときた文章に赤い線を引いた、その箇所を思い出し、自分の変わらなさを、それでよしと笑う。それは「続堕落論」にあるこんな文です。
「政治、そして社会制度は目のあらい網であり、人間は永遠に網にかからぬ魚である。天皇制というカラクリを打破して新たな制度をつくっても、それも所詮カラクリの一つの進化にすぎないこともまぬがれがたい運命なのだ。人間は常に網からこぼれ、堕落し、そして制度は人間によって復讐される」
かっこいいなぁ。
さて、新しい天皇となり元号も変わり、即位礼正殿の儀が行われるではないか。ぼくは陛下にぜひこれをお読みくだされと、この本を祝意をつくした贈答として差し出したいのです。
読みながら、若いころこの本のピンときた文章に赤い線を引いた、その箇所を思い出し、自分の変わらなさを、それでよしと笑う。それは「続堕落論」にあるこんな文です。
「政治、そして社会制度は目のあらい網であり、人間は永遠に網にかからぬ魚である。天皇制というカラクリを打破して新たな制度をつくっても、それも所詮カラクリの一つの進化にすぎないこともまぬがれがたい運命なのだ。人間は常に網からこぼれ、堕落し、そして制度は人間によって復讐される」
かっこいいなぁ。
さて、新しい天皇となり元号も変わり、即位礼正殿の儀が行われるではないか。ぼくは陛下にぜひこれをお読みくだされと、この本を祝意をつくした贈答として差し出したいのです。
マカロニ・ウェスタンの創始者であるセルジオ・レオーネ監督の1969年に公開された西部劇『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』を見ました。鉄道網が東から押し寄せ、開拓時代も終焉する時の砂漠の西部を放浪するガンマンたちへの挽歌を歌うかのような2時間40分でした。物語は冗長ですが、この長さに裏打ちされた独特の美意識に圧倒されました。本当にこんなドアップでむさくるしい男たちの仏頂面の顔を次から次へと見させられて、それがまたかっこいい。ガンファイトは多くなく、ストーリーも平板で、けれども、画面は圧倒的に砂ほこり舞う美しさで、叙事詩ならぬ、映像の抒情詩。
ヒロインのジル演じるクラウディア・カルディナ―レが素敵でした。奪い合う三人の男たちを演じるチャールズ・ブロンソン、ヘンリー・フォンダ、ジェイソン・ロバーズの渋いかっこよさ。男たちは去り、女は残り、そんなラスト・シーンでこうして一つの時代と男たちが終わっていったんだと思い、ほろりとしましたよ。
映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』公式HP
島田裕巳さんの著した「なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか」を読みました。古い神社や寺を巡るのが好きで、いつのまにか御朱印帳にたくさん印が押されているのだけれど、その神社の由来というのも気になるものです。この本ではそのようなたくさんの神社を解き明かしたもの。日本で一番多い八幡様はもとは朝鮮半島からの渡来の神であったらしい。「託宣集」に書かれた八幡神の起源についての引用。
「辛国の城に、始めて八流の幡と天降って、吾は日本の神となれり」
神道の神は多様であって、古事記や日本書紀の神々であったり、実在の皇族や武士、官士であったりして、また、そのどれにも当てはまらないものも多い。言霊の幸ふ国は神々のの幸ふ国でもあって、それらにさらに足して、仏教の仏らが日本の国に現れた姿でもあるという。明治政府のよる廃仏毀釈の前までは本地垂迹の神仏習合として信じられてきたものだった。ぼくはそんな古い日本を訪ね歩いているのかもしれん。
「辛国の城に、始めて八流の幡と天降って、吾は日本の神となれり」
神道の神は多様であって、古事記や日本書紀の神々であったり、実在の皇族や武士、官士であったりして、また、そのどれにも当てはまらないものも多い。言霊の幸ふ国は神々のの幸ふ国でもあって、それらにさらに足して、仏教の仏らが日本の国に現れた姿でもあるという。明治政府のよる廃仏毀釈の前までは本地垂迹の神仏習合として信じられてきたものだった。ぼくはそんな古い日本を訪ね歩いているのかもしれん。
すみだトリフォニーホールで「ブルガリアン・ヴォイス アンジェリーテ 来日公演」を見ました。地声で歌うブルガリアの民謡のコーラス・グループなのです。その地から歌声が、幾層もの倍音となって、天まで届くかのようでありました。日本の雅楽のグループ、笙アンサンブル星筐との数曲の共演も本当に素晴らしかった。ブルガリアン・ヴォイスも笙もさわりの響きなのです。ウィキペディアからさわりについてです。
さわりとは、楽器の音色の名前。噪音の一種。音色は楽器によって異なる。例えば三味線では、最も低い弦の位置を工夫することで弦に独特のビビリ音が得られるだけでなく、他の弦を弾いたときに同調して共鳴する。この音を「さわり」と呼ぶ。
美しき雑音、Beautiful Noiseです。
ブルガリアン・ヴォイスっていいよって、ずっと昔、教えてくれたのはNon Bandのタマガキくんでした。いまでもドラム、叩いているね、なんて思い出した。
さて、コンサートにもどり、本当に生で聞けてよかった。生で聞いて、美しい何かが、本当に地から湧き、天から降って来るようでした。
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プロフィール
HN:
えいちゃん
性別:
男性
職業:
S.E.
趣味:
音楽
自己紹介:
音楽を演奏したり聴いたりするのが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
歌ってしまいます。そしてギターも少々。
Sam CookeやOtis Reddingなど古いR&Bが好きです。
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